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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
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始めての……♥️

  薄暗い森の中を、ドリュー車は走っていく。

 

  まだ昼前だと言うのに、空を見れば厚い雲が覆っていた。


  「こりゃひと雨来るな……」


  ガフスが御者台から空を見上げて呟いた。


  「今日は早めに野営の準備をした方が言いかな。寝床が水浸しじゃ、明日にはみんな風邪引くぜ?」


  俺がそんな事を言うと、エメリアも同意する。


  「だが、とりあえずこの森は出ないとな。あと三時間くらいで抜けるだろうから、もう少し待っててくれ」


  ガフスからそんな返事をもらい、大人しく森が抜けるのを待つ。


  ルーはミカとカルとで他愛もない話に笑顔を溢していた。


  俺達も、エメリアとガフスの身の上話や他愛の無い話で時をすごし、森を抜けるまでの時間を潰す。


  旅路はドリューのお陰で順調だった。


  夜もモンスター達が寄り付かないから、休むときにはちゃんと体を休めながらカ帝国領に侵入していた。


  人類にだけなつきやすく、無警戒な性質であるドリューの性質の穴を突いて、はぐれコボルドや山賊ゴブリンなどが襲ってくる事があったが、俺の練習相手になってもらい、また、エメリアの手伝いもあって、容易に蹴散らしてきた。


  反面、モンスターを倒す機会があまりなかったから、資金に換金するものがあまり無かったのが先の不安材料だった。


  国境前の小さな村で換金したのは、エメリアの特訓で、ドリュー車を止めたときに100メートル往復ダッシュとかをさせられた際、ドリューから離れた俺を狙ってくるモンスターを7匹ほど狩った時の収穫物だけ。


  その内5匹は人類にはあまり害がないラットラビット等の雑魚で、その牙や毛皮を売っても5匹でたったの300セルにしかならなかった。


  残りの2匹はウリボンとムーというモンスターで、この2匹で400セルになったのがせめてもの救いだった。


  合計で日本円にして14000円分で、約10日間の稼ぎとしては少なすぎる結果となった。


  それでも、シン国内での買い取り相場は高い方だとガフスは言う。


  換金所で換金された金額の内、約半分は国の税金から出ているらしく、シンは国民の数も多い分税金収入も多く、討伐に関する税金の配当も多いため、換金レートも他国に比べて少し高いのだそうだ。


  例えば俺達が以前居たトスカーナでは、同じモンスターでも2割くらいレートが下がっているそうで、以前ディロイで8000セルくらいで換金したものをシン国で換金してたら10000セルになっていたはずだった。


  日本円にして40000円。


  それだけの金額を損した事を思うと、無知というのは大きな損を招く事を痛感させられる。


  ……まあ、危険な思いをして何日もかけて高く買い取ってくれる国にわざわざ換金に来るかと言えば、それはそれでめんどくさいからやらないけど。


  そんなこんなで間もなく森を抜けると言うときに、ガフスから皆に知らせがあった。


  「さあ、もうすぐ森から抜けるぞ?そしたら、側溝を作る組と木材を集める組で別れて、寝床確保から動こう!」


  明るい声で皆に声をかけると、ルー達も揃って皆で「おおーーっ!」などと掛け声をかけた。


  進行方向に森の途切れる出口が見えてくる。


  木がない分、森の中よりもいくらか明るくなっている森の出口は、段々と近づいてきてその先の景色を露にした。


  「なっ!?」


  「……はっ!?」


  御者台からガフスが声を挙げると、俺も僅かに遅れて声をあげた。


  皆の視線が進行方向に注目する。


  森を抜け出た直後に俺達の目の前に見えたのは、見渡す限り埋め尽くされた人の形をした影と、それらが繰り広げる戦争の惨劇そのものだった!


  「なんだ!?」


  「あ、あれは!?」


  戦争状況と言うものを瞬時に理解できなかった俺達は、目を凝らしてその状況をよく見る。


  「戦争だ!アイツら戦ってる!」


  カルの声で皆に戦慄が走った!


