秘密
直接的描写はないですが、それを示唆する描写、表現がありますのでグロ系に弱い人は注意してください。
「今日県警は、間宮市建築部土木課職員の江頭雄一容疑者を収賄罪の容疑で逮捕しました。江頭容疑者は長須川橋梁談合事件に関わり、関係者から金品を受け取ったとされています。県警は、他にも金品を受け取った人物がいないか慎重に捜査を進めてます……」
テレビが澄ました声を部屋に響き渡らしている。中心では男が、扇風機の風を背中に受けながら肉にかぶりついている。ニラとホルモンを炒めたもの、肉の塊がゴロゴロ入ったシチュー、こんがりと焼き目がつき肉汁が垂れるスペアリブ。他のものが目に入らないかのように男はがっつく。
「続いてのニュースです。今日未明、長須川上流の川岸で女性の遺体が発見されました。女性の遺体は、損傷部分が大きく、未だ身元が判明しておりません。続報が入り次第お伝えします。さて、市内の小中学校では今日から夏休みが始まりました……」
「今朝の新聞に載ってたんだけど、土木課の江頭捕まったってよ」
「俺も見たよ、まあ都市整備課の俺たちにはあんまり関係ないけど。それより、その肉食っていいか?」
市役所の地下1階にある食堂で、男二人が食事をしていた。周りには、沢山の人間が同じように昼食を取っている。
「ああ、いいよ」
男の一人、井上が答える。井上の目の前には、銀色に輝くシンプルなデザインの弁当箱が置いてあり、茶色系で中は塗りつぶされていた。
もう一方の斉藤は、了解をもらうと弁当箱に箸を伸ばし、甘辛く炒めた肉を摘むと口に運んだ。
「やっぱうまいな。お前、俺の嫁になれよ」
「ハハハ、ありがとう。まぁ、いい肉使ってるからね。昨日で無くなったから、また仕入れないと」
斉藤は、自分の昼食であるうどんを無視して弁当箱をまた摘んだ。
「ちくしょう、旨いな。料理が上手、おまけにかわいい顔してやがるのに男なんて」
「なんか気持ち悪いな。文句あるなら喰うなよ」
「誰が、文句を言った? それは俺のもんだ」
もう一度弁当を摘む。斉藤は、肉を咀嚼し終えると、うどんをすすり始めた。
「そういえば、部長に呼ばれたみたいだけど、どうした?」
井上は、箸を止めると答えた。
「……さっき、江頭が捕まったって言っただろう?」
「あぁ」
「それで、課に怪しい奴がいたら教えてくれっていわれた」
「なんだそれ? 気分悪いな」
斉藤は、うどんをすするのを止める。
「仕方ないさ。それよりこの話は終わりにしよう。もう休憩が終わる」
二人は沈黙し食事を再開した。
駅前を大勢の人間が行き交っている。いろんな人間がいろんな表情でいろんな目的をもって交差しあう。まだ夜には早いけど、昼とは言えない時間。その中を、仕事を終えた井上は歩いていた。その井上の進行方向に、デニムのショートパンツとベスト、薄手のキャミソールを着た中学生ぐらいの女の子が、駅の建物の壁に寄りかかっていた。その子は、薄く化粧をした顔を熱心に鏡で確認していた。申し訳程度に膨らんだ乳房と、程よい質感の太ももとフクラハギ。足元には、膨らんでいるトートバックが置かれている。井上は、その子を横目で一瞥し、確認すると近づいて声を掛けた。
「君一人?」
女の子は、鏡を見るのをやめると目を細め、井上を値踏みする。
「そうだけど何?」
素っ気無く答える少女に、人懐っこい笑顔を向けて井上は誘った。
「暇なら、どっかいこうよ。おもしろくなかったら途中で帰ってもいいし」
少女は、スッキリしたスーツ姿、愛くるしい顔の順番に井上を見ると軽くうなずき、返事をした。
「……いいよ」
「本当? ありがとう。それじゃどこに行こうか? カラオケはどう?」
黙って少女がうなずくと、二人は歩き出した。
食堂に出掛けた井上と斉藤は、前日と同じ場所に腰をおろした。斉藤の昼飯は焼き魚定食、一方井上は昨日と同じような弁当だが茶色の割合がより増えていた。座りながら、斉藤がはめている腕時計に井上の視線が行く。
「時計替えたのか?」
「何言ってんだ?一週間前からこの時計だぞ」
「そうだったっけ?」
「そんなことより、とりあえず食おうぜ。今日も旨そうだな?」
「昨日より美味しいと思うよ。新しく仕入れたからね。鮮度が違うよ」
斉藤は井上の弁当箱に箸を伸ばすとハンバーグを一口大に切り、口に運んだ。
「旨いな」
「そうだろう? 大量に仕入れたから、すくなくとも1ヶ月は楽しめるよ」
笑顔で井上が答える。
「ああ、そいつは楽しみだな」
暗褐色のベルトが巻かれている斉藤の手首には、鈍色の文字盤上の”IWC”の文字が黒々と輝いていた。
読んでくださってありがとうございます。
批評お願いします。