第十五章 -Summer time blues- 『Music Rules』
「ワン、ツー、ワンツー、ワンツースリーフォー……。うん、テンポはこれぐらいで。走りすぎない様にね」
軽く指を鳴らしテンポを確認する。
「走る? 良く分からニャいけど、オーケーなのニャ」
説明はうまく伝わってるとは思えないけど、スズみたいな感覚型のタイプに理屈を押し付けてもあまり良い事はないだろう。
それに楽器を前にしたスズの顔には、さっきまでの不安や畏れといった感情は欠片も見られない。
ただこれから始まる演奏への期待、そして新しい曲に触れる事が出来る喜びに溢れていた。
そう、結局僕もスズもただの音楽馬鹿なのだ。
でも今は、そんな音楽馬鹿が一人増えてくれた事が本当に心強い。
念の為自分もチューニングを確認する。
南の大陸に来てからの温度変化もあったけど、このロドンゴ山周辺は更に蒸し暑い。
案の定2,3,4弦がほんの少しだけ低い。
その時だった。
セツカの兎耳がピクピクっと動くのが視界に入った。
特に深い理由があった訳ではないけど、何となく気になって、もう一度1弦から順番に開放弦を鳴らしてみる。
すると再び兎耳がピクっと反応した後、セツカは足音も立てずにススっと僕の横に立つと
「イッチー殿、差し出がましいかもしれませぬが、ニ、三、四番目の弦が僅かに緩んでいるのではござらぬか?」
と囁いた。
もしやとは思ったけど、闘技場での演奏の時に聴いただけで、既に聞き分けが出来るらしい。
とは言っても、3,4弦はともかく、2弦に至っては恐らく数セント程度しかズレはないだろう。
数回聴いた程度で、このレベルの違いが耳で分かるというのは尋常じゃない。
「凄いね……。前の演奏で聴いただけだよね」
「あ……、耳が良いのは、拙者の数少ない取り柄の一つ故……」
そう言ってちょっと恥ずかしそうに顔を伏せる。
確かにそんな事を言ってた記憶があるけど、これは耳が良いなんてレベルじゃない。
「じゃあ、正しい音が分かる?」
ほんの少しずつペグに力を込めなら軽く弦を弾く。
「……、……そこ、その音でござる」
ドンピシャだった。
試しに他の弦で同じ事を繰り返してみても、全て一発で完璧に合わせてくる。
種族的な特性なのか、セツカ個人の資質なのかは分からないけど、これは間違い無く天性の物だ。
「もしかしてスズのドンゴも?」
「いつも拙者が調律しているでござるよ?」
「なるほどね……、ありがとう」
この才能を活かしたいと勝手に思ってしまう反面、既に剣一つで身を立てているセツカに対して、余計なお節介だろうし、失礼かもしれないという気持ちもある。
それに今回のこの一件が片付けば、僕とティアレはまた2人で旅を続ける事になる。
奇跡の様な巡り合せではあったけど、あくまでも一時的な繋がりである事に変わりはないのだから。
2人の生きる場所は恐らくこの土地であって、あてどない僕らの旅先ではないだろう。
僕の身勝手な自己満足に、この2人を巻き込んでいい訳がない。
それでも今この時だけは、願わくばあともう少しだけ、音楽馬鹿の僕の我侭に付き合って欲しい。
気持ちを切り替えて、スズの隣に並び立つ。
「オ、オイ……。キサマらはさっきから一体何を――」
「すいません、お待たせしました。……スズ」
2人視線を交わせ小さく頷く。
スズの瞳にもう迷いは見られなかった。
「はいなのニャ。……ワンツースリーフォー!」
この世界に来てから初めて、自分以外の、別の誰かのカウントに導かれてピックを叩きつける。
初めて合わせる曲にも関わらず、コンマ1秒のズレも無くピタリと合わせてくるスズ。
僅かに早すぎる事もなく、僅かに遅すぎる事もなく、前に出過ぎる事もなく、後ろに隠れすぎる事もない。
欲しい音を欲しい時に欲しいままに届けてくれるスズ。
二つの音は絡み合い、支え合い、補い合い、1+1を100にも200にも変える魔法となって奇跡を紡ぎ出していく。
最初からスキルは全開だった。
見果てぬ程の広大な地下空洞に、燦爛たる虹色の花火が乱れ咲く。
『Music Rules』
人が出会い、別れ、擦れ違い、共に歩み、笑い合い、時に傷付け合い、時に愛し合い。
けれど例えどんな時にでも、いつも傍らには愛すべき音楽を。
愛を語ったラヴソングでもいい。
悲恋を嘆くスローバラードでもいい。
平和を願ったフォークでもいい。
青春に浮かれるポップでもいい。
不平に憤るパンクでもいい。
不満をぶつけたロックでもいい。
恥ずかしげもなく、照れ隠しもなく、ただひたすら真っ直ぐに、音楽が持つ力を信じ、そして願った歌。
僕の人生は常に音楽と共にあった。
そしてそんな音楽が、色んな人達との出会いを運んで来てくれた。
音楽の無い人生なんて考えられないし、想像したくもない。
だからこそ、音楽を、一人でも多くの人の元に届けたい、返したい。
どこかの誰かに笑顔を届けられます様にと願って。
『音』を『楽しむ』事が出来ます様にと願って……。
僕は今日も変わらずに声を張り上げる。
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「……ハァ……、全く……、大方セフィラートであろう……?」
