カ帝国への道で…②
「あくまで可能性としての話だ。まだそうと決まったワケじゃない」
あるものはただ驚愕の眼差しで、あるものは戦意を孕んだ眼差しで、またあるものは悲しみを湛えた眼差しで、様々な思惑を込めた視線が俺に集中していた。
そんな状況で誰も言葉を発しない時間が10秒近く流れた所で、エメリアが沈黙を破った。
「……確かにな。しかし、まるっきり可能性が無い訳でもない。この世界には、超古代の産物である、”ハル“と呼ばれるモノがある。その中にそういった兵器があってもおかしくはないからな」
エメリアは、視線を俺から外すと、一人ずつ顔を見渡して言った。
また、初めて聞く単語だ。
「ハルか……確かに、考えられなくはないな……」
ガフスまでが納得の顔を浮かべて俯く。
落着きを取り戻した様だが、口調はもう営業スタイルではなくなっていた。
「その、ハルってのはなんだ?」
ルーやミカもサッパリわからない様子だったので、俺はエメリアとガフスを交互に見る。
すると、それに先に応えたのはエメリアだった。
「……何だ、セイルはハルを知らないのか?」
エメリアは俺の顔を見て訝しむ。
しまった。
ハルとは、どうやらこの世界の常識的な単語だった様だ。
「それでよく兵器などと言う発想が出たものだ」などとエメリアは疑念を露にした。
しかし、ルーやミカもわからない様子を見れば、その辺にごまかす言葉もありそうだ。
「ああ、ごめん。俺は、数十人しか住んでないような、辺境の小さい集落に居たらしいから、世の中の事には元々疎いんだ。しかも、つい一月前にルーに会うまでの記憶も曖昧だしな。夢の中でアイシスに大まかな事は聞いたが、おれ自身、俺の昔の事もよく知らない位だから。でも、なんとなく隅っこの方にうっすらと覚えていたのかもしれないな。…はは、ははは!」
記憶喪失と疎開隔離環境のダブル効果で、無知であっても仕方ないと思わせる戦法だ。
これで、たまに覚えてる事があっても、全然わからなくても怪しまれないだろう。
「……そうか。セイルも大変だったんだな」
「……あ、ああ……」
ごめん、エメリア!
なんか、そんなにすんなり信用されると、騙したことにスゲー罪悪感を感じる。
「……仕方ない。こんな常識的な事も知らないと、何かと不憫だろう。私が教えてやる」
そんな事を言いながら、人に教えるのが好きなのか、どこか嬉しそうに説明を始めた。
「ハルと言うのは、遥か大昔に、……今居る人類のエンダーズがまだ野生の動物だった頃よりも、さらに遥か昔にこの地に繁栄していた文明の遺産らしいのだ。私達人類はハルを土の中から掘り出し、現代の生活に役立てたり戦に活用したりしている」
そこまで言うと、今度はガフスが話を引き継ぐ。
「代表的なのは西大陸にあるダンガーと言う乗り物だろうな。あれには俺も乗ってみたいんだが、西大陸の西の端まで行くにはシンからじゃ遠すぎる。なんてったって、東西大陸を端から端まで横断するようなもんだからな」
多少は先程の緊張も解れたのか、ガフスの表情に苦笑が零れた。
俺も顔を綻ばせながら、ガフスの言うシンから西大陸までの経路を想像する。
セグから地図を貰った時点で、この世界の陸の形くらいは頭に入れていた。
地図には、周りを海に囲まれ、真ん中にドでかい大陸があるだけだった為、大まかな形くらいはすぐに覚えられた。
その大陸のほぼ中心点に近い位置にある国を境に、東側が東大陸、西側が西大陸と大きく書かれていた。
つまり、東西大陸は陸繋ぎの大陸なのである。
その大陸の絵面を思い出しながら、ガフスの言う西大陸の西端を想像していた。
そして、再びエメリアが口を開く。
「そうだな。私もあれには乗った事がない。人生で1度は乗ってみたいものだ」
エメリアがそんな事を言い出すと。
「なんか、皆が乗りたがる乗り物って、気になるよねー?」
カルが好奇心を抑えきれずにルー達の顔を窺う。
ルーやミカもそれに頷きながら、楽しそうに笑っていた。
「私が聞いたところによると、3・40人くらい乗れる箱が、5個くらい繋がって走る乗り物だそうだ。スピードも、平坦な道を全力で走るドリュー車より速いらしい」
ドリュー車の走行速度が、俺の体感では普段は時速40~50キロくらいだったと思う。
