宿場、再び♪
二度目の訪問と言うべきか。
単に外出して戻っただけと言うべきか。
俺達はガイの相棒を連れていく為に、ここ、ティーテの宿場に再びやって来た。
宿場の北側にしか無い唯一の門を潜り、雪が舞う冬の空を改めて見上げる。
「こりゃ今晩辺り吹雪になっかもなぁ!」
つい先程、リオルへ向かう草原で、新たに仲間となったトラの獣人、ガイが、俺につられて空を見上げ、そんな事を口にした。
「吹雪か。明日の出発は大丈夫かな?」
俺はガイを見て、不安を述べる。
「ああ、そりゃ大丈夫だろ。ここら辺は山って言う程の山が無ぇから、雪を降らす雲もそんなに長く停滞しねぇよ」
停滞なんて言葉をガイの口から聞くとは思わなかった。
なんだ?
学力みたいなものは意外にある方なのか?
「ねえ、それよりディーはどこに居るの?」
ルーが好奇心を露にした目でガイに尋ねた。
「んあ?ディーならあそこだ」
ガイは、入り口の門を背にして首だけ左に向けた姿勢で指し示す。
「んん!?」
俺達がガイの指し示す方向を見ると、一目でそれと判った。
そして、思わず驚きが声に溢れる。
「あ、あれか!?」
「ああ!アイツがディーだ!俺様の相棒よ!」
馬繋場で馬等の家畜に混じって繋がれたそれは、一際目立つ姿をしている。
馬以外にも牛や鹿、駱駝の様な家畜が繋がれているのだが、その目立つ風貌は、モンスターだと言ったガイの言葉に違わず、存在感を放っていた。
少し首が短い馬の様な体にトナカイの様な角。
たてがみは頭から尻尾まで繋がっている。
特にその角が、衝撃的な印象を与えた。
トナカイの様に幾つもの枝分かれをしながら、太さもトナカイの倍くらい太い上に、枝分かれした一本一本が尖っているのだ。
体躯も成体の馬よりも一回り大きく、これでまだ四歳程度ではないかというガイの言葉に耳を疑う。
しかも、出会ったのは三年前で、その頃はまだ犬などと同じくらいの大きさだったと言うから尚信じがたかった。
「……おっきい……」
「あのようなモンスターは初めて見ました……」
ルーとユリシアが感嘆の声を漏らした。
「アイツは本来、野生だったら人類にはなつかねぇんだけどよお、俺様が助けた時はまだ生まれたばかりだったせいか、俺様にはなつきやがったんだ、これが」
そう言って、ガイがスタスタとディーの方へ歩み寄る。
「……『お前には』って、他の人にはなつかないのかよ。俺達、一緒に居たら襲われちまうんじゃねーか」
「おお!そりゃ良いな!お前がディーにやられてくれりゃあ、ルーシュは俺様のもんだ!」
おいおい。
冗談じゃないぞ。
「あっはっはっ!冗談だ!アイツにとっちゃあ俺様を含めて人類が仲間だ!元々草食系だから肉は食わねえし、イタズラとかしなきゃ襲われる事はねぇ。むしろ、俺様が闘う相手を敵と見なして一緒に闘ってくれる、賢いヤツだぜ!」
「……ほ、ほぉー。そうかそうか」
内心ビビって損した!
そして、人知れずビビった事を悟られない様に、落ち着いた風を装う。
そんなこんなでディーの側まで歩み寄ると、ガイがさらに恐ろしい事を口にした。
「大体、コイツが今機嫌が悪かったら、こんな縄で縛っただけの繋ぎ場の柱なんか、簡単に薙ぎ倒して引っこ抜いて、宿場の建物も破壊されてんぞ」
はいぃぃぃ!?
そんな事をされたらたまったもんじゃない!
