第十四章 -Beat the soul- 日常と非日常
「ミギャぁあああああ! イッチー、イッチー助けてなのニャあああ!」
「ひ、ひ、姫様ぁ、さすがに数が多すぎでござるよ!」
軽くカバぐらいのサイズはありそうな、数百匹の猪に追われ慌てふためくスズとセツカ。
猪と言っても、もちろんただの猪じゃない。
ただの猪だったら例え千匹いたとしても、スズとセツカなら余裕だろう。
どうやらあれが魔獣と呼ばれるモンスターらしく、血色に怪しく光る双眸で2人を凝視し、その巨体で軽々と木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる。
「ティ、ティアレ、馬車を出して!」
「はい!」
御者台に滑り込んだティアレが手綱を握っただけで、ココルが何かを察したのか飛び出す。
舗装などされているはずもない悪路に、荷車が悲鳴を上げる。
(こりゃ戻ったら、親方に板バネサスペンションの開発でも頼んだ方がいいかな……)
「スズ! セツカさん! 早く馬車に乗って!」
やすやすと馬車に追いついた2人が、そのままの勢いで素早く荷台に飛び乗る。
けれど2人が追いつける速度と言う事は、当然魔獣の群れとの距離も徐々に詰められる訳だ。
しかもこっちは現在4人乗り。
ティアレが新しく覚えた術でココルをサポートしているが、追い付かれるのも時間の問題だろう……。
――一体どうしてこんな事になってるのかと言うと、話は少し前に遡る。
チコッタを出発してから3日目。
「道中は魔獣や魔物も多いので、くれぐれも注意するでござる」、とセツカからも念は押されていた。
でも実際の所、僕が気付くよりも先に、大抵はスズかセツカが散歩にでも行くノリで片付けてしまう場合がほとんどだった。
ティアレの弓や術の援護もあるし、夜は夜で結界術のお陰で安心して眠れるので、特にこれと言って危険な目に遭うような事も無かった。
最初から分かってた事とは言え、僕が出る幕などあるはずもない。(もちろんそれは良い事なんだけど)
そろそろ休憩ついでにお昼にしようかと、見晴らしの良い水場の近くでココルを止めた。
最近では、唯一いつも手持ち無沙汰の僕が、なんとなくココルの世話係みたいになっている。
ハーネスを外して水場まで連れて行くと、嬉しそうに水を飲み始めた。
一緒に持って来たカバンから道具を取り出すと、この間にブラッシングを始める。
体が大きいので、これが中々の重労働だ。
カポッカポッと足踏みするのは、ココルが機嫌が良い時の仕草だ。
時々ブルルッっと啼いて頭を振っている。
次に濡らしたタオルを絞ってから、顔を綺麗に拭いてあげる。
この間もココルが嫌がったりする事はなく、大人しくされるがままになっている。
むしろ嬉しいのか、自分から顔を向けてくるぐらいだ。
最後に蹄を確認して、鉄爪という道具で、詰まったゴミなどを綺麗に取り除いてあげる。
本当はこれが一番大変らしいが、ココルはまるで犬のお手の様に、自ら進んで足を上げてくれるので何の苦労も無い。
これは水場だと都合が良いので、ここまでの一連の作業を、大体一度に終わらせてしまう。
これだけ懐いてくれるから尚更可愛いのもあるけど、一緒に過ごした時間も短くはない。
今では大切な旅の仲間だ。
首筋を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めていた。
後は放っておいても自分で戻って来るので、本当に手の掛からない賢い子だ。
「ありがとうございます、イッチーさん」
「いや、気にしないでいいよ。好きでやってる事だし、数少ない僕でも出来る仕事だからね」
荷台まで戻ると、ティアレとセツカが食事の用意をしている所だった。
実はセツカも料理の腕はかなりのもので、最近では2人仲良く料理をしてる光景を見かける事が多くなった。
僕とスズはもっぱら食べる方専門だったけど、さすがに食べてばかりでは申し訳ないので、水汲みや薪拾いぐらいはなるべく手伝う様にしている。
で、スズはと言うと……。
スズの姿を探すと、ココルを連れて行った場所よりも、もう少し上流で魚を獲ってる真っ最中だった。
魚でも獣でも、スズに任せておけば冗談みたいにアッサリと獲って来てくれるのだ。
今もまるで熊の鮭狩りの如く、スズが右手で水面を叩く度に、次々と川岸に魚が飛んでいく。
既に結構な量の魚が、岸でビチビチと跳ね回っていた。
(どんな野生児だよ……)
「スズ~、もうそんなもんでいいんじゃない?」
「あ、イッチー! イッチーも一緒にやるかニャ?」
(いや、出来ないから……)
まだ遊び足りない子供の様なスズと一緒に、獲った魚を運ぶ。
後はもう2人に任せておけば、美味しい食事が出てくるという寸法だ。