これまでドリュー車に乗っていた事を振り返ると、オーガの集落を越えた後に平坦な砂利道で整えられた交易街道に乗ったドリュー車は、心なしかスピードを増した気がした。
その時のドリュー車のスピードの事をエメリアが言っているのなら、ドリュー車の最高時速は60キロぐらいか。
それを越す速さと言うのだから、ダンガーのスピードはおそらくは7・80キロくらい出るのだろうな。
「へえ~」「すご~い」「そうなんだ~」等の感嘆の声が漏れる中、俺は『まるで電車だな』などと思ったのだが。
「それがたった二人のエナで動かすらしいから驚きだ。箱の上にエナの増幅装置があるらしい」
エメリアの追加情報に再び我が妹達のざわめきが沸き起こる。
俺の知っている電車ではない様なので、俺もつられて興味が湧いた。
しかし、今はそんな話をしている場合ではない。
「……と、とりあえずダンガーの話はそれくらいにして、他にはどんなのがあるんだ?さっき、戦に活用するとか言ってたよな」
俺が、エメリアに聞くと、エメリアも少し緩んだ顔を再び引き締めて応えた。
「……あ、ああ、そうだったな。すまない、話が逸れた」
そう前置きして、俺に視線を返すと、話を続ける。
「……コホン。他に戦に活用されてるので代表的なのは、エナコルと言う武器だ。これは、法術が苦手な者が強力な法術の弾を撃つ事ができる武器で、小型だが威力はある。しかし、法術が得意な者が使っても威力は変わらないらしいから、法術が苦手な者が持つのが有効だと言われている」
「あとは、乗り物で言えばエンガーだな。ダンガーは世界に一組しか見付かってないが、エンガーは複数見つかっていると聞いた事がある。国王級の権力者達が独占してて、俺達一般人には手が出せない乗り物だ。ソイツは4・5人乗りで空を飛び、平均的にドリュー車の2倍以上の速さを誇る、世界最速の乗り物だそうだ」
エメリアが武器について話し、ガフスは交易の移動手段として興味があるのか、乗り物の話をさらに追加する。
改めて二人が教えてくれた2つのハルについて、俺なりに見当をつける為に思考に耽った。
俺が聞く限りでは、エメリアの言う武器は銃器か何かで、ガフスのは小型の飛行機か何かかと思える。
しかし、どれもエナを利用して動かすあたりは、全くもって別物で、やはりこの法術ありきの世界の産物なんだなぁと思わされた。
「ハルについては、まだまだ色々とあるのかもしれないけど、そういう意味でも兵器の存在は否定できないし、これからの行動にも視野に入れておいた方が良さそうだな」
俺がそう話をまとめ、皆が各々に決意を固めて頷くところを見渡す。
すると、期を窺っていた様に、ガフスが口を開いた。
「そう言えば、さっきの話で言い忘れたんだが、皆は黒の軍勢を探してカ帝国に行くと言っていたよな?」
俺とエメリアの顔を交互に見て、俺達が頷くのを確認してから、ガフスは話を続ける。
「俺もその事情をもっと早くに知っていれば、ここまで来ることも無かったかも知れないんだが、俺の見た黒の軍勢は、カ帝国の黒耀軍じゃないぜ?」
「「なにっ!?」」
ここは俺とエメリアの声が重なる。
ルー達は完全に俺に話を任せていて、口を挟まない姿勢で黙って聞いていた。
「黒耀軍の鎧は確かに黒いんだが、襟元や肩当等のパーツ毎に、縁取りに紅の差し色が入っているんだ。だが、俺が見た黒の軍勢は、とにかく全てが真っ黒だった。あの全てを黒く塗り潰す様な漆黒の鎧は、忘れたくても忘れられねぇ」
「それは、一般兵であって、幹部や特殊部隊に真っ黒な隊があるとかは考えられないか?」
ガフスの話に俺が可能性を示唆する。
エメリアも俺の返しに同感らしく、俺からガフスへ無言で視線を移した。
「それは……確かに可能性が無くはないな。俺も、カ帝国の黒耀軍を見たのは国境付近で軍事演習をやってる時とか、パレードをやってるときくらいしか見てないからな。しかし、見る限り色使いが統一されていたのは確かだ。可能性は低いと見て良いと思うぜ?……まあ、ゼロとは言わんから、止めはしないが」
ガフスも、俺の問いに答える為に俺の目を真っ直ぐに見返す。
ウソは言ってないのが充分に伝わる目だった。
しかし、それでも俺は可能性が僅かでもあるのなら、見過ごすワケには行かない。