  ガフスは一先ずドリューの走行を止め、前方を改めて向き直った。


  「向こうは人間の軍だ!……そして……」


  「こっちは亜人だよ!ゴブリンとオークだ!!」


  エメリアの声と続いてカルが言い放つ。


  「……なんだ、これ!内戦ってこんなとこでやって……っ!?」


  俺が思わず声をあげた瞬間、風に乗って血臭や肉が焦げた様な臭いが鼻をつく。


  「うっ……!」


  「うえっ!」


  カルとガフスが臭いにえづいた。


  「……セイル、どうする?」


  そんな中、一足先に落着きを取り戻したエメリアが俺に判断を委ねてきた。


  その声にルーやミカも俺の方を向く。


  見れば、人軍の方はガフスの話にあった黒耀軍の様に見える。


  紅の差し色が入った黒の鎧を着込んでいるのだ。


  エメリアはそれに気付いて俺に聞いてきたのだろう。


  これは、どうすべきか。


  何の関係もない人の軍なら、迷わず助けに入りたい所だが、ルーの母親を拐った容疑が完全に拭えていない黒耀軍では、助けて良いものかどうか迷う。


  見れば、オークやゴブリン達の軍は統率も何も無い、ただ我武者羅に攻撃をしているだけのはずなのに、劣勢なのは完全に黒耀軍の方だった。


  そうなったのも、恐らくは策でも覆されない程の数の差が原因だろう。


  今もなお、亜人軍は数を増し、次から次へと湧いて出ている。


  俺達から見て左の、西の方の山間から、どんどん決戦の場となっている平地へ流れ出ているのだ。


  黒耀軍は、完全に押されて東の森に後陣が詰まってる状態だ。


  俺達の位置からは正面奥に山が広がり、手前が平地の交戦地帯となっていて、西の手前にも山が出っ張ってる。


  東側は森と、北から南へ流れる川がさらに東に横たわっていた。


  目の前の平地では、もう既に何千もの黒耀軍とゴブリン、オークの死骸が敷き詰められる様に転がっていた。


  黒耀軍の劣勢。


  このままゴブリン達が増え続ければ、間違いなく黒耀軍が全滅させられてしまうだろう。


  「……くそっ!このまま見てるワケにも行かない!黒耀軍を助けるぞ!!」


  俺はそう言ってドリュー車を降りる。


  「……それで、良いのか?」


  エメリアがドリュー車の荷台から、問いかけてきた。


  「ああ!この戦いが終わってから、何なら黒耀軍も壊滅させて、あの中で一番偉いヤツを拷問でもして吐かせてやるさ!」


  「……ふっ。無茶苦茶な事を言う」


  エメリアは鼻で笑い飛ばして返した。


  そんな俺達のやり取りを、他の皆は黙って見ている。


  「……良いだろう。私も全力でゴブリンどもを壊滅させてやる!」


  そう言って、エメリアがドリュー車から身軽に飛び降りた。


  「…ぼ、ボクも行く!」


  カルもドリュー車から出ようとするが、それには俺が手で制す。


  「ちょっと待てカル。耳かして……」


  そう言って、カルにあるお願いをすると、ルー達も耳を近づけてその内容を聞く。


  「ああ!なるほど!」


  カルの納得した声を聞いて、俺は「頼むぞ」と伝えてドリュー車から離れた。


  「じゃあおっちゃん!」


  急にカルから呼ばれたガフスは、少しビクッとしながらも後ろを振り向く。


  「な、なんだ?」


  恐る恐るといった返事に、カルが用件を言った。


  「ボク達は西の手前の山だ!急いで行こう!」


  カルの明るい声に、しかも行き先が戦線から外れた西の山だと聞いて、ガフスも安全だと判断したのか、ただ恐怖に混乱してたのか、焦った様子で「わ、わかった」と答えながらドリューの手綱を取った。


