カ帝国への道で……
あれから、エメリアに稽古をつけてもらいながら、丸2日以上を数えた。
今は日没後、ようやく陽光も届かなくなったばかりの薄暗い砂利道に、ドリュー車を端に寄せて停車していた。
カ帝国に向かう道程も、とりあえずシン国への入国は順調に果たし、未開の山岳地帯の北側を東へ進んでいた。
カ帝国との国境は、ドリュー車ならば北に1日も走れば着くのだが、俺達がカ帝国に入国するポイントは、シン国の領地が北に最大限競り上がっている所で、現在地からは東にあと3日程走った所にある。
シン国の首都シバイから2日程手前にある、サジと言う村の少し先にある森林地帯。
そこが俺達の目指すカ帝国への侵入経路の入口だった。
カ帝国は、外国との国交を断絶しており、独自の文化を営んでいると聞く。
その為、入国するにも関所を通さなくてはならないのだが、正当な目的が無ければ許可が降りないのだとガフスから聞いていた。
「そう言えば、エメリアのカ帝国に行く目的は何なの?」
たまの食事当番で、皆にウリボンのホルモンを炒めたスタ丼を振る舞った俺が、食べる合間にエメリアに聞いた。
「私か?私は……そうだな、セイル達には話しても大丈夫だろう」
何やら思慮の末、俺達なら話せると判断したエメリアは、うむ。と一つ頷いてから話を続けた。
「私は、ある調査に使わされたのだ」
確かそこまでは前にも話を聞いた気がする。
「ある調査って?」
エメリアの前置きに質問を被せて本題を急かした。
「それなんだが、今、世界各国で、“黒の軍勢”なるものが、人を拐い、宝石を略奪すると言う話を皆は知っているか?」
さらにエメリアは質問で返すが、それを聞いた瞬間、ルーやカルの目の色が変わった。
たぶん、俺も変わっているに違いない。
「黒の軍勢?」
俺は、戦慄を覚える気持ちを抑えて、さらに質問を重ねた。
「それって、もしかしてお嬢の……」
「私のお母さんを拐った人達かも………」
俺の質問とほぼ同時に、カルやルーは僅かに芽生えた期待感を溢す。
「なんだ、セイル達も知っているのか……」
エメリアは俺達の反応に訝しい顔をしながらも、俺達の反応を見て何かに納得したらしく、話を続けた。
「……黒の軍勢の話は私の母国であるエストールにも届いた。そして、我が国王が私に勅旨を下されたのだ。それは、黒の軍勢の正体を探る事。そして、私の耳に入った情報から一番有力だと思えたのが、これから向かおうとしているカ帝国なのだ」
エメリアは食事の手を止めて説明を終えると、一息ついて俺達の反応を窺う。
一応、内密な勅旨だったのだろう。
どこまで話して良いものか、俺達の出方で判断するつもりらしい。
「なるほど、そうだったのか」
カ帝国が有する黒鎧の帝国軍の情報が、目星を付けた理由なのだろう。
俺達とその辺は同じだから、何となくすんなりと納得できる。
俺は一息入れながら、口を挟みたがるカルを制し、ルーにアイコンタクトをとった。
ルーも、俺達の事を話しても良いと判断したらしく、俺のアイコンタクトに頷きで返す。
それを見た俺は、一息つき終えると話を続けた。
「……エメリアには話していなかったが、俺達も実は黒の鎧を着た騎士団の様な軍団を探しているんだ」
そこまでを話すと、エメリアは目を見開く。
「なに?それは黒の軍勢の事か?」
黒の軍勢と言うのが仮の通り名だとしても、恐らくはその通り名にはそれなりの由来があるだろう。
であれば、黒の軍勢と言うくらいなのだから、見た目が黒い軍勢という事であり黒い鎧に身を包んだ軍勢であってもおかしくはない。
「……まだハッキリとはわからないが、恐らくエメリアの言う黒の軍勢と、俺達が探している黒鎧の軍団は同じ軍団の事だろうな」
俺が憶測でしかない話を持ち出すが、エメリアも一先ず話を進めるように俺を促す。
「俺達は、ルーの母親がその黒鎧の軍団に拐われたから、奪い返す為にソイツらを探している。エメリアの話にも人を拐うって言ってただろ?」
「なるほど。確かに重なるところはありそうだ。私の聞いた話では、人を拐うヤツらは黒い鎧に身を包んで、これまた黒い馬に乗って去っていったと聞いている。そこで、私はカ帝国の帝国軍に目をつけた」
俺とエメリアの話にルーやカルも黙って聞いている。
そこで、それまで黙っていたガフスが、突然切り出した。
「……まさかとは思っていたが、やっぱりか」
ポツリと、しかしハッキリと聞こえる口調で、これまでの営業スタイルを崩した低い声で続ける。
「つまり、ルーちゃんはやっぱり天使なんだな?」
「「「「……なっ!?」」」」
俺達は全員が声を揃えた。
特に俺は、一瞬にして警戒心も膨れ上がる。
「何を言ってんだ、ガフスさん」
俺がごまかすように話を逸らそうとするが。
「いや、俺は知ってる。黒の軍勢が拐っていったのは、この世界に堕天してきた天使達だって事を、な。」
