ハルの祠☆
ユリシアと俺は、お互い目を見詰め合って逸らさない。
そのまま、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
やがて。
「……わかりました。先程の一件でも、セイルはこれが私にとってどれだけ大切な物かを良く理解してくださってる事もわかっています。その上で、こうして真っ直ぐ見詰められては、断れる訳ないですね……」
手に握ったダイヤを見せて、ユリシアは微笑んだ。
「ありがとう。でも、本当にそれが鍵になるかはまだ決まってないんだ。ただ、ここに書かれている細長い物が、俺にはそのダイヤにしか思えなかった。……例の、黒の軍勢がダイヤを集める意味も、ここのような何かのハルらしい施設に使う為だとしたら、その可能性が高いと思ったんだ」
「……そうですか。わかりました。では、もしその考えが確かで、これがあなた達の成し遂げるべき事に少しでも足しになるのなら、例えこれが壊れようと、私は構いません。ですが、もし間違いで何の足しにもならずにダイヤを失う事になったら、その時は、今度こそ私の傭兵をいつまでも続けてもらいますよ?」
ユリシアは、そんな無茶を言ってくる。
しかし、良く考えろ。
俺の見る限り、あの説明書の様な物に書かれている細長い物は、USBのフラッシュメモリみたいな物だった。
台の穴に差し込んでから、一つで他の小さいマス四つ分の大きさのマスを押すと、画面が光る様な絵が書かれている。
だが、この世界にフラッシュメモリみたいな物があったとしても、前にエメリアやガフスから聞いたハルの情報では、地球でよく見た様な物ではないのは予想できる。
この世界にあるハルとは、俺の知る地球の物とは根幹が全く別の、電気ではなくエナをエネルギー源にして動かす物だったはずだ。
電車に似て非なるもの。
自家用ジェット機に似て非なるもの。
銃に似て非なるもの。
ガフスに確認した所によると、ガフスも実物は見たことが無いらしいが、エナコルは姿形や材質について、話くらいは聞いたことがあるらしい。
そしてその話では、俺が伝えた形と似ているらしいが、材質は鉄等ではない、地球の常識ではあり得ない材質だった。
主にガラスだ。
合成樹脂や合成プラスチック等ならまだわからないでもないが、あの、振動や衝撃で割れやすいガラスなのだ。
そう言う地球の常識を覆す所から見ても、地球で当たり前のUSBメモリがこの世界でハルとして残されているとは思えない。
そして、もう一つの理由は先程も言った黒の軍勢である。
ヤツらの元にもここのようなハルがあったとしてもおかしくはないし、その為にダイヤを集めていると考えてもおかしくはないのだ。
これでもまだ充分な確証には至らないが、後は俺自身の直感に従う事にした。
「ああ。その時は、そうしてやる」
そう言って、俺は右手を差し出す。
そこへ、微笑みながらユリシアがダイヤを置いた。
「フフフ、冗談です。本当は私も、あなたの運命にこれを賭けてみようと思っただけですよ。もしかしたら、私がこうして一緒に居ることも、あなたの運命に導かれた結果かもしれない。……私にはそう思えます。だから、きっとあなたの判断は間違ってない」
ユリシアは、いつの間にか俺にこれだけの信頼を寄せてくれていた。
今はその事に感謝しつつ。
「……ありがとう。必ず返すよ」
とは言ったものの、ユリシアが言ったように、差し込んでみたら破壊されたなんて事が無いようにしなくちゃな。
そんな事を思って、台の穴の手前に座り込む。
俺は、穴を正面に見据えて、右手に持ったダイヤを穴に差し込んだのだった。
すると。
後ろの壁画からブ――ンと起動音が鳴り、ルーとユリシアは驚いて壁画から離れる。
俺も、すぐに立ち上がるが、その時に別の異変にも気付いた。
ルーとユリシアは入口側のスペースまで下がる。
それを見届けた俺は、もう一つの異変―――つまり、台の上に格子状の光の線が現れたのに目を凝らした。
「お兄ちゃん、壁画が消えたよ?」
心配そうに言うルーを見て、一度壁画を確認すると、再びルーに視線をやって頷きで返した。
壁画は真っ暗になっていた。
そして、台の上には。
「まさか……」
俺がそれを再び見ると、思わず呟いた。
それは、先程の格子状の光のマスに、一つ一つ文字が振られ、まるでパソコンのキーボードの様な形になったのだ。
「うそだろ……?」
書かれた文字は、普通に読んだらなんて書いてあるかわからないのだが、アイシスにもらった翻訳能力のお陰で俺には読み解く事ができる。
そうして見ると、俺もよく知っている、明らかにパソコンのキーボードそのものだった。
俺は、ローマ字変換で打ち込むのに慣れていたのだが、これを見る限りではかな直接入力の様だ。
とりあえずエンターを押してみる。
すると。
俺が操作したキーボードがある台の上に、何やら人のホログラムが現れた!