  「ルー達の事も頼んだぞ!?」


  俺の言葉にカルは長い毛に隠れて見えにくい手をあげて応えた。


  「よし!それじゃ、俺達も行こうか!」


  俺が後ろに立っているエメリアに言うと。


  「ああ。存分に暴れさせてもらうぞ!」


  女聖騎士は、聖職者に不釣り合いな荒い言葉を放って、二人で前方に犇めき合う群れに向かって走り出した。




  俺達が居たのは、少し小上がりになった丘の上だった。


  そこでカル達と別れ、エメリアとたった二人でゴブリンの群れに飛び込もうとしていた。


  「よしっ!エメリア!行くぞ!!」


  「ああ!!」


  そんな短いやり取りをして、近づく俺達に気付いて走りよってくるゴブリンの群れに突っ込む!


  あと50メートル。


  あと30メートル。


  そろそろだ!


  「先行くぜ!!」


  俺は後から付いてきていたエメリアにそう言い放って、「気を付けろよ!」などと返ってくる返事も聞かずに念力を込め始めた!


  残り15メートル!


  今だ!!


  俺は一気に念力を解放し、その15メートルの距離を一瞬で縮めた!


  1番近くまで来ていたゴブリンを先頭に、5匹ほどの個体を横凪ぎに切り抜けたまま通りすぎ、さらに奥まで切り抜ける!


  当のゴブリン達は俺の姿が消えた用にでも見えたのか、走る足を止めて戸惑った様にキョロキョロと見回していた。


  しばらくして後ろに置いてきたエメリアが到着する頃、俺が切り抜けたゴブリン達は、上半身がずれ始め、胴体を真っ二つにして崩れ落ちる。


  「おい、セイル!私の獲物も残しておけよ!?」


  後ろからそんな声が聞こえるが、言われずとも俺は真っ直ぐ切り込んできただけだから、剣が届かない距離に居たヤツらには触れてない。


  そもそも、これだけの数が居るのだから、心配しなくともエメリアの分は大量に残っているのだ。


  俺に切られなかったゴブリン達がエメリアに標的を変えて集まりだした時には、エメリアもそれに気付いた様で、流れるような剣舞で次々に切り伏せていく。


  俺は、既に周りをゴブリンに囲まれた状態で、群れの中に50メートル程も入って剣を振り回していた。


  1匹ずつ相手にするのは面倒だから、基本横凪ぎにまとめて切っていき、時折ゴブリンの得物である曲刀や斧といった武器を弾いて袈裟に切り下ろし、下から切り上げるコンボもお見舞いしてやる。


  すると。


  「セイル!後ろだ!」


  遠くからエメリアの声が微かに聞こえ、後ろを振り向くと、俺の胸の高さしかないゴブリンの群れの向こうから、ゴブリン達の頭スレスレを平行に飛んでくる赤い玉が見えた!


  「あれは……っ!?」


  それは、いわゆるファイヤーボールと言うヤツで、真っ直ぐ俺に向けて飛んでくる!

 

  「なにぃ!?」


  そう言えばそうだった!


  ここは剣と魔法の世界なのだ!


  敵がそれなりに知識のある者なら、普通に魔法が飛んでくる事を忘れていた!


  「うおっ!!……あぶねえっ!!」


  間一髪の所で背中を反り、頭を狙ったファイヤーボールを避ける!


  しかし、今度はその状態でたまたま空に視線がいったお陰で気付いた氷の刃が俺目掛けて飛んできていた!


  「なにいいィィーーツ!!?」


  これはヤバイだろ!


  俺、法術の事忘れてたよ!


  こんな敵の真っ只中に来ちゃったら、近接では剣も360度から避けたりしなくちゃいけないし、遠くからも魔法の的になってるしで、敵の思うツボじゃないか!?


  そんな事を考えながらも、敵をちょいちょい斬り捨て、剣を避けまくっている!

 

  おっと!2発目のアイススピアだ!


  それを避けた時、俺の体勢が崩れる!


  ヤバイ!


