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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
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女神の創る世界♪

  「……いつも思うんですけど―――」


  俺は、真っ暗な空間に浮かぶ女神の姿に向かって、長い沈黙を破って声をかけた。


  恥ずかしい夢を見ていたバツの悪さに、二人の間には渇いた笑い声が響き、時には同時に、時には交互にくりかえされていたのだが、それもいつしか尽きて、しばらく無言の時間が流れていたのだった。


  それも俺から勇気を振り絞って話を持ちかけたのだが。


  「……なんですか?変態少年セイル?」


  「……あっ、なんかそれ悪意ありませんか?……しかも、名前の前のキャッチコピーみたいなのが、いい具合に語呂良くまとめてるし」


  「何を言っているのですか?エッチ大好きセイルさん?」


  「また、どっかで聞いた様なキャッチだな……」


  「何を一人でブツブツ言ってるのですか?スケベ変態セイル?」


  「今度は特撮戦隊ものみたいな……」


  「そんな事言ってませんよ?エロ……」


  「だぁーっ!もう良いよ!エロい夢を見てすみませんでした!」


  最後は喰い気味に突っかかった。


  「いいえ、別に謝る必要なんてありませんよ?健全な男子なら、当たり前の事ですし……」


  見る限り、血管も浮いてない普通の笑顔で、確かに怒っているわけではない様だ。


  「じゃあ何でそんなに言うんだよ」


  「だって、セイルの複雑な顔が可愛いんですもの。エッチな夢なんて、男の子らしくて良いんじゃないかしら」


  まあ、冷静に考えてみれば、いくら女神とは言え、そもそも俺の見る夢の事までとやかく言われる筋合いは無かった。


  もちろん、怒られる筋合いもない。


  しかし、逆に何とも思われてないのも寂しい。


  他の人の事を夢で見てたのを知ってるみたいだし、どうせなら嫉妬して怒るくらいしてくれたら嬉しいのだが。


  「女神が人間苛めて良いのかよ……」


  悲しい顔で俯く。


  「あっ、ご、ごめんなさい。苛めてるつもりは無かったの」


  女神が慌てて俺に謝る。


  それを見て俺は、それまでの悲しい顔を一転させて悪戯な笑顔を見せた。


  「……ぷっ。アイシス様可愛い」


  「……えっ?」


  「これでおあいこって事で」


  たぶん、本当に悪気がなかったのだろうけど、言われる方はちょっと嫌な気分になったから、アイシスの慌てる姿を見ておあいこにした。


  「……ふう。でも、ごめんなさい」


  「いえ、こちらこそ仕返しにからかってすみません」


  改めて謝られると仕返した事に罪悪感が残る。


  相手が本当に悪気か無くて、こちらを不快にさせたことを本心から謝る姿勢があると、仕返しというものが何とも無益であることを思い知らされた。


  「……そういえば、セイルは何か言いかけてませんでしたか?」


  改めて、女神らしく丁寧な言葉づかいに戻るアイシス。


  「……あ、そうそう、アイシス様って、普段はなにしてんのかなぁ?って思ってさ」


  俺は、冒頭の質問の続きを話す。


  「普段ですか?」


  アイシスの前置きに頷きで返し、先を促した。


  「私達、神の世界にも社会がありますから、私は、その社会の中で働いているのですよ」


  「へぇ~。たとえばどんな仕事?」


  俺は、意外な事実に興味が湧き、質問を繰り返すが。


  「これ以上は言えないわ。ごめんなさい」


  と、言われて渋々引き下がる。


  「そっか……」


  すると、今度はアイシスから口を開いた。


  「……あ、そういえば、私の用件がまだでしたね」


  いつもの天然っぷりを垣間見せて、話を始めようとするが。


  「親愛なる我が信徒、セイルに、神託を授けます……」


  「おお、おいおい!俺がいつ信徒になったんだよ?」


  すぐに俺が話の腰を折った。


  だいたい、信徒になんかなった覚えがねぇし。


  「あら、説明したはずですよ?」


  「……何を?」


  またまた、『あっ、言い忘れてました』とかなるんじゃないのかよ?


  「私の力でこの世界に転移した時点で、セイルには適応するための基本能力を授けましたよね?」


  「……はぁ。まぁ、そうでしたね」


  「それ、私の神の力の加護なんです」


  「へぇ~………って……?」


  あれ……?なんか、そう言えば……


  「ですから、私の信徒にならなきゃ私の加護は受けられない。その加護を受けているあなたは、私の信徒でなければ加護は無くなり、この世界で生きていく基本能力も失われます」


  「ええーーッ!?」


  「ええーーっ、じゃないですよ。だから、転移するときにいくつか条件があるとも伝えましたし、能力を授ける時にも説明はしたはずですよ?」


  「……そ、そー言えば、なんか小難しい説明を要約して聞いてたつもりが、そんな大事な事を聞き逃してたのか、俺……」


  がっくりと項垂れる俺を見て、アイシスが悲しそうな顔で俺を見る。


  「やっぱり、あの時にサヨナラしておいた方が良かったかしら?そうすれば、余程な事が無い限り私も口を出す事もなかったでしょうし、セイルも私の信徒であることを気にしないで生きていけたかも知れないですものね」


