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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
37/83

闘う!金髪お姉様☆

砂埃舞う、真昼のセグ邸前。


ホビットであり、かつてはオーリー・ヴァン・メルン筆頭剣士守護五天に匹敵すると言われた剣の達人、セグ・セイダースの義理の孫兼弟子であるセイル。


迎え撃つは、人間族の国家として規範となるエストール法国、聖騎士団第七近衛隊副隊長兼国王警護隊特隊副長エメリア・メル・ラースファルト。


エメリアの正式な肩書きは先の通りである。


やたらと長い肩書きで、”副“隊長や”副“長なのだが、エメリアの様に若くしてこの地位に就いた者は過去に居ない。


幼い頃から剣術の鍛練に明け暮れ、男勝りな性格と闘いにおける実績により、自力で勝ち取った地位なのだった。


二人はセグの合図で構えたまま、お互い向き合い微動だに出来ない緊張感が漂っていた。


セイルは右下段の構え。


エメリアは中段の構え。


両者一歩も動かず、膠着状態のまま2分程の時間が流れていた。


集中した2分がどれだけ永い時間か。


お互いに隙を見せずに相手を見据えていた。




その頃、村の買出し組は―――


「あっ、見て見て!これ可愛い!」


ルーがはしゃいで店先に並べられた数種類のお菓子の中から、1つを指差して言った。


旅に必要な食材などを買う為に、八百屋等の食材店を回っている途中、通りかかった菓子屋がルーの興味を引いたのだった。


「ああ、それはこの村の名産品、ホービーズカッツだよ。メータンのマークをたっぷり使ったマークカッツさ」


ガフスが得意気に説明する。


セイルやエメリアには大人として対応するが、見た目が7・8歳のルーやミカ、子供っぽいカルには、子供への対応をしていた。


マークは以前説明したが、ミルクの事だ。


そして、カッツとはクッキーの事で、メータンはいわゆるヤギの仲間である。


つまり、ヤギのミルクを沢山使ったクッキーといった所だ。


「へえ~、カッツなんだ~」


「美味しそう……」


ルーの興味を抱いた反応に、ミカがポツリと呟いた。


「ダメだよミカちゃん、こんなに可愛いんだから、食べたら可哀相だよ」


ルーがそんな事を言って眉尻を下げる。


「お嬢こそ、何言ってんの?食べ物なんだから、食べてあげなきゃ。ミルクたっぷりならボク好きかも」


「はっはっは!見た目が可愛いからルーちゃんは食べれないか!」


そのミルククッキーは、ホビットの三角帽子を被った可愛らしいマスコットの様なデザインが型どられ、目や口ひげ等が焼き印されている。


セイルが見たら「顎ヒゲがあったらサンタみたいだ」と言いそうな形で、両手を上げて足を開いた形や、走ってる形。右手でガッツポーズの様な恰好をしている形や、両手で丸を作ってるポーズの形など、全身のポーズを型どったタイプが八種類。


さらに、顔のアップのみで笑顔や怒った顔、笑った顔や泣いている顔などが八種類の、計16種類がランダムに混ざっている。


大きさは概ね直径3センチの円にスッポリ入る程のひと口サイズだった。


「じゃあ、ボクとミカ嬢で買って食べようよ」


「食べたい」


「え~!じゃあルーも食べる!」


「ははは!お嬢ちゃん方、もうすぐお昼だから、一袋だけにして、みんなで分けたらどうだい?」


ガフスの提案に一瞬の間が空いて。


「じゃあそうしよう!」


「「おっけー!」」


ルーの決定にミカ、カルの声が重なる。


「ああっ!二人とも早速お兄ちゃんの世界の言葉使ってる!」


以前、何の気無い話をしていた時に、セイルから教わった”了解を意味する言葉“を早速使いこなす二人に、ルーが子供の様に悔しがるのだった。




一方、セグ邸前では―――


「……来ないなら、こっちから行くぞ!?」


俺は膠着状態を嫌い、こちらから仕掛ける声をかけた。


「ああ。いつでも構わん」


中段にピタリと木刀を構え、エメリアが応える。


くそぅ、……隙がねぇ。


だが、言った手前、こちらから仕掛けなきゃ恥だ。


こうなったら、全速力で……


「……シッ!」


歯を食い縛った口から気合いを入れた一瞬の息が音になる。


念力を一気に放出して一瞬でエメリアに詰め寄り、俺は右下段から胴薙ぎ気味の斜めに切り上げる!


