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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
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カ帝国首都へ♪

  山の斜面を降りるドリュー車の荷台は、斜面に水平な床板に合わせて、どこに座っていても平等に、斜めへの重力の影響を受ける。


  ドリューの加護で揺れは少ないのだが、完全に揺れを消せている訳ではないので、たまに揺れると腰が浮き、踏ん張りも効かずに隣に居る者と肩をぶつける事もしばしばあった。


  それにしても……


  人口密度が高すぎる!


  厳密にはガフスの荷物や皆の旅道具、鎧等が荷台の四分の一を占め、四分の三のスペースを人が居座る空間として活用していたのだが。


  御者台にガフスが移動しても、代わりに鎧を脱いだキシとキビが同乗し、七人がその荷台で顔を合わせていた。


  あのまま戦があった平原で話をしていても仕方がないので、今はそんな大所帯でカ帝国首都へ向けて移動していたのだった。


  「しかし、我の信頼を得ると言う意味ではセイルの策は成功だな」


  キシがそんな情けを俺にかけた。


  「いいよ、もう。あの話し合いは俺達の完敗だ。キシさんが俺達を信頼してくれたのは、敵じゃない事が明らかになったからだろ?そんなの、あの話し合いの場での、駆け引きの結果じゃない」


  大人気なく、少しふて腐れた態度でキシに返す。


  「……ふむ。あながちそうでもないかもしれんぞ?あの、我が軍が壊滅しかけた局面で、我がセイル達を利用させてもらったとは言え、セイルの言葉を信じて逆転を期待したのは事実だ。そう考えれば、あの時点で我の中でも何か信用に足るものがあったのかもしれん」


  七人が、左右に三人と四人に別れ向き合う配置で、三人側の俺とキシが、キビを挟んで会話を交わす。


  それを、ルーやミカは微笑みながら見ていたが、間に挟まれたキビは、先程キシに怒られた事も緒を引き、頬を膨らませていた。


  「ちょっと、オレを挟んで話しないでくれる?」


  キビがそんな事を言うと。


  「キビ殿は両手に花で良いではないか。何なら私が代わろう」


  エメリアがそう返す。


  「ううん、女子なら花だけど、男はサボテンだよ。不格好で攻撃的で、単純な造りのサボテン。そんなのに挟まれたって嬉しくない」


  キビは心底鬱陶しい素振りで俺とキシを交互に睨む。


  「ははは。でも、砂漠の中で水を蓄えていて、ちゃんと処理すれば水分補給と空腹を満たす、命綱にもなるんだぜ?」


  俺が冗談混じりにキビを見る。


  「フッ。セイルは面白い発想をするな」


  キシはそう言って微笑んだ。


  「いーや、食べれるサボテンは種類が限られるから、キミ達は食べれないサボテンだ」


  意外な知識を披露して意地を張るキビ。


  「それでも、渇いた砂漠にはなくてはならない、数少ない緑の植物さ。他の植物ではなかなか生息できない灼熱の大地で、逞しく生きて潤すオアシスの元だ」


  「……チッ。あー言えばこー言う。オレ、キミ、キライ」


  「キビ!またお前は舌打ちしおって……!」


  おっと、カ帝国四天大将の一人に嫌われてしまった。


  これは、後々めんどくさい事にならなきゃ良いが。


  そんな俺の心配が顔に出ていたのか、キビを怒るキシが俺を見て笑いだす。


  「フッ!ははは!何をそんなに不安な顔をしておるのだ!キビは大層セイルを気に入ったらしいぞ?」


  「……は?」


  いや、今ハッキリとキライって言ってただろ!?


  俺は、訳がわからず上体を前方へ傾け、キビの向こうのキシを見る。


  視界には、やはり怒った顔のキビも見えている。


  「今、申した通りだ。キビは少し他の者と感覚が違い、感情表現が一般的なものと少しズレていてな。本当に腹立たしい相手には満面の笑顔で切りかかる様なヤツなのだ」


  「……はぁ?」


  キシの説明も空しく、俺の理解には至らない。


  それをキシが汲み取り、尚も続けた。


  「本人いわく、本当にキライな相手はキライになった瞬間に切り殺すのが楽しみになるらしい。つまり、キライなヤツ程殺したくなって、それを行動に起こすのがコイツの楽しみ方という事だ」


  ヤバイ。


  すげえめんどくせぇヤツだ。


  しかも、思考回路がブッ飛んでやがる。


  単なる幼い思考の持ち主かと思っていたが、これからは単なる危険人物に要修正だな。


  「……そ、そうか。そりゃ良かった……」


  俺は、できるだけもう関わらない様に話を終わらせようとした。


  その時。


  「……うぉっと!」


  道中、何度目かの荷台の揺れに、俺は体勢を崩して左側に倒れ込む。


  「うわぁっ」


  「……お、おおい、セイル!なな、何をやってるんだ!?」


  俺の左に居たキビの声に続いて、向かいに座るエメリアが慌ててそう言ってきた。


  俺は、倒れた瞬間、何かにぶつかると思って思わず目を瞑っていたのだが、何やら右手に柔らかい感触を覚える。


  「イタタ……。は、早く退いてくれよ」


  キビの声が俺に向けられ、俺はそっと目を開けた。


  「……なっ!?」


  視線の先には、キビの胸をわしづかみする俺の手が!