  そんな、自由意思を許すのか、この女神は。


  信徒になるというのは、なんかお祈りとか捧げなくてはならなかったり、決められた作法で生活したり、宗教で言うお経をあげたりしなきゃいけないものだと思っていたが。


  「俺、今まで何もアイシス様にお祈りとか捧げて来なかった……」


  俺は俯き、これまでをそう振り返る。


  「あー、それはそれで良いですよ。私達だって、万能な力を持つ神とは言っても、イーシスにその力の全ては使えないのですから……」


  ……え?そーなの?


  「……信徒の皆が熱心に『我が命を捧げますから息子を生き返らせて』みたいな世の理に反する願いばかりをされても困りますからね……」


  あー、まぁ、確かに。


  「……あくまで自らが生きる為の、心の小さな支えとか、意思を強く持つ為の誓いの礎にするとかって言うレベルで、神を信じる為だけに存在するのが、神の本懐、神の存在意義なんですよ」


  なるほど。


  基本、俺の居た地球と同じような感じなんだな。


  「感情を持ち、ものを考える力を付けた生き物は、些細なことでも欲を持ちます。そして、天国などの楽して幸せに暮らせる世界等を想像するのです。すると、どうせなら生きている間も楽したい。幸せになりたいと思うのも自然の流れです。そうなると、一人辺り、一日にいったい幾つの願いが、欲が生まれると思いますか?」


  やばい、アイシスの発言暴走癖がまた始まった!


  「ある人は、『仕事したくない』『でも金が欲しい』『家事をしたくない』『でも身の回りは綺麗にしておきたい』『食事も気ままにしたい』『でも太りたくない』『適度に筋肉もつけたい』『でも運動したくない』『服も毎日違う服着たい』『収納が狭いから広い部屋に住みたい』………」


  あー、当たり前の様に抱く欲望だな。


  「セイル。貴方が転移した時のように、神がその力を行使して進むべき未来を変える事は、運命を変えてしまう事なのです。例えば、本当にストレスによる肥満で命の危機にある人が『太りたくない』と願うのも、ただ我が儘に食べたいものを食べたいだけ食べた人が願う『太りたくない』と言う願いも、欲か切望かの違いはあれど、運命という広い広い視野で見れば、その後の運命を変えてしまう願いである事に変わり無いのです」


  う~ん、そうなるのか……


  「前者の場合、切望を叶えなければその方は近い未来に亡くなるかもしれません。それを外的な力で生き永らえるのは、運命への冒涜です。そして、後者も、欲に駆られて太り、やがて健康を損なって命を落とすかもしれません。それも、外的な力で生き永らえるのは運命への冒涜なのです。そうやって命を落とすのが嫌なら、命を落とす運命に従う必要はありませんから、自らで自らを正し、時には周りの人の、医者の助けを得て、自立して生き延びる運命に従うべきなのです。運命は決められてますが、そう言う人生の過程における運命は、次々に迫る節目毎に、運命の進む方向を選択する事はできるのですから。だから、セイルの死に際も、過程を選択する事はできて、死に方もそれによって違う結果になる事をお話しましたよね?」


  「だって、俺の時はどの選択をしても死ぬから運命には逆らえないって…」


  「そうなんです。あなたの運命は、どの選択をしてもあの後十分もかからない内に亡くなる予定でした。だから、私が不憫に思い、転移を提案したのです。ですが、あなたの例は極めて希で、普通なら選択によっては生き永らえる運命も選択できるはずでした。貴方が例外でなければ、私も手を差し伸べずに見ていただけだったのでしょうね」


  「……てか、それ以前に、運命は決められてるって言ってなかったですか?」


  「そうです。運命は、生まれながらにして決められます。それは、まるで一本の樹のように、無数の分岐を持った形で定められます。そして、そこらに生えている樹よりも、運命の分岐はもっと綿密で、一つの分岐を経て、また数秒後に新たな分岐に当たる事も多々あります。そうして人は、一生に無数の分岐を経て枝の先まで到達した時点で、その方の生が終わります」


  「……そういう…事か……」


  一人の人間の運命だけで、アドリブさえも全て脚本に組み込まれている様な、綿密で壮大な物語が出来上がってるんだな。


  「あなたの場合、あなたの運命の樹は、ある高さに到達した所で、あらゆる分岐も全て途絶えていました。まるで、一本の樹を幹もろとも真横にバッサリ切り落とした様に。私はそれに気付き、数年前からあなたには警鐘を送っていた」


  ……それが、あの夢だったのか。


  あの、アイシスが見下ろしてた森のなかの一つの樹が、俺の運命の樹だったのかな。


  「……話を戻しますね。切望だけ叶えて欲を叶えない等と言うのは、運命という見方に寄っては偏見や不公平になる。そうすると、どちらかの願いを一つでも叶えた時、他の全ての『太りたくない』という願いを叶えなくてはならなくなります」


