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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第二章 ~ 世界の謎 ~
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ウェパス♪

 俺は、ケインを連れていくにあたって、俺達の旅の目的を、ケインの所属する真紅の翼の頭であるナージャ・レスターにウェパスで説明していた。


 もう外は日の光が森の中まで降りて来ず、ほぼ真横から放たれる光を幾重にも生える木々達に遮られている。


 薄暗くなった森の中では、所々でツリーハウスに灯りが点って、神聖なるエルフの森をイルミネーションの様に飾り始めていた。


 木々の合間から覗く空は、まだ落ちきらない太陽が足掻くように赤い陽光を放射しているのが見える。

 

『―――いや、荒波については船を大きくする事によって反って波の影響をうけにくくするから、その分多少の荒波には耐えられるはずだ。そして、大きくするならその分、兵も多く乗せられる。一石二鳥だろ』


 俺は、俺達の旅の説明の中から、黒の軍勢の渡海方法について疑問を呈するナージャへ、俺なりの答えを伝えた。


 その頃、ナージャサイドでは――――





 ――――真紅の翼のアジトの一つがある、トスカーナ南西部にある海沿いの街、フラナダ。


 ここは、トスカーナと南の隣国ジュード・ラビアとの国境に近い、両国間貿易の通過拠点となる大きな街だ。


 東大陸のど真ん中あたりから、逆三角形に南に突き出た地形に、トスカーナは東西に長く陣取った領地を持ち、東側にはディアナキースと言う国が逆三角形の付根まで北に領地を伸ばしている。


 そのディアナキースとトスカーナの南に位置するのがジュード・ラビアで、逆三角形の先端に、ちょうど三国を合わせて縮小でもしたかの様に逆三角形の領地を治めていた。


 ちなみに、ホーリエのあるエルラン王国は、トスカーナ北面の東側半分から北西へ伸びる勾玉の様な形であり、エルランの東にはシン国と南東の一部にディアナキースが。


 西にはトスカーナの北面の西側半分から北西へ湾沿いに伸びるサランジットと言う国があるが、このトスカーナの周辺は、エルランを除いて物語には深く関わる事はないので、読者には覚えて頂かなくても良いだろう。


 話を戻すが、そんなトスカーナの西側の海岸沿い、海の玄関口とも言えるフラナダは、産業は漁業を中心に栄えた、“海沿いの街ならでは”と言える街である。


 街の地形は、トスカーナや東大陸南方の国々ではよく見る、円形の区画整理が成されており、街の中心街に貴族達の住む一等地を囲んで、後は商業区や産業区などの隔てもなく雑多な雰囲気を醸し出す。


 商業区、飲食店街、産業区、工業区、自然区としっかり区分けされていたディロイの街とは、街中(まちなか)の構成が大きく違うのだ。


 だが、返ってそれは街中(まちじゅう)が賑やかな(おもむき)を呈し、活気溢れる街の様相を訪れた者に印象付けた。


 中でも海辺に設けられた海産市場は、トスカーナ中の国民だけに留まらず、南の隣国ジュード・ラビアや北の隣国サランジット等からも訪れる者が多く、国内でも有数の来訪客を誇る。


 その、海産市場や海を挑む小上がりの丘に、潮風で風化した小さい穴だらけの建物が建ち並び、家の前に飾られた洗濯物が色とりどりに干され、爽やかな海の薫りに色を付ける。


 そんな、賑やかな市場から少し外れた丘の上の一角。


 虫食いの様に所々に小さい穴が開いたコンクリートの建家の中で、入り口には玄関もなく、ただ赤いカーテンの様な布で気持ち程度に外との隔離を図る小さな家があった。


 その中では、今、まさにセイルとウェパスで交信するナージャの姿が。


 大人の女性の艶めいた肢体が、髪色と同じ赤いタイトワンピと白の腰布、黒の上着に身を包み、背凭れを倒してゆったりとした椅子に寝そべっている。


 右手には三日月の様に大きく反ったタパールを弄び、後ろには側付きの男を従えて、左手にはシャンパンを入れたグラスを揺らしながら、黄金色の液体の中に幾つも上がっていく気泡を眺めていた。