4人で食後のお茶を楽しみながら、のんびりとした時間を過ごす。
僕とセツカがコーヒー、ティアレとスズがアーヴ茶。
これも最近の定番だった。
この時期は雨季からも外れているらしく、今日も空はどこまでも高い。
僕もこっちの世界に来てから、日焼けで随分と健康そうな色になっていた。
(まぁ向こうじゃ、インドア代表みたいな生活だったからしょうがないけど)
スズは出会った時から小麦色だったけど、さすがにセツカとティアレは気を使っているのか、何かそういった術で防いでいるという話だ。
「今夜はお肉が食べたいのニャ」
2杯目のコーヒーを貰い、セツカが持ち運んでいる地図を確認していると、唐突にスズがそんな事を言い出した。
「ん~……とは言っても、食材はそれ程多く積んで来てないですからねぇ……」
「保存用の干し肉ならまだあるでござるよ?」
「違うのニャ! 固くてしょっぱいのじゃなくて、柔らかいのをジュージュー焼いて食べたいのニャ!」
さすがは肉食の血が騒ぐのか、スズはもっぱら魚よりも断然肉派だった。
(いや、肉食かどうかはイメージで言っただけで知らないけどね)
「獲ってくればいいのニャ。そうと決まれば話は早いのニャ。ひと狩り行ってくるのニャ」
やたらと物騒な事を言い残すと、本当にそのまま一人でスタスタと森に向かって行ってしまう。
「ちょ、ちょっと姫様、拙者もお供するでござるよ!」
本能で生きてるようなスズに振り回されるセツカ、というのもそろそろ見慣れ始めた光景だった。
――ここから先は後で聞いた話だけど、
その後発見した獲物の子猪を深追いした結果、どうやらそれが魔獣だったらしく、怒り狂った親猪と群れから逆に追われる羽目になったという事だ。
全く何をしてるやら……。
「どど、ど、どうするでござる? さすがにあの数を一度に相手は出来ないでござるよ!?」
「いやニャ~! 猪に食べられるのなんて絶対に嫌なのニャ!」
食べられるのかどうかは別として、さすがのスズとセツカでもあの物量は厳しいらしい。
ティアレなら一網打尽に出来る範囲魔法とか持ってそうだけど、残念ながら今はココルを走らせるので手一杯だ。
(状況が状況だし……)
荷台のケースから相棒を取り出し肩から掛ける。
群れの中央付近を走る、一番体躯の大きな魔獣に照準を合わせる。
(音量は控え目にした方がいいかな)
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・スキル【サウンドリフレクション】
追尾座標設定 確認、荷台後方に設定
・スキル【集音位置設定】
1.ギターピックアップ 設定完了
・スキル【サウンドエフェクト】
エフェクト【ディストーション】レベルMAX 設定完了
・スキル【ヴォリュームコントロール】オン 音量7に設定
・スキル【アンプリファイア】オン
追尾座標設定 確認、設定座標を中心に放射状拡散に設定
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「念の為皆耳を塞いで」
荷台の後ろに反射板を設定したので、大丈夫だとは思うけど一応そう伝える。
スズとセツカはあの時の恐怖が蘇ったのか、ガバッとその場に伏せると、ペッタリと倒した耳を両手で覆う。
ティアレはもう大丈夫だと分かっているのか、こっちを振り向いて一つ頷いただけだった。
――ピックを叩きつける。
「ギィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィイイイイイイイイイィイイン!!!!!!」
前回と比べたら大分控え目な、それでも周囲の木々を揺らす程度には充分な爆音が響き渡る。
まず照準に設定していた中央の巨体が、派手な地響きと土埃を上げて倒れると、それに巻き込まれた後続が雪崩式に折り重なっていく。
死んではいないだろうけど、それでも軽く半数以上はショックで気絶したみたいだった。
残った半数も相当ビックリしたのか、蜘蛛の子を散らす様にして散り散りに逃げて行った。
『……』
ティアレが手綱を引き、緩やかに馬車が止まる。
「ふぅ……、どうにかなったみたいだね……」
馬車が止まった事に気付いたのか、スズとセツカが恐る恐るといった様子で顔を上げた。
まだ2人共、耳がペッタリと伏せられたままなのが可愛らしい。
「……スズ」
「ニャ……」
怒られるとでも思ったのか、スズの尻尾が内側に丸め込まれている。
「今夜は……お肉、諦めてね」
「……ニャ~……」
――そんな日常と非日常が入り乱れた、平和で危なかっかしく、穏やかで騒々しい日々を送りながら、僕らの旅は続く。
そしてそんな僕らが、ようやくスズの故郷に到着したのは、それから更に2日が過ぎた夕方の事だった……。





