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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第二章 ~ 世界の謎 ~
57/83

エルフのプリースト☆

  直径四十~五十センチ程の丸太で立てられた外壁に囲まれた村『アゼル』。


  門の両端にはちゃんと見張り台も添え付けられた、高さ三メートル程の外壁は、石造り程強固ではないにしても、張り倒す事は容易ではなさそうだ。


  十センチ角の木材を一列に積み上げて縦横に打ち付けた門も、下手すればどこかの城の城門並みに厚く、打ち破るのは至難の業だ。


  素材が木材に一定しているが、頑丈さでは、もしかしたら煉瓦の外壁より勝るかもしれない。


  俺達は一度、夜にここを訪れたが、門は閉められ、人間族だからと村へ入ることは叶わなかった。


  エルフなら、夜でも通すのだそうだが、人間に対してのエルフ達の扱いは厳しいものだった。


  「村に入れて良かったね、お兄ちゃん」


  日が登り、門が開くのを待ってから、村に入ってルーが言った。


  見張り台の男のエルフが、通り過ぎた俺達をジットリと見据えている。


  「ああ。しかし、こうも人間族を嫌うのは何でなんだろう……」


  俺がそんな疑問を口にした時だった。


  「あなた、……人間なのにそんな事も知らないでここに来たのですか?」


  門を潜ってすぐの所にある広場で、不意に後ろから声をかけられた。


  俺は、ハッとなって後ろを振り返る。


  するとそこには、ペールブルーの髪にフード付きの白の法衣を着た、耳の尖った女性が立っていた。


  頭にはフードを被っていて髪型はわからないが、フードを左右に押し広げる尖った耳は、明るい日の下ではフードの影でも見えていた。


  (まさ)に、俺が一目見たかった女性のエルフだ。


  装飾品をいくつかちりばめた法衣姿は、聖職者に相応しい出で立ちで、見る限りでは歳は俺に近い気がするが、一つ二つ歳下だろうか。


  「あ、ああ。俺達は人里離れた森の中で育ったもんで、世界の情勢みたいなものに(うと)いんだ」


  やべぇ、エルフに話しかけられちゃったよ!


  それも超可愛い女の子だ!


  内心ではそんな事を考えながらも、顔は苦笑いを見せた。


  「……そうでしたか。私はユリシア。エルフと人間族との間には、世歴(よれき)が定められて以来、深い溝があるのです。この村では……いいえ、エルフの領土内では、あまり騒ぎを起こされませんようお気をつけ下さい」


