第十五章 -Summer time blues- 天才の孤独
ギターの最後の残響が消えても尚、誰一人として口を開く者はいなかった。
眩い光の万華鏡を咲かせていた精霊達も、いつの間にか姿を消して今はどこにも見当たらない。
僕自身も最高のセッション後の充足感と、終わってしまったという寂寥感で、若干放心状態に陥っていた。
時折聞こえてくるのは、篝火の爆ぜる音だけだった。
そんな中で誰よりも早く立ち上がり、力強い拍手を送る姿があった。
フューレン=バルハイド、その人だった。
両の眼から溢れる涙もそのままに、たった一人で割れんばかりの拍手を響かせている。
隣のウルハさんも静かに立ち上がると、泣き笑いの様な笑顔を浮かべてフューレンさんに続く。
――その時
「イッチー! やっぱりイッチーは、スズの運命の人だったのニャ!」
突然そう叫ぶと、定位置の右腕ではなく、僕の首に抱き着いてきたスズ。
ステージの端に腰掛けていた僕を、膝立ちのスズが抱き締めているので、当然位置的に僕の頭はスズの胸に横抱きにされる形になる。
(……あの~、スズさん……? この状況で、さすがにそれはちょっとマズイんじゃないですかね……?)
大ブーイングを覚悟した直後――
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
闘技場全体が、地鳴りの如く咆哮でビリビリと揺れる。
「姫様! いいや……スズ姫様! スズ姫様ばんざぁぁああああい!」
「そうだ! スズ姫様! スズ姫様!」
「スズ姫様~! イッチー様~!」
「キャー! イッチー様!」
「イチハ様だ……、イチハ様が復活された!」
大歓声と拍手喝采で沸き立つ人々。
足元を踏み鳴らす人、手持ちの武器で床を打ち鳴らす人。
そんな怒号の只中で、フューレンさんが再び大剣を夜空に掲げる。
「今この時をもって、現頭首フューレン=バルハイドの名の下に、我が娘チキータ=バルハイドは、真名『スズ=バルハイド』へと改める事を、正式に承認する!」
フューレンさんの宣言によって、場は益々収拾がつかない程騒然となっていく。
『わああああああああああああああああ!!!!!!! スズ姫様! スズ姫様! スズ姫様!』
スズ姫様コールの大合唱が轟く中、胸に僕を抱いたままのスズは、今まで見た中でも最高の笑顔で沸き立つ人々に手を振って応えていた。
――翌朝
「……んっ……」
意識は覚醒しても、イマイチまだ頭が回ってくれない。
昨夜は結局、あれから更に2曲演る事になってしまった。
別に演奏自体は、10曲でも20曲でも早々疲れるなんて事はない。
ただ曲の合間合間で自分の席に戻る度に、とにかく色んな人に絡まれまくるのだ。
別に悪い意味の絡まれるではないけど、言ってみればファンに囲まれるアイドル状態だった。
「ん~っ……」
大きく伸びをしてから目を開けると、スズと目が合った。
「……はい?」
「イッチー……、昨夜は凄かったのニャ……。スズはあんなの初めてで、もうドキドキだったのニャ……」
「……コラ……、なんでスズが隣で寝てるんだ……。と言うかティアレは?」
別々の部屋とは言っても、隣の部屋のティアレよりも先に、スズが起こしに来てる事が既におかしいのだ。
「ティアレなら追い出――、お風呂に行ったのニャ~……」
(なるほど……。多分ティアレをうまく丸め込んでお風呂に向かせた後、自分はこっそり僕のベッドに忍び込んだ、という訳か……)
「ニャハハハ、イッチーも顔を洗ってくるといいのニャ。もうすぐご飯の用意が出来るのニャ」
思い切り目を逸らして笑って誤魔化すと、ベッドから飛び降りて逃げる様にして素早く部屋から出て行ってしまった。
「……まったく……」
(でももうすぐ朝食なら、確かに顔ぐらい洗ってきた方がいいかもしれないな)
