―第3話― 始まりは突然に☆③
「……どうすれば良い?」
俺は、一息突いて、おもむろに言葉を返した。
『ありがとう。話を聞いてくれて』
「いや、そんなことはどうでも良いから、どうすれば良いのか言ってくれ!」
これはリアルなのだ。
どっかのラノベじゃあるまいし、こんな非現実的な事を受け入れ難い不安から、焦りの様な苛立つ声になった。
それに、声からは優しい空気が伝わってくるが、先程の話だと時間がないと言っていたはずだ。
早く話を聞いて、サッサと用件を済ませてやろう。
『わかりました。…では、本題に戻します。今、あなたは、自分の周りの時間が止まっている事に気付いているはずです』
「ああ。これもあんたの仕業か」
予想はしていたから、答えを聞くまでもない。
『ええ、その通りです。そして、これからその止まった時間が動き出しますから、あなたは先程見た仔猫を追って下さい』
「仔猫を…?」
『そうです。そして、ある店にたどり着くはずですので、着いた店に入り、そこであなたの望む行き先を選択すれば結構です』
「ちょっ、ちょっと待て!行き先って……」
突然、突きつけられた話に訳が解らず、咄嗟に口を挟む。
だが。
『どこへ向かっても私のところへ来るようになっていますので、その行き先に向かう途中で、私はあなたを待っています。できるだけ急いでください』
俺の制止も聞かずに話を被せられた。
何か嫌な予感が瞬時に過り、俺は焦る。
「おい!ちょっ、ちょっと待てって!行き先って、どっかに行かなきゃなんねぇのかよ!?」
慌てて疑問を投げ掛けるも被せて話を進める女性へ、再び早口で疑問をぶつけるのだが。
『………』
返事は返ってこない。
話を被せられた時点での嫌な予感は当たっていた様だ。
あまり信じたくはないが、テレパシーの様な会話だとすると、何らかの障害でテレパシーが伝達しなくなったのだろう。
あれだけ俺の事を気遣ってくれた声の主だ。
こちらからの質問があればキチンと対話で応えていただろう。
だが、それをしなかったと言うことは、話を被せられたときにはこちらの声が既に届かなかったのだと推測できる。
良い方に考えすぎかもしれないが、そんな気がした自分の直感を信じようと思う。
きっと、声の主は悪い人ではない。
これは、反リア充隊員であり、彼女居ない歴=年齢である対女子免疫の無い俺が、優しくされただけでチョロくなったワケではない。
……ないハズだ。
……ないと思う。
しかし、声の主の言うことを、そのまま真に受けて良いものか……。
俺の望む行き先を選べると言っても、この近くじゃなくて遠い場所しか選択肢に無かったら、どうするべきか。
いや、その前に、これは現実なのか?
そんな一向に答えの出ない疑問に、頭を回転させていると、それまで無音だった周囲から、人々が活動する雰囲気が返ってくる。
段々と、しかし急速に増す生活音が耳を突き、車が走り去っていく音やおばちゃん達の会話の声、子供達のはしゃぐ声等が、言葉まで聞き取れなくとも音として認識できた。
時間が動き出したのだ。
ハッとなって左を向くと、先程の仔猫がピタッと立ち止まり、こちらをチラっと振り返ってから顔を背け、再び歩き始めた。
先程までの疑問の答えは出てないが、それを考える時間的猶予は無いらしい。
「お、おおい、ちょっと待てよ」
俺は、置いていかれそうな焦りから、思わず声が上ずった。
仔猫はそんな俺の事など意に介さず、ちょこまかと足を動かす。
「くそっ!おい、待てって!」
仕方なく、慌てて子猫を追いかける。
先程の声との会話を思い出し、見失わない様に仔猫の後ろについて歩いた。
そうして公園の前の道を塾の方へ向かい、しばらく歩くと、途中で塾への道から外れて右へ曲がる。
塾に行くには反対の左へ曲がって大通りに出たら、信号を渡ってすぐなのだが、大通りと反対に向かうと閑静な住宅街になっていた。
「こんな所に店なんかあるのか?」
ふと思った疑問を呟きながら仔猫の後ろ姿に問いかけるが、当然答えなど返ってこない。
先程の非現実的な現象から、この仔猫も片棒を担いでいる以上、あるいはこの仔猫も話せたりするのかと期待したが、どうやらそこまで都合よくは無いらしい。
これは、やはり声の主に直接聞くしか無いのか。
複雑な思いで仔猫を追ってしばらく歩くと、やがて、住宅街の袋小路に、周囲とは完全に浮いている店にたどり着いた。
「……ここ、か……?」
あの声が言っていた店。
本当に、こんな住宅街の真っ只中に、こんな店があったんだな。
しかし、周囲の風景からは浮きすぎだ。
仔猫はその店の入り口の脇に敷いてあるふかふかしたクッションの上で丸くなる。
「そこがお前の定位置か」
そう声をかけるが、当の仔猫はそのままあくびを1つして、顔をこちらに向けながら眼を瞑った。
そのまま眠りにつくのだろう。
「……ここ、なんだな……」
誰にともなく呟いて、店を見渡した。
口のなかを満たす生唾を飲み込み、意を決して入り口のドアに右手をかける。
その手にグッと力を入れて、ドアをゆっくりと押して入った。
するとそこには、だだっ広い店内に小さい自動車サイズの何かの機械と、白髪の老人が立っているだけだった。




