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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
35/83

金髪女子も一緒にね☆

  夜空には少し雲掛かってはいるが、星もたくさん見える。


  皆、食事を終え、軽く打ち解けた所でお茶や紅茶などを入れながら一息ついていた。


  「……わ、私はエストール法国、近衛騎士のエメリア・メル・ラースファルトと言う」


  先程、飛び込みで俺達の食事時に現れた女性は、おずおずと自己紹介を始めた。


  「エメリア様と仰るのか。いやあ、さっきから思っていたのですが、本当にお美しい方だ!」


  ガフスも最初は驚きながら警戒していたが、いつの間にか打ち解けていたらしく、美人を前に上機嫌になっていた。


  エメリアと名乗った女性は、金髪に瞳はオレンジで、気品のある顔立ちにスタイルのよさが、美人の一言に尽きる出立ちだった。


  腰近くまである髪を緩く編んで、右肩から前に流しているのが印象を少し柔らかくさせるが、目尻が鋭くパッチリ開く眼が、騎士の様な規律に厳しい生き方を物語っている気がした。


  「……さ、先程は大変な醜態をお見せし、本当に申し訳ない」


  エメリアはガフスの誉め言葉も余所に話を進めた。


  さっきまでの空腹すぎて我を忘れてしまった自分を恥ずかしがっている様で、言葉の歯切れが悪い。


  「……そして、食事を分けて頂いた恩、心より感謝を申し上げる。……私はまだまだ未熟者であることを痛感させられたばかりだが、そんな私に何かできる事があればこの恩にお返ししたい。何かあれば遠慮なく申し付けてくれ」


  そう締め括ると、自己紹介が詫びと礼にながれ、正座に姿勢をただして頭を下げる。


  それはまるで土下座の様で、その日本文化における重い謝罪の姿勢が俺には重苦しかった。


  見かねた俺がエメリアに土下座をやめさせようと立ち上がると、ルー達も同じ感覚なのか、慌ててルーとミカがエメリアの肩を引き上げる。


  もしかしたら本人も土下座のつもりだったのかもしれないが、俺達からしてみれば、むしろ来客に有り合わせで出した飯だ。


  「こちらこそ、お粗末なもてなしでそんなに頭を下げられたら立つ瀬がありません。どうかお顔を上げて下さい」


  俺の言葉にルーとミカは2・3度ずつ頷く。


  料理を作った二人には、作ってくれた料理を粗末と言うのが申し訳ないが、それを食べて平伏する客人に対して、身内の事をへり下るのは大人の社会では当然の礼儀だ。


  実際、高級食材を使って数日の仕込みや準備を要し、職人の様な金の取れる技術で作った様な、どこに出しても恥ずかしくない程の料理ではない。


  食べる側が作る側の身内で、作る側の苦労を分かち合う間柄ならば、作る方に感謝をしながら頂くべきだが、そうでない関係でもてなすのなら、もてなす側が感謝してもらえるように配慮するのが当然なのだ。


  そして14歳の見た目幼女な二人は、その謙虚な本来のおもてなしの意味をよく理解してくれていた。


  「粗末だなんてとでもない!……しかし、そう許していただけると私としてはありがたい。とはいえ、食糧難に陥った私にとっては命に関わる恩だ。やはり、礼はさせていただきたい」


  意志の強い視線を受けながら、俺も返す言葉に詰まる。


  ガフスは流された事に負けじと何か言っているが尚もエメリアに聞き流されていた。


  「……じゃあ、今日はもう日も暮れてますし、何か思い付いたらお願いしますから、今日はここで一緒に休みませんか?」


  俺の言葉を待ちかねたルーが機転を利かせた。


  「そうさせていただけるとありがたい。独り旅をしている身としては、夜がなかなか寝付けなくて、疲労も抜けてくれんのだ」


  その辺りはお互い様だ。礼などいらない。そう思っていると、別の所に引っ掛かったらしい人物がいた。


  「えっ!?一人で旅してるんですか!?」


  ガフスが大きく驚きながら問い質した。


  「え、ええ……」


  これには初めてエメリアもガフスに応えた。


  「ドリューも無しに!?」


  「ええ、まあ……」


  「そりゃあ大変だ!夜、オチオチ寝てられないのもそうですが、何よりその状況でエストールから来たなんて!」


  ガフスがあり得ないとばかりに言う。


  その驚きかたに、俺も気になってきた。


  「その、エストールって国は遠いんですか?」


  セグ爺からもらった地図も、俺達が用のある国しか詳しく見ていなかったから、エストールという国の場所もよくわからない。


  さらに俺達はそれほど旅慣れてないから、地図で見ても距離感もイマイチわからなかった。


  「遠いも何も、歩きじゃここから2ヶ月近くかかっちゃうよ!」


  興奮したガフスは、もう丁寧語も何もない。


  俺もかたっくるしいのは好きではないから、砕けてくれて大いに結構なのだが。


  「そうなのか。……それは大変な思いをされましたね」


  ガフスの言葉に自分で納得した独り言と、後半はエメリアへの同情が口に出る。


  「確かに、それぐらいかかったな。国王もなかなか酷な試練をお与え下さる」


  エメリアはそう答え、そっと微笑む。


  それだけ危険な旅をしてきたのに、どこか嬉しそうだった。


  「だが、なにもエストールからここまで直接来た訳ではない。所々、通り道となる街には寄らせてもらい、その都度宿で休んで来たから、さらに半月くらい余計にかかっているのだ」


