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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第二章 ~ 世界の謎 ~
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解散の危機!?

  店内はクラシック調の(しつら)えに、燭台の優しい明かりが暖かみを増して来客を包み込む。


  落ち着いた雰囲気に、弦楽器がメインのゆったりとした音楽がどこからともなく流れてきて、時間さえ忘れてしまいそうなくらいに柔らかな空間を演出していた。


  現代日本で言えばクラシック喫茶の様な、少し格式の高い様相だ。


  そんな、大人な雰囲気の店で、俺はガイに旅の目的等を話してやった所だった。


  ―――――「おお!ちゃんと聞いてたぞ!だから、俺様が南大陸のヤツらを………」


  「だから――――!」


  ガイの言葉を遮って、俺が口を挟む。


  「―――解ってねぇなあ!俺がアイシス様から選ばれたんだ!俺がやらなきゃダメなんだよ!」


  こちらの意図を組めない、自己中な子供を叱り付ける様な口調になってしまった。


  コイツの意思の強さ、豪胆さは、短所に出るとこういう所だろう。


  俺はそう言うところが特にウザったくてしょうがない。


  だが、それに対してガイは。


  「アホウ!それはテメェがテメェ自身の心の中で持つ使命ってヤツだろが!そんなモンはテメェの中で抱いてりゃ良いんだ―――!」


  なにっ!?


  ガイは突然怒り始め、立ち上がって俺に言う!


  「―――そんで、テメェがそうやって使命を感じるのは勝手だが、俺様が自分で自分に使命を課す事は誰にも止める権利はねぇ!特に、テメェにそんな権利はねぇんだよ―――!!」


  「ぐっ……!」


  確かに、ガイの言うことは正しい。


  コイツはたとえ俺に許否されても、一度決めた事は一人ででもやろうとするだろう。


  その場合、ルーの事は俺から拐ってでも!?


  俺は色々な思考が頭を廻り、返す言葉に詰まり思わずたじろぐ。


  「俺様は、余所から来たヤツに頼らなくても、この世界の事はこの世界の住人である俺様が何とかしてやろうと心に決めた!!それのどこが悪いんだ!?オオウッ!?」


  ガイの怒りは、これまでのケンカとは一線を画した怒りだった。


  ガイはガイなりに、真剣に考えた結果を言っていたのだ。


  俺の話を聞いていなかったワケじゃなかった。


  南大陸の話を、自分の事として真っ正面から捉えている。


  その脅威にも動じない意思の強さ。


  性格に大いに難点はあるものの、本当ならこういうヤツが英雄とか勇者として、名を馳せるものなのかもな。


  コイツの真っ直ぐな意思の強さが羨ましい。


  俺は、心の奥底で、そんな劣等感が肥大していった。


  ガイに言い返せない自分に、悔しささえ込み上げてくる。


  そんな心境に陥っていて、周りの状況に気付くのが遅れてしまった。


  他の客達が、不愉快そうな顔をこちらに向けていたのだ。


  「……はっ!?ああっ!すみません!」


  俺は慌てて店内の客達に詫びるが、すぐにユリシアが立ち上がって、ペコリと頭を下げた。


  そして、尚も詫びを続けようとする俺を制し、落ち着いた声で代わりに詫びる。


  「大変申し訳ありません。以後慎みます。失礼致しました」


  大きな声をあげるでもないユリシアの言葉に、他の客達も俺達への注目を止めた。


  どうやら、一先ず水に流してもらえた様だ。


  「……ごめん、ユリシア」


  俺はユリシアへ謝ると。


  「こういうお店では、お詫びをするにも大声をあげるべきではありません。落ち着いた店の雰囲気に合せ、何事にも落ち着いて対処しなくてはなりませんよ」


  と、軽く説教された。


  心を込めて謝るのに、落ち着いていて気持ちが伝わるものだろうか?


