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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
43/83

初めての……♥️③

  「……くそっ!もう少し!なんだがな!」


  俺は、疲れた体を奮い立たせて剣を振る!


  半ば投げやりな振りに、折角エメリアに教わった型も何もなくなっていた。


  「セイル!型はどうした!そうやって!ダラけていると!手を滑らせて!剣を手放すぞ!?」


  「……つったって!もうマジで!さすがに疲れるわ!コイツらキリねぇし!」


  「バカ者!…型とはな!全身の筋肉を!均等に使って!負担を!なるべく分散!させる為にも!重要なんだ!!……ああくそっ!スレイアッシュ!」


  群れるゴブリンの鬱陶しさに業を煮やしたエメリアは、いわゆるエアカッターを乱発する!


  8枚程発生した風の刃は、左右前方へ直線的に、あるいは弧を描くように飛んでいき、周囲のゴブリン達は次々に首をはねられ、ドサドサと地に伏した!


  周りを一掃したエメリアは、余裕を持って俺に説教してきた。


「そうやって腕だけで振ろうとするから、いくら念力を使っても腕だけに負担がかかって、この前の様に過労骨折などするのだ!」


  そうは言っても、普段使わない筋肉は直ぐに疲れちゃうし、全身の筋肉を均等に使ってたら、今度はそっちの普段使わない方が過労骨折すんだろ。


  俺は思わずふて腐れた顔をしながら、返事をせずにゴブリン達の相手をしていた。


  「……仕方ない!あともう…少しだ!それまで!頑張れ!」


  エメリアは再び群がるゴブリンをさばきながら、俺の不服そうな空気を感じ取ったのか、そんな激励を繋げた。


  「……ああ。……まだ死ね……ないからな」


  テンションがた落ちの声で、ゴブリンの連携攻撃を受け流しながら短く答えた。


  だが、意地を張っても仕方がない。


  そんな事はわかってるんだ。


  あー、ちくしょう!


  もう一度、俺は自らを奮い立たせて、型を構え直す。


  さっきは反発心を持ったが、エメリアも俺のためを思って言ったのは確かだろうから。


  くそっ、やるしかねぇか!!


  「ぅぉおおおぉぉーーーーッッッ!!!!」


  突然、振り絞る様に大きく吠えた俺の声は、味方のエメリアさえも驚かせ、ゴブリン達は余計に怯えた。


  「…ななっ!…なんだ急に!?」


  慌てて後ろを振り返るエメリアに、その疑問には答えずに掛け声をかける。


  「エメリア!!行くぞ!!」


  「……あ、ああ!!……よしッ!!一気に駆け抜けるか!!」


  再び気合いを入れ直した声をかけると、俺に合わせて即座に気合いを入れ直したエメリアが応答した。


  こちらをチラッと見たエメリアに見えるように、俺は頷きで答えた。


  気合いを入れ直して再びキレのある動きで二人は乱舞を踊る!


  俺は、右下から左上へ剣を振り上げれば、そこから少しだけ旋回させて左から右へ水平に切り裂く。


  無駄な動きをなるべく少なくした、エメリア直伝の剣術の二段技だ!


  繰り出した直後、エメリアと前後をスイッチして、エメリアは振り向き様の袈裟斬り!

挿絵(By みてみん)

  俺は振り向く反転運動も利用した横凪ぎで数人を真っ二つにした!!


  目の前のゴブリンが倒れれば、左手を開いて前にかざし、小さな氷柱を産み出しては、前方直線上に居るゴブリン達の眉間を目掛けて放つ!


