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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第二章 ~ 世界の謎 ~
75/83

人を人として……

  ――――数分後。


  俺は、ようやく泣き止んで、アイシスから離れる。


  そして、落ち着いてきた所で、今の状況が頭の中に浸透してきた。


  「……あ、アイシス様、ごめんなさい」


  やっと出た、俺の素直な気持ちだった。


  「……いいえ。謝る事なんて無いのよ……」


  「……え?」


  アイシスから返ってきた言葉に、思わず疑問符を返す。


  だって、俺のせいでルーまで怒らせて嫌われて、俺のせいでルーのお母さんも救えなくて、俺のせいでこの旅も終わってしまうかもしれなくて、俺のせいでこの世界も救えなくて、俺のせいで、俺のせいで……。


  「セイル。あなたは、さっきまで思い悩んでいた間、あなたの至らない所に自ら向き合い、直すべき所も自分で認めました。そして、自らの至らない所を至らないと認めたからこそ、私の目を見る事を躊躇い、それでも尚、私の呼び掛けに応じて目を見てくれた。私が、さっきあなたに言った通り、それでこそ、私の選んだセイルです。そして、私が認めた私の息子です」


  「……そ、そう……なのか……?」


  俺は、自分で特別な事をした覚えがないから、イマイチよくわからなかった。


  「……そうですよ」


  アイシスは、そう言って優しく微笑む。


  そして、何か思い付いた様に。


  「……あ、そうですね。良い機会ですから、私からセイルに良い言葉を送りましょう」


  そう言って、アイシスは眼を瞑る。


  ……な、なんだ?


  何か、暖かい空気が辺りを包んだ。


  『”(ひと)“を”人“として”(ぜん)“と知りなさい。そして、その”人“を”然“のままに受け入れなさい』


  ………???


  さっぱりわからん。


  「今の言葉にある”人“とは、言うまでもなく人類、人の事です。そして”然“とは、”しかり“とも言いますが、『ありのまま』あるいは『当たり前』を意味します。『当然』の『然』です」


  う、う~む。


  やっぱりわからん。


  「……仕方がないですね……」


  俺のさっぱりわかっていない顔を察知したアイシスは、そう前置きしてから説明を始める。


  「この言葉の意味は、『”人“と言うものは善も悪も等しく併せ持つ生き物である事を理解しなさい。良い事も悪い事もするのが”当たり前“なのだと理解し、それこそが正しく”人“である事を知りなさい。そして、そんなありのままの”人“をありのままに受け入れ、良い事も悪い事もする”当たり前“を信じなさい』と言う意味です」


  余計にわからん!


  「……要は、良い事も悪い事も全部ひっくるめて目の前の人を受け入れて、信じなさいと言う話ですよ。……わかりましたか?」


  「う~ん、解ったような、解らないような……」


  俺は、いまいちピンと来ない話に、有耶無耶な返事を返した。


  「それが出来たなら、多少嫌なことをされても、大抵の事は許せるはずです。そして、人との繋がりをもっと大事にできるはずです」


  「はぁ……」


  尚も有耶無耶な返事を返すと、女神は微笑んで頷く。


  そして。


  「あなたなら、できるはずです。あなたが懸け橋となろうとした、人間とエルフの共存にもそれは大事な事で、あなたなら、それを成し遂げられる」


  「そ、そう言われても、俺には……」


  よくわからない。


  そう続けようとしたが、アイシスは目を閉じる仕草でそれを制す。


  そして、再び目を開くと、おもむろに口を開いた。


  「神にも邪神が居るように、神の世界にだって善と悪は存在します。そして、神でもその一人一人の心の持ち様で聖神にも邪神にもなるのです。人だって同じ。人には神のような力がないから、一人の悪はそんなに大きな事として捉えられないかもしれないけど、それでも武器を持った悪人は人々を恐怖に陥れる事もある―――」