「「「「なっ!?」」」」
俺を含め、カル、ルー、ユリシアの声が重なる!
俺は何かが始まる様な気がして、急いでルー達の居るスペースへ駆けていった。
そして、ホログラムは再生された。
映し出された人の姿は、どうやら若い男の様だが、髭をフサフサに蓄えていた。
何やらフードつきの分厚い服を着込み、中にも何枚も重ね着しているのか、着膨れが酷い。
単に太っているだけではない事は、頬が痩けた顔を見れば一目瞭然だ。
そして、彼の口からとても濃い白の息が漏れている。
どうやら北極かどこかで撮影した様だ。
そう思っていたのだが。
その男が口を開く。
『これを見ている方は、我々にとって未来の人類と呼ぶべき人々だろう……』
「しゃ、しゃべった!?」
「でも、何言ってるかわかんない!」
カルとルーが口を挟んだ。
え?何を言っているかわからない?
俺は聞き取れているんだが。
『我々は、今、正に、絶滅の危機に直面している』
「なんだって!?」
俺が思わず声に出すと。
「セイルはこの人の話が解るのですか?」
ユリシアが後ろから問うが、男の話が続いた為にそれには答えなかった。
『ここは、赤道直下のあるシェルターの中だが、今、世界は過去最大の氷河期に覆われているのだ』
は!?氷河期……!?
氷河期って、あの氷河期か!?
『そして、その極限の環境に、我ら人類は最早耐えられない状況にある』
さっき言ってた絶滅って事か!?
氷河期が原因で!?
『これを見ることができる未来の人類よ。願わくば、我等の血が途絶えず、僅かでも命を繋いで、未来の世に生きている事を願う。そして、この……ガガ……を……ガガガ……して、もう………ザザッ………ザーーッ………』
記録する機械にも損傷を来したのか?
雑音に合わせて、ホログラムも映像がザラつく。
その代わりに、バックに点いた壁画だった所に、何やら一面が氷に包まれた地表の様な映像が映し出された。
『……ザザッ……ガッ……この、ダイヤメモリに託し……ガッサザーーッ……未来の人類に、……ザッ……同じ過ちを………ガッ……サザーーーーー………』
同じ過ち!?
氷河期が!?
何を言っているんだ!?
俺の頭では理解できない。
ホラグラムと共に、壁画の画面も砂嵐となり、再び映像を映し出す事は無かった。
「これは、メモリがダメなのか、それともここの設備がだめなのか……」
俺は頭の中で考えていた事を無意識に声に出していた。
「……お兄ちゃん?」
ルーが心配そうな顔をして、俺を覗き込む。
「……あ?ああ、ごめん」
「答えて頂けませんか?」
今度はユリシアが問い質す。
「え?何を?」
そう俺が返すと。
「『何を?』ではなくて、セイルは今の言葉を聞き取れたのですか?」
ユリシアが真剣な顔をして、睨むくらいの目をこちらに向けてきた。
「……ああ。聞き取れた」
「「「ええっ!!?」」」
三人が口を揃えて驚く。
「だけど、見ていても解ったと思うけど、所々途切れてて、ちゃんとした言葉を聞き取れたのは極一部だけだ」
「何て言ってたの!?」
ルーが珍しく捲し立てる。
「なんか、『氷河期』がどうのとか、『人類が絶滅の危機に直面している』とか、……あ、後はユリシアが持っていたダイヤな?あれ、やっぱりメモリースティックの様な物だった」
「メモリースティック?」
ユリシアが聞き慣れてない言葉だったのだろう、俺の目を見て問い詰めてきた。
「ああ。メモリースティックっていうのは、色々な書類や、今みたいな画像とか動画を保存できる物で……」
「ちょ、ちょっと待って下さい。その画像?や動画、保存などの言葉の意味がわかりません」
ユリシアは困惑した様子で俺の話を止めた。
「……ああ、そうか。そしたら、とりあえず一旦外に出よう」
俺の提案に皆が頷いて、ユリシアは俺と共に台の向こうへもう一度向かう。
「ちよっと待ってて……」と一旦ユリシアを待たせて、俺は未だに光っているキーボードをポンポン押す。
すると、壁画が映っていた壁画に現れた文字を見てシャットダウンさせる。
やはり、壁画はパソコンのモデムだった様だ。
そうしてユリシアに「取って良いよ」と促した。
ユリシアはダイヤを台から抜きとり、両手で胸の前に抱き込む。
その後、壁のモデムには先程俺達が来たときと同じように壁画の映像が映し出された。
「……じゃあ、行こうか」
「ええ」
入口で待っていたルーとカルに合流して、階段をあがる。
二メートルある祠の入り口には、まず俺が全力でジャンプして石に掴まって出たあと、ルー達をジャンプさせて俺が手をつかんで引き上げた。
何度も言うようだが、イーシスでは体が軽い為に運動能力が飛躍的に上がっていて、二メートル程度の跳躍は軽くできる。