「いやいやいや、そりゃマズイだろ。破壊とかしたら、弁償とかとんでもない上に、何よりディーが害獣として殺処分されかねねーぞ?」
「……ソコなんだよなぁ。コイツを連れてると、町に入れてもくれやしねぇ。エルフの国に来てから、俺様達はここしか受け入れてくれるトコが無かったんだ」
何処と無く悲しみを帯びた瞳でディーの頭を撫でながら語るガイは、たまに見せる哀愁を漂わせて大人びて見える。
それでもディーを突き放さなかったのだから、やはりコイツは根は良いヤツなのだ。
ただ、エルフの町に滞在させてくれないのは別の理由だから、ガイの優しさも浮かばれない。
まあ、ガイのそんな好意をぶち壊すような真似はしないが。
ユリシアも、同じ結論に至った様だ。
「そうだ!せっかくだからよう!ここにタープ広げて、コイツも一緒にメシ食わねーか!?」
赤髪の獣人は、突然振り返ってそんな提案をする。
その屈託の無い笑顔が、心の扉を全開にして俺達を受け入れられた気がして。
「良いねぇ!!それやろう!」「ボクもさんせーいっ!!」
などと言うルーとカルの声に掻き消されながらも、俺とユリシアは笑顔で応えていた。
――――――
ガイが、自らが泊まってた宿から荷物になるような鍋類を持って来ていた。
「おまたせーっ!色々買ってきたよーっ!」
ルーとユリシアが買い出しから帰ってくる。
俺はガイが鍋類を持ってくるまでは一人で窯などの準備をして、ガイが来てからタープ等のセッティングを二人でやっていた。
窯作りと言っても、この馬繋場前の空き地には、過去に宿に泊まれなかった旅人がテント等で夜を越した時に作った残骸等もあって、まっさらな所に新たに窯を作るよりは簡単に作ることができた。
タープを張るにも、過去の旅人が以前ここにテント等を立てたのだろうと推測できる程、おあつらえ向きに斜めに打ち込んだ木の杭等があり、柱の木を立てたら後はそれらの杭にロープを縛るだけだった。
実際に寝泊まりするのはガイが取っていた部屋が広い為、今晩は俺達がガイの部屋に押し掛ける事で話はついていた。
「おぉっ!こっちも準備は整ってるよ!」
「うっしゃーっ!じゃあ、おっ始めよーぜ!」
「わぁー!ボク、お嬢じゃないけどお腹ペコペコだよ!」
俺とガイの掛け声にカルがテンションを上げる。
カルには俺のマントを貸して、ディーの餌にする草を宿場の外の草原から集めて来てもらっていた。
「こらぁ、カル~!『ルーじゃないけど』は余計だよ!」
「あははは!だって、いつもはお腹すかせてご飯を催促するのはお嬢の得意技だったじゃん?」
「うふふふ。本当に二人は息の合う仲良しですね」
カルの冗談に、これまた本気ではないルーの怒りが場を和ませる。
ユリシアの大人なコメントもあり、ガイとディーの歓迎会は楽しく幕を開けた。
「……そういやぁ、セイルはスピードにブーストかけれるんだよなぁ?」
皆で楽しく盛り上がっている所へ、突然ガイが尋ねてきた。
「ああ。てか、ブーストってのは解らないけど、俺はスピードを念力で上げる事ができる……ああっ!その肉は俺が楽しみに育ててたのに!」
俺が、鉄板の上で散らばった肉を自分の方へ持ってきて、丁度良い感じに焼けるまで確保していたのだ。
「バァカか。肉は焼きすぎないうちがウマイんだ」
その肉を箸に摘まんで、ガイが持論を語る。
「何言ってんだ!焼き加減は人それぞれで好みがあるだろ!早く返せ!」
俺がガイに抗議すると。
「……ふぁふっ!」
ガイは熱々の肉を自らの口へ放り込んだ。
「ぬあァーーッ!食いやがった!」
「……うん!うめぇ!やっぱ焼き加減はこんくれぇが一番だ!」
憎らしいくらいのガイの満面の笑顔。
「てめぇ!俺の肉食いやがったな!?」
「お兄ちゃん!お肉ならまだ沢山あるから!」
ルーが俺の怒りを察知して素早く仲裁に入る。
「コイツは俺が大事に育てた肉を食いやがったんだ!」
「てめぇが食うのが遅ぇから悪ぃんだろが」
「俺が確保してたの、見りゃわかるだろ!」
「はいはい。セイルさん、私が良い具合に焼いておきましたよ?良かったら食べて下さい」
俺はルーの制止も聞かず、ガイと言い合いになるが、ユリシアまで俺をなだめに声をかけてきた。
「……だぁぁ!クソッ!コイツが居ると俺のペースが乱される!まるで俺がガキみてーじゃねーか!」
「ほら、お兄ちゃん!もうこっちも焼けるよ?だから、ケンカしないで仲良く食べて」
「うおっ!?ルーシュが焼いた肉は俺様が食ってやるぜ!」
「アアァーーッ!おい!ガイ!ルーの肉を食うな!お前は自分で焼けよ!」
「若様、ウルッサイなぁ!いーからもう大人しく食べてよ!」
か、カルに注意されたぁーっ!