  また、アイシス様得意の発言暴走が始まる。


  「―――そうやって恐怖をもたらす悪が居れば、その悪を倒す善も居る。それだけ世の中の悪と善は表裏一体で、自分自身だっていつ、誰に悪い事をしているかも知れない。善かれと思ってしたことも、相手にとってみれば迷惑だったり、不快な思いをしたりもするものです―――」


  発言暴走はまだ続きそうだが、今回はすごく良い話をしてくれている気がして、一生懸命聞いていた。


「―――そういう善悪は全てひっくるめて受け入れて、善であろうとするなら自らの悪を反省し、正しなさい。そして、相手にとって悪い事をしたと気付けたなら、悪い事をした相手に謝りなさい。許して貰いなさい。そして、自分も悪い事をされたなら、相手が謝ってきた時には許してあげなさい」


  ようやく暴走は終ったようだ。


  アイシスは「ふう」と一息ついて、「……わかりましたか?」と俺の顔を窺う。


  「……はい」


  俺は、求められているであろう返事を返した。


  実際、今回の事もあって、心に沁みる話だった。


  「……よろしい。では、あなたが今悩んでいた事……、これからあなたが何をすべきか、もう答えは出ていますね?」


  アイシスが、悲しみを含まない、いつもの笑顔で俺を見てくれる。


  ……確かに、やるべき事は一つしかない。


  俺自身、これまでの事を反省するのは大前提だ。


  その上で、やるべき事。


  アイシス様は、ちゃんと俺を見て選んでくれたんだ。


  人選ミスなんかじゃなかった。


  その事だけでも、俺には心強い。


  勇気を出して、言おう!


  皆に、心の底から、謝ろう!


  「わかりました!」


  俺は、自分にも言い聞かせる様に強く言い放った。


  アイシスは、そんな俺を見て再び微笑む。


  「では、しっかりね」


  言いながら手を振るアイシスに、俺は手を振り返しながら答える。


  「ありがとう!母さん!行ってきます!」


  気合いを入れてそう言い放つと、俺は手を振りながらアイシスの前から走り出していた。


  そして。


  「フフフ。セイルは本当に良い子ね。ルーちゃんも、この愛と戦の女神である私の眷族なのだから、本当はそんなに大事(おおごと)ではないのだけれど……」


  俺の姿が小さくなるまで見送ったアイシスは、そう呟いて姿を消す。


  俺が遠くに行ってから小さな川辺で呟かれた言葉を、俺は知るよしもなかった。




  そうして、走って宿に戻ると、受付に軽く会釈をして客室階へ上がる。


  俺は、ガイと同罪でルーに嫌われたのだ。


  だから、ルーにはガイと一緒に謝るべきだろう。


  俺はもう、ガイをしっかり認め、受け入れる事に決めた!


  まずはガイに謝るべきだ!


  そして、その上でこれからガイと共に旅をするなら、共にルーに怒られよう!


  そう思って、ルー達の部屋の一つ手前。


  俺とガイの男部屋に借りたもう片方の部屋に、俺は勢い良く入った!


  ガツンッ!!


  ……つもりだった。


  ドアノブを回し、開けると同時に入り込むつもりだったが、扉が開かなかったせいでオデコを強打した。


  「なんっ………!?」


  再びドアノブを掴み、左右に捻ってみる。


  ガチャガチャ。


  鍵がかかっていた。


  は?


  俺、閉め出された!?


  「お、おい!ガイ!居るんだろ!?」


  ルー達にまた迷惑をかけないように、ドアに手を当てて顔を寄せ、内緒話を強めた様な声で部屋の中に呼び掛けた。


  シィ……ン………。


  部屋の中からは何の音沙汰もない。


  ただただ静まり返った空気だけが辺りを包んでいた。


  まさか!?


  ガイはやっぱり俺達と旅するのを諦めて出ていったのか!?


  そんな、まさか!?


  そう言えば俺、アイツが止めるのを無視して宿を出たんだよな。


  その後、アイツは何してたんだ?


  ちょっと待て!


  あれだけルーに付きまとってたんだ。


  あのガイがそう簡単にルーを諦めるわけ……!?


  まさか!?


