―第7話― 転移するなら天使を連れて❤️
俺の事を悲しむ人なんて居ない。
そう思っていた俺に、アイシスから両親が居ると聞き、心の奥が暖かくなった気がした俺は、アイシスが続ける話に聞き入っていた。
「あなたの両親は、兄や姉の学費稼ぎに必死になりながらも、あなたにもあなた自身の望む将来に向けて、出来る限り進路の選択に制限をかけまいと必死になって働き、あなたが進路選択にお金のかかる大学や専門学校への進学を選択しても、“お金がないから進学できない”なんて事が無い様に、一生懸命貯金もしています。あなたとの普段の会話が無いのは問題ではあるけど、彼らは彼らなりにあなたの事も一生懸命思っている事は、わかってあげなくてはなりませんよ?」
「そんな事言ったって……」
知らなかった。
先程までの俺には、兄の方ばかり持ち上げる両親は、出来の悪い俺の事なんて要らないのだと思っていた。
でも、アイシスの話を聞いて少しだけ両親の思いを聞ける様になった今、アイシスの言葉を疑うことは無いのだが、これまで受けてきた仕打ちがある為に、すんなりと受け入れるにはまだ少し抵抗がある。
しかし、今思えば確かに出来の悪い俺を、両親は怒ったりもしなかった。
それは、さっきまでは『俺のことなど不必要な存在だと思っているからだ』と決めつけていたが―――。
「……それは、あなたのありのままを受け入れていたからなのですよ」
俺の考えている間に突然口を挟んできた女神は、顎の高さで手を合わせ、軽く頭を下げて。
「ごめんなさい。あなたが考えているのを見て、間違った解釈をしないか、心を読ませてもらいました。勝手な事をしてごめんなさい」
そんな事を言われて、『やっぱりな』とも思った。
口を挟まれた時点で予想はしていた。
だが、別に悪い気はしなかった。
「ついでに言うと、あなたは学校でも影が薄いと自分で認識しているけれども、小学校から中学3年までの約9年間、あなたは辛かっただろうけど、見方を変えると孤独に耐えることができる子だった。……でも、お兄さんは違いました。本当は、お兄さんこそ、学校では苛められて、家にしか居場所が無かったのですよ。そして、それに気付いた両親は、お兄さんの居場所を残す為にあなたにも辛い思いをさせてしまっていたのです」
衝撃的だった。
あの、小山の大将だった兄が、逆に苛められていたなんて。
こればっかりはすんなりと信じられない。
そんな俺の気持ちを察知してか、アイシスは兄の話を始めた。
「お兄さんは、小学校低学年まではヤンチャな男の子で通っていたけれど、高学年に入った4年生の時、からかった友達に殴られてたったの1発で泣いてしまったの。それがきっかけで、『アイツは実は弱かった』という噂が広がり、瞬く間に学年中に知れ渡った。そして、それまでお兄さんにからかわれた、もしくは苛められていた子達が次々に仕返しを始め、実は弱かったお兄さんはあっという間に立場が逆転してしまったのよ。あなたを苛めるようになったのは、その腹癒せでしょうか」
言われてみれば、姉が中学に入り親が共働きを始めた頃と時期が重なる。
どうやら信憑性は高い様だった。
「じゃあ、兄も俺が死んだら悲しむのかな…」
これまで散々苛められてきた兄だが、俺が知らない事実の中では実は弟を思う兄が……?
「いいえ。お兄さんはあなたを、単純に物として所有している認識で、貢ぎ物と金を奪える以外に利点の無い存在としか見てないわね」
……もう泪が止まらない。
この女神、包み隠さずとんでもねえ事バラシやがった。
哀しすぎる。
さっきまでの期待を返してほしい。
「……おほん!……えー、また脱線しちゃったけど、他にも少なからずあなたを思っている人も居るし、多少なりとも悲しむ人は居るわ。だから、さっきの話に答えてほしいのです。このまま亡くなるか、新しい人生を始めるか。ただし、新しい人生を始めるには、いくつか条件があります」
”多少“とか”少なからず“とか、女神の一言余計な言葉が針の様にチクチク胸に刺さるが、急に後半真面目な顔になった女神を見て、俺も居住まいを正した。
「条件って?」
「新しい人生を始めるには、新しい世界に転移する必要があります。なぜなら、あなたのこれまでの存在を抹消しても、あなたを知っていた人と同じ時間を生きた時、僅かな歪みからパンデミックが起こりかねないからです。だから、せめてあなたを知っていた人が生きている時代を避けて、過去か未来、あるいは異世界に行っていただく必要があり、そのためのあの店だったのです」
先程、俺が猫に案内されて入った、機械と老人だけの店か。
「そして、あなたはあの店で既に行き先を指定しているので、そこで新たな人生を歩んでいただく事になります。本来、あの店は人生に疲れた人にランダムな抽選で提供する、私の慈悲を権現した物なのですが、私の力でバーチャル旅行ではなく完全な転生を実現させます」
ほう。あの店はそういうものだったのか。
「さらに、あなたの選択した行き先では、これまでのニートの様なダラけた生活では生きていけませんから、今度こそ必死に生きる事が必然となります」
おうおう。なかなかハードな条件じゃねえか。
ニートなめんなよ?
なんなら死ぬ方を選んでも良いんだぜ?
「それと最後に、転移先であなたと歳の近い少女に出会うのですが、彼女の助けになってあげてほしいのです」
またまためんどくささが足されたよ。
もう本当に死を選ぼうかな……。
「あなたが転移先で最初に出会う少女になるハズですが、あなたも物語などで聞いたことがある、いわゆる実在する天使と呼ばれる存在で―――」
「やります!」
即答していた。
「―――その天……は?」
「だから、やります!転生します!」
まだ説明が終わっていなかった様だが、もうそんな事はどうでもいい。
……ってかやべえ!
俺と同い年くらいの天使って何だよ!?
天使と言うからには、この女神には劣っても超人的可愛さのハズだ!
そんなのを助けて、惚れられた日にゃもう!
たまらんやろ!?
俺の即答に目を丸くしている女神に、もう一度宣言した。
「その条件、確かに承りました!」
俺は力強く握った拳を見せ、再び全力で女神に応えた!