そうして皆で祠を出た所で、雨が降りそうだからと祠と祠の裏に立つ二本の木との間にシートを屋根のように渡して、簡易式のテントを張った。
そこで、ルーの提案で昼食をとりながら話をすることになったのだった。
なんだかんだ言って、朝御飯を食べてから森を五キロ以上縦断してユリア湖に着いたから、もう既に良い時間だ。
曇っているせいで太陽の位置がわからないが、何よりルーの腹時計が空腹を訴え始めている。
概ね毎日同じ時間くらいに食事をとっているルーの腹時計は、ある意味正確に食事の時間を報せてくれた。
「……どこから話せば良いのかな」
俺がそう前置きして、話を始める。
「……まず、あの言葉が何語なのか、知りたいですね」
ユリシアがそんな事を問いかけてくる。
だが。
「……う~ん、何て説明したら良いかな」
俺は答えに窮した。
なぜなら、『何語か』を答えるには、必然的に俺の素性を明かさなければならなくなるからだ。
しかし、皆が聞き取れなかった言葉を聞き取れたと答えてしまった時点で、もう逃れようが無い。
『あの言葉が聞き取れたなんてウソだから』……なんて言う訳にはいかないもんなぁ。
仕方ない。
何とかここまで明かさずに来たのだが、ここでユリシアにも明かしてしまおう。
そんな事を考えながら、口に含んだ一口分のシシカバブーの様なものを呑込み、続きを話す。
「……実は、ユリシアに隠していた事がある」
俺がそう告げると、ユリシアは無言のまま俺の目を見る。
前もそうだったが、ユリシアは他人の話の真意を、相手の目を見て判断しているのだろう。
ぶっちゃけ、透き通るウォーターブルーの瞳は、長く見ていると無意識に引き寄せられる気がして苦手だ。
その瞳に見詰められ、俺は尚も話を続けた。
「俺は、本当はこの世界の人間ではないんだ……」
これは、隠していたと言うより、辺境の田舎者と偽っていた事だ。
これを聞いたユリシアは、当然、騙されたと思って怒るのだろう。
そう思っていたのだが。
「……そうでしたか。それで、合点がいきますね」
「……は?」
俺は怒られるとばかり思っていたから、少し拍子抜けしてしまった。
「最初出会った頃から、おかしいとは思っていたんです。まさか、この世界の人類で世歴を知らない人なんて、そんなに居るとは思えませんからね。余程の事情があった孤児でも成人するまでにはどこかで何回か耳にするはずです」
「……なるほど」
微笑みで返されたユリシアの言葉に、自分の至らなさがバカらしくなって思わず笑みが零れる。
「それこそ、幼い頃に両親を亡くして人に接する事の無い生活をしていたか、親からも教えてもらえない状況で人間社会から隔離された環境で育ったか、若しくはこの世の者ではないか……。思い付く限りではこれくらいしか有り得ないでしょう?」
「……確かに」
正しく、最初のはカル、次がルー、最後が俺に当てはまりそうだ。
「……ですから、そんな今更な話は別にいいですから、あれが何語なのか、教えて貰えませんか?」
ユリシアにとって、異世界人ってのはそんなに軽く受け止めてもらえる事なのか?
このプリーストは、不思議とどこか胆が座っている。
「……そ、そうですか。……だけどね……」
とりあえずユリシアの意向に承知して、その後の疑問に答えたい所なのだが。
「……だけど?」
「……いや、俺にもあれが何語かはわからないんだ」
ユリシアの更なる追求に、俺は正直に答えた。
「……え?……じゃあ、どうやってあの言葉を理解したんですか?」
ごもっともな疑問だよね。
それも含めてさっき説明しようとしてたのに。
「だからね?俺が異世界人である事から説明するけど、良いかな?」
俺は、子供に諭すように了承を窺う。
「……あ、そこから説明するつもりだったんですね。すみません、急かしちゃって」
ユリシアは苦笑して軽く会釈をする。
……なんか、出会った頃はさておき、慣れると低姿勢で柔和で優しいプリーストなのに、早とちりで胆が座ってて口が回る芯が強いエルフって、スゲー複雑なキャラだな、この人。
子供扱いされても別に逆上しないのに、敵視や警戒視されてると、普通の主張も徹底的に口でねじ伏せる。
つまり、信用されると受け入れる器の大きさは大きいが、信用されなければ器の隅に僅かにも受け入れないタイプだ。
こういう人の信頼は失いたくないものだ。
何より、敵認定されるとめんどくさ過ぎるからな。
「……いいえ。じゃあ、説明するな?」
俺は、一応ルーやカルの了解を得るべく、視線を向ける。
俺の素性を話すと、芋づる式にルー達の事も話さなきゃならないからだ。
二人も俺に任せると言った様子で微笑みながら頷くと、俺は、ユリシアに全てを打ち明けるのだった。