その瞬間!


ガチンと大きな音を立てて、エメリアと俺の木刀がかち合った!


「なにッ!?」


ヒット・アンド・アウェイの要領で直ぐに距離を取り、エメリアの前から飛び退く。


今、俺は全速力で飛び込んだ。


俺の持てるスピードチート全開でだ。


それが、エメリアに受けられた!


「……どうしてわかった!?」


一撃必勝のつもりだった。


「ふぉっふぉっ。やはり、あの者やりおるわい」


セグの小さな独り言が、かろうじて耳にはいる。


「……さあ、どうしてかな?……勝負も決してないのに手の内を晒すなど、これが本当の決闘であれば命を捨てる様なものだッ!!」


いつになく覇気を放出したような気合いと共に、今度はエメリアから飛び込む!


ダッシュ速度は普通の人並だ!


しかし、目の前に来た途端、間合いの長い突きが繰り出された!


「くッ!」


それを右に弾いて上段から縦割りに斬り込む!


「…なッ!!?」


弾いたハズのエメリアの剣は、俺が上段に振りかぶった時には既に切り返してきていた!!


ガチッ!!


再びエメリアの剣を弾いて、間合いを取るために後ろへ引いた。


今のは何だったんだ!?


弾いたハズの剣が直ぐにそこまで返ってきていた。


「……なんでだ……」


荒い息をしながら、疑問符が口をついた。


エメリアはスピードバフ能力はあまり無い。


この世界の生きとし生けるもの全てが念力を使える為に、誰でも多少なりともスピードにバフは付くが、俺やセグの様なチート的な程のバフは無い。


スピードだけなら明らかな大差を付けて俺の方が上だった。

なのになぜ……?


「来ないなら、またこちらから行かせてもらうぞッ!!」


最後の1文字に力を入れて、同時にこちらへ飛び込んできた!


ガチンッ!

ガチッ!

ガツッ!!


三合の打ち合いの後、ギリギリと合わせた木刀で鍔迫り合いに持ち込む!


「……どうやったか知らねぇけど、スピードじゃあ俺の方が上だ!」


至近距離のエメリアに向かって、全力を防がれた悔しさに、負け惜しみとわかっていても吐かずにはいられなかった。


「……ふっ、そうだな。だが、どんな特別な力があっても、勝たなければ死ぬだけだッ!!」


ガキッ!!


エメリアが言い切ると同時に互いに弾いて再び間合いを取ろうと離れる!


しかし、俺は直ぐに後ろ足を蹴り込んで、息をつかせぬ間に飛びかかった!!


「ウラーッ!!」


エメリアは間合いを取るために2・3歩後ろに下がり、重心を後ろに傾けていた!


取った!!


後ろに傾いた重心で、全力の剣を受けるには踏ん張りきれないハズだ!


「これで!終いだぁっ!!!」


何かのゲームのキャラの決め台詞を、緊張の混じった高揚感から吐き捨てた!


右上段からの袈裟斬り!


俺の全身のバネまで使って、全霊で振り下ろす!


バネの力もあって、剣筋が見えなくなるほどにスピードが乗る!


間違いなくこれまでで最速の剣のスピード!


その全力の一太刀が!


ガシンッ!!


ズガッ!


「……グハァッ!!?」


苦悶の声を吐いたのは俺の方だった!


一瞬、何が起きたのか把握できなかった。


エメリアに弾かれて、束の裏で鳩尾を一突きされたのだ!?


遅まきに事態を把握して、全身脱力する。


……ドサッ!