  俺は慌てて右手を離し、床に突いて体を起こす!


  「まさか!セイルはキビに気があるのか!?」


  キシが声をあげて突然問いただしてきた!


  「あ!い、いや、これは……!」


  慌てて言い繕おうとしていた俺に。


  「セイル!何をしている!は、早く離れろ!」


  エメリアが怒鳴るように声を荒げ、力強く俺の右腕を引く!


  だが、体を起こす為に重心を右腕にかけていた俺は、エメリアの引く力によって支えの肘が曲がり、再び倒れ込んだ!


  「ぐわっ!」


  「うわあ!」


  「うおっ!」


  完全に全体重がキビにのし掛かる!


  キビはその隣のキシも巻き込んで倒れ、俺はキビの胸に顔を埋めていた!


  「あ、あああっ!!ごめん!ワザとじゃないんだ!!」


  俺は慌てて再び体を起こす。


  しかし、なぜか右の方―――つまり、座っていた時の向かいの方から、俺に向けられた殺気を感じた!


  「お、お兄ちゃん……?」


  「セイル、平気……?」


  などとルーやミカが心配の声をかけるが、それを遮る様に。


  「セイル……」


  何やら黒いオーラを立ち上らせるエメリアが、そう呟いた。


  「い、いや!誤解だ!今のはエメリアが俺の腕を引っ張るから……!」


  「セイル……!」


  俺の言い訳にも聞く耳持たず、エメリアは尚も語気を強めて呟いた!


  「……もう、男はみんなコレが好きなんだなぁ。オレは邪魔でしょうがないのに……」


  などと、体を起こして独りごちるキビの言葉を背景に、それどころではない俺はエメリアが刻一刻と怒りを増す顔を、恐怖に怯えながら凝視していた!


  背景ではキビの言葉を聞いていたキシまでもが。


  「セイル、貴様、キビに手を出しおったな!?」


  等と声を荒げ、こちらを睨む!


  「いや、ホント!ちょっと待ってくれ!俺は不可抗力だ!」


  「セイル!私と言うものがありながら、他の女に手を出すとは!!」


  「セイル!キビに手を出すとは、どういうことか解っておろうな!?」


  当のキビは着崩れを気にして直しているが、キシとエメリアの二人が俺を睨み付ける!


  そこへ。


  「あれ?エメリア姫はもう若様と付き合ってるの?」


  「キシもコレが好きだもんなぁ。やっぱ男はみんなそーなのかな?」


  女性が増えてエメリアへの呼び名を変えたカルと、着崩れを直すキビが呟く。


  「お……お……」


  俺は二人の鬼気迫る圧力に言葉にもならない声を漏らすが、カルとキビの言葉にエメリアとキシの二人が固まった!


  「……お?」


  俺がその異変に気付くと、エメリアとキシの顔を恐る恐る見る。


  「……は?」


  二人とも、固まったまま耳まで赤面していた。


  「……あれ?だって、付き合ってなきゃ若様が他の女の人に手を出したって、文句言えないじゃん?」


  そ、それもそーだ!


  カル、ナイス!


  「……キシも悲しい事や寂しい事があった時、オレの胸に顔を埋めるの好きだもんなぁ?」


  ……な!?ナニソレ!?


  コイツら、従兄妹同士でナニしてんの!?


  「「そ、そそ、それはだなぁ!……ああ、ああれだ……!」」


  二人がハモりながら明らかに慌てる!


