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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第二章 ~ 世界の謎 ~
66/83

道標☆

  未だに雨は降り続けている。


  (いく)らか(やわ)らいで来て、地面等に打ち付ける音は全く無いくらいに細かい雨粒になってはいるが、湖に浮かぶ隣の島までの十数メートルの距離も、降り続ける雨の量でうっすらと霞んでいる。


  「これは、雪になりそうですね……」


  俺達はアルコールランプの上で沸かしたお湯で暖かい紅茶を淹れ、身体を暖めながらタープの外を見ていた所へユリシアが言った。


  「こんなに早い時期から雪が降るの?」


  高山地帯に住んでいたルーがそんな事を言う。


  とは言え、時期的にももう11月だし、地球に似た環境のこの星では、北半球が冬の時期に北の方へ行けば行くだけ雪が早く降り始めるのは当たり前の事だった。


  むしろ、緯度的には地球の日本よりも北極に近そうだから、もうとっくに雪景色でもおかしくはなさそうだが。


  「まあ、かなり北の方に来たからな。ルーの居た山の中の森は南の方だから……あ、でも、高山地帯だからルーの家の方でもそろそろ雪が降り始める時期なんじゃないか?」


  俺はルーの家のある森が地球で言うところの中国南部辺りである事と、その標高を思慮に加えてみたが、ハッキリした答えが出せずに疑問系になった。


  「ううん。ルーの家の辺りは、雪が降るのはあと半月くらいしてからかなぁ。北の山はもう天辺が白くなってる頃だけど」


  「なるほど。東西南北を山に囲まれてるから、北風が運ぶ寒気も一旦山に(はば)まれるのかもな」


  ルーの返答に、どこか違和感を覚えながらも俺の勝手な納得で話を終わらせた。


  「……で、まあ、これからどうするかなんだけど」


  再び俺が話を始めると、皆の視線もタープの外から俺の方へ集まる。


  「……ミカは、ここでの発見が俺の旅の道標になるって言ってたろ?」


  俺がルーやカルを見やると、二人は揃って「「うん」」と答えて頷いた。


  「……って事は、ミカの言う『発見』と言うものがあの映像の事だったとしたら。……あの映像を見終えた今、もう既に次の目的が明かされている事になる」


  「そうだねえ」


  「それか、もっと他に発見があるのかな」


  俺の発言にルーとカルが思い思いに答えた。


  「いや、あそこにはあれ以外に発見は無いだろう。仮にユリシアに会えたのもマグレじゃなくて、本当に運命に導かれた結果だったとすれば、ダイヤを使ったあの発見は、まさに運命に導かれて、見るべくして見た映像だったんだ」


  俺は、一息つきながら皆の顔を見渡して話を続ける。


「……それに、あの映像の人物の言語が俺にしかわからないとなれば、やっぱり俺があれを見るのは運命だった」


  「……う~ん、確かにそう考えられなくもない……かな?」


  まだ腑に落ちない様子のカルを置いて、俺は自分の直感を信じて話を進めた。


  「……となると、あの映像だけでは俺も何が何やらよくわからない事だらけだったから、次の目的はやっぱりあの映像に繋がる情報って事にならないか?」


  「そうかもしれませんね」


  俺が皆を見渡して疑問符を投げると、答えたのはユリシアだった。


  そして、そのままユリシアが続ける。


  「……それなら、他のダイヤを探す必要があるって事ですね?」


  「ああ。それと、ここのようなハルの施設もな」


  ユリシアの疑問に答えて補足しながら、話は続く。


  「どこかでダイヤを見つけて、またここに戻ってくる事もアリだけど、ダイヤを手に入れた場所によっては移動に時間がかかりすぎるからな。それに、ミカは世界を旅してもらうって言ってたから、やっぱり導かれるままに動けば行く先々でそう言うものを見つけられる様になっている気がする。ここは、下手に考えないで、流れに身を任せても良い所なんじゃないかと思うんだ」


  俺の話に皆も真剣に聞いていた。


  「……でも、それで見つからなかったら?」


  ルーはミカの予言を疑うつもりもないのだろうけど、確信できるあてがない事に心配して呟く様に言った。


  「……そうだな。多少見つけるのに苦労しても、他に道標になりそうな事も無いから、挫けずに探し当てるまで探すしかないかな。ムダに時間を費やす事になっても、やれる事はやっておきたい。俺はこれまでもそうして来たんだ。これが本当にミカの言う道標なら、きっとそんな俺らしさが道を切り開くカギになるんじゃないかな?」


  随分勝手な理屈だが、俺は行動するときにあまり難しい事は考えられない。


  俺の運命なら、俺らしさが一番正しい道を進められる気がする。


  ただそれだけの理由だった。


  「……まあ、若様がそう言うなら、ボクは構わないよ」


  カルがそんな事を言ってくれる。


  「うん。そだね。ルーも、お兄ちゃんが賭けるものに賭けるよ」


  妹も全幅の信頼を乗せてくれた。


  「……そうですね。それしか方法が無いなら仕方ないですもんね」


  ユリシアは、全幅の信頼とまではいかない様だが、とりあえずは了承してくれる様だ。


  「オッケー。そうと決まれば、次の目的地は一先ず情報集めに街を目指そう。ダイヤは高価な代物みたいだから、金持ちの多そうな栄えた街が良いな。ユリシアは、この近くでそう言う街を知らないか?」