「……くっ!」
「ぎゃはは!みんな俺様の僕だ!」
「「「誰が僕―――」」」
「―――だい!?」「―――なの!?」「―――ですか!?」
調子に乗ったガイが、みんなに一斉反撃される。
「……悪ぃ。言い過ぎた」
ガイがより小さくなって、しゅんとなった。
「……ぷっ!」
「「「あははは!」」」
そのガイの落ち込みに、ルーが吹き出し、皆の笑い声が上がった。
そんな時だった。
「なぁ、あんたら昨日決闘してた人達だろ?」
突然、俺の後ろから声をかけられる。
「えっ?」
思わず振り向くと、そこには見覚えの無い五人組らしき旅人が。
「え、ええ、そうですけど……」
俺は突然の事に少し警戒しながら答えた。
「やっぱりだ!」
「昨日の闘いは凄かったよなぁ!」
「俺なんて、手に汗握ってたよ!」
何かと思えば、隣でバーベキューを始めようとしている、昨日のガヤらしい。
「……なぁ、良かったら俺達も交ぜてくれないか?」
「俺達も食材と道具は持ってきてるんだ!」
「今からここで始めようとしてたんだが、どうせなら人数が多い方が楽しいだろ?」
旅人達が、笑顔でそんな事を言ってきた。
「そうだな、皆、どうする?」
俺は皆が気分を害しないか確認するためにも、皆に問う。
「ルーは良いよ!」「ボクも!」「私も良いですよ」「なんだなんだ!?皆、俺様の英雄オーラに引かれちまったか!?」
皆の反応を確認した所で、いつものごとく答えになってないガイは承諾とみなす。
「仲間達も良い様なので、良いですよ!皆で楽しみましょう!」
俺が旅人達にそう答えると。
「おおーっ!やったーっ!」
「良いねぇ、やっぱり器の大きい人達だったなッ!僕の目に間違いはなかったッ!」
「わかったわかった。お前のウンチクは良いから、せっかくの機会だ、皆で楽しもうぜ!?」
「「「おおぉーーっ!」」」
旅人達グループも、個性的なメンツが居て、リーダーがうまくまとめている様だ。
「ホラ、あんたもこんな時くらいは声をあげなよ」「……いや」等と旅人達グループの後列で戦士風の女性と無口な術師系の女性も見え隠れしている。
「じゃあ、俺達の窯をもっと近付けて作ろう!!」
旅人グループのリーダーが声をかけた時。
「おお、俺達も良いかな?」
「私達も交ぜて交ぜて!?」
等と、男女三人組と女性二人組チームも、通りすがりに声をかけてきた。
俺は皆に振り向くと、皆もこんなに大事になるとは想定していなかった様で、少し困惑しながらも了承の意を示す。
そんな流れで人が集り、気が付けば俺達を含めて20人を超える人達が、馬繋場の前の広場でバーベキューを共にするのだった。
「昨日の闘い、見てましたよ!凄かったですよね!」
「目にも止まらぬ早さってのは、ああ言うのを言うんだよな!」
皆で軽く名前程度の交換を済ませると、あるものは酒類を片手に、あるものは三ヶ所にまとめて用意した窯で色々な料理や焼き物を手に取り、見知らぬ者同士でも馴染んで話に盛り上がる。
「いやいや!その前の闘い見たか!?ガイさんだって、あのライオン男を一刀両断だぜ!?」
「ああ!あれも凄かったよね!アタシもあんた達みたいに強かったら、もっと楽に渡り歩いたんだろうけどなー!」
