セグ、再び☆
エメリア同行の元、一夜明けて一路カ帝国へ向けて出発した俺達は、その日の午前中に、食料調達を兼ねてセグの居るホーリエ村に立ち寄るべく、ドリュー車を走らせていた。
木の杭を打ち込んだ村の塀を東側へ回って門を潜る。
南北に塀を設ける事によって、対モンスターへの防衛線を東西の2ヶ所に絞る様に作られた塀だ。
統率の取れた軍隊等と違い、モンスター達はわざわざ遮蔽物のある所から攻略して攻め込むなどあり得ないのだ。
しかし、人類同士の戦となれば、対モンスターと違い戦略を用いて塀を取り壊すか、乗り越えるか等の攻略をしてくる。
その為、木の杭で出来た塀など、もっと高く、頑丈な石で出来た塀に比べれば一溜まりもない。
そんな塀で守られたこの村は、あくまで戦の無い平和な地域だからこそ成り立つ村だった。
「おお!セイル達か!!」
ドリュー車を村外れにあるセグの家の側につけ、俺達が降りるのを見ていたセグが、俺達より先に声をかけた。
「セグ爺!ただいま!」
「お爺ちゃんただいま~!」
「ジッチャン、久しぶり!」
俺が答えたあと、ルーやカルが続いて、妹となったミカを紹介する。
「セグ爺、この子はミカ。新しく俺の妹になったんだ。よろしくな」
「……よろしくお願いします」
ミカの挨拶が尻窄みになっていくが、言葉遣いや今までで一番長く一息で喋ったのを聞くと、丁寧に対応しようとした気持ちが伺える。
「そうかそうか、ミカちゃんか」
そう言って笑顔で迎えてくれた事にミカも笑顔になった。
ミカの性格は暗いワケではない。
ただ、口数が少ないのだ。
その為、その後は「ルーちゃんと同い年かの」「ミカちゃんもメンコイ子じゃ」「こりゃ大きくなったら二人とも男が沢山寄り付きそうじゃな」「セイルも先々の心配事が倍になったのぉ」などなど、セグが一方的に話すのに相槌を打っていた。
一通り、義理の身内の会話が落ち着いた頃、気を使って一歩下がっていたガフスとエメリアが挨拶する。
「セグ様。セイルさんの長旅に私のドリュー車と共に同行する事になりました、ガフスと申す貿易商にございます」
「お噂はセイルより予予。私はエストール法国から来たエメリア・メル・ラースハルトと申します。以後、お見知り置きを」
エメリアの挨拶にはセグが食いついた。
「ほう。エストールとな?エストール出身でミドルネームがあるということは、お主、貴族の直系か。して、その出立ちと襟元の紋章からすると聖騎士じゃな。こりゃエライもんを連れてきおったのぅ、セイル」
「おっ?セグ爺、なんか知ってんの?」
俺はセグの反応に虚を突かれた。
まさかセグ爺がエメリアに反応するとは。
「知っとるも何も、ワシゃあ若い頃、エストールと同盟を組んでおった、オーリー・ヴァン・メルンに住んどったんじゃ。そこで産まれ、二十歳を迎える頃までおったかの。懐かしいわい」
「なに?翁はオー・ヴァに住んでいたのか」
セグ爺が、奥さんと駈け落ちするまで住んでいた所だろうか。
しかし、俺の知らない地名だ。
「そうじゃ。お主らヒト族も、中には略してそう呼ぶ者もおったのお。じゃが、ゴブリンやコボルド達が同じ言葉で略して言うとるのを聞くと、侮蔑がこもっておる様に聞こえてならん。お主らは敬意を持っとるのもわかるんじゃが、出来ればゴブリン共と違う言葉で、オーリーかヴァンと略して貰えんじゃろうか」
「そこに拘るの?」
セグ爺の話に何も知らない俺がツッコんだ。
「そうだな。すまない。私の配慮が足らなかった」
エメリアの謝罪の意味がわからず、俺は口を閉じた。
その俺に、エメリアから説明が続けられた。
「……セイル。オーリー・ヴァン・メルンとは、ホビットにとって、とても意味のある言葉なのだ。オーリーは聖域。ヴァンは首都。メルンは同胞という意味があって、オーリー・ヴァン・メルンとは、同胞達の聖域なる首都という意味になる。ホビットにとって、聖なる土地である事を表した国の名前なのだよ」
「……そ、そうだったのか。セグ爺、ゴメン」
何か大切にしているものを侮辱された様な気持ちか。
わからなくもない……かな?