  5発がそれぞれ別々の個体に刺さり、眉間のど真ん中に刺さった者、少し外れて目に刺さった者、口に刺さった者も居た。


  いずれも刺さった氷柱が脳に達したらしく、5人全員がその場で倒れ混むが、俺達はラストスパートをかけて走り込んでいた為に、ソイツらが倒れきるまで見届ける事はなかった。


  さすがにこれだけ倒せば、俺達の周辺はゴブリンの配置も比較的疎らになっていた。


  それもそのはず。


  俺とエメリアで倒したゴブリンの数は、二人合わせて二千を裕に上ったからだ。


  お互い、ほとんど引けをとらない数を倒していると思われるので、俺達はそれぞれが一騎当千という文字を実現した。


  さすがのゴブリン達も、これだけの無双を前に躊躇いを隠せない。


  俺達に近接するのを躊躇い、先程からは中距離からの法術攻撃が増えていた。


  「もうすぐだ!」


  「ああ!」


  しかし、俺達には風と水の防護があるから、それほどの威力を有しないゴブリンの術など、地の術以外はほとんど効果がない。


  火は水に消され、風は風で打ち消し、氷は風と水の流れに弾かれる。


  唯一、地の術だけは霊術級の無効化でも無ければ防げない。


  幸い、光、暗の術で強力な攻撃術は、それこそ高知能を有する種族の魔術専門職でなければ扱いが難しいとエメリアが教えてくれたので、ゴブリン達には扱えないだろう。


  その辺りは今までの戦いから見ても裏付けられる。


  そうこうしているうちに、戦場を駆け抜けた俺達は、間もなくゴブリン達の死骸で築かれた土手へ辿り着く。


  しかし、土手をそのまま登って越えると、黒耀軍からの矢や術の餌食になりかねないので、俺達は土手を南側から迂回して、黒耀軍に接近する。


  それにしても、いまだ数が減らないゴブリン達のしつこさには、ある種の恐怖さえ覚えた。


  虫の死骸に集まる蟻か何かの様に、あるいは動物の死骸に集まる鼠かの様に、あるいはホラー映画にあるゾンビが生きた人に食らい付き、貪り尽くす様な映像。


  いずれこのゴブリン達が数で群がり食いつくしていく光景が、昔テレビで見た映像と共に脳裏に蘇る。


  そう考えてしまうと、恐ろしくてたまらない。


  ようやく辿り着いた黒耀軍の防衛ラインが、それらの恐怖を手荒く振り払ってくれた。


  俺達は、前衛の重兵が盾でバリケードを張っている目の前に到達し、追ってきたゴブリンを俺とエメリアでさばいている時、突然後ろから重兵に後ろ襟を捕まれ、バリケードの中へグイッと引き込まれる。