  約2ヶ月半かけて来たのか。


  「しかし、街を出る度にさっきみたいに食糧難に陥っていたら、尚更大変だよなあ」


  エメリアの話を聞いて、考えていた事が思わず口に出ていた。


  「……本当に、恥ずかしい話だ。私は料理など全くできないから立ち寄った町で食料を買ってから次の街に向かっていたのだが、たまに道に迷い、この様に食料も尽きてしまう。……実は……今回で2度目なのだ」


  「料理、簡単です。コツ、覚えれば良い」


  ミカがエメリアのこれからを案じて助言するが。


  「この旅で私もそう思ったのだが、物心付く頃から剣一筋で、それ以外の事を全て遮断されて育った私には、料理など全くもってわからんのだ。本当に恥ずかしい話だが、自分のその日に着る服さえも、私は自分で選べぬ。旅に出るまで、自分の欲しいものを買う買い方さえわからなかった。私はそんな女だ」


  結構重症な箱入り娘だ。


  ある意味、ルーを越してる。


  しかし、それを堂々といい放つ辺り、サッパリしているというか、バカ正直というか。


  俺は嫌いではないが、損な性格をしているなとしみじみ思う。


  「それで、料理道具も何も持たずに旅してるなんて、無謀もいいとこだよね。これまでに誰かに言われなかった?」


  カルが、相変わらず辛辣な言葉を放つ。


  「1・2度言われた気もするが、私は慢心によって聞き流していた。そんな物より食料を保持していれば、旅などすぐにやり終えるくらいに思っていたのだ。全ては私の浅慮さ、油断、高慢さが招いた罰だ」


  俯くエメリアに、ルーが口を開く。


  「……そんなに自分を責めないで下さい。人は誰しも過ちを犯すものです。それに、その過ちのお陰で私達はこうして出逢うことができました。これも何かの縁かもしれませんから、自分を責めるよりも、この出会いに感謝しましょう?」


  なんか、ルーが本物の天使みたいだ。


  本物の天使なのだが。


  その本物の天使は、尚も話を続け、説法の様な話になる。


  「……人が自らの寿命を全うせずに命を落としてしまう事には、必ず辛く苦しい思いが伴います。なぜなら、その尊い命を途中で落とすという罪を自身が犯すからです。」


  悩んで悩んで、挙げ句の自殺なんかもこれに当たるのだろう。


  「仮に誰かのせいで災難が降りかかり、それによって苦しむ時、何もしないか何か行動を起こすか、さらにはどんな行動を起こすのかという選択を間違えば、間違えた事自体が罪となります」


  自分は何もしていないのに辛い思いをする場合は、何もしないのが罪で、何か行動を起こす事が必要だった。


  何か行動を起こす事で辛い思いをするなら、行動の仕方を変えるとか、何もしない事が必要だったと言うことだ。


  バカの一つ覚えの様に、何もしないならどんな時でも何もしないというのは、単なる怠惰で堕落であり、逆に何かやって認められたからって何でも行動すれば良いのかと言えば、単なる傲慢と横暴になりかねない。


  難しい事だが、行動するのもしないのも、やり方を変えるのも、時と場所と状況、つまりTPOをわきまえろと言うことだ。


  そして、TPOの選択に間違えば、自ら苦しい思いをする事になると言うことである。


  「……でも、その辛く苦しい思いを乗り越えたり、吹っ切る為に反省するのが選択を誤った事への償いであり、罪に償いは必要な事です。しかし、自分を責めるのは度を越すと自滅を招きかねない罪です。そこには当然、苦しい思いが付きまといます。ですから、反省は反省としてこれからに活かし、自滅を招く様に自分を責め過ぎるのはもうやめましょう」


  そこにいる誰しもが口を閉じていた。


  その言葉には厳しさもある。


  しかし、それ以上の慈悲が感じられた。


  やはりルーは天使なのである。


  それを知っている俺やカルも、知らないガフスさえも、呆気に取られて神々しいものを見る眼でルーを見ていた。


  「……こ、この方は………?」


  今更ながら、そう聞いて沈黙を破ったのはエメリアだった。


  「この子はルーシュ。こっちの子がミカ。二人とも俺の妹だ」


  俺が応えると、エメリアはハッとなって我に反る。


  「そ、そうだったな。私としたことが、何か別の次元のものを見ていた様な気が……いや、気のせいか……」


  この世界でも、やっぱり神や天使っていうのは別次元のものなんだな。


  ふとそんな事を思いながら、もう一人のルーが天使である事を知らない人物を見る。


  すると、何やら青ざめた顔をして俯くガフスが居た。


  「大丈夫ですか?」


  俺がガフスに声をかけると。


  「……っ!?……あ、ああ、だ、大丈夫ですよ」


  明らかに何かに動揺している様子のガフス。


  俺はそれを見逃さず、心にとめながらも平静を装った。


  「じゃあ、エメリアさんもお疲れでしょうから、後はそれぞれでゆっくりしましょう。……あ、寝袋は余ってたかな?」


  俺は、小さな麻袋しか持たないエメリアを見て、さっきの話もふまえて寝袋なども持ち合わせてないのだろうと思い、ルーに確認する。


  「ああ、それなら、私たち行商は行き倒れの旅人や、襲われた商人達を保護する事も国から定められてますから、荷台に多少の旅道具があります。……確か寝袋は、5つ6つくらい備えておいたはずですが……」


