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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
46/83

決着……!?

  「さあ、どうする?キシさん。今、連れとウェパスが繋がってるから、やるならやっちゃうけど」


  今、俺はエメリアと共に、カ帝国の黒耀軍亜人討伐軍の本陣で、その大将であるキシと言う男を前に舌戦を繰り広げた。


  そして、止めの言葉として締め括る。


  「それに、俺達に危害が無ければ連れも何もしない。俺達は黒耀軍に喧嘩を売るつもりもないし、むしろ友好的でありたいと思っている。だから、どうするかあなたが決めてくれ!」


  最後の決定権は、友好の印としてキシに委ねる。


  しかし、言っていて、ちょっとしくじったと思った。


  余計な圧力をかけすぎた。


  しかし、キシにとっては俺の申し出を受けざるを得ない状況が舞い込む。


  「……はっ!」


  突然、放心状態だったキシが、我にかえって声を出した。


  そして、真剣な顔付きで俺達の足下付近をジッと見つめ、動かなくなったのだった。


  俺達はその様子を黙って見ている。


  すると、少しの間を空けて再びキシが口を開いた。


  「……今、我が軍本部より、ウェパスにて伝令があった」


  少しトーンの落ちた声を絞りだし、キシはそう俺達に告げる。


  「……なんて?」


  俺は、固唾を飲みながらも質問を返した。


  「今から一時間程前に、この北の山を越えて少し西に行った、ヨウ渓谷という渓谷でもゴブリン共の襲撃を受け、それが予想以上の数であったらしく、こちらには手を回せないとの事だ」


  そんな国の内情を、さっきまで得体の知れなかった俺達に話して良いのか!?


  俺とエメリアは、それを聞いて目を合わせる。


  「これは……」


  言葉に詰まるエメリアに、俺は強い視線を送って頷いた。


  「それなら、俺達の提案を断る理由はねぇじゃねぇか!?」


  俺はキシに向き直ると、真剣な顔でそう言い放った。


  ここに来て、キシの身内のバックアップが途絶えた。


  それはつまり、この平原でのキシ達の敗北を意味する。


  前衛達も、今まで重兵の盾でゴブリン共の攻撃を防いでいたとしても、無傷で済むはずがないのだ。


  あれから三十分と経っていないが、少なからず盾に綻びが出てきてもおかしくはない。


  「緊急!」


  キシの顔が色濃く狼狽する。


  その顔を見れば、キシ自身も良くない予想をしていて、それが今、予想通りになったのではないかと言う予感がそうさせている事は明白だ。


  それはつまり、ここも危険にさらされるということだった。


  「……入れ!」


  キシは決意したような面持ちで、椅子から立ち上がって伝令を招いた。


  「失礼します!現在、前衛重兵部隊の損失が半数を越えました!合間に入り込もうとするゴブリン共は、槍で何とか塞いでいますが、戦況は芳しくなく……」


  最後の方を口ごもる兵を、キシは頭に左手をあてた姿勢で、右手だけで制す。


  「……もう良い、下がれ」


  悔やむような声を吐き、キシは再び椅子に力なく座り込む。


  「もう、終わりだ……我々の読みが甘かった。セイルと言ったな。その方も早々に立ち去れ。この陣は長くはもたん」


  キシはそのまま俯いて、椅子から腰を上げようとしない。


  舌戦で俺が言った事を忘れたのか、信じてないのか、半ば諦めモードのキシに、俺は告げる。


  「まだ諦めんな!俺の仲間が、あんなの簡単に壊滅させるって言っただろ!?」


  俺の言葉に、キシは驚いて目を見開く。


  「……し、しかし、さすがにそれを信じろと言われても……」


  弱気な声を俺に向け、尻窄みな言葉を言い募るキシへ、俺はもう一度、舌戦での最後のセリフを簡潔にして伝えた!


  「俺の連れは、ゴブリン共を数分で壊滅させられる!俺がウェパスで伝えれば、それは実行されるんだ!その判断はあんたに委ねた!!どうするかは、あんたが決めるんだ!!」


  俺が、なりふり構わずキシの両肩を掴み、言い放つ!


  キシは尚も瞠目し、俺を至近から見上げた。


  眼力の強い視線を放ちながら、時間にして2秒程思考に費やし、黒耀軍参謀にして平原亜人討伐軍大将の口が、ゆっくりと開かれた。


  「……わかった」


  俺から視線を外して少しだけ俯きながら、言葉を繋げる。


  「……それに駆けるしかないのだろうな」


  そして、僅かに口角を上げ。


  「セイル殿!」


  キシは眼光を煌めかせて立ち上がる!