と倒れ込む俺。


倒れると同時に俺の喉元で寸止めされたエメリアの木刀。


「勝負ありじゃ!!」


セグの声に、エメリアは俺の喉元から木刀を離す。


まるで腰に下がった鞘に納めるように、左手で鞘の口を作るようにして腰にあてた所へ木刀を差し込んだ。


そして、俺に向けて一礼すると、セグの方へ歩いていった。


「ゲホッ!……ゲェッホ!!……ゲホッ!」


俺はその場で体を反転させて四つん這いになり、胸を押さえながら、鳩尾に食らった衝撃で嗚咽が混じった呼吸をする。


緊張で渇いた喉から、濃厚な唾が地面に向かって糸を引く。


地べたに這いつくばる様なみっともない姿だった。


「いや、良い勝負じゃった!」


遠くからセグの称賛の声が聞こえる。


「……ふーーッ……」


荒かった息を整え、深呼吸をするエメリア。


お互い、ついさっきまで緊張で呼吸を忘れるくらい集中していたから、息を止めてなるべくギリギリまで我慢した後の様に荒い息をしていた。


「……っくッ!」


俺も、嗚咽がどうにか収まり、悔しさに息を飲む。


「二人とも、見事じゃったぞ?」


「……ふっ、セグ殿から言われると、勿体ない言葉だが、素直にこの上無く嬉しいな。ここまで全力を出せたのは本当に久しぶりだ」


「………っああ!クソッ!負けた~ッ!!」


俺も全力を出し切って、それでも負けたのだから、やり残したことが無いだけ悔いはない。


悔いはないが、やはり負けることには正直悔しい。


俺は再び体を反転させて尻を付き、空を仰いで悔しさを露にした。


鳩尾の痛みが胸全体にジンジンと染み渡る。


俺は、慢心していたのだろうか。


あれだけアイシスとの約束があるからと、一生懸命生きることを肝に命じてきたのに。


この戦いが始まる前、手を抜いて良いものかどうか躊躇はしたが、始まった瞬間には確かに本気で行くと決意したはずだった。


ゆっくりと立ちあがり、セグの元へ歩き出す。


俯き、足下を見ながら砂利敷の地面の流れを見つめていた。


「決意の違いじゃ……」


いつの間にか、俺はセグのすぐ近くまで来ていて、待っていてくれたセグにそう言われた。


「お主は確かに成長に目まぐるしいものがあった。じゃからと言って、ワシは慢心していたとは言わん。じゃが、この戦いでは、お主には死を意識した危機感が決意に足らんかったんじゃ」


……ッ!?


そう言えば、エメリアは戦いの途中、何度か言葉を交わした時、「命を落とす」とか「死」と言う言葉があった。


手の内を明かすのは命を落とす元となる。


勝たなければ死ぬだけ。


本当の殺し合いじゃないはずだが、確かに彼女は常に死闘を意識した戦いをしていたのだ。


「言ったはずじゃ。『油断はせんように』と。確かにお主はワシが教えてやった後も、幾つかの闘いを経て、剣の腕も上がったと見える。じゃが、相手が弱すぎて、いつの間にか命を賭けた闘いから遠ざかっておったのじゃろう。お主はそんな闘いから、命を落とすかもしれない危機感が失われていったのじゃ」


確かに、モンスターとの闘いではルーやカルも居て、仲間が助けてくれたお陰で危うい事などあまり無かった。


ガモーネの私設兵達も、ガモーネに心から忠誠を持った者が居なかったから、俺のチート能力で容易く蹴散らせた。


追えば逃げていく一方的な狩りの様だった。


「それと。技術としては……これが一番の敗因となるワケじゃが、お主の太刀筋は、大振り過ぎるんじゃ。振り幅が多ければ多い程、後ろに振りかぶって前に振り抜く時間が掛かる。それに加えて型が無い分、動きに無駄が多い」


……!?


そうか!そう言う事だったのか!


