天然②☆
まだ日も落ちていない昼下がり。
冬は夜が長く、日照時間が短い。
今時は夕方五時にもなれば日が既に落ちているのだが、宿の時計は未だ四時を目前に、カチカチと等間隔の音を静まる部屋に放っていた。
と言うのも、部屋の中では俺達が声も発しないまま佇み、皆が俺の動向に注目していたのだった。
皆にとって、ケインと手紙の女性と、ナージャと俺の関係が複雑な事に、結論が出るまではどちらに転んでも思うところがあるのだろう。
俺は、そんな皆の視線を集めながら、ケインとのウェパスに集中していた。
『―――でも、あの手紙は私が真紅の翼に合流するときの物なんです。伝達係からウェパスをもらった時、彼女に真紅の翼へ合流する事を打ち明けると、彼女はそりゃあもう、怒ってるんだか悲しんでいるんだか、よくわからない複雑な感情で私を引き留めたんです』
まあ、普通に考えりゃ複雑だわなぁ。
『でも私は、自分が幼い頃から真紅の翼で育ったので、私にとってみれば言わば実家に帰る様なもので、真紅の翼での仕事は実家で家業を手伝う様なものだったんです』
確かに、親兄弟と思っている人達がやっている仕事なら、家業と言えなくもないか?
『だから、私は彼女も一緒に行こうとお願いしたんです!一生懸命、気持ちを伝えたんです!……でも、彼女は首を縦に振らなかった』
後の方は急にトーンが落ち。
『私は仕方なく彼女と過ごした部屋を出て真紅の翼に合流する事を伝え、彼女と過ごした部屋で最後の夜を明かし、合流に向けて出発したとき、私のバッグに入っていたのがあの手紙でした』
なるほど。
とすると、俺達の所へ来るために彼女を置いて出たという訳ではないらしい。
言うなれば、真紅の翼に合流するために彼女を置いて出て、合流した後に俺達の旅を手伝う仕事を頭であるナージャから受けたと言うことか。
それなら、俺達の一存で返す訳にはいかない。
真紅の翼と、ケインとの間の問題が根底にあるのだから。
しかし。
『話はわかったっす。じゃあ、ケインさんは仮に俺達がケインさんを連れていく事を拒んでも、真紅の翼の他の仕事をするだけで、彼女の元へは戻らないという決心で出てきた訳っすね?』
確認の様に送ったウェパスだが、つまりはそう言う事だろう。
『そうです!さっすが、リーダーやっているだけあって、話の理解が早い!それでこそ頭が見込んだお人だ!』
恩人の義理なのか、見込みの情なのか、今になってナージャがケインを遣わせた意図がわからなくなる。
『そんな煽てないで下さい。俺は煽てられると舞い上がりやすい性格なので、俺にはそう言うのは毒です。女神と、一生懸命生きると約束したんだ。そうしないと、俺がここで生きる意味がなくなる』
”ここ“とは、この世界の事だ。
それが、俺がアイシス様とこの世界に転移させてもらう条件だったのだから。
『何を言っているのですか?舞い上がる事と、自信を持つことは違います。セイルさんは、もっと自分に自信を持って良いんですよ。そうして自分を甘やかそうとしない所なども、人にはなかなかできる事ではありません。そう言う一つ一つの事が、唯一無二のセイルさんであり、他の人とは違うセイルさん一人のものなんです』
『……そう、ですかね……』
こんな、ナージャからの手紙と彼女からの手紙を間違えて俺に渡す様な、天然剥き出しの人に、そんな人生哲学的な事を言われるとは思わなかった。
それも、このケインという人物を作り上げる一つの要素とでも言うのだろうか。
『そうですよ。……と、言うことで、私をセイルさんの旅に連れていって下さい!私、セイルさんなら頭の次に慕える人物だと確信しました!』
『いやいや!突拍子もないな!………ホント、その天然ぶりはどこまでが本心でどこからが演技か解らない』
『私はいつでも本心ですよ!裏表がない素直さが私の売りです!』
俺の返しは後半は頭のなかで思考に耽ったつもりだったが、何故かケインにウェパスで届いていたらしい。
『ちょっと、勝手に俺の思考を読み取らないでくれません?』
『あ、すいません。私、感性高いせいで、ウェパスをちゃんと切ってないと相手の思考の部分まで読み取ってしまう時があるんですよ』
そりゃ厄介な読心術だな。
気付かないうちにウェパス繋がれてたら、勝手に心の中で考えてる事を聞かれちゃうって事じゃねーか。
『そ、そうですか……』
しかし、汚い話だが、使いようによってはかなり使える。
『あ、それと、私との話に敬語は要らないですよ!私は……』
『いや、ちょ、ちょっと待ってくれ!まだ皆にもちゃんと話しておかないと、勝手にケインさんを仲間にすることはできない』
『あ!そうですよね!皆が納得しなくちゃ、こう言うことはダメですよね!流石はセイルさん!』
この人、本当にどこまで解って言ってるんだ?
