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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
34/83

長旅はドリューに乗って……

  太陽は少し西へ傾いていた。


  快晴の空は白い雲がゆっくりと流れ、優しい風が頬を撫でる。


  心地よい天気に恵まれ、食事も終えた俺達は、昼寝でもしたい気分を堪えて、この街に訪れた時にも潜った北門を目指す。


  食事中に、ウェパスという単語について聞いてみたが、いわゆるテレパシーの事だった。


  テレパシーは、一応誰にでもできるらしいのだが、念力や法術の力に関係なく、もっと別の、想像力とか感受性みたいなもので感度が左右される、個体差のある術らしい。


  従って、より広く沢山の人にテレパシーを繋げる為には、想像力や感受性が強い人でないと、音声も鮮明に伝わらないそうだ。


  テレパシーについてはこれからの旅にも役に立ちそうだから、一応頭の隅に置いておくとしよう。


  そして……。


  とうとうカ帝国へ向けて出発だ。


  改めて気合いを入れ直し、ルー達の歩幅に合わせながら歩く。


  「あった!あれが北門だよ」


  ルーが、ガモーネ邸の外にあまり出たことがないと言うミカに、ドヤ顔で教える。


  「……北門……」


  ミカも初めて見る大きな門に、まだ距離はあるものの、少し圧倒された様だ。


  まだ小さいミカは、これまでガモーネ邸の地下の作業場で、貴金属のアクセサリーを細工する仕事を主にやっていた。


  昨日、ルーとぶつかった時は、奴隷として捕まって、初めて行商の雑務に連れ出され、出発したばかりだったのだと言う。


  外に出たのも初めてで、街の中の事など右も左もわからないのに隙を見て逃げ出すとは、こんな小さな女の子にしては度量が据わっている。


  「あれ?何か手を振ってるおじさんが居る」


  カルが俺達の少し上から見たものを俺達に教えた。


  「俺達にか?」


  俺は咄嗟に警戒心を抱いた。


  「う~ん、多分そうだと思う。だって、周りを見ても、今、北門に向かってるのボク達だけだから」


  言われて辺りを見渡すと、確かにカルの言う通り、俺達しか北門に向かっている人は居ない様だ。


  しかし、マーダは店で仕事をしているハズだし、ナージャの真紅の翼は西へ旅立ったハズだ。


  後は男性の付き合いなど、セグ爺以外に居ない。


  まさか、セグ爺がこんなところまで来るはずもない。


  そうこうしているうちに北門まで辿り着いて、街を出ようとした時、例の男が俺達に声をかけて来た。


  「やあ!あなた方がセイルさんご一行ですね?」


  明るく声をかける男性は、ブラウンの髪をモミアゲから髭に繋げている、彫りの深い顔立ちの町人の様だ。


  「いえ、違います」


  さらっと否定すると、ルーとミカの手を引いてその場を離れようとした。


  やはり、俺達に関係のある人には見えない。


  オレオレ詐欺が横行した現代日本人の警戒心を甘く見るなよ?


  いかにも“私、あなたの事を知ってます”的な接し方が余計に怪しさを増幅させる。


  俺は有名人ではないのだ。


  “町人その1”に気安く話しかけられる様な謂れはない。


  「いやいや、ちょっと待ってください!商店会の理事から聞いて来たんですよ!ちょうどあなた方の様な一行が現れたら、カ帝国までドリューで送ってやってくれって……」


  今、商店会の理事って言ったか?


  確か、マーダはこの街の商店会で理事をしているとか言ってたな。


  「じゃあ、マーダさんから?」


  「そうですそうです!私はこの街とシン国内を往き来している貿易商なんですが、シンの首都のシバイに行くついでに、ちょっと遠回りしてカ帝国との国境までならと言うことで、引き受けた次第で」


  なるほど。そう言うことか。


  昨日の夜にも確認したが、セグ爺からもらった地図によれば、確かにシバイはシン国の北東の海沿いにある。


  マーダは国家間を往き来する貿易商のこの男に、俺達を送るように頼んでくれたワケだ。


  「そう言うことでしたか。マーダさんの関係者なら、知らない仲じゃない。……じゃあ、ありがたくお言葉に甘えさせてもらおうかな」


  「ぜひ、そうしてください!私もあのガモーネには手を焼いていたクチなので、あなたの話を聞いて是非にと思って、引き荷も箱3つしか受けずに買って出たんです。道中、あの一件でのあなたの武勇伝をお聞かせいただきたい」


  「いやあ、そんな人に語るほどの事は何も……」


  「いやいや、私の耳にはちゃんと、あなたがガモーネの私設兵達をバッタバッタと無双の如く切り伏せたと聞いております!そんな痛快な話を聞かずに居たら、私の人生半分くらい損してしまいますよ!」