「「「「なにっ!!?」」」」
さらなる衝撃が俺達の周りを包む。
「今言った通りだよ。俺は貿易商だ。シンを拠点にしてるが、エルフの国とカ帝国を除く東大陸の国には、全ての国に一度は行ったことがある。そして、シンの東側から海沿いを南下して、東大陸東南端にあるマハメダルーシと言う国で、最初の被害者が出た時、俺はその現場に遭遇していたんだ……」
「なんだって!?」
皆が息を飲む中、俺は思わずガフスに詰め寄った。
「まあ、落ち着け」
エメリアは冷静に俺を制す。
ルーの他に、天使が拐われた現場に居た人間が居た。
それも、こんな近くに。
その事実があまりにも突飛すぎて、色々と聞かなきゃならないはずなのに言葉にできない。
そんな俺達の顔を一通り見渡したガフスは、自ら話の続きを語り始めた。
「あれは、確か10年以上前になるか。俺が貿易商を始めて軌道に乗り、交易国を広めようと色んな国に行き始めた頃だ―――」
そんな語り口から、その時のガフスの心境等を交えて、黒の軍勢による人拐いの最初の犠牲者となった天使の顛末を語った。
辺境の小さな村外れに、ある夫婦が小さな衣料店を営んでいた。
そこへ、たまたま交易を終えて帰り荷を積んだガフスのドリュー車が、村で一泊の宿を取るために立ち寄ったのだった。
そして、暇を持て余したガフスは、村を散策して周り、たまたま立ち寄ったその店の、見たこともない華やかな彩りの反物が気に入って、交易商品として扱いたいと申し出た。
とはいえ小さな衣料店であるその店では、交易に必要な大量生産が難しく、それでも何とか交易商品にしたいと思ったガフスは、3ヶ月区切りでのノルマを提示し、その代わり、地元の相場より高い金額で買い取って、希少価値を付加価値として付け、他国で売り歩いたそうだ。
当然、通常よりも高い値段が付いた商品だったが、それでもその模様の華やかな彩りは、見るものを虜にし、用意した数が瞬く間に売れていった。
そうして買い付けた分を売り切ると、ガフスは夫婦を励ますためにも売れ行き等を報告しに夫婦のもとを訪れ、仕入れ先との関係を築くように夫婦との人間関係を築き上げていった。
それから2度3度と買い付けに行くと、その反物の模様について興味が湧いたガフスは、どこの地方で培われた技法なのか、染料はどのような物を使っているのかなど、興味に駆られて色々な事を夫婦に聞いた。
すると、その模様が奥さんの実家に伝わる模様だと聞き、奥さんの実家についても詳しく尋ねる。
そして、その話の流れで奥さんの生い立ち等と共に天使であることを打ち明けられたそうだ。
もちろん、他言はしないと誓う事になったのは言うまでもない。
そして、取引を始めて1年が過ぎ、5度目の買い付けに行った時、その事件は起きた。
夫婦の営む店があった村が、黒の軍勢に焼き討ちされたのだ。
ガフスは村に着く前に村の異変に気付き、村の手前にある森の中にドリュー車を隠して、門まで駆け寄った。
そこで、ガフスが見たものは。
家々を焼かれ、逃げ惑う村人。
それを追い、後ろから槍を突き刺す黒鎧の騎士達。
得物も持たない村人を、次々と黒鎧の剣が、槍が、矢が襲う。
騎士から逃れ、離れた村人には、氷の槍が、火の玉が、大地の剣が、風の刃が追い討ちをかけていた。
家は焼かれ、夕暮に紅く燃え盛る空の下では、人間の血飛沫が舞う。
無尽蔵に繰り返される殺戮は、かつて綺麗なアイボリーの煉瓦が敷き詰められた村の通路も、それを挟むように並べられた色とりどりの花が咲く花壇も、家を囲う薄黄色の塀や木の柵、花崗岩でできた石畳の地面の色まで、紅く、紅く染め上げた。
まるで、門を隔てた先が地獄にでも繋がってしまったかの様に思える程の凄惨な殺戮現場に、ガフスは怖じ気づいて身を隠し、黒鎧達の所業を遠目に、一部始終を見納めた。
その時の光景は、未だに脳裏に焼き付き、ふとした時に思い出され、時折ガフスを恐怖に陥れるのだと言う。
「……それであの時、青ざめた顔をしていたんだな」
話を聞き終えた俺が、ガフスを見てそう告げた。
当のガフスは何の事だかわかっていない様子で俺を見返す。
「エメリアと最初に出会った時、ガフスさんは青ざめた顔をしていた。俺、ルーの話を聞いた直後、見てたんすよ」
そう告げると、ガフスは苦笑いに顔が歪む。
「そうでしたか。あの時、見られてたんですね……」
言いながら、段々と顔が曇るガフスが、ため息を一つ吐いて話を続けた。
「……そうなんです。あの時、まるでルーちゃんが天使の様だと思った途端に、その話にあった衣料店の奥さんに重なって見えて。……村が焼き討ちされている光景まで思い出しちまった」
最後の方は独り言の様に声を出す。
誰にともなく聞かせる声量はあるが、誰かに向けて話した様には感じない話し方だった。
