天使が往く 中編二
「ふはははは、もうすぐじゃ!!。もうすぐで邪神様が誕生する。これで、外の敵を殺せる!!勇者様には本当に感謝しかない!!」
魔王城の地下、そこで多くの幹部を含めた悪魔たちが禍々しい淀んだ魔法陣に祈りを捧げている。
外の揺れを感じながら、仲間が何者かに殺されるのを感じながら、強大な何かを感じながら、邪神の誕生を待っていた。
魔法陣の輝きがます。魔法陣から這い出すようにこの世の物とは思えない醜いなにかが頭まで現れ――――
ドガァァァァン、音と共に天井が崩れた。土煙から現れたのは、黒髪に金色に輝く瞳が特徴の大きな翼をもつ男――クレアシオンがヴェーグを地面に突き刺していた。
地面には魔法陣があり、そこから邪神が現れているところだったが、邪神はヴェーグに突き刺され、神器によって刺されたことにより、死に絶えた。
「あれ?おかしいな?魔力感知だと真下に上位邪神が生まれそうだったのに?どこいった?」
クレアシオンは上位の邪神が生まれたら倒せることは倒せるが、強くなった魔王と手を組まれたら倒せない。
さすがに魔王と邪神相手では相手が悪い、と思い、ヴェーグの重さでショートカットしたのだ。邪神の上に。
この時のクレアシオンの単純な力は上級武神・魔神程の力しかなかった。戦い方で最上級武神・魔神になんとか並ぶぐらいしかなかったからだ。
天使にしては破格の戦闘力をもっていたが、上位邪神が生まれていたら神界に逃げ帰ろうと考えていた。
邪神が障壁を張ると神界に帰れなくなってしまうからだ、障壁が張られた場所は神界から干渉が出来なくなるので、障壁の範囲は余り広く出来ないが厄介だった。
「貴様!!」
魔王が怒りの表情で斬激を繰り返す。
「おお、魔王が下位邪神より強いな、これは早めにきて正解だった」
驚いたことに、魔王が思っていたより強くなっていた。どれ程勇者が、ナール王国が非道な事をしているか、悪魔たちの強さを見ていると嫌でもわかってしまう。
クレアシオンは無意識に手に力がはいる。
――胸くそ悪い
魔王の剣を弾き飛ばし、魔王の腹部に蹴りを見舞った。
クレアシオンは鬼神化し、ヴェーグで魔王の首をはね、九尾化し、魔術で周りの悪魔たちを殺していく。
幹部たちの首は残して、悪魔は原型を残さず殺されていった。
逃げ出した悪魔もいるが、彼の関与するところじゃない。それぐらい人がやるべきことだ。
「……あとは、勇者たちか」
クレアシオンは勇者殺しが苦手だった。否、堕天する前の彼は人殺しを忌み嫌っていた。
神界を脅かす魔物と魔族と邪神しか殺さなかったのだ。
人はどんなに悪人だろうと殺さない。捕まえて引き渡すしかしなかった。
どんなに甘いと言われても更正するチャンスを与えていた。
だが、道を外した勇者だけはそれは出来ない。力を持つがゆえに人では、並の天使では対処出来ない。殺すしかなかった。
――それに、限度がある……
◆◇◆◇◆
泣き叫ぶ声が、助けを求める声が響いた。人の希望であった勇者たちが私利私欲で動いた結果だった。
普通の人には、最上級天使ですら勝てない者達の集団。それが、亜人最後の国、人と亜人が住む最大の国を襲っていた。
「人間の敵を庇うとは、どういうことだ!!亜人を差し出すなら、見逃してやる!!」
戦争、否、略奪の指揮をとる騎士がそう叫ぶ。差し出せばその亜人たちの未来は決まっている。
死ぬより辛い目にあってしまうだろう。ならば、絶対に渡すか、と
「我らの友を、家族を、人間の善き隣人を渡して助かるぐらいなら、我らは、共に破滅の道を歩む!!」
その叫びはまともな国々の否、まともな人、全ての代弁だった。勇者たちは過剰戦力だが、全員集まっていた。一人も逃さないように。
略奪の味をしめた勇者達はこぞって略奪に参加し、ナール王国の人間も見せしめには良いだろうと許可を出していた。
勇者の欲に眩んだ目がその国の民を見る。その視線を浴びた人は気持ち悪そうに視線から逃れようとする。
「みんな!!人間の敵はこの国を滅ぼしたら、あとは、魔王達だけだ!!」
勇者のリーダーが爽やかな笑顔でそう言う。周りの女勇者から黄色い声援が上がり、他の者たちは自分を鼓舞するように雄叫びをあげた。
