いざ!リオルへ!?
朝の陽光が窓から差し込んでいる。
俺達は安価の地下室が全て埋まっていた為、ちょっと高めの地上階の部屋を借りていた。
昨日、食事を終えた俺達は、ガイと別れ、自分達が部屋を取った宿へと戻った。
その時、まだ時間が早いからと、ユリシアに誘われて宿の飲食店で酒を軽く口にしていた。
すると、隣に座っていた旅人が俺とガイの闘いを見ていたらしく、俺に気づくと話しかけてきた。
その旅人は、この宿場を頻繁に利用しているらしく、長期短期の滞在を繰り返し、かれこれ五・六年になるという。
見た目には若い人間族の旅人だったが、俺達がこの宿場を訪れたばかりだと知ると、得意気にこの宿場の事を話してくれた。
その時の話では、地下の安価な部屋は長期滞在者が居座る事が多く、早めに埋まりやすいのだと言う。
理由としては、町でエルフ達にあしらわれた事もあるのだが、もう一つ大きな理由があった。
それは、この宿場の立地にあった。
南にはついこの間まで国交を断絶し、外からの入国を拒否していたカ帝国が位置する。
東側は海に面しているから、エルフの国を出るためには、南のカ帝国を西側から迂回しなければならない。
しかし、カ帝国も東西に伸びた大国だ。
今居るフォース・フォレリーの東西幅は、カ帝国のそれより短く、隣のエルフの国に先ず行って、そこから南下していくのが通常ルートだった。
カ帝国の西側にあるエルラン、フロイトと、の三ツ又の国境へは、徒歩では半月以上を野宿しなければならない。
行きは無理して受け入れてくれる町を探しながら、辿り着く町は次々に滞在拒否されて渡り歩き、気が付けばエルフの国の奥深くまで入り込んでここに辿り着く。
滞在拒否はされても、パーツの換金や物資の購入は無愛想な対応さえ我慢すれば可能だった為、いつかは迎え入れてくれる町があるだろうと期待をしながらエルフの国の奥へと進んでしまうのだ。
そうして、一度ここまで来てしまうと、行きの大変さが身に染みて帰りが思いやられ、この宿場から出られないという輩が多いのだろう。
そういった行く宛を無くした旅人が滞在するから、長期滞在者は多いのだ。
そして、この宿場では、未だに物々交換もままあるくらい、お金の面も含めてちゃんと法整備がされていない。
だから、揉め事で人が亡くなってしまう事も珍しくは無いのだそうだ。
一応は領地を治める国の法はあるそうだが、辺境の吹き溜まりであるこの宿場にはまだ行き届いていないのだ。
そんな昨日の話を振り返りながら、俺は一人、早く目覚めてしまって部屋に備えられたコーヒーを嗜む。
「ふう……」
熱いコーヒーを一口すすって、窓の外を眺めていた。
ここの連中にカ帝国が開国したと報せたら、皆、不便なエルフの国からカ帝国へ流れ、宿場の売り上げはガタ落ちだろうな……。
などと思っていると。
窓の下に左右に伸びる宿場の大通りに、見覚えのある姿を見つけた。
「……何やってんだ?アイツ」
まだ早い時間だと言うのに、狩りに出掛ける旅人達が割りと多く行き交う道で、俺達の泊まった宿の前で右往左往しているガイの姿があった。
「てか、昨日も思ったんだが、あの格好で寒くないのか、アイツは……」
一般的な旅人は、荷物を少なくする為に着替えなどを持ち歩かないのは解るが、アイツは昨日と同じ白と黒の鎧下の様な服で、冬の早朝の外を徘徊している。
「そう言えば、ライオンも胸当とかは着けてたけど、防寒具らしい物は身に付けてなかったよな……」
そう呟きながら、獣人は寒さに強いのかもしれないと、勝手に納得してコーヒーをすすった。
「……まさか、またルーを嫁にするとか言って俺達についてくる気じゃないだろうな」
突然、わざわざこの宿の前で右往左往している姿に、フッと悪い予感が頭を過る。
「……まさかな。………そこまで本気じゃないだろ」