のっそり体を起こすと、寝ぼけ眼のまま昨夜教えてもらった水場へと向かった。
「……ふぅ」
冷たい水で顔を洗って、ようやく頭が回り始めた所で、タオルを忘れてきた事に気付いた……。
「おはようございます~、イッチー様」
「ヒッ……」
全く気付かない内に、後ろでタオルを持って立っていたのはウルハさんだった。
「お、おはようございます……」
(そう言えば、この人もバルハイド族だもんな……。のんびりした感じだけど、本当はメチャクチャ強いのかもしれない……)
「はい、タオルどうぞぉ~。昨日は良く眠れましたかぁ? 殺風景なお部屋でしょう?」
「ありがとうございます。いえ、正直豪華絢爛な部屋よりも、僕にはよっぽど落ち着けますよ」
「うふふふ、それなら良かったわ~」
顔を拭いてサッパリした所で、改めてニコニコと笑顔を浮かべたままのウルハさんと向き合う。
それでも動く気配がない所を見ると、偶然この場に居合わせたという事でもなさそうだ。
イマイチ意図が読めず、暫く黙ったまま笑顔のウルハさんを見つめる。
「……えっと……」
「……スズの事、どう思われますかぁ?」
沈黙に堪えかねて口を開いた僕に対して、予想外の真っ直ぐな質問が飛んで来た。
(これまた随分直球が来たな……)
「……どう、と言われましても……」
「女として、とまでは言いませんけど……、やはり親としては気になると言いますかぁ……」
「そう……ですね……」
(それはまぁ、親心としては当然と言えば当然なんだろうけど、正直恋愛感情と呼べる様なものはあるはずもない……)
「素晴らしい奏者だと思いますし、尊敬もしています」
こんな大切な事で嘘をつく訳にもいかないので、思った事を素直にそのまま伝えた。
これに関しては、同じ音楽に携わる人間として絶対に嘘はつけない。
「……尊敬……ですかぁ……」
独り言の様にそう呟くと、ウルハさんは少し悲しそうに顔を伏せた。
僕の返事に対してと言うよりは、何か思い返しているのか、複雑な表情で黙り込んでしまったウルハさん。
「……思えば、あの子にはずっと寂しい思いをさせてきたのかもしれません……」
ようやく口にした言葉には、どこか自分を責める様な響きが感じられた。
「寂しい……思いですか……」
静かに一つだけ頷いてから、遠くを見るような目で続ける。
「ドンゴの才能もですけど……、あの子は格闘センスも、他の者達とは違う次元にいました……。今この村で、あの子とまともに打ち合えるのは、夫のフューレンとセツカぐらいでしょう……。ドンゴに至っては、……いえ、これはイッチー様なら、言うまでもないのでしょうね」
「……」
(天才の孤独というやつだろうか……)
才能がありすぎた故に、他に分かり合える相手も、競い合える相手もいなかったという事だろう。
確かにそれは幼い子供にとっては、優越感よりも孤独感の方が上回ってしまうのかもしれない。
そういう意味では、僕は本当に巡り会えた人達に恵まれていたと言える。
アーリーバードの仲間達や、チエちゃん先生、ジョージさんやヨーコさん、あの人達に出会えなかったらどうなっていたのかなんて、とても想像すら出来ない。
「……けれど……、昨夜のあの子のあんなに嬉しそうな顔、本当に久しぶりに見た気がします……。きっと、あの子にとってイッチー様は、特別な存在なんでしょうね」
「そんな大層なものじゃ……」
謙遜と言うよりは、恐縮。
それだけスズの才能は高い領域にある。
僕の目から見たスズだって充分特別だ。
「それに……、命を救っていただいた事も――」
「あっ、いやそれは……本当にたまたまで……、そんな格好の良いものじゃなくてですね……」