  先程のガイとのやり取りで卑屈になっていた俺は、ユリシアの軽い説教にさえそんな小さな反抗心を抱く。


  しかし、実際にユリシアが他の客達に詫びてこの場が収まったのだから、答えは目の前の光景にあった。


  「わかった。ごめん……」


  素直に自分の間違いを認め、再びユリシアに謝る。


  そうしてから、ユリシアの笑顔を見て咳ばらいを一つ。


  コホンとわざとらしく声に出して、ガイとの話に戻す。


  「……まあ、話は戻すけど、ガイの気持ちは解った。それだけの意思があるなら、これからも宜しく頼む」


  まだ心底解り合えていないガイを、不安も過りながら複雑な思いのままに受け入れた。


  そして、言葉と共に握手を求めて手を差し出すと、ガイは俺の手を掴んで真っ直ぐ見返してきた。


  「ふんっ。解りゃあいい。まあオメェも頑張れよ」


  そう返すガイが、妙に大人びて見える。


  俺はガイをあれだけ本気で怒らせたのに、ガイの方はもう既に先程のやり取りから気持ちを切り替えていた。


  言葉遣いこそ至らない所もあるが、しっかりと物事を見据えて判断できる。


  すぐに気持ちを切り換えて次へ進もうとする前向きな姿勢。


  そして、それまで俺に怒っていた事さえも過去の事にして、俺を激励する懐の深さ。


  俺は、再び自分が小さく見えて、劣等感が急速に膨らむ。


  きっと、ガイに返した俺の顔は、複雑な表情をしていたに違いない。


  「……さあ、そろそろ宿を探しましょう?この町では私が居ないと何もできないでしょうから、別行動とかも意味ないですし、皆さん一緒に動く事になりますが」


  「オッケー」「うん、そうしよ。ご飯食べるところも探さないとだし」


  話の節目を見て幕を降ろすユリシアの提案は、カルとルーの明るい返事を得て、俺やガイは頷きで了承する。




  それから、喫茶店での清算を済ませて店を出ると、森の中の町を田舎者が都会に出てきた様にキョロキョロしながら歩いた。


  階段を上がったり下がったり、橋を渡ったりして、ようやく一軒目の宿屋を見つけた。


  その頃にはもう、空の色は夕焼けより暗くなっていて、森を出ていたら地平線に夕陽が落ちる所を見れる頃だが、この深い森の中ではうっすらと紫がかった暗い空しか拝むことができなかった。


  運良く一軒目で空き部屋にありつくと、今回は一間の小さい部屋を二つ借りることができた。


  部屋は隣り合わせになっていて、互いにすぐに行き来ができる。


  俺達は、一先ず荷物を置くために皆で部屋に向かった。


  「二部屋なら、俺様とルーシュで一部屋、その他で一部屋で決まりだな!!」


  「何バカな事言ってんだ。何ならお前一人、外でも良いんだぞ?」


  またガイがバカな事を言い出したと、俺がヒニクを込めて言ってやった。


  「はあ!?流石の俺様でも冬に外は死ぬだろ!」


  ガイは、俺の言葉に再びキレ初め、胸ぐらを掴みかかってくる。


  「おー!良いじゃねぇか!そうすればうるさいのが居なくなって清々するわ!」


  俺も負けじと押し返した。


  すると。


  「はーいはいはい!そこまでですよ!」


  俺とガイのやり取りは、ここ数日のお決りの様にユリシアの仲裁によって止められる。


  しかし、今回はここで終わる問題ではなかった。


  「……もう!いい加減にして!!」


  これまでの積み重ねに業を煮やしたのはルーだった。


  「お兄ちゃんもガイさんも、何でいつもいつもケンカばっかりなの!?一緒に居る人達の事を何だと思ってるの!?どれだけ周りに迷惑を振り撒けば気が済むの!?」


  「……い、いや……」


  「ちょっと待て!今のは俺様じゃねぇだろ!?」


  怒ったルーの言葉に、俺は驚いて返す言葉が無く、ガイは弁明を図る。


  「もう知らない!!カル!ユリシアさん!行こう!?」


  あの、いつも穏和なルーが、本気で怒った顔でカルを呼び寄せ、ユリシアの手を取る。


  「……は?」


  なに!?