セグの言葉を聞いて、先程の闘いを振り返る。


最初、お互いが構えた時、エメリアは中段に構えていた。


そして、最初に打ち合った後の間合いを取ってからのエメリアの攻撃。


確かあの時の攻撃は突きだった。


つまり、中段の構えは、相手に先に攻撃をさせて、受け流してからの切り返しに最適な構えだ。


いわゆる、かの有名な剣客の剣術にある“後の先”ってヤツだ。


中段に剣があるのだから、対上段、対下段にも平均的にコンパクトな動きで対応できる。


そして、先手で攻撃を繰り出す時は振りかぶると剣の振り幅が多くなるから、中段から腕を伸ばすだけの突きを繰り出したワケだ。


全ては素早い相手に対応する為のコンパクトな動きだったのだ。


「ふふふ。気付いたようだな、セイル」


「ふぉっふぉっ、若さとは末恐ろしいものじゃな」


なにやらエメリアとセグが俺を苦笑した顔で笑い飛ばす。


「若さが何だって?」


何となく、バカにされている気がして、ちょっと食ってかかった。


「若さ故に、頭が凝り固まっておらんから、飲み込みが早い。お主の場合、まだ世の中を良い意味で知らなさ過ぎて、素直じゃから余計じゃ。これはお主の美徳ぞ?」


「そうだ。素直に喜んでおけ」


二人が意気投合した様に俺を言いくるめる。


しかし、悪いようには思っていないのは俺にもわかる気がした。


「……ま、良いさ。それより、エメリア。もう一回勝負しない?」


あえて二人の煽てに乗っておいて、もう一度勝負を挑む。


「いや、私はこれ以上は闘えない。もう手の内が知れた様だからな。セイルの様な特別なヤツに手の内が知れてしまえば、勝てる気がしない。悪いが私は勝ち逃げさせてもらうぞ」


エメリアがそんな事を言う。


「ウソだろ?そりゃズルいよ!俺、負けたのスッゲー悔しかったんだぞ!?せめて一勝一敗の引き分けにさせろ!」


俺が食い下がると、セグが間に入って仲裁する。


「セイル、やめておけ。今がやめ時じゃ。ワシの弟子なら、引き際はわきまえるんじゃ」


そう言って、俺に向けて広げた手の平を見せる。


「………」


エメリアは無言のまま、セグの家に入っていった。


「……はぁ。……わかったよ。勝負はお預けだ」


俺はどこか釈然としないものを抱えながら、セグの言うことを聞くのだった。


家に入る前、セグは俺に聞こえる程度に小さく呟いた。


「あの娘、まだ底が知れん」


「ど、どう言うことだ?」


俺は驚きながらも、セグのトーンに合わせて小声で聞き返す。


「まだ全てを見せておらんのじゃ。また戦っても、今のお主ではまたやられる。それに、まだお主との関係も浅い。本気を出させたら、本当の手の内を知られたお主は殺されかねん」


突然、とてつもない事を言う爺さんだ。


急に恐ろしさを覚えた俺は、返す声も出なかった。


『まだ全てを見せておらん』


この言葉は、しかし恐れた半面、剣の可能性がまだまだあることを意味し、剣の道が奥深いものだと俺の心を沸き立たせる。


エメリアに対する恐怖か、沸き立つ武者震いか。


俺が自らの両肩を抱いて震えるのがどちらの感情からなのか、この時自分ではわからなかった。


そうして、再びセグ邸の中でコーヒーに舌鼓を打つ。


エメリアも落ち着いていて、新たなセグの昔の武勇伝を聞いていた。


すると、買い出しに行っていたルー達が帰って来る。


「お兄ちゃん達にも少し残しておいたよ」


そう言って、ルーが差し出したのは、袋に入った何かのお菓子らしい。


ルーとミカは、戻ってきて早々にセグの家のキッチンを借りて、今日の昼食を作り始めた。


それから、ガフスとカルも混じり、セグの武勇伝を再開する。


俺は、コーヒーの受けにルーからもらった菓子を袋から出すと、それを見て一言感想を漏らした。


「……なんかこれ、サンタクロースみたいだな……」

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