そのまま話は続けられた。
「ヤツらはどうやって調べたのか、村の住人達の人数を把握していたみたいで、村の中央にあった広場に、きっちり数を数えながら死体を積み上げていった。そうして、最後に積み上げられた死体の山に向かって10人がかりで業火の術を放ち、死体の跡形も無くなる様に消炭にしてから去っていきやがった」
そこまで話すと、ガフスの瞳に涙が溜まっているのがわかった。
「目の前で愛する夫を焼き殺され、連れ去られた天使の気持ちを考えると、居たたまれねぇ。いや、天使の夫婦だけじゃなくても、あの村には200人を越える村人が居たんだ!小さな村でも、確かにあそこで生きる人達が、生活を営む家族が居たんだ……!!」
ガフスの瞳から涙が流れる。
感極まって息が詰まった様に話を切り、しばらくして「すまない」と一言詫びて、そのまま押し黙る。
ミカが黙ってガフスの背中を擦ってやるが、暫しの間、皆の周りを沈黙が支配する。
そして、その沈黙を破ったのが、エメリアだった。
「ガフス殿の話からもわかるように、ヤツらは非道な手段を用いて人を……いや、天使を連れ去っている。なぜ天使を拐うのかはわからんが、何か意図があるように思えてならんな。セイルはどう思う?」
急に俺に話を振られ、「えっ?俺?」と驚きながらも、考えを打ち明けた。
「……そうだな……」
一先ずそう答えておいて、思考に耽る。
こういうのって、何かのゲームにもあったな。
確か……ロープレものだった気がする。
丁度、今居るイーシスの様な、剣と魔法の世界で、特定の種族を集めて何かをするとか。
例えば、膨大な魔力を持つ幻獣や精霊などを集めて、その膨大な魔力を搾取し、エネルギーを貯蔵して、魔導砲的な兵器のエネルギーにするとか。
……ん?そう言えば、カルが前に法術について教えてくれたとき、確か天使は神の次に高い位の天術を扱うとか言ってたっけ。
と言うことは、天術は高位なだけにエナの消費量も多いワケで、その天術を扱う天使は、やっぱりそれなりにエナも多く蓄えられるという事にならないか?
もし仮にそうだとすれば、やっぱり天使からエナを搾取して……?
「一応、俺の考えが当たってるか確かめるために、一つ確認して言いか?」
俺が思考から現実に戻ると、開口一番にそう言って皆の顔を窺う。
「……ああ、なんだ?」
エメリアが応じると、俺はルーとカル、ミカを順に見て、一応一番詳しそうなカルに視線を戻す。
「天使って、やっぱり体に蓄えられるエナは多いのか?」
俺の視線を受け止めたカルは、少し驚いた素振りをするが、直ぐに表情を戻して応えた。
「……そうだね。若様は少し勘違いしている様だけど、ハズレではないね」
そう前置きして、一呼吸入れてから話を続けた。
「本来、イーシスの生き物達が法術を操るには、自分のエナを大気中のエナと結びつける事によって力を倍加させ、物質を集めて術にするんだ。だから、個体のエナの量が少なくても、大気中のエナをセンス良く結びつけて連結させれば、エナの量は4倍にも8倍にもなる。でも、僕達精霊やそれ以上の高位の存在は、例え大気の無い宇宙空間でも術が使えるように、自分のエナを自ら増幅させることができる。イーシスの地上の生物とは根本的に作りが違うんだ」
エメリアやガフスなどは息を飲む様に話に耳を傾ける。
俺は、以前にも近い話を聞いていたから、勘違いを修正するように再認識しながら頷く。
「そして、僕ら精霊よりも高位の存在である天使は、言わずともわかるように、それはもう、膨大なエナを増幅させることができるよ。しかも、神はこの世界に直接干渉できないから、事実上、この地上で最高のエナを扱えるのは天使と言っても過言じゃないね」
ルーやミカを前にして、改めてエメリアとガフスの二人に戦慄が走った様だった。
しかし、それと同時に俺の考えがもしかしたら当たってるかもしれない事実も聞けた。
静まり返る空気の中、俺は一息入れて考えを打ち明けることにした。
「……それなら、俺の考えが当たってるかもしれない……」
それは、ルーにとって、残酷な事を明かす事になるかもしれない。
しかし、今の段階ではこれ以外に天使を拐う理由が見出だせない。
俺は、酷だと知りながらも、話を続けることにした。
「もしかしたら、拐われた天使達は、どこかに監禁とかされてて、殺されない程度の状態で生かされ、その膨大なエナを何らかの方法で搾取され続けているのかもしれない……」
そこまで言った時点で、ルーの眼が大きく見開かれる。
俺は、それに眼を瞑り、全容を語るべく残りの考えを告げた。
「そして、そのエナを力にして放たれる何らかの兵器とかがあって、それを使って世界的な戦争を起こし、世界征服を企んでいるのかもしれない」
それには全員が眼を見開き、沸き上がる戦慄を隠せなかった。