  そう思った時、、俺の左足に激痛が走る!


  「いっ!……いいーーっ!!?」


  イテッ!と言おうとして左足の方を見ると、今度は地面から尖った岩が突き出ている!


  それに驚いて後半は驚きの声になった!


  しかし、こんな密集した所に放たれた地の法術は、ありがたいことにたまたま俺が体勢を崩したお陰で俺の足を掠めただけで、逆に俺に近づいていたゴブリンを下から突き刺していた!


  しかし、喜んでもいられない!


  今度は、その岩に突き上げられたゴブリンが、岩ごと真っ二つに切られたのだ!


  「なっ!?」


  思わず声をあげたのにはワケがあった!


  なにせ、そのゴブリンを切ったのは、微かに目視で判別できる程度の、見にくい風の刃だったからだ!


  「そんなのありかよ!!」


  思わず怒声を張り上げる!


  そう言いながらも、周りのゴブリンを次々に切り伏せ、自分が動ける範囲を広げていった!


  エメリアは!?


  エメリアは無事なのか!?


  そう思って、一瞬の隙にエメリアの方を見ると、何やら自分の周りに水が渦巻く壁を作って剣を振り回していた!


  「ああ!なるほど!」


  こっちだって法術を使えば良いのだ!


  ”そんな事を……“と我ながら思うが、いざ自分の窮地では頭が混乱して思い付かないものだ。


  法術のちゃんとした出し方は夢の中でアイシスに教わった。


  今こそ、それを試す時だろう。


  そう思って、エメリアの真似をして先ずは水を集める!


  その間にも、敵の攻撃の手は休んでくれない!


  後ろから横凪ぎに繰り出された剣を避け、右から袈裟に切り下ろしてくる斧を右に受け流し、今度は風を起こして自分の周りに水の壁を作った!


  よっしゃ!成功!!


  それを見た近接しているゴブリン達は、俺が何をやるのか警戒して、一旦攻撃の手が弛む。


  俺はそこを突いて、右手に剣を、左手にファイヤーボールを持って、再びゴブリン相手に切り込んだ!


  「これからが本番だぜ!?」


  どこかで聞いたようなセリフを吐きながら、正面のゴブリンに詰め寄り、顔面にファイヤーボールを左手で押し付け、右に居たヤツの首を剣で跳ねた!


  それを見て、ゴブリン達も俺の真似の様に各々に法術を出し、剣戟と法術の連携攻撃を繰り出す!


  ヤツらは厄介な事に、自分の味方を攻撃しても何とも思わず、被害を考えずに打ち込み始めた!


  溜まらず俺は、地面に向けて左手の拳を叩き込む!


  すると、俺の正面一直線に、先ほど見た尖った岩と同じような岩が連なって突きだし、次々にゴブリン達を串刺しにしていく!


  4・5メートルも連なった所でそれはおさまり、俺の身長より高い位置に、俺の体躯より小さなゴブリンが突き上げられた!


  それを見た周りのゴブリン達は、どうやら若干恐れた様にたじろぎ、さらに一瞬、動きを止める。


  そこで今度は、手の上で風を呼び出し、手刀を繰り出す!


  すると、風の刃が真っ直ぐ飛び立ち、5・6匹のゴブリンの首を撥ね飛ばした!


  よしっ!


  心の中でガッツポーズをしながら、飛んでくる氷を、火の玉を避け、次に俺も先が尖った氷を作り出す。


  それを見て、周りのゴブリン達が再び動きだし、切りかかってきたり、法術を繰り出してくる!


  俺はそれらを避けながら、自分の作り出した氷を左手でつかんで、目の前のゴブリンの胸に突き刺した!


  ゴブリンはそのまま崩れ落ち、血飛沫を撒き散らして倒れた!


  気付けば、辺りには地面を埋め尽くす程のゴブリンの死体がある。


  俺はそれらを見て、我ながら恐ろしい事をしているなと、一瞬背中に怖気が走ったのだった。

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