  なにが起きた!?


  これまで本気で怒った所を見たことがなかったルーの姿に、俺の内心ではただ混乱していた。


  ルーはユリシアの手を引っ張り、カルを連れて片方の部屋に入って行ってしまう。


  「……あ……」


  今の怒りは、俺に向けて……?


  ……だよな。


  何で!?


  俺、そんなに悪い事をしたのか!?


  返す言葉も見つからない俺は、言葉にならない声を溢すだけで、ルーへ伸ばした手も掴み所を見つけられず、ただゆっくりと降ろす。


  「お、おい!ちょっと待て!俺様は何も……!いつもケンカ売って来んのはセイルの方だろがよ!」


  俺とは対照的に、ガイはしっかりルーを呼び止めるが、ルーは何も言わずに、扉をピシャリと閉めてしまった。


  ガイも一緒に怒られたと言うことは、俺とガイが同罪!?


  いきなり出てきてルーに付きまとい、自分の思う通りにならなければ人も殺してしまう様な、子供みたいなガイと!?


  普段から口汚く人を罵って、品の無い笑い声をあげているガイと!?


  「おいおい!どーすんだよぉ!オメェがイチイチ突っ掛かってくっから、俺様まで嫌われちまったじゃねーか!」


  ルー達の部屋の扉を閉められるなり、ガイは切り変え早く俺に文句を言ってくる。


  いいや、違う。


  言葉遣い等は置いておいたとして、ガイには判断力や意思の強さ、豪胆で、何より自分への自信がある。


  それらは全て、俺には無い物だらけだった。


  「ふざけんなよテメェ!俺様は完全にとばっちりじゃねーか!……ったくよぉ!これだから……!大体なぁ……!」等と、尚も文句をぶつけてくるガイに、俺は返す言葉もなくその場を離れた。


  「おい!テメェ!ちょっ!ちょっ待てよ!」と、決してキム○クの真似をしているワケではないガイの声を無視して、階段を降り、宿から出ていく。


  そうだ。


  解っていたんだ。


  ガイが、自分に無い物を持っている事に。


  一人、宿のある木を降りて地面まで行くと、百メートル近く歩いて森の中を流れる小さな川に辿り着いた。


  そこで、川辺に立つ太い木の根もとに寄りかかりながら座り込む。


  雪の上に足を伸ばすと、その十数センチ先には小川の縁が。


  その小川の流れを、ただただ眺める。


  外の寒さも忘れてしまう程に、俺はショックを受けていたのだった。


  流石に、ルーの怒りには凹んだ。


  あの、ルーに怒られたのだ。


  俺の義妹で、慈悲深い天使のルーに。


  俺は、ルーに嫌われたかもしれない。


  そう思うと、胸が痛くなる。


  ルーは、もう俺にとっては掛け換えの無い義妹なのだ。


  この世界に転移したのはアイシス様の力だが、この世界で俺が生きる意味は、ルーの助けとなる事なのだから。


  そして、ルーを助ける為にはルーのお母さんを助け出さなければならない。


  その為には、この世界に迫り来る脅威に立ち向かわなければならなかった。


  この旅は、そういう旅だった。


  しかし、ルーに嫌われた以上、ルーにとってはもう俺なんて必要ないのかもしれない。


  そうなったら、俺の旅はここで終わる。


  そして、この世界で俺の生きる意味も無くなってしまう。


  でも、確かにルーにあれだけの事を言われても仕方がないのだ。


  自らが、周りを気にせず、一緒に居るルー達さえ見ずに、ガイにケンカを売っていたのだから。


  俺は、ガイが羨ましかった。


  あの、意思の強さが。


  芯をしっかり持った判断力が。


  すぐに切り替えられる素直さが。


  真っ直ぐに見詰め、受け止める豪胆さが。


  あの、自信たっぷりな余裕が。


  俺は、アイツをバカだと罵りながら、実は心の奥底ではアイツに怯え、アイツを羨み、アイツに負けている事を認めたくなかっただけだったのだ。


  ただ、そんなちっぽけな自分を守ろうとして、アイツの欠点である言葉遣いを罵り、真っ直ぐな気持ちを短絡的だとバカにして、アイツより上に立っている気分を味わいたかっただけだったのだ。


  ……なんて小さな男だったんだろう。


  俺は、なんて醜い人間だったんだろう。


  こんなヤツが女神の使い?