「いや、お主もエメリア殿も、悪気がないのはわかっておる。じゃが、どうもゴブリン共と同じ言葉で言われると、きゃつらの侮蔑を聞いておる様な気分になるでな。ジジイのささやかなわがままじゃ。わかってくれりゃそれで良い」
それにしても、ホビットとゴブリンは仲が悪いのか。
頻りにセグがゴブリンの侮蔑を嫌う話をする所から、そういう風に感じた。
「……ところで、先ほどからセイルが翁の事をセグと申しているが、まさか、セイダース家の?」
なに?
今度はエメリアがセグ爺に反応するの?
「いかにも。ワシの事を知っとると言うことは、お主こそ国王付きか何かかの?」
おっと!
これまた相思相愛か?
これからの話が面白そうな予感がしてルー達を見るが、ルーはミカにセグと出会った頃の話をして盛り上がっている様だ。
カルとガフスはドリュー車に行って食材等の整理をしている。
俺はセグ爺とエメリアの話が気になるから、このまま聞いている事にした。
「私は聖騎士団国王直属の近衛であります。かのセグ・セイダース殿とは露知らず、大変失礼致しました」
エメリアがさっきまでの堂々とした姿勢を崩した。
いや、堂々とはしているが、腰を低くしている。
これは、どう言うことだ?
「ふむ。近衛であったか。ならばワシの、セグの名を知っておってもおかしくはないのぅ」
なんだなんだ、セグ爺も勿体ぶって。
「……な、何なの、エメリアも腰低くしちゃって」
「セイルは知らないのだな。実は、こちらのセグ殿の家系は我がエストールの王家が代々世話になっていた、守護五天と言われる五人の守護者の一角を担っていた家系だったのだ」
えっ?なにそれ??
なんか凄そう!
「我がセイダース家は、エストールだけに偏った事はないはずじゃぞ?むしろ自国の防衛が優先じゃったはずじゃ。それに、もう過去の話じゃろう……」
「失礼。語弊を正そう。正確には我がエストール法国と、コルト・コーレリアにクレスト・ロス聖皇国の人間族3国。それにセグ殿ホビット族の国のオーリー・ヴァン・メルン。最後にエルフの国、エルフェン・ローゼリアの5か国で、同盟の証しに、それぞれの国随一の剣の達人であり、一騎当千の実力を持つ剣士や騎士を選出し、いずれかの国の危機の際、その国を守るべく派遣される者達の事を、守護五天と呼んだ。そして、オーリー・ヴァン・メルンから選出されていたのが、セグ殿の家系だったのだ」
やだ!なにそれ凄い!
「……じゃが、それももう昔の事じゃ。ワシは落ちぶれて、父上程の実力も出せなんだ。父上の代の次の選出には、ワシは選ばれんかった。じゃから、今はもう、我がオーリーからはドーズの家が継いだはずじゃ」
……え?そうなの?
「いや、セグ殿、そう謙遜しないでいただきたい。実力では誰が見ても貴方の方が勝っていたと、あの選出試合の観客の誰もが言っていたと聞いた。それに、3種族それぞれの聖域たる国を護る、守護五天の名に恥じない内面も、貴方は持ち合わせていたとも聞き及んでいる。貴方には、何か訳がおありだったのでしょう」
やっぱり凄いんじゃん!