両者の間に緊張が走る。いつ始まってもおかしくない。勇者たちが走り出そうとしたとき、上空から何かが落ちてきた。
ドガァァァァンと言う音と共に砂埃が舞う。戦いを始めようとしていた両者は固まり、その土煙をみる。
すると、バサッと羽ばたきによって、土煙が払われた。
土煙の中から現れたのは、穢れなき白を宿す翼をはためかせ、巨大な大剣を担ぐ男――クレアシオンだった。
「何者だ!!」
サルス王国の騎士が誰何する。ただ、その声は若干強張っていた。クレアシオンから放たれる殺気を感じたからだ。
「通りすがりの、女神アリアの天使」
そう言い、亜人たちの国を守るように立つ。
「なんだ、神様の使いか、それなら、僕たちの正義を手伝いに来てくれたんだね」
そう言うのは、勇者たちのリーダーだ。今まで格上との戦いをしたことがなく、彼我の差を測る術を知らなかった。
否、知る必要もなかった。だから、クレアシオンから漏れる微かな殺気に気づかない。
勘のいい者は殺気に気がついても、自分達が有利な事を疑わず、何殺気向けてんだ、とクレアシオンを睨んでいた。
「……一度聞いてみたかったんだが、お前らの言う【正義】ってなんだ?」
これはクレアシオンがずっと疑問に思っていたことだ。明らかに自分の欲のために他者を苦しめ、殺している者が【正義】を口にする。
他者を殺すことが【正義】なのか、自分さえ幸せなら【正義】なのか。国が変われば【正義】が変わる。下手をすれば個人で変わる不確かな物。
「勇者の俺たちがやることが【正義】だ!!決まってんだろ?神に選ばれたんだからな!!」
そう言い、ぎゃははは、と下品な笑い声をあげる勇者たち。そう、勇者たちしか笑っていない。
騎士たちは徐々に強くなる殺気に怯え、動けないでいた。だが、勇者は誰も気がつかない。
中途半端に強いが為に危険に対して、恐怖に対して鈍感になってしまっていた。
それは、戦場において命取りだった。
喧嘩を売ってはならない相手を見極める事が出来ないからだ。全力で別方向に逃げたのなら助かったかも知れない。逃げ切れたかも知れない。
「お前らの【正義】は、俺には【独りよがり】にしか聞こえないよ」
「そうかよ、なら。……死ね!!」
勇者の一人がそう言い、クレアシオンの背後から斬激を与えようとする。
動きを見ない彼を見て、反応出来ないと思い卑下た笑みを浮かべる。他の勇者たちも、クレアシオンが死ぬのを幻視した。だが、
「ぐぇっ!?」
クレアシオンが九尾化し、そのうちの尻尾の一本で首を締めた。勇者はほどこうと暴れ、尻尾を殴り、剣で切り裂こうとするが、尻尾の力は強く、剣を持つ手は他の尻尾に封じられていた。
ゴキッと鈍い音が鳴り、剣が地面に落とされる。
「これだから、堕ちた勇者は、魔王よりたちが悪い」
そう、ため息混じりに吐き出す。【堕ちた勇者】を殺すことは、度々あった。
その勇者の何れもが【正義】を騙り、自分の行い全てを【正義】とする。酷い者は自分を【正義】だと言っていた。
急に力を得て、何か、勘違いしたのだろう。神が自分の為に力をくれた、と。何をしても許される、と。
勇者が堕ちると、悪魔に苦しめられた人々が勇者が現れたことによって感じていた【希望】がより大きな【絶望】にかわる。
勇者が人々を苦しめたら、それは悪魔より大きな絶望が生まれる。負のエネルギーから、悪魔が生まれ、魔王が生まれ、力を得て邪神を作り出す。
たちが悪いどころではなかった。実際にこれが原因で滅びた世界もクレアシオンは見ていた。
その悲惨さは実際に見ないとわからない。邪神が障壁をはり、その中で死んだ魂は邪神により、悪魔に変えられる。
障壁の外では無惨に殺された者達の亡骸がころがり、血の川が流れ、植物は枯れ、生物は死に絶えていた。
邪気が混ざったことで生まれる魔物も悪魔に近い者ばかり、師匠たちと一緒に邪神を倒しに行ったが、あまりにもひどすぎた。
その光景を思いだし、クレアシオンの尻尾に力が入り、勇者の体が潰れる。返り血を浴び、彼の金色の髪と尻尾に紅化粧をする。
ありがとうございました。