  「わわ、私はおお互いああ相手を見定める期間中ななのだから、そ、その……」


  「わ、我はそそ、そんなものすす、好きではななないぞ?……そ、そうだ、すす好きでは……断じて……」


  二人とも、しどろもどろな言葉の羅列を口ごもりながら、慌ただしく身ぶり手振りで弁解していた。


  やった!何とか二人に袋叩きにされるのは避けられたらしい。


  カルとキビに感謝だ。


  「……だ、だから、その……」


  「……つ、つまりだな……」


  長い言い訳も段々と尻窄みになっていく。


  そこで。


  「……もう!みんな仲良くして?」


  最後の締め括りの様にルーが言い纏めた。


  「「……は、はい……」」


  エメリアとキシが口を揃えて頭を下げた。


  しかし、再びこんな事が起きたら、今みたいにカルやキビのフォローがあるわけでもない。


  しかも、次こそ我慢出来ずになりふり構わず殺されかねない。


  もう二度とこんな事が無いように、俺も気を付けよう……。


  そんな事を思っていると。


  「クスクス……」


  こっそり笑う声が前の方から聞こえる。


  「みんな、仲が良い」


  そう付け足した笑い声の主は、ミカだった。


  その言葉に、皆の注目が集まる。


  「みんな、絆で繋がっている。運命がみんなを引き寄せた。みんなの未来は、……きっと、大きな希望に満ちてる」


  何故だろう。


  天使の言葉は、その眷属として崇める神の教えに添う言葉を言うとき、状況が多少そぐわない場合でも、何故かしっくり来る。


  冷静に考えれば疑問はあるが、言っている言葉自体は妙に心に浸透しやすかった。


  ミカは、希望と闘いの女神ユイレンの眷属だ。


  マイペースにゆっくりと語られた言葉で、短い言葉を途切れ途切れに話すぎこちない話だが、誰独り口を挟まなかったのは、皆が俺と同じ感覚になっていたのではないだろうか。


  そして、柔らかい沈黙が包んでいた荷台の上で、度重なる小さな揺れに、皆の意識が現実へと呼び戻される。


  「……はっ!?今のは……まさか、この者は天使か!?」


  沈黙の後に最初に口を開いたのは、キシのそんな質問だった。


  「……それを知っていると言うことは、キシさんも天使を知ってるのか?」


  俺がそう言って、質問に質問を重ねた。


  「おお。知っておるも何も、我は何度かお会いしておるからな」


  「なにっ!?」


  キシの答えはキビを除く皆に驚きをもたらした。


  中でも俺だけ声を出したのだが、俺達の疑問を汲んで、キシは話を続けた。


  「……あれは一昨年の初夏だった。我が国の北西部に位置する小さな村が、ある時、黒の軍勢に襲撃を受けていた」


  皆が固唾を飲み込む音が聞こえそうな程、キシの話に無言で聞き入る。


  ガフスが御者台に居る今なら、彼に再び嫌な記憶を思い起こさせずに済むと思うと、少なからずほっとできた。


  「……たまたま我の軍が近くの森で訓練をしていた所だったから、助けに入って何とか襲撃を防いだのだが、その時に狙われたのが我が国に一人だけ居た天使だったのだ」


  「……また襲撃……」


  キシの話の合間にエメリアが呟く。


  「その村に天使が居た事は以前から知っていたのか?」


  俺は、ガフスの話から、天使は自らの存在を隠してこの世界に居ると思っていて、キシの話に少し引っ掛かった。


  「……いや。しかし、襲撃の後に村人達に事情を聞く事で、その者の正体が発覚した。我が一人ずつ聴取していくと、誰もが襲撃される理由に心当たりの無い中、一人だけその理由を知るものが居たのだ」


  「……その人が天使だったんだな?」


  「そうだ。そして、その者から興味深い話を聞く事ができた」


  割って入った俺の問いに、すんなりと答えるキシ。


  そして、キシの話は続く。


  「その者は言っていた――――」


  ――――『……いずれ、私の番が来るのは解っていました』


  そう言って話を始めたのが、その天使だった。


  名前はラム・ファーウェル。


  この十数年、天使達が次々に拐われ、その中でラム様と関係の近いアナ・リエールという名の天使が拐われた際、ラム様へウェパスにて報せがあった。


  その内容は、『人類は幾度となる過ちを犯そうとしている』と言う内容だった。


  そして、アナという名の天使は自らが拐われている状況を告げ、他にも拐われた天使が居る事も伝えられた。


  しかし、全貌を語り終える前に、ウェパスは途絶えた。


  ラム様は、話の内容から、天使を標的とした誘拐があり、さらに数人が既に捕らえられている事を悟った。


  だが、天使の掟として、人類の問題に天使が直接関与する事など許されない為、手を出す事もできずに日々を暮らしていた。


  人里離れた場所に移る事も考えた。


  ところが、村の者達に別れを告げると、引き留められてしまった。


  ラム様は全てを村人達に明かす決心をして、皆の危険を理解させた上で里を出る事を申し出ると、村人達が一様に許否したらしい。


  『天使様は自分達が護る』と。


  そうまで言われて無下にもできず、村に留まる事にした時、村長から帝国に上申があった。


  軍事演習を行う場を、村の近くの広大な地域にしてほしいと。


  近隣に物資を補給できる場所があり、広大な地域で演習ができるのは軍としても利点があった。


  普通なら、村や町の自治体は軍人の利用や演習の騒音、環境破壊等を嫌い、近くで軍事演習を行うのを拒む事が多い為、村の申し出は帝国としてもありがたかった。


  そうして、村は帝国軍を誘致して、結果として村とラム様を守った。


  しかし、村人達はラム様と他言を禁じることを誓っていた為、我々の聴取に答えなかったのだが、ラム様は自身のせいである事を明かさずには居られなかったらしい。


  ―――――


  「――――そうして、我はラム様に内密な話があると言われ、人払いをして応じ、そこでラム様の素性を知ったのだ……」


  キシは、一息突いて水袋の水を一口含む。


  皆は、語り終えたキシの話に無言で聞き入っていた。


  そのまま暫くは誰一人声を出さずに、ドリュー車の走る音だけが荷台の沈黙の中に響いていた。

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