そう願って、コーヒーをもう一口すすった。
「あ、お兄ちゃん、おはよ!」
「おはようございます」
女子二人が間仕切りしていた扉を開け、朝の挨拶を交わす。
女性は冷え性だからと、窓側の部屋を男に割り当て、間仕切りの奥の部屋を女性陣が寝床にしていた。
俺が朝早く起きてしまったのはその寒さのせいで、熱いコーヒーを飲んでいるのも、熱い物が欲しかったからである。
「ああ、おはよう」
そんな俺の我慢など、わざわざ言うことも無いと心の奥に仕舞い込み、我ながら清々しい笑顔でそう返事した。
毛むくじゃらで布団も必要無いカルはまだ寝ている。
「あ、ルー……」
洗面所に向かおうとしていたルーに声をかけ、「ん?」と返す我が妹に、一応報せておこうと思って伝えた。
「……婿志望が外で待ってるみたいだぞ?」
振り向いた妹に悪戯な笑みを見せて、親指で窓の外の通りを示す。
「え?ムコシボウ???」
何やらサッパリといった反応を示すルーは、首をかしげたまま俺に返した。
「……ナニソレ?美味しいの?」
昨日もガイの発言に反応が無かったと思ったら、やっぱりルーは結婚とかをあまり知らないらしい。
恐らく、ムコシボウという言葉を聞いて、何やらムコという生き物の脂肪か何か、つまり、ステーキの脂身の様な物でも想像したのだろう。
「いや、食ってもマズイだろうな」
その前に、ムコシボウがなんたるかを知る俺は、表にウロウロしている獣人を食う発想も無かったが。
「……なんだ。じゃあルー要らない」
そう言って、ユリシアが先に入っていった洗面所にルーも続く。
俺は、心の中で笑いが抑えられず、笑みをこぼしながら窓を開けて下を見下ろした。
「おーい、ガイ!」
まだ早い時間だから、あまり周りの迷惑にならないようにヒソヒソ声を強めて呼び掛ける。
それに気づいたガイは。
「……あ?」
と言いながら俺の方を見上げた。
「おう、その後は体、大丈夫か!?」
「ああ?大丈夫に決まってんだろ?俺様を誰だと思ってやがる」
「ハハッ、それだけ言えるなら大丈夫だな」
首をかしげるガイに俺は話を続けた。
「いや、まだツラい所があったんなら、言うのをやめようとも思ったんだが……」
わざとらしく勿体ぶる俺に、ガイは。
「なんだ、言ってみろや」
と返す。
それならばと、スレ違いコントの様な内情に内心笑いながら。
「……そうだな。じゃあ言うが、ルーはお前を要らないってさ」
「……はあ?」
「……だから、ルーはお前の事より、美味しい物が欲しいらしい」
俺の言葉に疑問を返すガイへ、もう一度言葉を換えて伝えた。
「ナニ!?」
「だから、兄としてルーをお前の嫁にはやらん」
この言葉をちょっと言ってみたかったのも否めない。
「はあ!?」
「てか、うるさいぞ?まだ朝早いんだから、もう少し静かにしろ」
「ぬぐぐ……!」
俺の心の中では大爆笑ものだったが、まあ苛めるつもりもないからここらで止めとくか。
「まあ、外は寒いから、ここの宿の食堂で席取っておいてくれよ。仕度したら降りるから」
「ふん!わーったよ!俺様が直接ルーシュに聞いてやる!」
「だからうるせーって」
「お前だろ!」
いや、お前だろ。
そう思いながらも窓を閉める。
「……お兄ひゃん?はれはほ話しへはお?」
洗顔を終えたらしいルーが、歯を磨きながら口をモゴモゴさせて洗面所の入り口から顔を見せる。
その後ろから、一足先に終えたらしいユリシアが出てきた。
「ああ、まあな。それより、仕度したら朝メシ食いに行こう」
「ごはん!?やっはー!」
「良いから歯磨き終わってから話そうな」
歯ブラシを口に入れているから、話しづらいし聞く方も聞きにくい。
「フフフ。ルーさんは本当に食べるのが好きなんですね」