『いやもうそれは良いから。じゃあ、こっちにカル連れて来てもらって、ケインさんの口から手紙についての説明を皆に話してやって下さい。そして、皆が納得してからが一緒に旅をするかの本題になりますから』
『解りました!では、今すぐにそちらに行きますので!』
『カルも聞いてたな?』
『うん、聞いてたよ』
『よし、じゃあ二人でこっちに来てくれ』
『わかった』『わっかりましたー!』
そうして、隣の部屋とのウェパスは切れる。
そして――――
――――数十分後。
ケインの説明を終え、皆は一様に考えていた。
お陰で、六人もの人口密度がありながら、室内には沈黙の空気が充満していた。
その静寂を破ったのは、ガイだった。
「……まあ、あれだな。ケインもこう言ってるワケだしよぉ。そりゃオメェ、連れていくしかねぇんじゃねぇか?」
「そうですよ!私はこう見えて、結構使えると思いますよ?」
ガイの言葉に、ケイン本人も表情を明るくして両手を前に広げる。
大きな身振りで話をするのは、自分を売り込んでいる事が無意識にそうさせているのか。
そういう行動からも、俺達に付いていきたいと言う思いの強さが窺える。
ユリシアもガイの言葉に無言で頷いていた。
「……わかった。じゃあ、俺達の旅の目的とかもちゃんと理解してから、よく考えてみてくれ。それと、ナージャにも、これから俺達と付き合ってもらうには、それらの話を解ってもらう必要がある。その上で、どこまで手伝ってもらえるのか、ナージャにも判断してもらわなければならない。何か、俺が直接ナージャと連絡をとる方法は無いだろうか」
俺は、そう言って、その辺に一応詳しそうなカルやルーを見る。
すると。
「それなら、ボクがウェパスの媒体になってあげるよ」
カルはルーと一度目を合わせると、そう言って俺の方へチョコチョコと歩いてきた。
体躯に不釣り合いなほど大きな羽は、今は畳んで後ろに倒している。
すると、同じ様に後ろへ倒した兎の耳の様に見えなくもないが、やはり”耳“として見ても体とのバランスは”耳“が大きすぎる。
そんな姿で床を歩くカルは、足が短く、小動物好きには堪らなく愛くるしい。
「媒体って?」
俺が胡座の上に乗ったカルを撫でながら聞くと、目をつぶって気持ち良さそうに頭を刷り寄せてくるカルが答えた。
「媒体は媒体だよ。ボクが若様とナージャに同時にウェパスを繋いで、ボクに話をしてくれればそのまま若様がナージャに話が出来るようにしてあげるのさ」
「そんな事も出来たのか?」
俺は初耳の情報に思わず問い質す。
なんせ、それを知っていたらもっと早くナージャに連絡をとれたのだ。
「なんでそんな便利な事を今まで言わな……」
……いや、俺が気づいていれば良かったのだ。
これまでだって、カルのウェパスを何度も利用してきたじゃないか。
そう思えば、俺の至らない所が浮き彫りになり、反省の念が絶えない。
そう思って言葉を途中で止めたのだが、俺の言葉はケインの感激を表現した言葉達に掻き消される。
「すごいですね!ウチに五人しか居ない伝達係達と同じような事ができるんですね、カルさんは!流石はセイルさんのお連れです!!凄いなぁ!」
俺も今初めて知ったから、ケインと同感だが、まあ、精霊なら人類にできない事も出来たりするのだから、納得するしかないのだろう。
そして、俺は自分で自分を納得させた理屈をケインにも言ってやる。
「ああ、カルは風の精霊だから、法術じゃ人類は勝てないくらい、エナとか法力とか凄いんだ」
「そ、そうだったんですか!?なんだ、お人が悪い!私、精霊なんて初めて見ましたよ!」
ケインは尚も感激した様子でまじまじとカルを見ていた。
「いや、それより、いい加減にケインさんから俺達に敬語使うのやめてくれません?歳は間違いなくケインさんの方が上なんだし」
「そ、そうですか?なら、次からそうしますね!」
そう言ってニコニコしているケインを置いといて、俺は。
「まあ、いいや。じゃあカル、頼む」
「オッケー。じゃあ、先に若様にウェパス繋ぐよ?」
「ああ」
そんなやり取りを最後に、俺は頭の中で繋がるカルの言葉に集中して、再び皆を放置プレイする事になった。
『……さま。繋がったかな?』
『ああ。繋がった。ちなみに、ウェパスってどうやってやるんだ?やり方を俺にも教えてくれよ』
俺は、自分自身でウェパスをやりたくなって、カルにお願いする。
『じゃあ、今晩教えてあげるよ。それより今は、ナージャに繋ぐから、ちょっと待ってて……』