  「お連れの方に願いたい!この局面を打破してくれ!!」


  右手を俺の方へ向け、その鋭い瞳が俺を突き刺す!


  「ああ!任せろ!」


  俺は短く答え、直ぐにカルにテレパシーを返した。


  『カル、聞こえてるか?』


  『ふふん、聞こえてるも何も、若様は話をするのに感情入れすぎ!そっちのやり取りも全て筒抜けで聞いてたよ!』


  だああぁぁーっ!


  ちょっと恥ずかしいじゃねーか!


  しかし、今はそんな事を言ってる暇はねぇ!


  『それじゃ、頼むぜ!』


  『しょーがないなー。ホントはソコに居る知らないヤツの言うことなんか聞きたくないけど、若様から頼まれるなら、メータンマーク十杯で手を打とうかな』


  『わかったわかった!今は急いでるんだ!十杯でも二十杯でも良いから、チャッチャとやっちゃってくれ!』


  『やった!じゃあ街に着いたらよろしく!』


  『ああ!そっちもよろしくな!』


  『あいよー!なるべくそっちに飛ばない様にするけど、空から降ってくるのだけは気をつけてね!五分後に全開で行くよ!』


  『了解!』


  カルとの会話を終え、俺はキシの顔を見ると、キシと眼を合わせて伝える。


  「よし!指示は出しておいた!」


  「……本当に、本当にやれるのだな!?」


  「ああ!ただし、五分後だ!」


  俺がそう伝えると、キシは一先ず落ち着いた表情を見せるが、俺は話をそこで切らずに続けた。


  「……だが、落ち着いていられない。俺の連れが、空から降ってくるものに気を付けろって言ってたから、多分空からゴブリン共が降ってくる事になる」


  確か、俺達が旅に出て間もなく、ルーがモンスターに傷を負わされた時、カルは怒りに任せて竜巻を起こした。


  それをここでやるなら、上空数十メートルまで巻き上げたゴブリン達が降ってくる可能性がある。


  「……どう言うことだ?」


  キシが訝しい顔をする。


  「この大局を覆す為に、連れは精霊の力を全開で竜巻を起こす。だが、竜巻を起こすと、巻き上げたゴブリン共が降ってくるかもしれないんだ。だから、全軍に空への警戒体勢を今すぐ執らせた方がいい」


  カルも、これだけの数のゴブリンをまとめて仕留めるなら竜巻以外に方法はないだろう。


  「……そ、そうなのか!」


  キシは今一掴みきれてない反応を示すが、それは一瞬で、すぐに真顔に戻して自分を納得させる。


  「……わかった!……誰か居るか!」


  俺の言うことを信じるぞ!という決意の様な言葉の後、側付きの伝令を呼んだ。


  「はっ!」


  本陣前の兵が入ってくるなり、短く答える。


  「全軍、空からの落下物に警戒せよ!緊急ゆえ、伝令全員で全軍に呼び掛けながら、走り伝えよ!」


  「はっ!かしこまりました!!」


  キシの指示に返事をした兵は、急ぎ本陣を駆け出す。


  その直後から、兵が叫び回る声が広がっていった。


  カルが術を行使するまで、あとざっと2・3分。


  「俺達も前線に行っておこう!」


  俺の言葉にエメリアとキシが頷く。


  キシは椅子の後ろにかかっていた武器を手に取り、俺とエメリアは、預けた兵から武器を返してもらい、本陣を後にした。


  本陣の入り口から森の出口は見えている。


  出口までの短い距離にも、怪我をして横になっている兵を、座って治癒する法術部隊達がそこかしこに居た。


  俺達はそれらを横目に少し森の中を走ると、間もなく出口から森を抜ける。


  そこでは、何とか防衛ラインを下げずに戦う重兵と槍兵達が居て、俺達と並ぶ位置から様々な術を放つ法術隊が必死に亜人軍に抗っていた。


  そこで、間もなく行使されるカルの術を見届けようと、俺達は周囲に叫び伝えながら戦況を見据えた。


  そして、時は来る。


  『あ……あー…、若様、そろそろ行くよ!?』


  『ああ!こちらもそれを待っていたところだ!』


  『おっけー、じゃあ、……これがボクの、渾身の一撃だ!!』


  そう言ったカルのテレパシーが、ブツリと切れる。


  その瞬間!


  前衛の前に築かれた、ゴブリン共の死骸で出来た土手の向こうに、風が渦を巻き始める!


