天使が往く 後編
「お前!!【正義】を行う僕たちに逆らって、僕の仲間まで殺すなんて!!」
そう言って、リーダーやその他、四人の男女が斬りかかってくる。
それに、クレアシオンに対して『逆らう』と言った。一体、いつ勇者達が彼より上の立場になったのだろうか?
だが、クレアシオンはただ、呆れていた。怒りを通り越して呆れていた。今まで散々、他者を殺し、略奪し、犯してきたと言うのに、殺される覚悟すらしていないとは。
戦場に立つ資格がどうとか以前に、人としてどうなのか?と。恐らく、ゲーム感覚でやって来たのだろう。
ステータスの表示はないが、スキル、レベル、職業があり、元の世界ではなかった圧倒的な力があった。ゲーム感覚で人を苦しめてきたのだろう。嫌でもそう思ってしまう。
それに対して、クレアシオンは、
「お前らが【正義】なら、……俺は【悪】でいいよ」
そう、短く返した。勇者に届いたかはわからない。だが、それでいい。他人を傷付けるのが正義なら悪でいいと、これは誰でもない自分が自分でいるための決意のようなものだから。
彼は小回りのきく刀に持ち変え、勇者を殺していく。勇者の動きは悪い。今までまともな戦いをしてこなかったのだろう。
戦術なんてありはしない。各々が好き勝手、ステータスの限りに力を振るう。
それを彼は舞うように避け、斬っていく。金色の尻尾が彼が宙を舞うたび、なびき、揺れる。
動きが全て洗練された一振りの刀のように美しく、戦場にも関わらず見るものを魅了する。
「……っ!!あの方に続け!!」
突然の乱入、圧倒的な力で勇者たちを葬っていく。突然降ってきた救世主に夢でも見ているのでは、と。
あまりの美しい戦いに見惚れていた兵士が我を取り戻し、声をあげ、それに続こうと亜人と人の軍が動き出そうとするが、
「お前らはそこで見てろ!!」
「しかし……!!」
クレアシオンに止められた。仇を取りたい。苦しめてきた敵を殺したい。愛していた者奪った者を倒す戦いに参加したい。
そういう思いでここにたっていた。ここでやらなければ後悔する。見ているなんてできない、と。だが、
「お前らを庇う余裕はない」
「……」
クレアシオンも何千何万の兵を庇うことは出来ない。彼相手だから弱く見えるが、それでも勇者だ。
神が天使以上に力を与えた存在。兵たちで倒せるなら、とっくに倒している。足を引っ張るだけだと言われ、兵たちは悔しそうに歯を食い縛る。
その様子を見て、彼はめんどくさそうに小さく舌打ちをし、
「俺は、勇者を倒したら帰る。その時、お前らの大切な人を奴隷にして苦しめている国から解放する為の戦力を少しでも残しておけ!!」
「「「わかりました!!!」」」
兵たちは、自分たちの本当に戦わなければいけない、戦いを教えられ、ここは我慢することに決めた。
ここはあの人に任せ、自分達の大切な人を、自分達の自由を希望を取り返そう、と自分達を苦しめてきた国を倒そうときめた。
「随分余裕じゃないかい?……僕たち勇者がいないと魔王は倒せないんじゃないかな?」
息を切らしながら、勇者は兵と会話するクレアシオンに話しかける。その目は余裕等なく、仲間を殺されて怒りに満ちていた。
そして、思い出したように、魔王はどうするのか?と聞く、亜人たちは苦虫を噛み潰したような顔をし、それをみた勇者たちは顔をゆがめるが、クレアシオンはめんどくさそうに、
「……魔王は倒したよ。……お前らが好き勝手やってる間にな」
そう言い、空間を殴り割り、中から魔王と幹部の首を投げ渡す。それを見て、亜人と人の国の人間は歓声をあげ、喜び、サルス王国の兵たちは苦虫を噛み潰したように、顔を歪めた。
これで、大義名分は無くなったと。
「お前らは、用済みだよ……」
「……っ!?」
クレアシオンが放った魔術がリーダーの胸に穴を開けた。そして、鬼神化し、勇者たちをヴェーグで切り裂いていく。
魔法が飛んでくるが、その全てをはね除け、好き勝手していた勇者たちを殺していく。そして――
最後に後方に逃げていた勇者数名に向けて魔術を放つための詠唱をする。今まで無詠唱だったクレアシオンが唱え出したことに、ナール王国の兵たちは慌てて逃げ出す。
なぜなら、彼らは勇者を挟んでクレアシオンと反対側に居たからだ。クレアシオンの意図が分かり、自分だけでも助かろうとバラバラに逃げ惑い。押して、押されて転んだ者を踏み殺していく。
しかし、そこは戦闘経験の浅く、一方的な虐殺しかしてこなかった勇者たちは詠唱を始めたクレアシオンにチャンスだと思い突っ込んでいく。
「死ねぇ!!」
「みんなの仇!!」
「化け物がぁ!!」
好き勝手言いながら武器を降り下ろすが、クレアシオンの尻尾に邪魔をされ、攻撃を全て弾き返された。
彼の魔力が高まる。濃密な息の出来ないほどの殺気。ここまで来れば、流石の勇者たちも殺気を感じたのだろう。
腰を抜かし、這いずるように彼から距離を取ろうとするが、もう、遅い。
「――――クリムゾン・ノヴァ」
焔が辺りを包んだ。辺りが白い光に消えていく。亜人と人の国の人々がどうなったのか恐る恐る見て絶句した。
自分達の国の前の平原が大きな半円状の穴を残し、全て無くなり、所々、紅い焔が燻っているだけだったからだ。
「あの人は!?俺たちを助けてくれた、あの人は!?」