  ユリシアと名乗ったエルフは、そう告げると俺に一礼する。


  「ありがとう、ユリ…シア。俺は、セイル。こっちはルーシュとカルだ」


  俺達は揃って礼で返し、ユリシアの顔を見る。


  「どういたしまして」


  ユリシアは、それだけ返すと、笑み一つ見せずにスッと踵を返す。


  「……ちょっ、ちょっと待って!……下さい……」


  素っ気ない態度に、思わず呼び止める。


  だって、せっかくの可愛いエルフと話せるチャンスなんだぜ!?そんな素っ気なくされたら寂しいじゃんか!……なんて下心はルーの前では表に出せない。


  「……なんですか?」


  うぐっ!解ってはいても、視線が冷たいのは受け止めがたい。


  しかし、せっかくのエルフとお話できるチャンス……じゃない、せっかくの情報を得るチャンスを、みすみす逃したくはない。


  「あ、あの、……さ、さっき言ってた世歴って何ですか?」


  俺は、初めて聞いた単語を思わず疑問符にして口にした。


  「……は?……世歴も知らないとは、この世界にそんな人が居るのかしら……」


  最初は軽く驚き気味な反応だったが、後半は何やら俺を眺めて考えに更ける様に呟いた。


  まずい。


  また、迂闊にも世の中の常識を口走ったらしい。


  だって、マジでこれまで聞いた事が無かったんだからしょうがない。


  「あなた……」


  「……は、はひっ?」


  まだ誤魔化し方を考え付いていない所に声をかけられたから、思わず声が裏返った。


  「……何をそんなに驚いているんですか?」


  「……え?……い、いやあ、何も……?」


  なんか、怪しまれてる様な。


  「……まあ良いですけど、本当にご存じ無いのでしたら哀れですから、僭越ながらお教え致します」


  ユリシアの言葉に、俺はホッとした。


  しかし、『哀れ』とは……


  「……お願いします」


  辛辣な言葉にちょっと残念な気持ちで短くそう告げる。


  「では、良いですか?……世歴とは、世界で定めた(こよみ)の紀元です」


  ユリシアはそう切り出して、ゆっくりと説明口調で丁寧に続けた。


  「そして、今は世歴二三四二年。今日は十一月二十八日。季節は秋。一年の中でも特に北風が吹き、気温が下がっていく季節。冬の到来間近の、晩秋の時期です」


  ふむふむと心の中で納得しながら耳を傾ける。


  「そもそも世歴とは、人類が悪魔の支配から独立し、新たに自分達の力のみで営みを始めた歳とされています。また、同時に聖賢者ロキメテギウスが、悪魔王ヴェーゼ・マーラに挑み、打ち勝った歳を紀元としているのです」


  なんか、どこかで聞いた様な話だ。


  まるで神話だな。


  「……神は人類を平等に見ています。あなた方にも、神の祝福があらんことを」


  そう締め括って、ユリシアは黙礼する。


  俺達も、話に聞き入ったまま、ユリシアに合わせて黙礼した。


  そうしてユリシアが去ろうとした時。


  「あぁー、あの!」


  尚も俺は呼び止めてしまった。


  今回のは、別に下心があったわけではない。


  ……ないのだ。


  なぜなら。


  「そ、その、首から下げてるのは、もしかして……?」


  俺は、恐る恐るユリシアの胸元を指差して言葉を紡ぐ。


  「……?」


  半身の姿勢で俺の質問に視線を落としたユリシアが、自らの胸元を見る。


  「……ダイヤじゃないですか?」


  俺がそこまで言うと。


  「……あ、あなた、もしかして最初からコレが目当てで……!?」


  右手でダイヤのペンダントを掴み、左手のステッキを構えて俺から距離をとろうとするユリシア。


  いや、おかしいだろ!?