ガフスの視線を受け止める俺の目に、ガフスも根負けしたように力を抜いて、話をまとめに入った。
「……まあ、上手く潜入できて、特殊部隊とかの実態を見ちまえば可能性を潰せるんだがな……」
そこまで言うと、ガフスは「ふん」と軽く鼻でほくそ笑み、最後に付け足した。
「……実は、ちょうど今のカ帝国は、領内のゴブリンやオーク達との内戦が続いているはずだ。やり方は限られるだろうが、やるなら今だろうな」
そこまで言うと、再び鼻で笑い、話を終えたとばかりに口を閉ざした。
「そうか。良い情報をありがとう、ガフス。やっぱり、俺達はカ帝国の可能性が僅かでもあるのなら、行かなきゃならない。時間が無いかもしれないからこそ、疑う余地が少しでもある所は全て潰して行かなければ、後になって”やっぱり……“みたいな事になって後悔する事になるかもしれないしな。それに……」
俺は、そこまで言って一息ついて話を再開する。
「これはもう、俺達やルーのお母さんの問題だけじゃない。世界中の問題かもしれないんだ。もちろんルーのお母さんの事も諦めない。全力を尽くして必ず助け出す。でも、この世界の事も救えなければ元も子もないだろ。ここまで来たからには、まずは近くの霧を晴らしてからでも遅くはないだろ」
そう言って、皆を見渡した。
心配なのはルーだ。
俺は、最後にルーを見て、目を合わす。
ルーは、無言で頷いて、それから微笑みで返す。
どうやらルーもわかってくれたらしい。
これは、ルーの家族達が住むあの森も含めた、世界を守るための戦いなのだ。
「……じゃあ、これからの動きは変わらず、目標はカ帝国って事で良いな?」
俺がルーやカル、ミカに確認する。
「うん。いいよ」「ボクも」「おっけー」とお三方の返事も頂いた所で、エメリアを見る。
「……ふっ。私も国王に報告するためにはカ帝国について白黒付けた結論を出さねばならん。もちろん、私もカ帝国へ行く」
エメリアもそう答え、同行を続行する事を決める。
「……んじゃ、俺も少しだけ国境侵入に付き合うか!」
ガフスまでもが話に乗ってきた。
さっきまでは国境付近まで連れていってくれると言う事だったのだが、国境を超えても行けるところまで送ってくれると言う。
「ありがとう、ガフス!恩に着るよ!」
「それじゃ、これからもガフス易商をご贔屓に!」
ガフスが調子に乗って自分の会社の売り込みまでしてきた。
「なんだよ、商売根性丸出しだな!」
そんな軽口を言いながら、皆で笑いあって、この話はまとまった。
しかし、まだ俺には引っ掛かるものがあった。
一頻り皆で笑いあって、冷めたスタ丼を食べ終わると、ルー達が後片付けをしてくれる。
俺はその間に、気になっていた事も話す事にした。
「それと……」
「ん?まだ何かあるのか?」
俺がそう前置きをすると、エメリアが敏感に反応する。
「ああ。もう一つ、黒の軍勢について、気になった事がある」
この話は天使を拐うという話に影を薄めたが、放っておいて良い話とは俺には思えなかったから、ここで聞いておく事にした。
「……何だ?」
エメリアが再び気を引き締めた表情でこちらを見た。
「いや、ヤツらは宝石も強奪してるって言ってただろ?ヤツらのやることだから、何か意味があるんじゃないかと思ってさ」
「ああ、その件については天使を拐う理由がセイルの想像通りであれば、推測できるのは征服戦争の為の軍資金集めを目的とした略奪じゃないだろうか。私はそう解釈したのだが」
俺の質問にエメリアはそう答える。
しかし、俺には何かが引っ掛かった。
RPGゲームでも、こういう所はプレイヤーの予想を覆す理由をシナリオ上で用意しているものだ。
多少影の薄いネタが実は重要だったとか、大した理由がないと思われた事が実は深い理由があったりする。
そんなゲームをしこたまやってきた俺からすると、充分に怪しい所だ。
「そうかもしれないな。でも、何か知ってるなら、一応俺にも教えてくれないか?」
俺はストレートにエメリアに尋ねた。
「……ふむ。わかった。幸い、私の国の上層部では、ヤツらがどんな宝石を奪っていったのかが明らかにされている」
「そうなのか」
短く相槌を打って先を促す。
「ヤツらが奪っていったのは、ダイヤと呼ばれる宝石だ」
ダイヤ?
