第九章 -That's what I want- 商会
「これ、本当にちょっと凄い事になってますね……」
「ごめん、僕にはどれぐらいなのか全然分からないから」
「えっと……、銀貨どころか金貨も混ざってるみたいですね……」
そう言われても、そもそもこの世界の貨幣価値が全く分からない。
「ごめん、もし良かったら、もう少し詳しく教えてもらってもいいかな?」
「あ~、そういう事も忘れちゃうものなんですね……」
「あ、うん。……多分」
「分かりました」
そう言って、続けてティアレが教えてくれた内容をまとめると――
貨幣は一般に流通している物で銅貨、銀貨、金貨の3種類。
この上に白金貨という物もあるけど、あまり見かける機会はないらしい。
貨幣価値は大体、銅貨10枚が銀貨1枚と等価。銀貨20枚が金貨1枚と等価。そして白金貨1枚は金貨5枚と等価という事だ。
貨幣はほぼこの世界共通で、紙幣という物は無いとの事だった。
(この辺りは、ティアレも大陸から出るのは今回が初めてなので、絶対とは言えないらしい)
労働者の一日の収入が、大体銀貨5枚スタートという話だから、感覚的には銀貨1枚が1000円~2000円とかそれぐらいだろうか。
そうすると最小単位の銅貨1枚が100円ぐらい。
ちょっと額が大きくて不便かと思ったら、要はパンを買いに行って銅貨を1枚出すと、パンが3日分ぐらい買える、とかそういう事らしい。
それに物々交換も普通に出来るみたいなので、かなり融通は効くとの事だ。
そう考えると物価はかなり安いのかもしれない。
「そうすると……、今ここにあるのは大体どれぐらいになるの?」
「ちょっと多すぎて、ちゃんと数えてみないと何とも言えないですけど……、1ヶ月分の贅沢な生活費ぐらいは、楽にあるんじゃないかと……」
「……」
結構どころじゃない額だった。
「あの……、ティアレ……さん」
100%断られるだろうけど、これだけは絶対に首を縦に振ってもらうまで引く訳にはいかない。
「イッチーさんが私をさん付けで呼ぶ時は、大体いつも怪しいです……」
交渉前から完全にバレバレだった。
「いや、先回りされると困るんだけど……、このお金、全部ティアレが預かってくれないかな?」
「む、む、無理に決まってるじゃないですかっ!」
「いやいや、とりあえず聞いて、とりあえず。ねっ?」
「ねっ、じゃないですよぉ~。こんな額受け取れる訳ないじゃないですか」
分かってたとはいえ、向こうも中々折れてくれそうにない。
でもここで引く訳にはいかない。
「いや、ほら、正直僕が持ってても、僕は相場すら知らない訳で。買い物一つロクに出来ない訳だよね。そんな奴がお金持っててもしょうがないでしょ?」
「ズルいです……」
「ズルいって言われても……。今までだって、全部ティアレに助けてもらってた訳だし、僕だってさすがにそれじゃあ申し訳ないでしょ?」
「……」
まだ不満そうな顔だけど、一応聞いてくれた。
多分後ひと押し。
「だから、とりあえず全額ティアレに受け取ってもらって。それでもし、どうしても僕が欲しい物とかあったら、そこからティアレに出してもらうっていう形でどうかな? 正直僕としてもその方が助かると言うか、むしろそうでもしないと困ると言うか」
「……分かり、ました……」
渋々といった感じではあったが、ようやく首を縦に振ってくれた。
(よっしゃ! どうにか納得してもらえたみたいだ)
「でも」
「えぇ~、まだ駄目なの……」
「いえ、駄目じゃないですけど。それなら商会に行って口座を開きましょう」
「えっ、銀行があるの?」
「銀行?」
話の流れ的に銀行口座かと思ったら、どうやら違うらしい。
「あ、いや、口座っていうのは?」
「口座は大きな街や村だと、大体どこでも商会と商会本部っていうのがあるんですけど。その各商会は商会組合で……、と言うか、実際に行ってみた方が早いですよね」
「確かに。……でもここから近いの? その商会本部とやらは」
2人揃って貨幣で溢れかえるケースを眺めた。
どう考えてもあれを運ぶのは骨が折れそうだ……。
『はぁ~……』