  「ちょっと待て!『最初から』って何だよ!?最初に声をかけてきたのはそっちだろ!?」


  俺がそう返すと、訝しい顔のままのユリシアが。


  「……確かにそうでしたね。……では、なぜ『ダイヤか』と聞くのですか?」


  疑いはまだ晴れていないらしい。


  俺達を物取りか何かだと決めつけている様だ。


  「いや、だから、俺達は別にそれを奪おうとか思ってないから!」


  あからさまな警戒心剥き出しのユリシアに、先ずは警戒を解いてもらう為に言ったのだが。


  「じゃ、じゃあ、あなたは私の胸元を見てたらコレに気付いたとしましょう……」


  誤解は解けたのかわからないが、とりあえず落ち着いた風に話が続く。


  「……それなら私の胸元を見る理由は……ハッ!?……まさか、私の体が目当てで……!?」


  「……だああぁぁーーっ!!こんな可愛い義妹(いもうと)連れてそんな事するか!ってか、子供の教育に悪いからそれ以上言うな!!」


  落ち着いたと思って油断していたら、俺はあらぬ方向へ進みそうな話を折って、慌ててルーに目線をやりユリシアに訴える。


  「ハッ!?……そ、そうでしたね。では、他にどんな理由があって、私のこの胸を見ていたと言うのですか!?」


  ……なんか、このプリースト変だ。


  「だから、胸なんか見てないって……」


  俺が弁解を述べようとしているところへ。


  「ワ・タ・シ・の!この胸が見えないワケ無いでしょう!?」


  ユリシアは、確かに豊満な胸を両腕で持ち上げて言い張る。


  やっぱりコイツはおかしいヤツだった。


  「聖職者のくせにこんな身体を持ってしまった私を、イヤらしい想像を掻き立てた男が……!!」


  完璧に触れちゃダメなヤツだ。


  なんか、勝手な想像を膨らませて熱を込めた話が続いている。


  コイツは本当にヤバイ。


  もう本当ならこのまま無言で立ち去りたい所なんだが。


  しかし、あれが本当にダイヤなら、黒の軍勢にコイツが狙われかねない。


  黒の軍勢は、天使を拐うのともう一つ、ダイヤを集めている事も俺達は解っているのだ。


  変なヤツだが、一応教えといてやるか。


  「……もういい。俺達は、黒の軍勢がダイヤを集めてるって言う情報を手に入れたから、あんたが持ってるそれがもしダイヤなら、気を付けなって言いたかっただけだ。それじゃあな!色々教えてくれてありがとう!」


  俺はそれだけ言うと、ルーの手をとって踵を返す。


  「……えっ?黒の軍勢って……あの、人攫いの為に村を焼き払っちゃう酷い人達の事ですか?」


  ユリシアは、急に狼狽えた顔になって質問してきた。


  無表情な冷めたヤツかと思えば、急に怒り出したり、今は急に狼狽えてる。


  忙しいヤツだな。


  俺は背中を向けたままでユリシアに返す。


  「ああ、そうだ。だからあんたも……っ!?」


  その時。


  突然俺の腕を強い力で引っ張られた!?


  「……それ、本当なんですか!?」


  ユリシアは、慌てた様子でそう言いながら、俺の腕をその豊満な胸に抱き込んで離さない。


  「いや、ちょっ……離せよ!さっきは俺を無法者扱いしてただろ!?」


  振りほどこうとしている俺を、ユリシアは尚も強くしがみつく。


  いや、ホントに。


  俺の腕が胸に挟まれてるからって手加減しているワケじゃない。


  「ウソだと言って!……お願い!じゃないと私、治癒は出来ても戦えないから見つかったら殺されちゃう!……いいえ!私が見つかった時に居た村や町に迷惑がかかっちゃうじゃないですか!?」


  今、しっかり自分が殺されるのが一番だったな。


  「おいおい、何だあれ……?」「いや、よくわからん……」「なんか、痴話喧嘩みたいだぞ?」


  周りに野次馬が集り始めた。


  あーもう、エルフの領土内で面倒事を起こすなとか、コイツが言ってたんじゃねーのかよ!?


  「わーかった!わかったから、とりあえずここを離れよう!ヤジが多すぎる!」


  俺はユリシアに強く言って聞かせる。


  「……解りました」


  ユリシアは、ようやく俺の腕を解放……した様に見えて、ちゃっかり俺の服の腰布を握っている。


  ユリシアの顔を見ると、無言だがまるで『逃がさない』とでも言いたげだ。


  「……~~っ!」


  なんか、複雑な心境に頭を掻き乱す。


  「……まあ良い。ルー、カル、行くぞ……」


  「うん……」「おっけー……」


  何とか心を落ち着かせた俺の言葉に、ルーとカルが続いた。


  ユリシアは、『おっけー……???』などと小声で言いながら、俺の腰布を掴んだままついてきた。


  そうして、野次馬の人垣から離れると、とりあえず喫茶店に向かう事にした。




  ――――そして、喫茶店の前に来た俺は。


  「……もしかして、通貨が違うのか?」


  喫茶店の入り口脇に立てられた、イーゼルのメニューを見て呟いた。


  「……は?」


  ユリシアが、俺の後ろから声を漏らす。


  俺が見ているメニュー表には、以前目にした『セル』の文字の代わりに『ユルム』と書かれている。


  しかも、普通に見てたら当たり前の様に訳されて読んでしまう文字も、よく見たらトスカーナで使われてる文字と違う気がする。


  「……マジか。少なくとも俺の知ってる異世界ものでは、文字や言語はまだしも、通貨が違うなんて無かったぞ」


  俺は、頭で考えている事がそのまま口に出ていた。


  「何を言っているのです?国によって通貨が違うのは当たり前でしょう?」


  「……は?」


  ユリシアの言葉に、今度は俺が声を漏らした。


  「い、いや、だって、今までは通貨は同じ『セル』で通ってきたぞ?」


  「……えっ?あなたはどこから来たんですか?」


  「……え?……カ帝国からだけど……?」


  ユリシアの質問に、一応最後に寄った国の名前を答えた。


  「何を言っているのです?カ帝国も、通貨はケンだったでしょう?セルと言ったら……」


  ユリシアが答えている所だったが、途中から俺の耳には話が届かない。


  俺はユリシアの話から思考に意識を切り替えていた。


  ……んなアホな!?