国の人達はクレアシオンを探し回った。一言お礼が言いたくて。だが、どこを探したも、彼の姿はない。それから、こんな噂が流れ出した。
「あの人はどこにいったんだ?」
「勇者を倒したら帰るって言ってただろ?帰ったんだよ」
「どこに?」
「女神アリア様の天使って言ってたから、アリア様の元にだろう」
「聞いたことない女神様だな」
「だが、俺たちを苦しめた勇者を送った神よりは信用出来る。天使様をお遣いくださった」
こうして、この世界の管理者ではないアリアが女神として崇められるようになり、勇者を送り、放置していた神は信仰が集まらず、降格したそうだった。
ナール王国周辺国家に瞬く間に、勇者討伐と魔王討伐の知らせがはいった。
◆◇◆◇◆
「これは、凄まじいな」
「ああ、これはいずれ、我々の大きな障壁になる。その前に摘むか」
穴があいた平原の遥か上空。そこで認識阻害の仮面とローブのフードを深く被った二人の男が会話をしていた。
魔術で気配を消し、魔術を使ってクレアシオンを観察していた。ここまで離れ、念入りに気取られないようにしているのは、彼の敵感知能力が卓越しているからだ。
ギリギリ魔術で観れるところまではなれている。
「どうする?」
「我々の世界に招待しよう。なんとしてもこちら側に引き入れたい」
遥か上空、二人の不気味な笑い声が響いていた。なぜ、勇者を横取りできたか、それは、言うまでもないだろう。
これからの計画を話し合い、不気味な笑い声を残し、消えていった。
◆◇◆◇◆
「勇者たちはどうした!?」
大声で怒りを隠そうともしないのは、ナール王国国王だ。彼が今なぜ、こうも落ち着きなく、騒ぎ立てているかと言うと、
「ゆ、勇者たちと、亜人どもを狩に行っていた騎士達との連絡が途切れ、三週間程前から行方知れずです!!」
そう、勇者達と国の最大戦力が戻って来ないでいた。それに、一方的な通商をしていたが、最近、周辺諸国が全て貿易に応じない処か、無視をしてきたのだ。
その事に制裁を加える、と言っても、やれるものならやってみろ、と強気で反抗されていた。
勇者の力を過信し、攻めてくるような国はもう、ないという油断。
制裁を加えるにしても、制裁を加える為の戦力がなかった。亜人の最後の希望を圧倒的な戦力を見せつけ、抵抗する気も無くした者共をいたぶり殺そうとし、最低限の治安維持と防衛が出来る兵しか残していなかったのだ。
その事にイライラしていると、扉が強く開かれた。余程焦っていたのだろう。文字どおり、転がり込んできた。
「無礼者!!我はナール王国国王ぞ!!」
この男は、自分が一番偉く、この地位は絶対に揺るがないと考えていた。普通なら何か有ったと考えるが、そこに行き着かない。
「も、申し訳ありません!!報告があります!!」
兵の切羽詰まった様子に流石に何か思ったのだろう。
「大したことなかったら。首を落とすぞ!!」
この国は、いや、この男はどこまで腐っているのだろうか?勇者がいたとしても、いつか、家臣に背中を刺されて死んでいただろう。
兵はこの緊急事態、自分の手でこいつを殺しても歴史は変わらないだろう、そう思いながら答える。
「はっ!!周辺諸国が全兵力をあげて押し寄せています!!」
好き放題やって来たつけを回収しに、周辺諸国が攻めてきた。勇者やこの国の騎士が帰ってこない時に、攻めてこられてはひとたまりもないだろう。
あまりの出来事に一瞬、王の脳がフリーズした。ようやく事態を飲み込めたのか、
「戯れ言を、この者を牢にぶちこめ、明日処刑する!!」
「「「はっ!!」」」
否、馬鹿は死んでも治らなかったようだ。このあと、敵の兵力に何の準備もせず、亜人の奴隷をいたぶっていたこの国の国民たちは、なにもできず、磔にされ考え付く限りの拷問の果てに殺された。
敵の戦力は周辺諸国だけじゃなく、ナール王国に苦しめられた国々から精鋭が集められていたのだ。
罰とは往々にして、罪とは釣り合わないものだ、とだけは言っておこう。自身の行いは必ず返ってくる。
◆◇◆◇◆
「はぁ、世の中全員甘党なら、無益な殺し合も無くなって平和になるのにな……。ガリッ」
そう、呟きながら、クレアシオンは口に入れた飴を噛み砕く。
嫌なことがあれば飴玉を噛み砕く。
悪い癖だと自覚はしているが止められなかった。嫌なことも、飴玉と一緒に噛み砕いて飲み込めるような気がしていたからだ。
「なぁ、クレアシオン。ちょっとやって来てほしい仕事が有るんだ」
後ろから男に話しかけられた。クレアシオンは後ろ髪をガリガリと掻きながら、
「―――さん、勘弁してください。疲れているんですよ……」
知人、ただそれだけの関係。師匠の友人の一人でそれ位しか知らない。疲れているのにやりたくなかった。
「大丈夫だ。すぐ終わる」
「はぁ、アリアにちょっと言ってから行きます」
「いや、直ぐに行ってほしい。アリアさんには私から行っておこう」
クレアシオンは僅かに違和感を感じたが、疲れているので直ぐに終わるなら、さっさとやってしまおうと考えた。そして、指定された世界に一人で、誰にも言わずに行ってしまった――
後ろの男が、口を歪めているのに気づかずに。
「――ああ、直ぐに終わるさ……」
ありがとうございました。
クレアシオンの神界でのお仕事の一つでした。
魔王様が逝く~勇者を率いて邪神狩り~の本編で少しづつこの後の話も書いていきたいです。