  それが次第に大きく、太くなり、直径数十メートルはあろうかと言う大きさの竜巻となった!


  それはゴウッという音をたて、強風を辺りに撒き散らしながら、徐々に空高くその頭を伸ばしていった!


  草や小石を巻き込み、さらには既に死んでいる者達の亡骸、あるいはその者達が使っていた武器や盾などが、無数に巻き込まれる!


  クネクネと曲がりながら昇っていく竜巻は、まるで龍の如く猛々しい姿で、その腹の中には米粒の様に小さなゴブリン達の人影もが無数に飲み込まれていった!


  先がとうとう雲まで到達すると、空に広がった暗雲をも腹に吸い込み、あるいは弾き飛ばして暴れだす!


  巻き上げられる小さな人影はみるみるその数を増やし、まるで黒い鱗に全身を包み込んだ、龍の胴体の様だった!


  そうしていくうちに、だんだんと竜巻の麓が俺達の居る黒耀軍の陣地から離れていく!


  ……そして。


  一つ目の落下物は、重兵の後ろの槍兵達の間に落ちてきた!


  黒い塊は、かなりの早さで地面に叩きつけられ、何か果物でもそうする様に、グシャリと大きな音をたてて破裂する!


  四肢は数本千切れ、多少バウンドして周囲に飛び散った!


  赤い血も、まるで水風船を道路に投げつけた様に飛散する!


  その変わり果てた姿は、黒耀軍の兵達にも恐怖を刻ませた。


  それを見た黒耀軍の兵達は、一様に動揺を隠せない。


  所々で悲鳴の様な叫び声があがった。


  「まずいな。あの竜巻は味方の攻撃だと伝えた方が良い」


  俺がキシに伝えると、キシも頷く。


  「我もそう思っていた。……よし、そこの者達!」


  キシは伝令でもない法術兵を数人呼び、竜巻は味方の攻撃である事を小隊長達に報せ回る様伝えた。


  竜巻は、既に黒耀軍から遠ざかり始めたにも関わらず、兵達は依然として慌てふためき、各々に右往左往して落下物を避けていた。


  「うわあーっ!降ってくるぞぉーっ!」


  「ぎゃー!あ、脚が、脚があーっ!」


  「うぎゃっ!首っ!首が飛んできた!」


  時に落下物を避けきれずに当たってしまう者もいた。


  目の前に突如として飛んでくる体の一部に驚き、飛んでくるものをあるものは叩き、またあるものは思わず掴んでしまい、誰にともなく投げ返す。


  絶叫と散乱する体の一部に陣営全体が混乱に陥る。


  幸いな事に、土手を乗り越えていたゴブリン達は、落下が始まる前に前衛が殲滅していて、土手の向こうに居たゴブリン達は、全て竜巻に巻き上げられた。


  敵はもう襲ってこないので、キシから指示のあった各小隊の隊長などが混乱の収拾に務め、二次災害が起こる前に混乱の拡大は押さえられた。


  混乱が仲間の同士討ちを誘う事もある。


  その最悪な事態は、どうやら事も無げに収められた様だった。


  そうして。


  十分近く平原を暴れまわった黒龍は、やがてその圧倒的な暴力を弱め始め、勢いを失い、やがて宙に舞い上げられた黒点が、平原のあちこちに降り注いだ。


  無数の巻き散らかされた点は、希に近くに飛んできては、それら一つ一つがゴブリン共の肉体であった事を知らしめる。


  たった数分前までは、まだ動くゴブリン共で埋め尽くされていた平原は、カルという一匹の精霊がもたらした、圧倒的な風の暴力によって、動かなくなった、あるいは原型を失ったゴブリン共で埋め尽くされていた。


  風が収まった後、しばらくは戦場を静寂が支配していた。


  竜巻のせいで、森に潜むモンスターや動物達さえも姿を消し、鳥の鳴き声一つ聞こえない静寂。


  竜巻の余韻の様に微かに吹く風だけが、森の木々を揺らし、梢の音を優しく届けるのだった。


  やがて、どこからともなく鎧の擦れる音が鳴る。


  ガチャ。という音と共に、皆の意識はこの場に引き戻され、ハッと我に反ったキシが、無言でゴブリン達の死骸の土手をかけ上がる。


  そこに広がるのは、広大な平原一杯に敷き詰められた、敵味方入り乱れる死骸の絨毯だった。


  多分、俺が見たら吐き気を催していたに違いないから、俺は見に行くのをやめたのだが、キシは土手の上から振り返り、大きく息を吸って言い放った。


  「我々の勝利だ!!!」


  森の中に居る黒耀軍の法術部隊にも聞こえる様に、自らの声を直接届ける為に、再び言い放つ。


  「勝鬨だ!勝鬨を上げよ!!」


  キシの言葉に、棒立ちだった兵達も一斉に色めき立つ!