肩にかけたタオルの端を顔にあてながら、水を拭き取るユリシアが、俺が寝ていたソファーに腰かけて言った。
「そろそろカルも起こしてやるか」
その向かいの一人用ソファーで寝ているカルを見て、俺が言うと。
「カルー、起きてー!ご飯食べに行こ!ご飯!」
急いで口をすすいだルーが、タオルで口を拭きながらバタバタと出てきてカルを呼ぶ。
「う~ん、……ボクまだ眠い……」
「ホラ!早く行くよーっ!?起きないと、置いて出発しちゃうからね!?」
「えーっ!?待ってよお嬢……!」
朝から元気なルーに起こされ、少し迷惑そうなカルだった。
――――――
一階に降りて食堂に行くと、昨日の騒がしい雰囲気は全く感じられなかった。
俺達が夕食を取った宿の食堂でもそうだったが、夜はどの宿の食堂もドンチャン騒ぎで、客が皆、酒を飲んでいたのもあって平常時の声では会話が聞こえないくらいだった。
だが、今はチラホラと料理への感想と共感を求める声や、宿への感想等で控え目な声が所々で発せられる程度だった。
朝は地球で言うところのビュッフェ方式で、入り口に一番近い所にあるセットプレートに食べたいものをセルフで盛り付けるタイプだ。
俺がプレートを持って中へ進むと、「おう、ここだ」とテーブルから声をあげる人物が居た。
「あっ、ガイさんだ」
「そういう事でしたか」
ルーがガイに笑顔で手を振り、ユリシアは洗顔中の俺が話してた相手に確信を持てた様子の反応を見せた。
「ああ。あの格好で外に居られても可哀相だったからな」
俺は、ライスをプレートに盛り付けながらユリシアに答えた。
「えっ?お兄ちゃん、ガイさん居るの知ってたの?」
「さっき窓の外に話してたのがアイツだよ。ムコシボウだ」
「あー、そうだったんだ。ガイさんの事をムコシボウって言ってたのね。じゃあ、もし美味しくてもルー食べられないなぁ」
気付いていなかったらしいルーが、やっぱりムコシボウを知らずにそんな事を言う。
「フフフ。ルーさん。婿志望と言うのは、結婚相手を希望している人の事ですよ。それで、ガイさんはルーさんの婿志望、つまり、ルーさんと結婚したいって思ってる人、ということです」
「へー、そうなの?……あれ?……だって、……え?……じゃあ、食べ物じゃ無かったんじゃん」
「そうですね」
「なぁんだ」
等と素朴に微笑む会話をしながら、それぞれ食べたいものをプレートに盛り付け、ガイの待つテーブルへ向かった。
「あっ、ユリシアさんのソレも美味しそう!」「あら、ルーさんのそっちのも美味しそうじゃないですか」「じゃあ、一口ずつ交換しよ?」「そうですね」等と女子の会話が始まると、ガイはルーに話すタイミングを見計らってじっと待つ。
ルーは、婿志望の意味をユリシアに教わって尚、ガイをあまり意識しない。
モテすぎて慣れっこなクラスのマドンナみたいな堂々さに、兄の俺もちょっと気を使う。
「……まぁ、ガイ。まだ結婚とかルーには早い話だから、フラれた事なんか気にするなよ」
ちょっと同情の様にガイに声をかけた。
「うるせぇ。俺様はフラれたとか認めてねぇから」
やっぱりか。
これだと尚更、「さっきのはルーの勘違いで、言葉の意味を間違えていたから要らないって言っただけなんだ」とか言ったら、ガイは余計に諦めなくなる。
……ん?ちょっと待てよ?
何で俺がガイを諦めさせようとしてるんだ?
ルーの結婚相手はルーが決めることで、俺が決める事じゃない。
ガイがルーを嫁にしたがってる事はルーが受け止めて判断する事であって、俺らが妨害する権利なんか無いじゃんか。
……もしかして、俺って……
「ルーシュ!」
ガイが女子の切れない会話に業を煮やして切り出した。
「それ……はい?」
ユリシアに返す言葉を途切らせて、ガイの呼びかけに答えるルー。
「俺様の嫁になれ!」
言った!
ガイが、物怖じせずに言った!
