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第十五章 -Summer time blues- 『ロドンゴ山』

「すいません、一つだけお願いしたい事があるんですけど……」

「お願いしたい事? ……それは、何かスズに関係がある事かね?」

「あ~……、そうですね。関係があると言えば、確かに関係がありますけど……」

「……ふむふむ……、なるほど……。……なんでまたそんな物が? 理由は――いや、それは今は聞くべきではないんだろうな」


 別に隠す必要は無かった事とは言え、出来れば事情説明も含めて、全てが解決してからにしたかった気持ちもあった。


「……ふむ……、確かに一族にとっても大切な物ではあるが、今優先すべきは事態の解決。……分かった、ワシの権限で許可しよう」


 そんな僕の気持ちを察してくれたのか、フューレンさんは快く許可を出してくれた。


「ありがとうございます」

「ん~? イッチー、なんでそんな物持って行くのニャ?」

「え~っと……、まぁ強いて言えば()()()()、かな」

『???』


 全員が揃って首を傾げる中、唯一僕の意図に気付いたのは、やはりと言うかティアレ一人だけだった。

 やれやれといった感じで、一つだけ小さな溜息をついていた。



 それから可能な限りの準備を整えた僕ら4人は、昨日ぶりのココルに再会し、滞在たったの一日という過密スケジュールでバルハルド村を後にする事となった。


『わぁあああああああああああああ!!!』

「スズ姫様~、お気を付けて~」

「ひめしゃまーひめしゃまー」

「セツカ~、スズ姫様の事頼んだぞ!」

「イッチー様! どうかご武運を!」

「きゃ~、ティアレーシャ様~!」


(いや、だからご武運はいらないって……。って言うか、いつの間にかティアレのファンもいるし……、しかもなぜか女性だし……)


 三千人近い人々に盛大に見送られ、闘技場周辺はもう何が何だか良く分からない混沌と化している。

 僕らがいない間に、フューレンさんとウルハさんが事情を説明しておくって話だったけど、この様子じゃ一体どんな説明をしたのか疑わしい。


 一度だけ振り返り、いつも通り腕を組んで静かに佇むフューレンさん、ニコニコと微笑みながら小さく手を振るウルハさん、2人に頭を下げる。


「……父様……、母様……、……行ってきますなのニャ……」


 そんな2人に見守られながら、隣のスズは少しだけ寂しそうに、けれど決意を込めた凛とした口調で、小さく出発の挨拶を告げた。


「行こう、セツカさん!」

「御意、出すでござるよ」


 僕ら4人を乗せた馬車は静かに動き出す。

 神龍ロドンゴが眠るとされる、大陸南西ロドンゴ山を目指して。



 ――そしてそれは、半ば予想通りと言えば予想通りではあったけど、僕らが村を離れてから10分と経たずして訪れた。


(タイヘンダー、タイヘンダー)

(イソイデー、イソイデー)

(コ、コノママジャ、タイリクガシズンジャウゾー)

『……』


 突然精霊が現れた事よりも、そのあまりにも酷い大根役者っぷりに、若干引き気味の一同。


「……な、なんでござるか、あれは?」

「精霊ニャ」

「いや……、それは分かるでござるが……」


 事態が全く飲み込めない2人が困惑した表情を浮かべている。


 前回は全く見えてなかったとは言え、一応既に経験済みの僕はある程度冷静でいられた。

 そこで昨夜ティアレに聞き忘れていた事を思い出した。


「そう言えばさ、ティアレに聞きたい事があったんだけど」

「なんですか?」

「昨夜から急に、僕にも精霊が視える様になったんだけど、これってやっぱり例の加護のお陰なのかな?」

「あ~……、何となくイッチーさんの様子から、そうなんじゃないかなとは思ってましたけど、視える様になったんですね。おめでとうございます、イッチーさん」


 めでたいのかどうかは置いておくとしても、ティアレの口振りからすると、僕が視えている事は既に察していたらしい。


「あ、うん、ありがとう? なのかな。それでどう思う?」

「多分そうだと思いますよ。って言うよりも、イッチーさんの場合は条件が条件なので、それしか考えられないと思いますけどね」

「あー、確かに」


 以前ティアレに教えてもらった魔術適正の話だ。

 確か僕らの世界で言う人間、つまりこの世界の100%純血の人間種は、元来魔術に必要なマナや精霊回路を持ち合わせていない。

 だから精霊と契約を交わす事も出来ないし、当然視る事も出来ない。


 恐らくそれが、以前セフィラートから受けた加護のお陰で視える様になった。

 つまりはそういう事なんだと思う。


「2人は一体何の話をしてるニャ?」

「ああ、それは――」

(ちょっと、ちょっとぉ~!)

(私達を無視しないでよ~)


 完全に忘れていた精霊達が、口々に不満を漏らし始めた。


「ハッ! 姫様、精霊達が自ら姿を見せているでござるよ!」

「ニャニャニャニャニャ!?」

「そ、そう言えば昨夜も現れた無数の精霊達といい、一体どうなっているでござるか……」


(えぇ……、今更そこなんだ……?)


(私達にも、色々事情って物があるのよ~)

(急がないと、後で怒られるのは私達なんだからね~)

(そういう訳だから、さっさとマナをよこしなさい!)