初めて会った時に感じた凄さは、やっぱり過去にこういう話があったのだ。
「…………」
セグは口を閉ざしたまま、エメリアの言葉を静かに聞いている。
「その後、貴方は貴族の女性と駈け落ちされたと聞き、オーリーのメレル国王と共に、我が国王も、セグ殿にはセイダース家の重荷から解放され、お幸せに暮らされる事を心から願っておられた」
ふと、セグを見やると、表情を変えずに目に涙を浮かべていた。
「メレル王……」
微かに聞こえた囁きの様な声に震えは無く、セグ自身も自分が涙してる事に気付いていない様だった。
「メレル国王と共に貴方もお歳を召され、もう前線を退かれるお歳だ。これからはどうかご自身を誇りに思っていただきたい。何より、メレル国王もそれを望んでおられましょう」
エメリアがそう締め括ると、セグの眼からとうとう涙がこぼれた。
それに気付いたセグは、あわてて涙を拭き取り、顔を空に向けて眼を瞑る。
色々な思いが交錯し、色々な事を背負って生きてきたのだろう。
ただ、横顔を見る限りは優しい微笑みがセグの顔を満たしていた。
しばらくして、カルがこちらに来て声をかける。
「若様、荷台の整理も済んだから、これからお嬢達と買い出しに行ってくるよ。何かほしい物とかある?」
「……あ、特に無いよ。ありがとう。頼むな」
カルからの質問に、少し考えてから答える。
「それじゃ、ジッチャンとお姉ちゃんは?」
「……ワシゃ大丈夫じゃ。いつでも買いに行ける」
「ああ。私も今は特に無いな」
セグに続き、エメリアも最後に「任せる」と言い残して、去っていくカルに手を振った。
セグもようやく落ち着いたのか、顔を降ろして苦笑する。
「みっともない所を見せてしまったのう。まあ何なら家に上がってコーヒーでも飲んで行かんか?」
そう言って家の方へ歩き出すホビットは、どこか寂しい後ろ姿で、その小さい体がより小さく見えた。
しかし、先程のエメリアの言葉は、セグにとって救いになったのだろうか。
その答えはセグの心の中だけにあった。
だが、きっといつか、俺達に打ち明けてくれる時も来るだろう。
その時まで、きっとセグ爺も生きててくれて、俺達も生きて会いに来なければならない。
その為にも、カ帝国での決戦は必ず成功させよう。
そして、元気な顔をセグに見せてやろう。
そんな事を思いながら、セグの後に続くのだった。
ルー、ミカ、カル、ガフスの四人で買い出しに行き、セグとエメリアと俺がセグの家でコーヒーを飲みながら、セグの武勇伝を聞いていた。
以前、一週間ほど滞在した時には、セグもあまり自分の話をしたくないものだと思っていた。
それもあって、セグの武勇伝などを聞くのは俺も初めてだった。
エメリアが守護五天の戦いの話を聞きたいと申し出て、最初はセグも遠慮していたのだが、エメリアのたっての願いと聞いて「話さぬのも無礼よな」などとためらいがちに話始めた。
「あれは、ワシが17の頃じゃったかのう。オーリーから北西へ、ドリュー車でも2日かかる所に、イスラと言う国があるのじゃが、その国にある山の噴火口に、モンスターの頂点に君臨するドラゴン族が住み着いていた。ワシはそのドラゴン族であるリザードドラゴンを倒す依頼をギルドから受けたんじゃ……」
この世界に疎い俺のために、説明も交えて話すセグ。
しかし、やっぱりこの世界にもドラゴンが居る事に胸を踊らせる俺とは違い、エメリアは脅威を打ちのめすセグの戦いに心を震わせていた。
「……と、まあ、こんな所でどうじゃ?」
話を終えたセグは、そう締めくくった。
「他には?まだ沢山あるんでしょ?」
俺が、話1つじゃ足りないとばかりに他の話を欲しがる。
しかし、今の話でもセグの凄さは想像できた。
リザードドラゴンも、さすがモンスターの頂点たるドラゴン族で、その強さは会った事の無い俺には全くの未知数だった。
話を聞く限り、セグに教わった戦い方でも、今の俺では太刀打ちできるかわからない。