  同じ様にしてエメリアも盾の内側へ放り込まれ、重兵の後ろに並んだ槍兵のさらに後ろへ二人して倒れこんだ。


  そして、目の前に居た黒鎧の兵が開口一番に告げる。


  「おら!こっちに来い!キシ様がお呼びだ!」


  倒れた俺達に手を貸すでもなく、見下ろしながらそう言った。


  その態度に、エメリアが食って掛かる。


  「無礼者!私達を乱暴に扱うな!」


  エメリアが黒耀軍の扱いに苛立ち、そう答えて勢いよく立ち上がった。


  「そうだ!……だが、丁度良い。俺達もあんたらの指揮官に話がしたい」


  俺はそっとエメリアの怒りを手で諌め、最初はエメリアと同調したが、後から落ち着きを払って兵にそう告げた。


  その瞬間だった。


  前衛の重兵の盾が大きくガチャガチャと鳴る程の突風が、黒耀軍陣営にまで届いた。


  今日は雨は降りそうなものの、風はそれほどではなかった為、今の突風が自然の風ではない事は明らかだった。


  「きたな!」


  俺の言葉にエメリアと目線を合わせ、二人で頷いた。





  ―――――少し遡る頃のカル、ルー、ミカとガフスの四人は、セイル達と別れた後、西の小高い山へ向かっていた。


  戦争を目の当たりにしてから、下草の生える地面を、ドリューの図太い足が力強く蹴っていく。


  しかし、その巨躯が見るも豪快に走っているのに、目に見える動きの力強さ、激しさに反して、足音は小さく、ドシンドシンという地響きの様な低い音もあまり聞こえない。


  それは、ドリューが自ら持つ念力で、自らの体を持ち上げ、軽くして走っているからなのだ。


  そして、ドリューに繋がれた物もその念力の保護下に置かれ、凹凸が無い道ならば、車輪がガタガタと振動を伝える事も無いのだ。


  生きとし生けるものが使える念術は、その使うものの願望を反映して力を発する。


  森に住む生き物の種には、木の枝を飛び回る跳躍力や木の実を取る引っ張る力を持ち、海を泳ぐ生き物達には、早く泳ぐ力と獲物の動きを止める力など、本能や欲望という思念が念力の効果に反映する。


  ドリューは、その生態として、走ることが自らの生きる手段だった。


  基本的に穏和で争いを好まないドリューは、進化の過程で多種との生存競争にあまり抵触しないよう、自分達が他の種よりもより遠くへ移動し、争いの無い地で平和に下草を食して生を繋いできた。