ダイヤって、あのダイヤか?
「ダイヤって、あの宝石の中でも1番高価なダイヤモンド?」
俺が返すと、エメリアは訝しい顔をする。
何かおかしな事を言ったのか?
「確かに、1番高価な宝石で間違いないが、そのダイヤ“モンド”とは何だ?」
……は?
「ダイヤはダイヤだ。ダイヤにモンドなどと言う言葉は付かん。ダイヤを何らかの基準で種類分けでもしているのか?」
何だかややこしいな。
このイーシスでは、地球とは全く違う単語のものがあったり、地球の単語でそのまま通じたりするものがあることは知っていたが、地球の単語の略称がイーシスの正規の単語となる例はこれが初めてな気がする。
イーシスではダイヤはダイヤなのか。
「宝石商の専門用語か?」「私も名家のはしくれだが、そんな名前は聞いたことがない」等と独りごちるエメリアに、俺は必殺ごまかしを繰り出した。
「俺が幼い頃住んでた辺境の地では、方言みたいなものでそう呼んでたのかもな」
ありきたりなごまかしで、苦しい言い訳になってしまったが、とりあえずこれで押し通そう。
ダイヤを何故ヤツらが集めているのかは、また追い追い考えていく事にしよう。
そう思いながら、エメリアからの追撃に対して、頭を全面的に迎撃に向かわせた。
なんとか話をまとめ、その後は当たり障りなく落ち着き、その話からルー達が天使だとバレた事もあり、俺達の身の上話を改めて語る事になる。
「……そうだったのか。こんな若い身空で、複雑な境遇を乗り越えてきたのだな」
エメリアが俺達の身の上話に同情して、涙まで流している。
「……そ、そんな泣くなよ。俺達は、こうして義理でも兄妹ができて、幸せでもあるんだ。だって、これまでの事が無かったら、俺達の出会いも無かったかも知れないんだからな」
俺が異世界転移者であることはまだ明かしていないが、この世界に本当の身内が居ない事には代わり無い。
異世界転移の事は、単純に神隠しの様な状況に置き換えて、夢の中でアイシスに会い、目が覚めたらルーの居た未開の森に飛ばされてたとしている。
「しかし、セイル達もアイシス様が導いた縁だな。私の家は代々メーテル様を崇め、その教えに向き合って生きてきた。愛と戦の女神であるアイシス様とは、我が誠実と武力の女神であるメーテル様は、神々の世界では近しい間柄だと聞く。そう考えると、我々の出会いもまた、深い縁があるのかもしれんな」
おいおい、戦だったり闘いだったり武力だったり、これまでで知った女神たちは皆で戦闘絡みを称える神ばかりだな。
この世界は、戦いに見入られた世界なんじゃないのか?
聞いている限り、平穏なのが逆に違和感あるな。
やっぱり、この世界では何かが起きようとしている気がする。
俺は、そんな不穏な影に、この時、嫌な予感が拭えなかった。




