第三章 -A boy meets- 鏡
「魔導名?」
「はい。正式に魔術師として守護精霊と契約を結ぶ時には、必ず魔導名を授かります。自分で付ける場合もあるみたいですけど、私はおばあちゃんが師匠に当たるので、そのおばあちゃんの魔導名をそのまま継いだ形になりますね。……流派? みたいなものですかね」
「なるほど……、それは分かりやすいですね」
とは言ったものの、実際魔術やら魔導やら言われても、その辺りに関しては当然これっぽっちも分かってない。
ただ単に、そういう名前の仕組みだと理解してスルーしただけだ。
「だから同じ家族でも、うちの両親にはルスクの名前は付いてないんですよ」
最初にティアレです、って言った所を見ると、多分名前は日本式の姓名の順じゃなくて逆。
ティアレーシャが名で、コドレーが姓、それでルスクが魔導名って事なんだろう。
「へ~、それじゃあティアレーシャさんはとても優秀なんですね」
「いえいえいえいえっ、そんなっ! 私なんて全然まだまだ! まだまだどころか、おばあちゃんと比べたら、足元にも及ばないって言うか」
黙ってるとその辺のアイドルが、(その辺どころか、ここがどこだって話だけど)泣いて許しを乞いながら、逃げ出すレベルのとんでも美少女だけど、そうやってアタフタと必死にパタパタ手を振って赤面している姿は、ようやく年相応の女の子らしく見えてとても愛らしい。
(その年相応の判断自体が、合ってるのかどうかは別として)
「それとティアレ、でいいですよ。ティアレーシャって長くて呼びにくくありませんか? 多分お互い年も、そんなに変わらないと思いますし」
「ティアレさんですか……。はい、じゃあお言葉に甘えて……って、はぁ!? 同じ年!?」
「っ!?」
「あっ……ごめんなさい……。急に大きな声出して」
(待て待て待て! いくらなんでも、40もすぐそこに見えてるオッサンに対して、お世辞にしても無理がありすぎるんじゃないか? それともあれか? この世界じゃ、こんな見た目だけど実は120歳で~す、とかそういうやつか!?)
もしそれならそれで、今度は自分が120歳に見えてるって事だから、別の意味でショックだけど。
(早くもついさっきの、年相応の判断フラグを回収してしまったのだろうか)
「……えっと、もし失礼だったら先に謝りますけど」
「???」
「ティアレ……さん、は人間ですよね?」
「えーっと……、正確にはエルフの血が入ってますけど……」
(やっぱりそうか! 向こうの知識通り? エルフは長命で実は結構いってるってやつなのか!?)
「ただ両親も人間ですし、ほとんど人間ですね。一応私は先祖返りっていうみたいで、かなりエルフの血が濃いみたいですけど。……ほら、ちょっとだけ耳も尖ってるでしょ」
そう言って、少しだけ横を向いて後れ毛を指で掬うと、耳を指差して見せてくれる。
気付いてはいたけど、確かにファンタジーなどで良く見るエルフの様に、耳先が少し尖っている。
向こうには実際に存在しない、伝説やファンタジーの設定が、なんで大体世界共通の認識として浸透してるのか?
そして、なんでそれらが実在する側の世界と、実在しない世界の設定がイコールなのかは全く謎でしかないけど……。
その辺は、民族学や伝説を研究してる人が知ったら泣いて喜びそうだけど、残念ながらその手の事に関して、僕はそこまで造詣は深くない。
「エルフっていうのは、やっぱり長寿だったりするんですか?」
向こうのファンタジー知識をフル動員して尋ねる。
「えっ? そうですね……。確かに純血のエルフ種だと、数百年を超える事も珍しくないみたいですし、ほとんど不老不死に近いって話も聞きますけど……。私……はどうなんでしょうね? あまり深く考えた事なかったんですけど」
(いや、僕に聞かれても困るが……)
「おばあちゃん……はどうなんだろ? 今まで聞いた事なかったけど……。あっ! でも子供っぽく見えるのは知ってますけど、これでもちゃんと成人したんで、15歳なんですよ」
ちょっとお姉さんっぽく、エッヘンとドヤっているが、そこがまた逆に子供っぽい。
って言うか問題はそこじゃない。
「じゅうごっ!?」
「は、はい。あっ! そんな風に見えないとか言っちゃ駄目ですよ! 童顔なのは自覚してますけど、改めて言われると傷つきますから……」
「い、いや……、別にそういう事じゃなくて……。大丈夫ですよ、ちゃんと15ぐらいには見えますから……」
もう褒めてるのか何なのか、良く分からないフォローを口にしながら考える。
今目の前で、年相応に見えると言われて、若干ご機嫌な様子のティアレが15歳なのはとりあえずいい。
でもそうすると、この子から見た僕が同じぐらいの年に見えるというのは、一体どういう理屈なんだろう?
そこでこの世界に来てから、初めて落ち着いて自分の手を眺めてみる。
『人間っていうのはさ、手と首だけは誤魔化しが効かないから。女性の年に騙されないコツは、手と首を見て判断するんだぜ』
っていつだったか言ってたのは、確かアキだったか……?
確かに自分の両手は、普段見慣れたそれより随分と若々しく見える。
「あの、ティアレさん」
「はい?」
「えーと……、鏡とかって持ってますか?」
「鏡、ですか……。鏡は結構高価なので、持って歩けるような物はさすがに……」
「そう、ですか……」
(どうやら鏡は高級品らしい)
確か向こうでも、鏡が今みたいな形で一般に普及したのは、割と近代に入ってからって話だし、技術的な問題なのかもしれない。
魔法が普通に存在してる世界で、その辺がどうなのか判断は難しいけど。
「家にならあるんですけど。でも、ちょっと待ってくださいね」
「え?」
そう言うと彼女は、素早く右手の掌を自分の前方へ向けると、そこに意識を集中させ始めた。
「リフレクションシールド」
直後に彼女の右手から白い光が盛大に迸ると、徐々にその光は彼女の右手へと収束していき、やがて丸い光の盾のような形へと変化する。
「コンセントレートマジック」
続けてそう言った彼女は、さっきよりも更に右手に意識を集中させているように見える。
すると今度は、その光の盾が徐々に小さく、圧縮凝縮されていく。
あっという間に、彼女の小さな掌とそう変わらない大きさにまで姿を変えた光の盾は、まるで実体化し、磨き上げられた金属の様にピカピカと反射していた。
「……凄い……」
あまりにも桁外れな奇跡を目の当たりにして、語彙力を失う。
「ふふっ。女の子は魔術を習うと、大体これを一番最初に覚えるんですけどね。これなら割れたりしませんし、邪魔にもならないので結構便利なんですよ。終わったら消せばいいだけですし」
いや便利とかどうのこうのよりも、凄すぎて逆にリアクションに困るよ……。
(本当に当たり前のように魔法を使えるんだな……)
「はい、どうぞ。私の手に固定されてるので、渡したりは出来ませんけどね」
そう言って手相を見せるようにして、右手に出来上がった魔法の鏡を、僕の方へと向けてくれる。
「……はい?」
そこに映っていたのは、確かに間違いなく見慣れた僕だった。
いや、より正確に言うなら『一時期とても見慣れていた頃もあった』僕だった。
(うん、確かにこれなら、ティアレが同じぐらいの年って言うのも納得ではあるけど……)
鏡の中に映っていたのは、どこからどう見ても10代、中学~高校頃の僕の顔だった。