  前にも過った悪い想像が、脳裏に再び甦る。


  ルーを拐って行きやがったか!?


  いいや、待て待て!


  そんなはずは無い!


  ユリシアも居るし、いざとなったらカルが黙ってないはずだ!


  しかし、もう結構夜が更けてきたし、カルがオネムだったら……。


  その隙にルーを拐って……!?


  いやいやいや、まてまてまてまて!


  「あれ?お兄ちゃん?」


  ほら、ルーはちゃんと居るんだから。


  「あ、セイルさん。どこに行ってたんですか?」


  ほら、ユリシアも無事じゃないか。


  「若様遅いから、先にご飯食べちゃったよ?」


  ほら、カルだって……。


  「テメェはドコほっつき歩いてんだ!?」


  ガイだっ……て……。


  「……は!?みんな、どう……し……て……!?」


  「は?どうしても何も、オメェがどっか行ってそれっきりだったから、俺様達は皆で飯食って、風呂入ってきたトコだ。オメェこそ、どうしたんだよ」


  ……え?


  みんなで……!?


  「お風呂も良かったねーっ」


  「ですねーっ」


  ルーとユリシアが仲良くそんな事を言ってくる。


  ……は?


  俺、一人で外で悩んでて……え?


  ワケわかんない!


  さっきのルーの怒りはドコへ消えたの!?


  「……どうしたの?若様?」


  カルは表情がわからないが、どうやら心配してくれてるようだ。


  俺一人が真剣に悩んでる間に、そこまで悩ませたルーと、原因の片割れであるガイが、楽しくしている。


  美味しいご飯を食べて、風呂にも入って……。


  何だか、無性に腹立たしくなってきた。


  ふざけんなよ!?


  俺は真剣に悩んで………!


  ……いや、違うな。


  さっき、アイシス様に良い話を聞かせてもらったばっかりだ。


  俺は、俺のダメな所を反省して、皆に謝りに来たんだ。


  この状況を招いたのも俺自身だ。


  俺は、やっぱり俺が俺であるために、きちんとケジメをつけないとな。


  「……みんな、これまでの事は、ごめん。些細な事でケンカして、周りを顧みずに迷惑かけてごめん。俺、これからもっとしっかりするから」


  皆が俺の言葉を聞いて黙る。


  楽しくしてた空気を壊しちゃって申し訳ない。


  そんな後ろめたさも、甘んじて受けるべきだ。


  そう思っていると、思いもよらない所から声があがる。


  「……お、俺様も謝らなきゃな。あの後、自分でも考え直してみたんだけどよぉ。やっぱケンカするのはお互い様だわ。俺様も悪かった」


  なに!?


  あのガイが、自分の悪い部分を反省した!?


  いや、そうか。


  そもそも、出会った時こそ人殺しの印象があるが、あれ以来、俺とケンカしてても殺されそうになった事もないし、コイツもコイツなりに自分を改めながら生きてんだ。


  「二人とも、解ればよろしい。さあ、じゃあこの話はこれでおしまい!さっきね、窓から見た町の景色がキレイだったんだよ!?特に遠くの方が、木にハウスの灯りが飾られてるみたいで、すごくキレイなの!ユリシアさんから教えてもらったんだけどね!部屋に戻ったら、見てみると良いよ!きっと嫌なこと全部忘れちゃうから!」