 そんな炎の様な紅に愛された女頭領は、端から見れば無言でグラスを眺めているだけだが、頭の中では遠方の少年とウェパスで久方ぶりの会話に興じていた。


『―――そうは言ってもな、セイル。各国の貿易船は、貨物を積むのにガレオン船と言う大きな船を使って貿易しているが、それでも大陸沿いの風や波が弱まる近海を通って航海しているんだ。沖に出れば出るほど波はうねり、大きな船でも大きく傾くから、積み荷が動いて壊れたりして、商売にならないらしい。つまり、人しか乗って居ないとしても、大きく傾くだけで帆の扱いや操舵も儘ならなくなり、波に浚われて沈没するのがオチってワケだ。そんな大海を、どうやって渡って来るってんだい?』


 ナージャは、自らが頭を務める義賊団、真紅の翼において、先代の頃にも団で幾つかの船を持ち、海から南西の国々に遠征した事もあったのを思い出す。


 陸路では、ここトスカーナは西の内海を迂回するために一度北西のサランジットへ入国してから、さらに北西へ進み、内海の湾を越えて南西に向かわなければならない。


 その大回りな迂回を短縮するために、海の移動手段はかなり有益だったのだ。


 どうやらセイルには、船に関しての知識がない様だ。


 ナージャの質問の後、セイルからの返答は未だ無い。


 セイルも、流石に知識の無い所を突かれると、答えようがないのが実情だった。


 ナージャは、ウェパスの向こうで頭を抱えて溜め息でも突いていそうなセイルを思い浮かべると。


「しょうがない子だね、まったく……」


 とウェパスに乗せずに悪態をつきながらも、姉御肌の性格から放っては置けない。


 後ろに付いていたセヴィアンと言う真紅の翼の構成員も、無言でナージャを見守っていた。


『……まあ、アタシはあんたを信用しないワケじゃない。あんたが言うなら、本当にそう言うことが起こるんだろうさ。でもね、人を説得しようと思うなら、相手が納得できる材料を揃えな。あんたは“純粋な雰囲気で人を信じさせる何か”に甘えすぎなんだ。だが、世の中にはそう言うのが通用しないヤツも沢山居る。そんな時には、しっかりと準備しておくんだ。これからは、そうしておいてから話し合いに挑むんだね』


 何やら説教じみた話になったが、やはりナージャはケインの言うように、頭も聡明なのだ。


 粋の良さから、ナージャをよく理解していない人から見ると度量と器量で頭領をやっている様に思われ勝ちだが、実際のナージャはそれだけじゃなかった。


 人間の、懐の広さを持って色んな人を受け入れてきたから解る、色んな矛盾や疑問を全て自分で考えて、勉強して、頭として一つ一つ応えて来たのだろう。


 その苦労は、皆から慕われる頭領として、実っていったのだった。


 そして。


 再び(だんま)りなセイルに(じょう)がないワケではないナージャは、難しく考え込んでいるであろうセイルに助け船を自ら差し出す。


『――と、言うことで、まあ、さっきはああ言ったけど、アタシはあんたを信じるよ。根拠がなくても、あんたの気持ちに嘘は無いと思うからね。こうしてケインの事も気遣ってくれるくらいだから、少なくともあんたはその世界大戦を信じてる。それが解らないアタシでもないさ』