演奏を終えた僕らに対して、開口一番、溜息と共に神龍ロドンゴは呟いた。
「……あれ? 神龍様っていうのは、外で何が起こっているかも、大体把握出来るんじゃないんですか?」
確かセフィラートはそんな事を言っていたはずだ。
全て承知の上での行動だと思っていた僕は、やや質問口調のロドンゴの言葉に少し違和感を覚えた。
「ハァ……、一応神龍同士は不可侵という事になっておってな……。他の大陸の事までは知らん。全て把握しとるのは、せいぜい……、いや、これは余計な話であったな」
「……と、言う事は……」
「ああ……、見事に赤っ恥をかいたのはワシの方だったという訳だな……。……だから昔からあのセフィラートの奴は好かんのだ……。大体……」
そのまま何か一人でブツブツと愚痴を零し始めてしまった。
どうやら僕が全て計算ずくだと思っていたのはただの偶然で、本当にたまたまセフィラートと同じシナリオをなぞっていただけらしい……。
(確かにそれは恥ずかしい……)
「……しかしまぁ楽しませてもらったのは事実。それはそれ、これはこれ、であるな。どうやらセフィラートからも加護を受けておる様だし、礼はせねばなるまいな」
「……加護? セフィラート様? イッチー殿は先程から一体何の話をされているのでござるか?」
「あ~……、えーっと、それは話すと長くなるので……、後でイッチーさんから聞いてくださいね」
踊り疲れたのか、我に返ったセツカの質問をうまく僕に擦り付けたティアレ。
と言うか意外な事に? セツカは普段の言動からは想像もつかないぐらい音楽に対しては能動的で、前回も今回もとても楽しげに体を揺らしていたのが印象的だった。
僕が勝手なイメージを作っているだけで、この世界の人達は本当に音楽に素直で前向きだ。
「四人共ワシの顔に手を当て、目を閉じるがよい」
セフィラートの時と同じ様に、巨大な岩石サイズの顔がググッと僕らのすぐ傍まで降りてくる。
「ニャニャ!?」
「そっ、そんなっ、恐れ多いでござる!」
「えっ、私もですか? ……私何もしていませんけど……」
そして事態が飲み込めずに混乱する2人と、この後に起こる事が分かっているだけに遠慮するティアレ。
「お前とお前は良くて、お前とお前は駄目だなんて、そんなケチくさい真似をワシがすると思うか? 全く神龍を何だと思っておるんだ……」
やれやれといった感じでぶっきらぼうに言ってはいるが、余計な気を使わせまいとしてるのは丸分かりだった。
「そ、そそ、そんニャ! ア、アタシ達はただ……」
「神龍様に対して滅相もないでござるよ!」
「そ、そうですよ……。それに私は――」
「ああ、もうよい! 黙ってさっさと目を閉じて顔に触れんか! オイ、キサマは何を笑っておる」
「あ、いや……、すいません……。何でもないです……プッ」
必死にこらえていたが、皆のやり取りがおかしくてつい声が漏れてしまった。
「ハァ……、全く神龍の威厳もへったくれもあった物ではない……」
その後僕ら4人は無事土龍ロドンゴの加護を授かり、そのショックで騒ぎ始めたスズとセツカ共々、追い出される様にして洞窟の外に飛ばされた。
いつの間に止まったのか、僕らが外に出された時には、あれ以来ずっと続いていた微震も完全に無くなっていた。
帰路はティアレの新しい術のお陰で、荷台の衝撃を和らげつつ、すこぶる快適に移動する事が出来た。
でもこれは実は新たな神龍の加護の力だけでなく、来る途中何度も受けた精霊の加護を、ひたすら研究していたティアレの努力の賜物でもあった。
一瞬(これがあればサスペンションの開発は必要無いかも)とも思ったが、この術は掛けっ放しという訳にはいかず、ティアレが術を掛け続けないと効果が持続しない事が分かった。
やはりこれは親方に相談する必要がありそうだ。
これでようやく今回の一連の騒動も解決。
後はのんびりバルハルド村に帰るだけ、と思っていたのだが……。
「さぁ、それじゃイッチーには、そろそろ詳しい話を聞かせてもらうのニャ」
「そうでござるな。ロドンゴ様の事もまだ何一つ納得いってはおりませぬし、セフィラート様の事や加護の事も、是非詳しくお聞かせ願いたいでござるな」
そう言えば、全て片付いたら話すと言って後回しにしていたので、この2人にはここまで何一つ事情を説明していなかったのだ。
「えっとぉ……、それじゃあ私、御者変わりますので……。後はイッチーさんお願いしますね~……」
(うわ、ずっる! ティアレ僕に丸投げ!?)
やっと全部終わって一休み出来る、という僕の目論見は甘かったみたいだ。
(……さて、一体何をどこからどう説明したものだろう……?)
と頭を悩ませると同時に
(まぁ、別に何も急ぐ必要は無い。……なにせ時間はたっぷりとあるんだから)
という穏やかな心の余裕に、知らず知らず頬も緩む。
「あっ、イッチー何笑ってるのニャ!」
「そうでござるよ。そんな事で誤魔化そうとしても無駄でござる」
「イッチーさん、今日は何か食べたい物ありますか?」
僕らを乗せた馬車は、今日もどこまでも高い空の下、少し賑やかに、けれど長閑に、ゴトゴトと草原の中を行くのだった。