  久しぶりに見る、ルーの子供っぽい所に、既に俺の心は癒される。


  「ああ。そうだな。それも良いけど、実は俺、飯も風呂もまだだから、これからどっか飯屋探して食ってくるよ。ルー達は早めに寝な」


  俺は、そう言って、”ありがとう“の気持ちを込めてルーの頭を撫でる。


  猫のように頭を擦り付けてくるルーは、「うん。じゃあまた明日ね!」と言ってカルを連れて部屋へ入っていった。


  「しゃーねーなあ!俺様ももうひとっぷろ浴びて、裸の付き合いでもしてやろーじゃねーか!?」


  「私は、お風呂は一緒に入れないですけど、お酒ならお付き合いしますよ?」


  ガイとユリシアが、そんな事を言ってくれる。


  やっぱり、謝って良かった。


  俺はまた涙腺が緩みそうになるが、皆の前では流石に恥ずかしくて、必死に堪える。


  「なんだ!?どーした!?そんなに俺様と裸の付き合いが嬉しいか!?」


  「……ああ。本当に……嬉しいよ……」


  心の底から出た、素直な気持ちだった。


  たぶん俺は今、渾身の笑みをガイに向けた事だろう。


  しかし、それは返って仇となる。


  「なっ!?なんだテメェ、気持ち悪いな!」


  「……あ?何でだよ、たまには良いだろ?嬉しいんだからさ」


  俺は尚も嬉しい笑顔をガイに向けた。


  「はあ!?たまにも何も、そりゃオメェ女が俺様にホレた時に向けて来る眼ぇじゃ………はっ!?まさか!?」


  「……はっ!?えっ!?」


  ガイの反応に驚く俺。


  「えっ!?まさか!セイルさん!?」


  「えっ、えっ!?な、なに!?」


  ユリシアもガイに続くが、俺には何の事やらさっぱりだった。


  「ゲエッ!?本気かおい!テメェそう言う趣味だったのか!?」


  !!!???


  「えっ!?セイルさん、男性が好みなんですか!?」


  ……え!?


  ……ナニソレ!?


  「……はあっ!?何言って……!!」


  「だって、セイルさん今、ガイさんとの裸の付き合いを本当に嬉しそうに……」


  ユリシアが神に祈る様な仕草で、俺の中の不浄を浄化するかのように訴える。


  「い、いや、違う!!」


  ようやく二人の反応の意味が解った。


  「うおぉぉ!やっぱ俺様、風呂はやめるわ!」


  「いやっ!何言って……!ち、違うって……!」


  「ええっ!?そんな!?ほ、本当に!?」


  「だから違うって言ってるだろ!」


  二人は俺がガイにホレたとでも思ったらしい。


  ……んなワケあるかーっ!


  やっぱり、人を然と受け入れろとか言っても、受け入れられる範囲に限界があるわ!


  「いや!俺様はそんな趣味ねぇから!!」


  ガイが、本気で許否反応を示す。


  「いや、だから!そんなん俺にだってねぇわ!!……もういい!俺一人で行くよ!二人も後は寝るだけだろ?ガイ、鍵!」


  ただでさえ一人で悩んで、精神的に疲れてるってのに!


  「……はっ!?まさか、テメェそれが狙いで俺様と同じ部屋になりたかったのか!?」


  尚も変な眼で見てくるガイ。


  「……はぁ。まだ引っ張るのかよ。わーったよ。じゃあ俺は一人で風呂も飯も済ませてくるから。寝るのもロビーで適当に寝るから、お前一人で部屋で寝ろよ。もう疲れた。さっさと寝て、明日は情報収集だからな」


  俺はそう言って、二人に手を上げて「じゃあ」と言って踵を返す。


  すると。


  「お、おい、悪かった。俺様が悪かった」


  「……そ、そうですよ。ちょっとした冗談ですから、三人で行きましょう?」


  二人は、そう言って、笑って着いてくる。


  「……あーもう、好きにしてくれ。俺は、今日はもう、ちょっと疲れすぎた」


  安心したせいか、どっと疲れが体を包む。


  「精神的な疲れは流石にヒールでも治せませんからね」


  ユリシアが冗談めいた言葉を呟く。


  確かに、俺の疲れは精神的なものだ。


  「なんだオメェ。精神的に疲れてんのか?だったらここの飯も風呂もうってつけだ。飯はうめぇし風呂は気分がほぐれる。酒も付き合ってやっからよぉ」


  ガイがいつになく優しい言葉をかけてくれる。


  俺の傷心を労ってくれる。


  やっぱり、コイツは根は良いヤツなのだ。


  何度目かになる今回のガイへの再認識を、これからは信じて行ける。


  俺はそんな思いで、三人肩を並べてあるいたのだった。

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