―第6話― 女神の意図♪②
「……別の人生?」
とりま、聞こえた単語を繰り返しておいたが、言った後に言葉の意味が遅蒔きながら伝わる。
でも、俺はあの後、どう足掻いても死ぬ運命だったと言ったのはアイシスだ。
それなのに、別の人生って……?
何か違和感を覚えるが、それを口にする前にアイシスが答えた。
「ええ、そうです。あなたはあのままでは命を落とす運命にあった。でも、あのまま死なせたらあなたの命が無に帰すだけ。親族や近所の人、昔の友達など、少なからず悲しむ人も居るし、加害者の車の運転手も、あなたの行動に合わせてランダムに選ばれるのだけれど、あなたの選択によっては不可抗力で罪を着せる結果にもなります」
こんな俺の事を悲しむヤツなんて居るのか?
もちろんそんな疑問もあるにはあるが、それよりも今は『ランダム』と言う言葉に強く惹かれた。
俺としては、その運転手がどうやって選ばれるのか、ちょっと気になるな……。
そんな事を思っていると。
「そうですね……。例えばあなたが、私のコンタクトを聞き入れずにあのまま公園に入って時間を潰した場合、あなたはベンチに座って、空を見上げる行動を執らされる事になります―――」
俺の気になる事が伝わったのか、アイシスは俺の死ぬ時の状況を語り始めた。
まさか、俺の思っている事を読めるのか。
「―――あなたのその時の運命にはそれ以外の分岐が無いので、それは必然です。そして、あなたが空を眺めて気を抜いていた所へ、ドラッグで意識が飛んでしまった男性が運転する乗用車が、アクセル全開であなたの後ろの生垣を乗り越えてくるのです。そこで、気が抜けていた為に反応が遅れたあなたは、その車から逃げ切れず、撥ね飛ばされ、命を落とします。」
ドラッグ事故に巻き込まれるとか、冗談じゃない。
そんな感想もお構いなしにアイシスの話は続く。
「また、仮に急いで塾に行った場合、住宅街を抜けて大きめな道路に出たあなたは、信号待ちで横断歩道の車道際に立ち、塾を目前にして完全に間に合わない事に気付かされます。そのとき時間を確認する為にあなたが携帯を見ている間に、あなたの後ろに居た二人組の1人が、もう片方へ軽いツッコミを入れるのです。そうしてツッコまれた方は、歩道の出っ張ったタイルに踵を引っ掻けてあなたにぶつかり、まだ車がビュンビュン通る車道へあなたを押し出します。それによって、あなたは速度50km程出ていた車に轢かれてグッシャグシャに……」
おいおい、また恐ろしい結果をよく選んでくれたな。
アイシスは沈痛な面持ちで一旦言葉を飲み込むが、一息の間の後、尚も続けた。
「しかも、車の方も急ブレーキをかけ、後続車も3台玉突きを起こし、4台目がギリギリで斜めに止まったところに対向車も驚いてハンドルを切り、街灯に直撃して急停止。その対向車側の後続車も玉突きを起こし、さらには――――」
あれ?自分で説明しながらも息をもつかせぬ状況に興奮してる?
その先の成り行きを、女神はまた息継ぎを忘れ、顔を赤くしながら早口に話し続ける。
おいおい、また発言暴走スイッチ入っちまったか?
「―――で、歩道に突っ込んだ車は――!」
……も、もういいわ。
と、とりあえず、本題に戻って貰おう。
「……いや、もう良いよ。……とりあえず……話を進めてください」
俺は軽く苦笑しながら本題の先を促す。
「あらやだ…」
おっと、片手を口元にあてて、もう片方の手首のスナップだけで小さく叩く仕草は、ちょっとどっかのおばちゃん風の仕草だぞ?
どんなに美しく可愛い顔でも、そんな事されるとおばちゃん要素が高くなっちゃうって。
若干、ゲンナリした感が拭えないが、女神の話は本題に戻る。
「……そうね。本題に戻りますね。えっと……。あなたが亡くなると、色々な哀しみや逆怨みや罪悪感や、色々な負の感情を遺すことにもなるのだけれど、もし、あなたが新しい人生を始めると言うのなら、元居たあなたの世界からあなたの存在を、存在の痕跡も全て消し去る事ができます」
「へえ……、そりゃすげえな。つまり、元々居なかった事にできるって事で……」
「あなたの周りの人が悲しむ事もなければ、あなたを殺してしまう予定の人も現れないって事になりますね」
胸元で両手を組んで、祈る仕草をしながら、顔には微笑みを讃えて話を締めた。
「だけど、本当に俺の周りに俺の事を悲しむ人なんて居るのかな……」
ここに来て、改めてこの素朴な疑問が口をつく。
両親は俺を見ない。姉は無関心。兄は苛めてきただけ。
親友と呼べるヤツも居ない。クラスでも存在が薄い。部活なんて完全に居ても居なくても変わらない。
近所の人って言っても、隣やお向かいさんに至っては顔を合わせた事がこれまでの人生でも両手に収まりそうだ。
「居ますよ」
即答されて、思わず少し眼を見開いた。
「……だ、誰が……?」
俺が、僅かな期待を胸に問い質す。
そんなはずは無いとも思うが、心のどこかでやはり繋がりを求めてしまう。
そんな気持ちは、俺の我が儘だろうか。
「それはもちろん、ご両親が。間違っても自分達の子供ですから」
「間違ってもって……」
女神の言葉に余計な所があるが、そこを指摘しながらも、目には熱いものを感じる。
やはりそこは、血の繋がった両親だと言うことだろう。
今までの俺の人生ではそんなに俺の事を気にかけてる気がしなかったが、心の片隅には俺の事も多少は心配してくれてたのかな。
アイシスはそんな俺の考えを知ってか知らずか、微笑みを俺に向けてくる。
なんだか、少しだけ救われた気がした。