『ああ。わかった』
『………』
『………』
『………』
『……よし、来た!じゃあ若様、ナージャと話して良いよ。でも、お互いにボクが二人の会話を聞いてるから、久しぶりだからって変な会話しないでね』
『はあ?そんなのしねーよ』
俺がカルの軽口をたしなめていると。
『……なんだい、セイル。元気そうじゃないか。だが、アタシはそんなに魅力無いかねぇ』
久しぶりに聞くナージャの声。
聞けばあの、深紅に燃え盛る様な髪と瞳が脳裏に甦る。
『ナージャ?久しぶりだな』
『ああ。久しぶり。いきなりどっかで聞いた様な、でも思い出せない声がウェパスで届いたから、誰かと思ったら、あん時あんたが連れてた精霊なんだって?』
『あ、そうか。ナージャにちゃんと紹介してなかったからな。今、ウェパス繋いでくれてんのは、カルって言うんだ。宜しくな』
『ああ、この会話もそのカルが聞いてるんだろ?こちらこそ、改めて宜しくな!』
顔が見えないから、どんな表情で話しているのかわからないが、あの粋の良い姉御肌のナージャの事だ、恐らくは笑みを浮かべた明るい顔で、こちらからのウェパスに応じているに違いない。
『……で、アタシには変な会話もできないくらい女としての魅力も無いかい?』
『そこに戻すのかよ。いや、あの時も俺はナージャに俺達の旅の目的とか、詳しい話をしてなかったから、改めて話しておこうと思ったんだよ』
『アハハ!真面目な話だから、色恋沙汰は用無しってか?あんた、相変わらず硬いみたいだね。でも、それもあんたの良いところか』
『俺、そんなに硬いか?』
『まあね。なんか、いつも自分を追い詰めてる気がして、ちょっと心配はしていたんだ』
『ああ、それは俺がこの世界に転移させてもらう条件として、女神アイシス様と一生懸命生きると約束したからなんだ』
『……は?……女神?』
『ああ。これから話すことは、ナージャ達真紅の翼と俺達が付き合いを続ける上で、ケインを俺達の旅に連れていくにあたっても大事な事だろうから、ちゃんと聞いてほしいんだ。俺は、あの時ナージャに明かせなかった本当の事を話す。ケインの事は、ナージャの心使いは有り難いんだけど、俺達の旅の目的を知った上で本当にケインを連れて良いかどうか、ナージャにも判断してもらわなければならないと思ったから、こうして話をしてるんだ』
『……ふん。なるほど。どうやら本当に真剣な話みたいだねぇ。なら、聞いてやろうじゃないか』
『ありがとう。じゃあ、どこから話すか……』
『それなら、まずはさっきの女神がどうとかって話から頼む』
『ああ、それな………』
俺はあの時、自分が異世界からの転移者であることや、女神と繋りがある上に天使を連れている事など、ナージャの言う『ワケあり』という言葉に埋めて詳しく話していなかった事を一つ一つ話していった。
そして、それでもナージャは俺達に協力してくれるのか、相手が南大陸という巨大な敵で、幾つの国がそこに存在しているのかわからないが、それらを相手に世界の命運を賭けた戦いであることを解ってもらった上で、最終的に頭であるナージャに判断してもらうのだ。
俺とナージャが話し始めて数十分。
『……と、まあ、こんな感じで、俺達は世界を旅している。それでも、ナージャ達真紅の翼は、俺達に協力してくれるのか?』
俺は、話の締めにナージャに問い質す。
すると、ナージャは。
『アッハッハ!!禁忌の大陸と世界大戦か!随分、非現実的な話だねえ!アタシの所にも黒の軍勢の噂は届いてるが、あれが禁忌の大陸の軍勢かい。どうやって海を渡っているのかもわからないし、そんな大人数でその海を渡って戦争を仕掛けるなんざ、想像がつかないよ。アタシもバカじゃないんだ。禁忌の大陸へは、西大陸の最南端でも地獄の入り口と呼ばれる渦だらけの海峡があって渡れない。東大陸からだとマハメダルーシ辺りから船で行くようだけど、あっちも海を渡る間に台風や荒波で、長い航海の内に難破しちまうよ。どっかの占師かなんかが千里眼で見た限り、マハメダルーシからでも何千キリと離れているらしいじゃないか?そんなところから、大軍が船で海を渡って来るなんて、現実的な話じゃあないね』
久しぶりの単語だが、キリとはキロの事だ。
しかし、ナージャは、どうも俺の話を信じてもらえてない様だな。
俺は、船の原理などはあまり知識がない。
上手く説明できるか、一抹の不安を抱きながら、ナージャとのウェパスを続けるのだった。