  思い上がるのもいい加減にしろ。


  何を偉そうに。


  『俺がやらなきゃダメなんだよ!』だと?


  お前なんかよりも、ガイにアイシス様が特別な力を与えりゃ、そっちの方が良かったんじゃねぇのか?


  アイシス様も、何で俺なんかを?


  アイシス様と言えども、今回ばかりは人選間違えたんじゃねえか?


  別に俺なんかじゃなくて……。


  そんな事を考えながら、答えの出ない自問自答を繰り返す。


  そうして、どれくらいの時間が経ったのか。


  ふと、俺を呼ぶ声に気付いた。


  「セイル……」


  「……は、え?」


  俺は、その声に振り向く。


  そして、そこに居た声の主に驚いた。


  「はぁ!?」


  「こんばんわ。セイル」


  「……え!?なんでここに!?」


  そこには、長い髪を膝裏まで真っ直ぐ下ろし、金の装飾が施された白のローブを羽織った、美しい女性が。


  そう。


  紛れもなく、女神アイシスの姿があった。


  「……あ、アイ……っ!」


  俺は、アイシスの名を呼ぼうとするが、今の状況に後ろめたさが込み上げ、途中で顔を背ける。


  アイシスに顔向けできない。


  たった今、ルーに嫌われて、この旅が終わってしまうかもしれないという状況なのだ。


  それも、自らが招いた醜いエゴによって。


  もちろん、アイシスは全て知っているはずだ。


  旅が終わればアイシスとの約束も破る事になる。


  しかし、アイシスの声は穏やかだった。


  「セイル。こっちを向いて……」


  「……い、いや……」


  アイシスの声に返す言葉も見当たらない。


  しかし、アイシスに向ける顔も持ち合わせてはいない俺は、真っ直ぐ見ることも出来ずに顔を少しだけアイシスの方へ向けた。


  「セイル。私を見て。あなたとの約束を守るために、あなたと向き合う為に、私はここに来ています。だから―――」


  アイシスが、一息の間を開けて続ける。


  「―――だから、あなたも私に向き合って、話を聞いてください」


  悲しみを帯びた声。


  とても優しく、暖かな声は、今はとても深い悲しみに包まれた声をしていた。


  俺は、アイシスまで悲しませたくはない。


  そう思って、ゆっくりと視線を向けた。


  「ありがとう、セイル。それでこそ、私が選んだセイルだわ」


  涙を滲ませた美しい瞳が、俺と目を合わせると目尻に涙を留まらせて微笑む。


  ああ。


  とても優しい笑顔だ。


  俺は、これまでの旅で何度、この笑顔を見てきた事か。


  その度に、俺は癒され、助けられてここまでやって来た。


  ルーもそうだ。


  ルーも、俺に何かあった時には必ず側に居て、俺を優しく包み込んでくれた。


  そんなルーを、俺は本気で怒らせてしまった。


  俺は、自分の情けなさに歯を食い縛る。


  アイシスは、そんな俺を見て、そっと微笑みながら口を閉ざす。


  ふと、自分が涙を流している事に気付いた。


  そして、それに気付くと堰を切った様に涙が溢れてくる。


  「……う、うう……」


  アイシスの前で、嗚咽を漏らし、みっともない姿を晒す。


  ところが、声を漏らした刹那。


  俺の頭が優しく抱き寄せられ、柔らかいものに包み込まれる。


  アイシスが、そっと抱き締めてくれたのだった。


  しばらく、その状態のまま、さらに時間は流れていく。


  俺は、情けなくて死にそうなくらい、アイシスの胸で泣きじゃくったのだった。

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