素早い動きに人間を遥かに越える力と、硬い鱗による鉄壁の防御。
加えて火を吐く攻撃は何人たりとも近付くことを許されない。
普通の人なら、全く近寄る事が出来ない。
ゲームの世界なら、ドラゴンの吐く火を食らってもダメージで済むが、これはリアルなのだ。
火を食らったら、その熱さに悶え、髪や衣服が燃えて大火傷だ。
下手をすれば焼け死ぬ事だってあり得るワケで。
それほどの相手を、セグは倒してきたと自負する。
「……さすがはセグ殿だ。今の話だけでも、何だか体が熱くなってきた。軽く体を動かしたくなる話だな」
それは同感。
ドラゴンが火を吐いた後、呼吸の為に息を吸うタイミングで踏み込み、一気に足下まで潜り込んで切りつけるとか、法術で氷を盾にして斬り込んだとか、地面を割って体勢を崩させて眼に剣を突き立てたとか、その後、地面に刺激を与えたせいで山が噴火して、降り注ぐ石とかを避けながら、念力で石つぶてを食らわし、氷の塊を突き刺したとか……。
そんな激しい戦いを耳にして、ウズウズしないワケが無い。
俺も、またセグ爺にハンデ付きで手合わせ願いたい所だ。
まだまだ自分の実力ではセグには届かない事はわかっているつもりだから、ハンデは譲れない。
「ワシはあまり話しが苦手でな。語り部などは1番縁の遠い職業じゃと思っとる。しかし、それだけ話が伝わったなら、話し甲斐もあったもんじゃ」
すっかり年寄りの様にふぉっふぉっと笑うセグに、旅をしなくなって老化が進んではいないか心配になる。
「……そうじゃ。せっかくじゃから、セイル。人間族の中でも本当に腕のたつ者と、手を合わせてみたくはないか?」
えっ?
人間族の?
ホビットじゃなくて?
「のう、エメリア殿。ワシが孫であり、初めてワシの剣術を託したセイルと、お主も手を合わせてみたいじゃろ?」
なに!?エメリアとだって!?
いくら腕がたつって言っても、普通の人だろ?
セグは以前、セグみたいな戦闘スピードチートはそうそう居ないって言ってたじゃないか。
そのチート能力を俺は教わったんだぞ?
同じチート能力が無きゃ、俺のスピードについて来れるワケがねぇだろ。
「それは面白そうだな。そうか、セイルはセグ殿に剣を教わったのか」
エメリア!?
本気か!?
「じゃが、ワシが教えたのは一週間ほどじゃ。基本しか教えとらんで、まだまだ未熟者なんじゃが、それでも一週間の成長ぶりは眼を見張るモノがあった。お互い、油断はせんようにな」
セグがそう言うと、エメリアと握手を交わす。
「では、お手合わせ願おう。宜しくな、セイル」
エメリアはしっかりと俺の手を握り、目礼した。
「あ、ああ。こちらこそ」
そう返しながら、俺とエメリアは握手を解いて立ち上がる。
さすがに家の中で戦う訳にはいかないだろう。
そうしてセグの家を出ようとすると、一足先にセグが入り口のドアの脇に立て掛けてあった木刀を二本、持って出る。
「殺し合いじゃないんじゃ。二人とも真剣は禁止とする。代わりにコイツを使え」
セグはそう言って、俺達が外に出た所で、俺とエメリアに木刀を渡してきた。
「ありがとう」
「拝借する」
それぞれに短い礼を言って家の前へ出た。
所々に下草の生える土の地面を踏み、お互いに左右に別れて距離を取る。
中世という背景から、映画をよく見ていた俺には西部劇を連想させた。
サラサラと風に吹かれた砂埃が舞い、まるでガンマン同士の決闘の様だ。
二人は10メートル程離れた辺りで同時に向かい合う。
しかし、本当にエメリアを倒して良いのだろうか。
決闘を前に俺は手加減すべきかどうか、迷いが頭を過る。
だが、時間は俺の結論を待ってくれない。
そして、セグは審判の体で片手を挙げて合図する。
未だ迷いが定まらないが、決闘はすぐに始まってしまう。
セグが挙げた手を降ろすと同時に、手は抜かない事に決めた俺は、両手で木刀を握り直し、右下段に本気で構えたのだった。