  よって、食事と睡眠の時間以外は、野生種なら常に走り回って、長旅を繰り返す。


  そして、同族さえも食料を奪い合う可能性があるために、生存競争を好まないドリューは、あまり群れでの行動もしない。


  その為、単身で走り回る代わりに、自らの命は自ら守らなければならない為に、多種に負けない闘う力も持つように進化した。


  そんな生き物が、どうして人類にだけ友好的なのかは、いまだ解明されていない世界の不思議の1つだった。


  そんなドリューが引く荷車の中で、ルーとミカは荷台の後ろから既に見えなくなったセイル達を案じていた。


  「……がんばってね。お兄ちゃん……アイシス様、どうかお兄ちゃんとエメリアさんを守って……」


  「ユイレン様……セイルとエメリアに闘いの力を……」


  二人の神にそれぞれが祈りを捧げる。


  「お嬢達は人類の戦いに関われないから、祈るしか無いのがもどかしいとこだよね。でも、あの二人なら大丈夫さ!お嬢達の祈りもきっと届くよ!」


  カルは、ルーの気持ちを察して慰める。


  それを聞いて、ルーもカルに、どこか寂しそうな笑顔を見せた。


  「ありがとう、カル。カルもお兄ちゃんに頼まれた事があるんでしょ?……がんばってね」


  ルーがそう言うと、ミカも無言で応援する仕草をした。


  そのポーズをルーが見て真似をする。


  両手をグーにした手の甲を前に向けて、胸の高さでグッと力を入れる。


  両手でガッツポーズをするような格好だ。


  それを見て、カルもニコやかに同じポーズをする。


  「……そ、それで、俺達は、ど、どこへ行けば良いんだ?」


  ガフスが、少しだけ落ち着いた思考を取り戻したらしく、恐怖に吃りながら訪ねた。


  先程、セイル達と別れる時は、混乱していたのもあって思わず言われるままに答えてしまったが、思考が落ち着いてくると、今の自分の立ち位置が気になる。


  まさか、俺までこの戦争に巻き込まれるのではないか。


  既に巻き込まれているのだが、まだ思考がそこまで追い付いていないガフスは、そんな懸念から戦火に巻き込まれる事を怖れ、警戒した疑問を口にしたのだった。


  「西の小高い山さ。そこで僕を降ろして、待っててくれれば良いよ」


  カルがそう返すと、突然、ドリュー車にブレーキがかかる。


  「わぁっ!?」「きゃあっ!?」


  ルーとミカの短い悲鳴が荷台に広がる。


  カルは荷台の中でも浮いていたので、荷台の前面にある御者台との出入り口の、枠の上の部分に激突した。


  慣性の法則による力により、浮いて摩擦の無い状態に居たカルは、反射的に反発する力を発したが、間に合わなかった。


  ヘナヘナと荷台の床に落ちるカルに、ルーとミカが近寄る。


  「カル、大丈夫!?」


  「………」


  ルーが声をかけ、ミカが無言でカルを抱き抱えた。


  「山なんかに行ったら、あの亜人軍に見つかっちまう……」


  どうやら御者台でそんな事を呟き始めたガフスが、ドリュー車にブレーキをかけたのだ。


  荷台にいるルーの目からガフスを見ると、背中を丸くして俯く後姿が、酷く震えているのがわかった。


  「いてぇ~……」


  カルが声を漏らして起き上がる。


  「待って、今治癒してあげるから」


  ルーはそう言って、カルの頭に手をあて、手のひらを青白い光が包む。


  「……なんで、止めたの?」


  ミカがガフスに向けてそんな疑問を投げた。


  「だって、山なんかに行ったら、俺達があのゴブリン達に殺されちまうだろが!」


  混乱して、怒りを隠せない表情をこちらに見せてガフスが答える。


  「山の上に行ったら、あんな下草しか生えてない禿山じゃ隠れる木も何も無い!目立ってばかりで、ヤツらにとっては良い的だ!『ここにお前らのエサがあるぞ!』って知らせてる様なもんだ!そんな所に自ら行きたくなるバカ居ねぇだろ!?」


  酷く怒りを露にして、まるで発狂するかのように捲し立てたガフスは、そこまで言い終えると、再び前を向いて俯き、両手で頭を抱えてうずくまった。


  「……確かに、その通りだね。だけど、だからこそ、おっちゃんにはお嬢達を守ってもらいたいんだ」


  カルが危険な事実を包み隠さず伝える。


  カルは、良くも悪くも素直で、直球的な性格だった。


  その上で、ルー達の身を案じ、頼み込む。


  ガフスは、カルの声は届いている様だが、いまだ俯いたまま動かない。


  「お嬢達は、人類の戦いに関われない。だから、何一つ手出しはできないんだ。でも、あの若様やエメリア達は何か考えがあって今頃は必死に戦ってる……」


  そこまで言うと、ガフスはガバッと勢いよく振り返り、ゆっくり諭すカルの言葉を遮った。


  「俺に何ができる!?俺はただの商人だ!武器も使えねぇ!法術も大した事はできねぇ!これまでの交易だって、ドリューが居なきゃ今まで生きて来れなかった!ゴブリン達だって、交易に出る前に、”どこに出没したか“って情報を事前に調査してから交易に出るんだ!俺みてぇなしがない商人は戦えないからな!そんな俺が、どうやって!何を助けるって言うんだ!!」


  溜まった膿を吹き出す様に、言葉が続く。


  旅を始めた頃の、誰かと似たような事を思っていた様だ。


  「こんな事なら、調子に乗ってこんなとこまで来るんじゃなかった!最初の約束通り、国境で別れてりゃ良かったんだ!そうすりゃあ明日の夜にはシバイに着いて、家内の温かい飯が食えたんだ!俺には子供も居る!俺は、家庭を守らなきゃならねぇんだ!!」


  いたたまれない気持ちを吐き出し、一気に捲し立てたガフスは、そこまで言って、荒い呼吸に肩を上下させていた。


  戦場を目の当たりにした人の恐怖とは、ここまで心を暗闇の底に落とすのか。


  しかし、これが普通の人なのだ。


  自らの死を、自ら招いたワケでもない理由で迫る死を目前にして、我が身や我が家族、あるいは愛する人を思いやらない人などそうは居ない。


  ここに居る誰もが、ガフスを責めることなどできないのだ。


  そして、四人の間に沈黙が訪れる。


  ようやく息を整えたガフスの呼吸音も小さくなった頃、ゆっくりと、しかしハッキリと口を開いた者が居た。


  「ガフスさん、本当にありがとうございました」


  そうお礼を言ったのは、ルーだった。


  ミカもカルも、少しだけ驚いた様にルーを見る。


  ルーは、真っ直ぐにガフスを見て、頭を下げたのだった。

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