  俺は全員を見渡しながら話し、最後はユリシアに視線を止めて聞いた。


  「えっと。……そうですね。このユリア湖からだと西北西に五・六日も歩けばリオルの街が有ります。湖を囲む森は東西に特に長く広がっているから、一度真北に行って森から出た所にある小さな宿場(しゅくば)で物資を補給して、そこから西に向いて出発するのが良いかと思いますよ?」


  エルフは顎に人差し指を当てて考える素振りで応えた。


  「そうか。なら、ユリシアの提案に乗ろうかな。ちなみに、宿場って、名前とか無いの?」


  俺がそう返すと。


  「最初にそこで宿屋を開いたティーテと言うエルフの名前をとって、ティーテの宿場と言われています。確か今では五・六軒程度の宿屋と、食料店、武器や防具も数点置いてる道具屋くらいしかお店が無い、小さな集落です」


  「そんな規模でもちゃんとモンスターの襲撃とかからは守れてるのか?」


  俺は、ふとそんな疑問を口にしていた。


  「ええ。森の木をうまく活用して建物を建てたらしいのですが、同時に森には有り余る木が生えてますから、アゼルの村と同じくらいの強固な塀が集落を守っています。そして、宿や店の他に三・四軒の守人の家もあって、唯一の門を交代で見張っていました」


  微笑みを含んだユリシアの顔に、集落の防衛が安心できるものであると感じられる。


  「なるほど。アゼルの村はしっかりした塀だったもんな。あれだけ立派な塀と同じ様な塀に守られてるなら、モンスターも襲ってこれないか」


  俺の言葉に頷きで返しながら、ユリシアが捕捉する。


  「ただ、宿場のお店の品揃えはあまり良いとは言えないので、ティーテの宿場に寄る目的は、宿のあてとあくまで物資を補給するだけですよ?宿場の住民も、良いものを揃えようと思ったら東のシルルトの町に買い出しに行くくらいですから」


  「シルルト?リオルの街よりそっちの方が街としては近いのか?」


  俺は新たな町の名前に反応した。


  「そうですね。宿場からは片道一日半くらいでしょうか。でも、そんなお金持ちが居るような街ではなくて、一通りの物は揃ってますけどそれほど栄えてはいない町です。セイルがダイヤを探す為に『お金持ちの居るような栄えた街』と仰ったので、除外していたのですが」