 放っておけない優しさから、そんな言葉を送った。


『……ごめん、ちゃんと説明出来なくて』


 セイルは、ちゃんと納得してもらう事ができなかった自分の不甲斐なさをナージャに詫びた。


『良いさ。で、その上で、ケインを頼むよ。どうやら伝達に関してはそのカルってのが居るから、必要なかったみたいだけどね―――』


 いや、もっと言えばルーも居るから、セイルはウェパスには不自由しないのが実情なのだが。


『―――ケインはアタシの弟分なんだ。例のガモーネ邸で捕まった時、アイツはガモーネの私設兵に後ろから不意討ちで斬られて、アタシが未熟だったから、それに動揺しちまって捕まったんだ。で、ケインと合流したとき聞いた話じゃ、ケインを殺したと思ったガモーネは、他にも実際に死んじまった仲間が数人居たんだが、ソイツらの死体と一緒にガモーネ邸の裏の自然区へ捨てたらしい。あそこにはライオンやチーターの様な強いヤツじゃなくても、ハイエナとか小型の肉食獣は居るから、死体処分には持って来いなんだろう。だが、ケインと数人はまだ生きてて、何とかハイエナ達の餌食にならずに逃げ延びたらしい。そんな、運にも恵まれたヤツだ。可愛がってやってくれ』


 ナージャはそう言って、自ら弟分と思っているケインをセイルに託す。


 ケインとは、四つも年が離れているが、同じ親に拾われ、同じ屋根の下で育った、本当の姉弟と思える仲だった。


『そう言うことだったのか。それなら、確かに預かった。……と言っても、世界大戦の話はまだ本人には言ってないんだ。だから、その話をしてみて、本人の意向を確認しないと連れては行けない』


 セイルからの言葉に、ケインへの気遣いを感じて、ナージャは心から嬉しく思う。


 セイルについても、自分の見る目に間違いは無かった様だと、安心さえ感じられた。


『ああ。そうしてくれると有り難い。アタシもあんたがそこまで大きな事態に巻き込まれてるとは知らなかったからね。でも、ケインはそれでもあんたに着いていくよ。こう言うことを言うと、さっきあんたに説教しておきながら、アタシも根拠の無い事を言っちまうんだが、アタシはアイツの姉だからね。何となくそう思うんだ。だから、アタシはアイツの答えを聞くまでもない。アイツを、宜しく頼むよ』


 最後は、本当に弟を思う気持ちからか、どこか寂しげなトーンが無意識に出てしまう。


 それはウェパスにも伝わってしまっただろうか。


『ああ、解った!決戦前には、ちゃんとナージャの元に返すよ!』


 セイルの心強い言葉に感謝しながら。


『ああ、それで良いよ。また、何かあったら呼んでくれ。アタシもあの時の約束通り、話を聞いた今でも変わっちゃいない。アタシのできる限り、あんたの手伝いをさせてもらうよ』


 そう言って、女頭領は、これからもお互いの協力関係を続ける意向を示した。


『ありがとう!頼りにしてるよ!』


 そう返してくるセイルに。


『ああ!じゃあ、黒の軍勢の渡海方法の調査も、アタシ達に任せな!アタシ達も生活があるから、義賊の仕事も疎かにはできないが、何とかそっちにも力を入れてみるよ!』


『悪い、頼む!あ、でも、黒の軍勢については恐らくエストールを始めとする三種族同盟国も動くはずだから、もし何なら、三種族同盟国から金出させて仕事として動いたらどうだ?それなら、団員達も食いっぱぐれる事も無いだろうし』


 セイルから、団の事まで気にかけた言葉を貰うとは。


 やはり、アタシが見込んだだけの事はある。


 ナージャはそう自画自賛しつつ。


『助かる!だが、アタシ達も義賊の端くれだ。この世の中の貧乏人をただ放っておく訳にも行かないからね。ウェパスの伝達役をあんた達に割く必要も無くなったから、その分の人員を丸ごと黒の軍勢にあててざっと半分てとこか。百人くらいならすぐにでも動かせる。どうだ。同盟はアタシ達を雇ってくれるかねぇ?』