  ルーの返答の前にガフスがそう言って立ち上がると、ドリューが引く荷車へ向かった。


  俺達が乗っていた時、引き荷の木箱3個の他に、いくつか木箱や麻袋があったが、その中にでも入っていたのだろう。


  それを待つついででもないが、まだ眠くならない為に、俺達は軽く雑談を始めたのだった。


  「エメリアさんは、ちなみにどれくらいの間、食べずに歩いてたんですか?」


  あれだけの食欲を露にする空腹感とはどんなものなのか、少し興味があった。


  「そうだな……。1週間は何も食べていなかったと思うが……。ああ、水は幸い道中で湧水地などを見つけられたから、そういう所で補充して、何とか命を繋ぐ事はできた」


  それにしても、1週間も食事無しは相当キツいはずだ。


  食糧難に陥る事の無い、普通の生活を送れている現代の日本人の場合、5日も断食すると生気が無くなったようになり、力も入らず頭もあまり働かなくなると聞いたことがある。


  そんな極限状態で、尚も夜の睡眠さえ妨げられ、日中はひたすら歩き続けるとか、本当にあり得ない精神力だ。


  彼女程の忍耐力は、現代日本人にはほとんどの人が持ち合わせていないだろう。


  「すごい、過酷な思いをしてきたんですね……。でも、そんな思いまでして、どこへ向かっていたんですか?」


  1週間も歩いていたなら、俺たちが来たここから南のディロイの街には寄ってないのだろう。


  なぜなら、昨日俺達がディロイへ向かっていた時、当時の念力を覚えたての俺でさえ、おそらくこの辺りから歩いて3日で着いたのだ。


  この世界の人類の、当たり前の様に念力を入れて歩くペースなら、当時の俺以上に早く着いてもおかしくはない。


  「私は……、カ帝国に、ある調査を行うために向かっている」


  「「「カ帝国!?」」」


  俺達の声がキレイに重なった。


  行く方向が同じなら、一緒に行く事を話してみても良い。


  と言うより、ルーが居るからルーが話を持ちかけるだろう。


  慈悲深き天使であるルーは、こういう人を放っておく事はできない。


  「じゃあ、私達と一緒に行きませんか?」


  思っていた通り、ルー………じゃなくてガフスが一番に誘ってるよ!


  オッサン、美人を前に色気付いてるな……。


  寝袋を持ってきたガフスが、エメリアに渡しながら再び座り込む。


  「そうですよ。私達と一緒に行きましょう?私達もカ帝国に向かってるんです」


  やっぱりルーも参戦した様だ。


  「そうなのか?それなら心強い。私はどうやら方向音痴で、地図の見方もイマイチわからん。エストールからカ帝国へはほとんど真東に行けば良かったハズなのだが、何故か少し南にある未踏の山脈に当たってしまってな。」


  カルも珍しくまだ起きてて、道連れの仲間を得た事に盛り上がっていたが、今の言葉で再び辛辣な言葉がカルの口から飛び出す。


  「独り旅をしようって人が地図も見れないなんて、致命的過ぎるでしょ!」


  確かにその通りだが、もうちょっと言葉を選んでやらないと、お前の言葉は辛辣過ぎるんだ。


  「そ、その通りだ。それは自分でもわかっていたのだ……」


  ほら、凹んで俯いてるよ。


  「……だが、これは私一人に与えられた勅旨であり、試練なのだ!そう、私は乗り越えるために努力あるのみ!」


  エメリアは力強く立ち上り、拳を握って見せる。


  「……で、結果死ぬとこだったよね?」


  カルのトドメの一言。


  「……ぐっ!!それを言われると返す言葉もない……」


  とうとうエメリアは四つん這いになって拳を地面に叩きつけた。


  王の勅旨でもし死んでたら、勅旨を全うできないのは当然の事、勅旨によってエメリアを死なせた王の責任や無念さや損害、ひいては王の人格まで貶める事になりかねない。


  エメリアの立場にもよってくるが。


  何よりエメリア自身に”道に迷って餓死“という不名誉が漏れなくついてくる。


  そうなったらエメリアの家族やエメリア自身も浮かばれないなぁ。


  しかし、見ていてちょっと面白い。


  ルーがいつものようにカルをたしなめ、何て事のない話に流れていったが、それにしてもエメリアは美人だし、これからの旅も面白くなりそうな予感がする。


  少し暖かい夜風に吹かれて、何やら俺達にとって良い風が吹いている様な気がした。

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