  「……そうか」


  ユリシアの小首を傾げる仕草を見ながら、俺は頷く。


  その後は黙って俺の様子を見るユリシアに、先を促されている気がして話を続けた。


  「……まあ、次に向かうのはリオルの街で決定したいんだけど、一応、そのシルルトって町の情報もあったら聞いておきたいかな……」


  「そうですか。でも、シルルトには行かない方が良いですよ」


  「……え?なんで?」


  ユリシアの言葉に疑問を呈した。


  「いろんな意味で危ないからです」


  「い、いろんな意味で?」


  俺は、何か嫌な予感を感じながらも聞かずにはいられなかった。


  なんか、こうも勿体ぶられると気になるのが人の性だよね。


  「ええ。いろんな意味で」


  ユリシアの受け答えに、尚更興味が湧いて、無言で先を促す。


  ルーやカルも同じ気持ちの様で、恐る恐るといった感じでユリシアの言葉に耳を傾けていた。


  「シルルトは、東の海沿いの無統治地区に近いので、異種間交戦が盛んなんです」


  「……なんだよ、抗争とかならカ帝国でも戦に混ざって大暴れした事もあるし、そんな大したことじゃ……」


  「いいえ。問題なのは戦いそのものではなくて、戦う相手なんです」


  俺の受け答えにユリシアが話を遮る。


  「……どういう事だ?」


  ユリシアの言う意味が汲み取れず、問い詰める形になった。


  「……いいですか?無統治地区にはマーマンやマーメイド達魚人族と、ハーピー達鳥人族の集落が点在しているんです」


  「えっ?マーメイドにハーピー!?」


  俺は、異世界もので美しいとされる伝説の生き物の名前に眼が輝く。


  「……え、ええ」


  俺の爛々とした圧に()されてか、ユリシアは答えに詰まった。


  「マジか!俺、一回で良いから実物を見てみたかったんだよ!それなら話は早い!シルルトに行こう!そんでマーメイドとハーピーに会いに行こう!」


  一気にテンションが上がった俺は、伝説の生き物との対面に期待を膨らませて皆に提案した。


  ところが。


  ルーやカルは俺の勢いに楽しさが伝染して今にも話に乗ってきそうな様子だったが、ユリシアだけは暗い顔で溜め息を一つ吐く。


  「……はぁ。……セイル達は彼等の恐ろしさを知らないのですね……」


  ユリシアはそう言ってまた溜め息を漏らした。


  「……え?」


  すっかり勢いを削がれた俺達は、オー!と片手を挙げそうになった姿勢で動きが止まる。


  「皆さんはご存じ無い様ですが、彼等に襲われたらそれはもう大変な事になってしまうんですよ?」


  「……た、大変な事?」


  ユリシアの説明に、ルーが反応した。


  さっきもユリシアはそう言っていたが、俺達にはイマイチ何が大変なのかがわからない。


  「……ええ」


  深刻な面持ちで応えるユリシアに。


  「……さっきもユリシアさん言ってたけど、……た、大変な事って……?」


  ルーは生唾を呑み込んで詰め寄った。


  「それは……」


  「……それは?」


  「それは、……あまり話したくないのですが……」


  ユリシアも顔を中央のアルコールランプに近付けて、勿体ぶって溜める。


  「ふんふん……」


  ルーはさらに顔をユリシアに近付けて相槌を打った。


  俺やカルも、ユリシアの言葉に聴力全開で聞き入る。


  「……それは、おバカになってしまうんです」


  「は……?」


  カルが思わず声を漏らした。


  「……ですから、彼等に会ってしまうとおバカになってしまうんですよ」


  ユリシアが、もう一度言い直す。


  「お、おバカって……」


  「……もうちょっと詳しく教えてくれよ」


  ルーの反応に俺が重ねて問い質した。


  「彼等は、普通に口で言葉を話せない代わりに、ウェパスの様な精神対話を主体に会話をするんです……」


  「へぇ……」などと相槌を打つが、ユリシアは意に介さず説明を続けた。


  「……そして、彼等……いえ、厳密には彼女らの方ですが、マーメイドやハーピー達は、精神に直接届く歌を歌うのです……」


  ここまでは俺の居た世界でもよく聞く話だ。


  マーメイドと言えば、その美しい歌声で海を行く船の船乗り達を誘惑し、無防備になった所を襲うと言う恐ろしい話だ。


  しかし、この世界では違うのか。


  「……そして、その歌声と言うのが、私達人類を精神崩壊させる事もあるんですよ」


  「「「……え゛!?」」」


  俺、ルー、カルの声が重なる。


  誘惑どころか精神崩壊だって!?


  「……一種の催眠みたいなもので、もっと強力なものです。彼女達は直接届く為に(ふせ)ぎようがない歌声によって、まずは旅人達を心地よい気分にさせ、微睡(まどろ)みに流されるとそのまま幻覚や幻聴に感覚を奪われ、廃人と化すのです」


  「……マジか……」


  ユリシアの話に言葉を失った俺達だったが、ようやく絞り出された声を漏らしたのは俺だった。


  「ええ。マジ?です。マーメイドやハーピーは精神力が全人類の中でも高い方なので、彼女達の誘惑、幻惑は成功率が高い。知識や知恵の働く生き物は、その多くが精神攻撃から逃れることはできないのですよ」


  ユリシアの話が終わり、聞いていた俺達は絶句していた。


  聞く限り、俺の想像を越えている。


  これは、何か対策でも無きゃ避けるべきか。


  シルルトの町は気にはなるんだがなぁ。


  俺がそんな葛藤をしていると、我に反ったらしいカルがハッとなって口早に捲し立てる。


  「そそ、そんなオッカナイ所、行くのやめよう!?ボクはこの姿自体が精神体だから、崩壊したら原形をとどめていられないかも……!」


  「それはダメ!カルは今の姿が可愛いんだから、変な姿になっちゃったらルーはカルを可愛がれなくなる……!」


  「うわ~ん!そんなのやだよーッ!ボクはお嬢に嫌われたら生きていけない……!!」


  「うえ~ん!ルーもイヤだよ~!」


  ルーとカルが抱き合ってる中、俺とユリシアは呆気に取られていた。


  やがて二人がしくしくと静まり始めて、俺が決断を口にする。


  「……わかったよ、二人とも」


  「「……え?」」


  俺の声に二人の声が重なった。


  「気にはなるけど、シルルトはやめよう。ユリシアがせっかく提案してくれた訳だし、次の目的地はリオルの街にしよう!」


  「……本当に?」


  カルが涙目で訴える。


  「……ああ。そんで、リオルでウマイもんでも食って、ダイヤとハルの遺跡探しの情報を貰おうぜ?」


  「「……」」


  二人が問いかけに答えないと思って首を傾げると。


  「「……やったーーっ!!」」


  「うっまいっもの!うっまいっもの!」


  「よかった~!これでボクはボクらしく生きていけるよ!」


  二人の喜ぶ声もハモり、各々に嬉しさを言葉にしていた。


  いつの間にかタープの外は雪が降り始め、万歳しながら浮かれるルーとカルの声が、寒い湖に浮かぶ島々に響き渡っていった。

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