「それでも、ですよ。セツカから話は伺っております。ですが形はどうあれ、生まれて初めて、自分を本当の窮地から救ってくれた人。……きっとあの子には、イッチー様が白馬の王子様に見えたんでしょうねぇ」
「は、白馬の王子……」
(さすがに白馬の王子様はない……。それなら、さすらいの吟遊詩人の方がまだ多少はマシな気がする……)
「あの子がお側にいて……、邪魔、という事はありませんか?」
「いやいや、さすがにそれはないですよ! 出来ることならまた一緒に演奏したい、そう思っています」
「……ハァ……、期待していた答えではありませんが、今はひとまず、そのお返事が貰えただけでも良しと致しましょう~」
「?」
なんだか良く意味の分からない事を言い残し、深々とお辞儀すると、ウルハさんはそのまま何事も無かったかの様に踵を返した。
そして足音も無く数歩進んだ所でピタリと足を止めると
「あっ、ちなみにバルハイド族は一夫多妻オーケーですからねぇ~」
満面の笑みで振り返りそれだけを告げると、今度こそそのまま静かに歩き去ってしまった。
「いや、そういう問題じゃないから……」
もう見えなくなってしまったウルハさんに、思わずそう突っ込まずにはいられなかった。
「どういう問題なんですか?」
「ヒッ……」
恐る恐る振り返ると、今度はそこにはティアレが立っていた。
お風呂上がりなのか、ほんのりと上気した顔で、いつもは一つに纏めている髪を下ろしている。
見慣れているはずのその姿に、ほんの少し見蕩れてしまう。
「な、なんですか……、そんなにじっと見つめて……」
「あ、いや、綺麗だなと思って」
深く考えずに、条件反射で思ってた事をそのまま返してしまった。
「っ!? きき、き、綺麗なんて、そんな……、そんな事ないですよ……。だ、ダメですよっ、そんな事で、誤魔化そうとしても……」
全くそんなつもりは無かったが、どうやら結果的には誤魔化せそうだった。
――その時だった。
「ズドン!」というかなり遠くから響く、爆発音にも似た轟音が建物を丸ごと揺らす。
それと同時に、フッと足元の感覚が喪失して、一瞬体が浮かび上がった様に錯覚する。
(地震だ)
そう思った時には、僕はもう既に動いていた。
「ティアレ!」
頭を抱える様にして抱き締めると、そのままなりふり構わず床に押し倒す。
何か落ちてきても、なるべく僕の体でカバー出来る様に覆い被さる。
ほんの暫くそのままの姿勢でいると、今回は前回の時とは違って、揺れはすぐに緩やかになった。
大きかったのは最初の一瞬だけだった代わりに、今回はその後も小さな揺れがずっと続いている。
震度で言えば、多分2とか3とかそれぐらいだろうか。
「……あ、あの……、イッチーさん……」
そこでようやく、腕の中で顔を真っ赤にしているティアレに気付いた。
「あっ……」
(またやってしまった……)
体を起こそうとしたその時
「ミ゛ギャぁあああああああああ! イッチー、イッチー! 助けてなのニャああああ!」
「ひ、ひ、姫様! お、おおお、落ち着くでござるよ!」
けたたましい叫び声と共に、廊下を爆走してくる2人の姿が見えた。
ようやく僕を見つけて安心したのか、涙目のスズが(実はセツカも)そのまま真っ直ぐ僕目掛けて飛びついて来る――
直前で止まった……。
「あ……」
「あっ……」
「ニャ……」
「なっ……」
顔を真っ赤にして、乱れた服で床に倒れるティアレ。
そんなティアレを抱き締めたまま、馬乗りになっている僕。
そんな僕に向かって、今まさに飛び掛ろうと身を屈めたスズ。
そんなスズを止めようと、スズに飛びつこうと身構えたセツカ。
まるでコントのワンシーンの様な、カオスのごった煮の様相を呈した僕ら4人は、ただ言葉を失くし、金縛りに合ったまま見つめ合うのだった。
未だ収まらない地震に、時々カタカタと窓が鳴る音だけが、どこか物悲しく響いていた。