  「「「勝利だぁーーっ!!!」」」


  「「「勝ったぁーーっ!!!」」」


  「「「うおぉーーーっっ!!!!!」」」


  至るところで騒ぎ始め、やがて皆の声が一瞬収まったかと思えば、森の入り口あたりから大きなラッパの音が鳴り、全員一致の声で勝利の掛け声があがる。


  その後、近くに居るものと手を組んだり、盾を打ち付けあったり、槍をクロスするようにかち合わせるなど、様々な形で勝利を称えあった。


  しばらくして、キシが俺とエメリアの元にやって来る。


  「此度の戦、その方らの加勢無くば敗北を喫していた。遅くなったが、改めて礼を言わせてもらおう」


  キシはそう言うと、右手を俺の方へ差し出した。


  「いや、最終的な判断はあんたのものだ。その采配が勝利をもたらした。俺達を信じたあんたの勝利だ」


  大量の死体をルーやミカが見たら、悲しむだろうな。


  そう思いながらも、キシの前では喜びを称えた顔をして、キシの手をとった。


  「そう言って貰えるとありがたい。しかし、我としてもセイル殿達の活躍を認めざるを得ん。先程は、セイル殿の得体が知れなかった為に、無礼であったことを詫びよう。そして……」


  そこまで言うと、微笑みを称えて一息つき、続ける。


  「改めて、セイル殿とエメリア殿、そしてお連れの方に、何か礼をしたい。心ばかりにはなるだろうが、何か欲しいものはないか?」


  表情に穏やかさを取り戻し、黒耀軍軍師兼参謀は俺達を順に見る。


  これが、舌戦の最終結果だ。


  「う~ん、あんまりそう言うの考えてなかったからなぁ……」


  本当はすぐにでも情報を聞き出すなどしたい所だが、ここはあえて下心が無いと思わせる。


  俺がわざと煮えきらない受け答えをしていると、キシは付け足した。


  「セイル殿やエメリア殿程の強さなら、我が将軍職に推薦しても良い。我が帝国の四天大将が、六天大将になるのは、さぞ心強い事だろう。お連れの精霊は、残念ながら大将にはなれんが、何か別枠の地位を……」


  キシが一人で盛り上がる所を、俺は水を指す様に横槍を入れる。


  「い、いや、俺達はそんなの良いから!」


  俺の言葉にキシは。


  「何を言っておる!男たるもの、人の上に立たずして何とするのだ!」


  何故かキシはちょっとムキになって俺を叱る!


  「いいや!ホントに俺達は良いから!」


  「良いではない!ならば軍師か!?そなたの策は中々であった!我がそなたの連れを最初から用いていたら、もっと良い結果をもたらしたがな!」


  「はいはい。何でも良いけど、俺はやんないよ!」


  「なに!?では何が良いのだ!残念だが、皇帝の座はやらん!我が身に代えても皇帝は守るぞ!?」


  「だから、地位とかは要らないってば!」


  「なにっ!?では何だ!女か!?」


  「いやっ、そ、それも良いけ……いや違う!要らない!」


  「何だ!?女なら美人を用意するぞ!?」


  「いいや!……それも良いけど……いや!良くない!」


  ふと横を見ると、エメリアの怒った顔が見えたので、慌てて否定する!


  「セイル!!」


  「いや、俺じゃないだろ!」


  エメリアの怒った顔も可愛いが、今のは俺は不可抗力だ。


  「そうだ!エメリア殿は大将で文句無いな!?」


  「いや、大有りだ!」


  キシが今度はエメリアに振るが、エメリアは俺への文句が大有りな様だ。


  「なにっ!?なぜだ!」


  「なぜも何も……!」


  「だから……!」


  「……!」


  俺達三人は、それぞれでそれぞれに言い合い、周りの兵達も呆気に取られていた。


  俺がキシの言う美人に靡いたのが許せないらしいエメリアは、キシの話をそっちのけで俺に詰め寄るが、俺はなんかちょっとモテてる気分を味わえるのが嬉しくて、ついハッキリしない受け答えに終始徹していた。


  呆れた兵達の視線の中、俺達三人の間では、そんなやり取りがしばらく続くのだった。


 

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