 そんな疑問が口をついた。


『ああ!恐らく人数的には充分だ!同盟国も、相手に気付かれない様に動く必要があるから、国として大きく動くことはできないはずだ。だから、少ない人数で調査にあたるはず。エメリアがそうだった様にな』


『ふん。エストールの近衛だったね。あんたも凄いモン味方につけたねぇ』


 先程の説明には、セイルと知り合った女近衛の副隊長とか聞いていた。


『そんな話はどうでも良い。だから、影で動ける人員は一人でも多く欲しいはずだよ。俺、このあとエメリア達にもウェパスするから、その時に話しておく。それから、エストールに真紅の翼から使者を送ってくれ』


 “そんな話はどうでもいい”


 その言葉を聞くなり、ナージャはクスッと吹き出す。


「本当に、堅物だな、セイルは……」


 等と、セイルが話している最中にこちらの話として呟いて。


『ああ!わかった!宜しく頼む!』


 セイルが話をまとめた所で了解の意を放つ。


『ああ!任せてくれ!』


 セイルからも自信を窺わせる言葉を貰い、交渉が上々に纏まる事にも充分な満足感を得た。


 我ながら、裏方家業に身を置くと、商売気も出てしまう自分を快くは思えないのだが、表向きな世界のためという名目の仕事に、今回は満足のいく取引ができそうだ。


『じゃあ、またね……』


 ナージャも生きて会うことができた弟と、再び離れ離れになる事に、言外に思いを馳せた。


 それを感じ取ったセイルは。


『ああ。また……』


 その本物の思いを誤魔化さない様に優しく告げる。


 そんなやり取りを最後に、ナージャとセイルとのウェパスは無言の間を経て、そっと切れた。


 ナージャは笑みを浮かべて手にしたシャンパンをぐいっと飲み干す。


 すると、後ろに付いていたセヴィアンが、シャンパンクーラーからグラスへ無言で注ごうとした。


 ナージャはそれを手で制し、イスから立ち上がってセヴィアンに告げる。


「さあ、世界を又に賭けた大きい仕事が来るよ!義賊として、一肌も二肌も脱ごうじゃないか!伝達係のブリッツを呼びな!そして、皆に伝達だ!」


「あいよ!頭!」


 セヴィアンは、強面を激しく崩し、先程の無言の無表情からは一転、不気味な程凶器的な笑顔を満遍なく覗かせた。


 義賊とは、ある意味現代のヤクザと近い裏方家業で、こういった強面も時には必要になるのだが、根は良いヤツばかりの真紅の翼では、セヴィアンの様な強面の男も善の仕事を喜んでしまう。


 そんな元々のツラに不釣り合いな笑顔を微笑ましく見ながら、ナージャはセヴィアンが部屋から出ていくのを見届けていた。





 ―――一方、セイルサイドでは、ナージャとのやり取りを終えたセイルが、大きく深呼吸をしていた。


「……終わっ……た?」


 ルーが俺の顔を除き混む。


 カルはそのまま俺の胡座の上で体の向きを変えて寝そべる。


 居心地が良いのか、そのままあくびをして眠りに入りそうだ。


「ああ。終わった。でも、早くウェパスの事を知っていれば良かったな……」


 そんな言葉を返して、微かに後悔を滲ませる。


 なぜなら、ナージャとのウェパスをしながら、セイルはある考えに至っていたのだ。


 カルを介してナージャにウェパスを送れたのなら、キシにも連絡がとれるじゃないか!


 エメリアにも、ミカにも!


 後で、この一件が纏まったら、ミカ達の様子でもウェパスで聞いてみよう!


 そんな思いに至り、ナージャに「この後にエメリアへウェパスをする」と伝えたのだ。


 それを聞いていたはずのカルはオネムの様だが。


 先にケインの話を片付けるべく、本題を戻す。


 カルはその後で、もう一踏ん張りしてもらおう。


 そう思って、皆の顔を見渡したのだった。

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