と、大きなため息を零す2人であった。
――ラントルム商会本部前
「ここです。ここが商会本部ですよ」
「へ~、随分と立派な建物だね」
レンガ造りの大きな二階建ての建物の正面には、重厚な両開きの扉も備え付けられている。
中央広場からさほど距離が無かったのは助かったけど、それでも結局硬貨を無理矢理詰め込んだケースは、ティアレの魔術で運んでもらう事になった。
そんな訳で、僕は今肩から掛けたギターを、そのまま後ろに回した状態で歩いてるので、通り過ぎる人達から奇異の目で見られてたりする。
(もう少しの我慢だ……。多分)
建物の中もかなり豪奢な造りで天井も高い。
壁際には革張りのソファや、応接セットみたいな物まで置かれている。
そのままティアレと2人でカウンターの前まで進むと、すぐに係員らしき眼鏡エルフのお姉さんが対応してくれた。
「こんにちは。本日はどのようなご要件で」
「あの、新しく口座を開きたいんですけど」
「口座の開設ですね、少々お待ち下さい」
サクサクと話が進んでいくが、僕は黙って見てる事しか出来ないので、大人しくティアレにお任せする。
「開設は今回が初めてですか?」
「あっ、私じゃなくてこっちの人なんですけど。イッチーさん……、(覚えてますか?)」
途中まで言いかけてから、最後は小声で耳打ちしてくる。
「はい、今回初めてですね」
「そうですか。それでは登録から、と言う事で。口座は個人でよろしいですか?」
「いえ、共有でお願いします」
「えっ?」
「えっ!?」
(あれ? 何かおかしな事でも言っただろうか?)
眼鏡のお姉さんはまだしも、ティアレまで驚いた顔をしてるし、若干顔を赤くしている。
「コホン……、失礼しました。お二人共とてもお若く見えたもので。そうですよね、そちらの方はエルフですし、外見で年齢は判断出来ませんからね」
驚きの表情を取り繕うように咳払いを一つすると、今度は急にニッコリと微笑んできた。
ティアレを見ると、更に顔を真っ赤にしてモジモジと俯いている。
「それではこちらにどうぞ」
なんだか良く分からなかったが、お姉さんに呼ばれたので、とりあえずそのままついていく。
カウンターの一番端まで行ったところで、お姉さんもこちら側に出てくると、室内の一角にあった仕切りの付いたスペースへと案内された。
「この上に手を置いていただけますか? どちらの手でも構いません」
そう言って示されたのは、大きな大理石の様な台座の上に、見た事もない不思議な光を放つ金属板のプレートが埋め込まれた機械? だった。
そのプレートの上に手を置け、と言う事らしい。
言われた通りプレートの上に右手を置くと、すぐにプレートが光り始めた。
その光りが徐々に収束していき、やがて僕の前に透過ディスプレイに似た光の文字盤を形作った。
「それではお名前を伺ってもよろしいですか?」
「……イッチー、です」
偽名で大丈夫なのかとか、これで身元の確認が取れないとか、そういった諸々の問題が出てくる可能性を考えて、一瞬だけ嫌な汗が出る。が――
「イッチー、様、と……。はい、もう結構です」
「えっ? もういいんですか?」
「? はい、もう登録は済みましたけど」
最後にディスプレイに直接何かを入力した後、お姉さんはあっさりとそう言った。
どうやら何の問題も無かったらしい。
ホッと胸を撫で下ろす。
「それでは次はお連れの方もこちらにどうぞ」
「……はい……」
そのまま僕の隣に並び立ったティアレは、相変わらず赤い顔をしていた。
ティアレも揃ってプレートの上に手を置くと、ディスプレイ上の文字がスラスラと流れていく。
「えー……、ティアレーシャ=ルスク=コドレー、様で間違いありませんか?」
「はい」
どうやらこれ自体が認証機能も持ってるようで、既に登録していたティアレの情報がすぐに出てきたらしい。
恐らく魔法的な何かの機械なんだろうけど、これはこれである意味向こうの世界よりも凄い。
「はい、以上になります。お疲れ様でした」
なんだか思ってたよりも随分とあっさり終わって、かえって拍子抜けしてしまった。