  だが、確かにカ帝国では俺達が直接買い物をした覚えがない。


  俺達が知らない所で、いつの間にかセルの通貨通用圏を越えていたのだった。


  しかし、セグの村があるエルラン王国やトスカーナ、ガフスの国のシンでは、セルで取り引きされていたはずだ。


  そう考えると、カ帝国は国交を断絶していたからか、周辺の通貨とは違う通貨で、文化と共に孤立していたのだろう。


  ああ!


  今こそ、貿易商のガフスが居てくれると心強いと思えた事はない!


  ……いや、ちょっと待てよ?


  今、ユリシアは、『国が違えば通貨が違う』と言っていた。


  つまりは、本当はエルランやトスカーナも、別の通貨があったと言うことか?


  「……じゃあ、エルランやトスカーナで使ってたセルは、何で国を(また)いで使えたんだ?」


  俺が、話が終わったらしいユリシアに聞いた。


  「あなた!今の私の説明聞いてました!?今、言いましたよね!?国によっては、同盟国同士で共通通貨を使ったり、占領国では領主国の統一通貨を使ったりしていると!」


  俺が考えに耽っている間に、ユリシアが丁寧にも説明してくれていたらしい。


  「わ、わかった、わかったよ!ありがとう!」


  怒るユリシアをなだめ、俺は「……もう!」などと言うユリシアの怒り顔を眺める。


  「……な、何ですか!?」


  それに気付いてユリシアが俺を見返してきた。


  「あ、ああ、なんか、フードで隠すのもったいないなと思って」


  いつの間にか法衣のフードを払って、顔を露にしたユリシアがキョトンとしていた。


  「……な、何を……?」


  「いや、キレイな顔をしてるから」


  俺が何の気なしにそう言うと、ユリシアの顔がみるみる赤くなっていく。


  「……なっ!……っな!?」


  「お兄ちゃん?エメリアさんはどうするの?」


  ユリシアの驚く顔に、ルーが制止をかける。


  「……あっ!?いや、別に深い意味は無い!思ったままを言っただけで、惚れたとかじゃないから……わぶっ!?」


  「あなた!セイルとか言いましたね!?よくもそんな言葉を軽々しく……!!」


  俺の弁解をユリシアの振り回したバックに遮られる。


  「エメリア姫が聞いたら怒られるよーッ!?」


  カルまで俺をいじってきた。


  「いや、エメリアは関係ないだろ!?別に付き合ったワケじゃ……!!」


  「他にもそうやって”たらしこんだ“女性が居るんですね!?」


  「……そんな事してねーって!」


  てか、聖職者がなんて言葉を使うんだ!?


  俺の言い訳を遮るユリシアに、俺は被せ返して断言する!


  「えー?でも、エメリア姫はまんざらでもなかったみたいだけどなー?」


  カルがそんな追い打ちをかけてきた。


  「こら、カル!俺がこういう状況になるのを楽しんでるだろ!?」


  そう言ってカルを問い詰める。


  「セイルさん!?あなたという人は……!!」


  ユリシアの怒りバーがグングンと上がっている様だ。


  「……エメリアの時もそうだっただろ!?女性のこういう所はめんどくさいんだからやめろよな!!」


  カルへの注意を続ける俺に。


  「『女性がめんどくさい』ですって!?」


  ユリシアの怒りバーは最高潮になった。


  「い、いや、違うんだ!カルが……!!」


  俺は必死に言い繕うが。


  「この、女の敵ぃぃーーーッッ!!!」


  閑静なエルフの村に、今日一番の怒鳴り声が響き渡ったのだった。

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