「……あなたにはムリよ」
「何よー!あんただって、詠唱してる間にセイルさんに瞬殺されてるわよ!」
「またいつもの”女の闘い“が始まったよ。ウチの仲間はこれが名物みたいなもんでさ!気にしないでくれよ!」
「「名物って何よ!?」」
俺達のパーティメンバーを中心に、大いに盛り上がりを見せている時、一人の男がやって来る。
「……まあまあ、せっかくの楽しい食事なんですから、ケンカは止めましょうね?」
その男がそう言って女性二人の言い合う横に着いた。
「あんた誰よ?」
「あ、申し遅れました。僕は単独で旅してます、フリックと言います」
「あれ?あんたエルフかい?」
「ええ、まあ」
「エルフって、男も美形だよなぁ」
「あんた達と違ってね!……てか、アタシ達は別に本気でケンカなんかしないわよ」
確か、リージェと名乗った女性戦士が、前半は仲間の男達に、後半はエルフ男性に向かって言い放つ。
「……てか、あんたは俺達を警戒しないのか?」
リージェのパーティのリーダーである、トムが問う。
「ええ。なぜなら、セイルさんのパーティにもエルフが居ますから―――」
「……あ、私ですね」
急に話にあがったユリシアが反応し、フリックが頷いて続けた。
「―――セイルさんのパーティにはエルフが居る。それはつまり、セイルさんのパーティには僕達エルフが信頼できる何かがあると思ったんです。僕は自分が信頼するエルフが信頼するものを、僕も信じている。ここにはそんな人達と接する機会だと思ったので、僕も交ぜてもらったんです」
フリックがそんな事を言う。
なんて嬉しい事だ。
俺とユリシアとの関係が、こうして他の人とエルフとの交流の切っ掛けになる。
まさに、ユリシアと話していた事が、小さな一歩を実らせた。
こう言う、見ず知らずの人達と交流を持つ事も、何一つ無駄な事は無いのだと思い知らされる。
国家規模からすれば、こんな吹き溜まりの一人民間の事など小さな事かもしれない。
でも、こんな小さな事でも、コツコツと積み重ねていけば、いつかは必ず大きな実りがあるはずだ。
俺達は、南大陸との決戦に向けて、エルフ達の力も借りなければならない。
これは、キシとは別の道から歩みだした俺達の、小さな積み重ねをしていく第一歩だ。
その一歩が、ようやく踏み出せたのだと、俺の中で実感したのだった。
そんな俺達を歓迎するように、天候はガイの予想を外れ、雪はチラつくものの、吹雪にはならなかった。
そして、強固な壁に囲まれた宿場で、焚き火と窯の火と、壁に等間隔につけられた大きな松明の温かさ、皆の熱気や酒の熱で、冷めることの無い盛り上がりが終わりまで続いた。
こうして、俺達にとってガイとディーの歓迎会として開いたバーベキューは、快い人達を集めて思わぬ事態となったものの、楽しい時間となった。
吹き溜まりの様な宿場で、決闘があれば命を軽々しく囃し立てる輩も多い中、ここに集まった連中は幸いにも良い人達だった様に思う。
これから、ここに集まった人達から、人種間の壁を壊していく切っ掛けになればと、冬の雪雲に祈るのだった。