  話が脱線しているのは自覚してるんだよな。


  でも、戻るところはソコかよ。


  もっと前から既に脱線してるだろ。


  「それは膨大な数で、しかも、一人の人が一日三食、食事の度に、あるいはさらに間食の度に願う人もいます。それら全てに一つ一つ対応し、全ての『太りたくない』を叶えると、今度は『金が欲しい』も同様に対応しなくてはならなくなる」


  ああ、結局、脱線したまま止まらない。


  俺はしばらく黙って聞いている事にした。


  「他の願いも然り。そして、気づけば全てに対応しきる前に、神である我が身の寿命が尽きて、残された願いは永遠に叶わなくなる。そういう事にならないためにも、神は人類の社会に干渉しないのが、全ての人類へ平等に対応することに繋がるのです」


  最後の方はいつも通り、自ら興奮して息継ぎを忘れ、話を終えたらしいアイシスは、軽く荒い息をしている。


  「……は、はー、なるほどですねー。ためになりました」


  話終えたらしい所で俺はそう告げると、アイシスは突然両手を広げる。


  すると、真っ暗な空間が、色鮮やかに発色を始め、どこかの和やかな山間の風景を映し出した。


  そして、微かに柔らかな風が吹き始め、再びアイシスが手を降ると、目の前には赤と白を基調にしたテーブルクロスがかかったテーブルセットが現れる。


  そして、ポットとティーカップが次々に現れ、おもむろにアイシスがイスの一つに腰かけた。


  突然の事に驚いている俺に「どうぞ」と短くイスを勧め、ティーカップに何やらポットから注ぎ始める。


  「……ど、どうも」


  「私、地球のアッサムティーという紅茶が気に入りまして、気を休める時にはいつもこうしてゆっくりと頂くんですよ」


  「……さ、さようでございましたか」


  俺は何となくセレブな雰囲気に圧されて、そんな言葉を返した。


  「……フフ。最初からこうしていれば良かったですね」


  アイシスが俺の分のティーカップをこちらに置き、砂糖とミルクとカットレモンの乗った小分け皿を寄せてきた。


  「ありがとう……ございま……す」


  「そんなに畏まらないで。ちなみにアッサムにはミルクがお薦めよ。香ばしさをそのままに、苦味をマイルドにして、香り豊かに味わえるわ」


  「……はあ」


  未だ圧され気味な俺は、それだけ返す。


  「……ふう」


  アイシスも、やっと落ち着いたとばかりに一息ついた。


  「……」


  「……」


  「……」


  「……で?」


  「……え?」


  ……やっぱり、天然だった。


  もう可愛くてしょうがない。


  「……ぷっ!だから、神託がどうのって話ですよ」


  思わず吹き出しながら、元々の本題を促す。


  「ああ!そうでした!」


  本当に、よくこんなで神なんてやってられるな。


  「……でも、たまにはもう少し、こうして居ませんか?」


  「……え、ええ、まあ、良いですけど……」


  そうして、二人で暖かな風に包まれ、優雅な午後のひとときの様な時間を過ごす。


  小鳥の囀ずりも、枝葉の梢も優しく届き、無言ながら落ち着いた雰囲気に心も和やかな気持ちに洗われる様だった。


  「……ね?たまにはこんな風にまったりするのも良いでしょう?」


  アイシスが、そんな事を問う。


  「ええ。そうっすね」


  俺も力が抜けた声で、ゆったりと答えた。


  そして。


  「……神託というのは……」


  そう前置きした女神は、一呼吸入れてから話を繋げる。


  「あなたはこの後、カ帝国の皇帝と会い、歓迎されて宴会も催される予定ですが、それには出席せず、軍師と共にカンムの眷属であるラムに会いに行くのです。そして、このアイシスに召喚された事を打ち明けなさい。そうすれば、希望という未来を司るユイエンの眷属は、母から受け継ぐはずだった力を取り戻し、あなたの道標となるでしょう」


  「……なに!?それは……?」


  神託という形で告げられた言葉に、俺は驚きを隠せなかった。


  そして、話を問い詰めようとしていた折りにアイシスに遮られ。


  「それでは、そろそろ時間です。今日は長い時間お会いしてたので、あなたはお寝坊確定です。もう皆さん起きていて、出発の準備を済ませて待ってますよ?」


  「いや、ちょっと待っ……!」


  「それでは、またね、セイル。お元気で……」


  俺の引き留めるのも叶わず、アイシスは話を進めて終わらせる。


  そして、最後のアイシスの言葉に合わせて、山間の風景が陽光に染められ、眩く塗り潰されていった――――




  ―――再び目を開けると、そこには……


  「お兄ちゃん!いつまで寝てるの?置いていっちゃうよ?」


  俺の横から声をかけるルーと、荷物を積み終える所のガフス達の姿があった。

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