『あっ……』


 この流れは……。

 状況を理解した僕とティアレの呟きが重なる。


「えっと……、スズもセツカさんも、しっかり捕まっててね」


 僕がそう口にした時には、僕とティアレは既に体勢を整えていた。


「急にどうしたでござるか? ココル殿の扱いなら、拙者も心得ているでござるよ」

「2人共そんニャに身構えて、どうしたのニャ?」

「えーっと……、とにかくちゃんと体を固定した方がいいですよ?」


 僕だけでなくティアレにもそう促されて、どこか腑に落ちない表情のまま、2人は言われた通り荷台や御者台に捕まる。


 それを確認したティアレが右手を前方に掲げると、音も無く光の波が拡散していく。


 ――次の瞬間


「ミ゛ギャぁあああああああああああああああああああ!」

「ひぃぃいいいいいいいいいいいい!」


 爆発的な加速を始めたココルは、4人を乗せた馬車をもろともせず、ドラッグレースの如く大地を突き進む。


 ある程度心構えが出来ていた事に加え、一応乗り物の上だった分、ココルに直接跨っていた前回よりは僕もティアレも余裕があった。


 しかし心の準備も出来ないまま、突然暴走レースカーに乗せられた2人は完全に涙目だった。

 なんだか最近、やたらとこの2人の泣き顔を見てる様な気がする。


「ニ゛ァああああああああああ! 降りるニャ! 止めてニャ! イッチー、助けてニャああああああ!」

「ひ、ひひ、姫様! 姫様は、拙者がお守りするゆぇえええええええ!」


 パニックに陥った2人が、さすがにそろそろ不憫に思えてくる。

 僕も前回はあんな感じだったし、元々速い乗り物に慣れてないこの世界の人にとっては、もっとキツイのかもしれない。


「えっと、スズもセツカさんも落ち着いて。速度の割に揺れは無いから」

「そうです。むしろさっきまでよりも、馬車は安定してるはずですよ」


 僕とティアレで、(なだ)めすかす様にして2人を落ち着かせる。

 実際馬車はゆっくり走っていた時よりも、今の方が快適と言ってもいい程静かなものだった。


(ん~……、これがうまく利用出来れば、わざわざ親方にサスペンションのお願いをしなくても済むんだけどな……)


「ん……? た、確かに言われてみれば、全く振動が無いでござるな……。一体何なのでござるか、これは?」

「……ニャ……? ニャニャ!? 凄いのニャ……、精霊がやってるのかニャ?」


 忙しなく動く耳と尻尾からすると、まだ完全に警戒は解けてはいないものの、どうにか少し落ち着いてくれたみたいだ。


「精霊の加護、精霊魔法の一種ですね。直接精霊を使役する事で可能になるらしいです。私も聞きかじりですけどね」


 2人にそう説明しながらも、当のティアレはさっきからずっと荷台から体を乗り出して、じっと何かを観察している。

 幌が邪魔で見えないんだろうけど、一体何を見てるのかと考えても、視線の先にあるのはせいぜい地面か馬車の車輪ぐらいだ。

 正直何をそんなに熱心に見つめているのか、僕には良く分からなかった。


「へ~、精霊魔法って凄いのニャ~……」

「確かにこれは凄まじいでござるな……。しかし、念の為確認しておきたいのでござるが……、このままだと拙者達全員、確実にあの世まで直行でござるよ……?」

「……えっ?」

「ニャ……?」

「……はい?」


 セツカの言ってる意味が分からず、僕ら3人はキョトンと馬車の前方に視線を上げる。


 そこには猛烈な速度で迫り来る、いや正確に言えばそこから先の視界が綺麗サッパリと開けた、見事にアイキャンフライ出来そうな崖っぷちへと、僕らを乗せた馬車は爆走しているのだった。


(なるほどねぇ……、森や山に囲まれた南の大陸は、西の大陸とは違ってそういう心配もしなきゃいけない訳だね……)


「じゃなくて! ストップ! ティアレ、ストップストップ!」

「は、はいっ!」

「ニ゛ャぁあああああああああ! やっぱり死ぬのニャあああ! 嫌ニャあああ、イッチー、イッチー!」

「ひ、姫様ぁあああ、姫様は拙者がお守り――ひぃいいいいいいい」


 どうにかギリギリ崖の手前で止まってくれた馬車の中で、出発から30分と経たずして、既にぐったりと疲れきった4人。


「ふざけんなぁ! これもう却下、却下!」

(え~、でもそれじゃあ着くの遅くなっちゃうし~)

(そこはほら~、うまく腕でカバーしてもらわないと~)

「できるかっ!」


 不満たらたらの精霊達は無視して、ここから先は普通に進もうという結論に満場一致で決定した。


(フューレンさんの話では、馬を走らせて2日程って事だったし、まぁ普通に行けば問題無いだろう)


 そう思っていた時期が僕にもありました……。



 鬱蒼と茂った、魔物魔獣オンパレードの森。

 迂回するにしても、果たしてどこまで戻るんだという様な切り立った山々。

 どう見てもそれ以上先に進めそうにない、道の途切れた断崖絶壁。


(まぁ確かにフューレンさん基準の馬で2日が、一般人にとっても2日って考える方に無理があったよね……)



 森を抜け、山を越え、魔物魔獣を倒し、満身創痍の僕らがどうにかこうにか目的地であるロドンゴ山に到着したのは、結局僕らが村を離れてから()()()の事だった。


「遠いわっ!」


 どこにぶつければいいのか分からないそんな僕のツッコミは、ただ虚しく山に木霊するのだった……。

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