「う~ん、ルーはお嫁さんとかよくわからないから、ムリかなぁ」
……撃沈した。
「なに!?俺様の告白を断るとは……!」
な、なんか、ガイの顔が青ざめていく。
「お、俺様は今までフラれた事なんかねぇんだぞ!?放ってたら、他の女に取られちまうぞ!?」
はいはい。
そりゃようござんした。
「そしたら、その時はガイさんもその人を選んだんだろうから、その人を大切にしてあげてね」
ルーの大人な対応。
見た目七・八歳の少女の発言とは思えん。
「……なんだ!?まさか、歳の差を気にしているのか!?確かに俺様は十六歳だから、今は倍くらいの歳をとっているが―――」
ガイが続ける中、俺には引っ掛かる言葉があった。
「なに!?お前十六歳かよ!?」
引っ掛かる言葉に、思わずガイの話を遮った。
「―――俺様は!……は?」
ルーへの話の途中で俺を振り返るガイ。
「だから、お前十六歳なのかって聞いたんだ!」
「……てめぇ、この期に及んでまた俺様のナリをバカに……」
「そうじゃねぇ!俺と同じか一つ上の歳じゃねぇか!それで見た目幼いルーを嫁にするのはやべーだろ……!」
ルーは実際には俺の一つ下だから、実際の歳は問題ないが。
「……どー見ても七・八歳のルーを選ぶとは、お前、まさかロリコンだな!?」
「……なっ、なんだ、そのロリコンってのは!?」
俺の突っ込みに、ガイは驚いた顔を見せる。
「俺の居た村で、それなりに大人になったヤツがまだ幼い子を好きになる、正常ではない恋愛感情の事を言うんだ!」
「……言ってる意味がわかんねぇよ」
ロリコンの意味が伝わらず、ガイの驚き顔も落ち着き始める。
「つまり、一言で言えばお前は変態って事だよ!」
俺は言葉を変えてガイに突き付けた。
「なにぃ!?」
再び驚くガイ。
「……お、俺様は変態だったのか……」
どうやら、自分の新しい一面は衝撃的だったらしい。
そりゃそーだ。
自分が変態だなんて、最初は誰も認めたくはないものだ。
うんうん、よくわかるぞ、その気持ち。
同じ男としてな!
ガイのショックを受けた顔は見なくてもわかる。
目をつぶって頷きながら、左に居るはずのガイの肩に手をそっと当ててやろうとした。
その時。
「どーだ、ルーシュ!俺様は変態らしい!よくわからんが、変態な俺様と結婚しろ!」
はぁ~!!?
コイツ、変態の意味もわからなかったのか!?
じゃあ、さっきのショックを受けた顔は何だったんだよ!?
マジでバカなんじゃねーのか!?
……いや、マズイ。
他の客がバカの発言に注目している。
「……ま、まあ、とりあえずその話は置いといて、ルーもいきなりじゃビックリするだろうから、もうちょっと考える時間を与えてやれよ!男はそういう懐の深さが無いとなぁ!?」
俺は一先ずガイを制し、ユリシアにアイコンタクトを求める。
俺を見たユリシアは、ハッとなって頷き。
「そ、そそうですよ……!」
と俺に同意して畳み込もうとするが。
「え?ルーは別に考えなくても……」
ルーの天然がそうはさせない。
「い、いやあ、ルー!ホラ!温かいご飯が冷めちゃうだろ!?温かくて美味しいうちに、ご飯をまず食べよう!そんで、宿場を出てから話の続きをしような!?」
俺は焦って割って入る。
「あっ!そうだね!冷めたら美味しくなくなっちゃう。皆も早く食べよ?」
言いかけたルーも、俺の言葉に上手くつられてくれた様だ。
「だろ!?ハハハ!ホラ!卵とか冷めたら乾いちゃって美味しくないだろ!さあ、食おう食おう!」
「え、ええ。そうですね。食べましょう。ホラ、ガイさんも!」
俺がユリシアに再び視線を送ると、ユリシアも後押しする。
「……あ?ああ、……てか、俺様はもう食ったから……」
「まあそう言うなよ!ホラ!これなんか旨いぜ!?食ってねぇだろ?」
「いや、ソイツぁこの宿場の名物料理だから、どこの宿でも出してるヤツだ。俺様も朝食った」
そ、そーなのか!?
「い、いや、これは店によって味付けが違うから、お前の宿とはまた違う味になってるはずだ!良いから食ってけって!」
そう言ってガイの前にプレートを寄せる。
確か昨日、酒を飲んでいた時の旅人が言っていた料理だから、あの旅人が嘘を言っていない限り俺も嘘は言っていないはずだ。
それから、俺は余計な話にならない様に、自分がご飯を食べるのを諦め、皆が食べ終わるまでこれまでの武勇伝を語り続けた。
そうして何とかその場をしのぎ、ティーテの宿場を後にするのだった。