  随分と話が大きくなっている様だが、力の籠った男の説得に、俺もかわす言葉が見つからず。


  「いや、話すのは構わないですけど、そんな大した話じゃないので、聞いて熱が冷めても知りませんよ?」


  と、苦し紛れの妥協と逃げ道の落とし所を確保するに止めた。


  「いや、もうそれでも構いませんから、ささ、こちらへどうぞ!」


  そう言って、男は外壁の外に寄せて止めてあった馬車……じゃない、何か別の生き物が繋がれた荷車へ案内した。


  「……これは?」


  初めて見る生き物に、俺達は驚きを隠せなかった。


  ルーとミカも大きな嘆息を漏らす。


  カルは初めて見る訳ではないのか、表情を変えずにその生き物を見ていた。


  しかし、驚くべきはその巨躯だ。


  見た感じ、蜥蜴とワニとアルマジロを足して割った感じの姿で、手足を見る限り爬虫類なのだが、顔つきはワニに近く、腹もワニの様な腹をしている。


  アルマジロの要素は、眉間から背中を通って尻尾の先までを、硬い鱗のようなもので錏板の様に繋がる自前の鎧だ。


  正直言うと格好いい生き物ではないのだが、某狩りゲーで、初期に出てきそうな大きさをしている。


  体躯はおよそ全長3メートル。


  これはちょうど今、休んでいる状態で二足立ちした姿勢で、地面から頭の先までを示す。


  尻尾の先までを入れたらさらに50センチくらい足されるだろうか。


  そんな生き物が2匹も引く乗り物に乗せられ、俺達は一路カ帝国を目指す事になったのだった。




  「いやあ、素晴らしい!私もその場で見てみたかったものですな!」


  その日の夕食時に、ルーとミカの合作料理を皆でつつきながら、ガモーネ邸での戦闘の話に花を咲かせていた。


  ドリューの走る速度は想像を遥かに越えた。


  期待を良い方へ覆された乗り物は、昼過ぎに街を出発して、間に一時間程度の休憩を挟み、日がどっぷり落ちた夜8時頃までのおよそ半日で、おそらく300キロくらい走ったのではないだろうか。


  スピードに乗ったロードバイクくらいのペースだった様に思う。


  「さすが、若様だな。最初の頃とは本当に大違いだ」


  「カル、お兄ちゃんはお爺ちゃんに会うまで戦った事がなかったんだから仕方ないの。もう昔の事は蒸し返しちゃダメ」


  カルが軽口を叩くが、ルーがそれをたしなめる。


  「セイル、強い」


  ミカも強くなる前の俺を知らないから、弱かった頃の俺の姿が想像できないらしい。


  ちなみに、昨日の寝る前、俺の事は好きに呼んで良いと言っていたが、ミカは名前呼び捨てを選んだようだ。


  「本当に、セグ爺のお陰だよ。でもまだまだだ。セグ爺にはこの技を極めろって言われてるが、まだまだ足らないと思う」


  「それだけお強いのに、まだまだと仰るのですか!これはまた、将来は剣聖にでも成られるおつもりかな?」


  「剣聖……?」


  貿易商もとい、先程自己紹介したところによるとガフスという名前らしい男の言葉に、俺は思わず反応してしまった。


  剣聖と聞くと、俺のオタ知識では剣の道を聖なる名の元に極めた存在で、その者の右に出る者が居ないくらい飛び抜けた剣技を誇る、人類最強の剣士だ。


  そんな存在に俺が成れるものなのだろうか。


  「そうです。誰の眼にも止まらぬ速さの剣舞。何人も寄せ付けない剣技。何者にも太刀打ちできない力。悪に屈しない意志の強さ。全ての生き物が怖じ気づく剣気。最後に、弱き者を守る気高い慈愛の心………。それら全てを備えた者だけが、法王マクスに認められ、剣聖となるのです」


  なんか、ハードル高すぎやしませんか?


  そんな絶大な存在に、俺なんかが成れるワケがない。


  「………ムリ、ですね。そんな偉大な人になんてなれませんよ、俺は」


  「またまた、謙遜しちゃって!」


  ガフスは流石の商人だと思う。


  人をおだてるのがうまく、今も俺に「そんな事を言いながら、実は狙ってるんでしょう?」とか「少なくとも私はセイルさん程の剣士を見たことがありませんよ」とか「セイルさんならその気になれば行けちゃうんじゃないですか?剣聖と言う剣士の頂点まで」などと言っている。


  俺には、剣聖と言う存在がどれ程の者かわからない。


  聞く限り、仮に技術等は何とかできたとしても、精神面はなかなか変えられるものではない。


  状況によっては悪に屈してしまう他に手段が無いかもしれないし、俺は弱いから、どちらかと言えば守ってもらいたい方だし、何かやるとき以外は基本的にテキトーだから、剣気なんて纏えないし。


  そんな事を考えながら、ガフスの話を聞き流していると、俺の気配感知に新しい気配を感じ取った。


  「しっ!」


  話の絶えないガフスを制し、俺は集中して感知精度を上げる。


  「どうしました?」


  「何者かが近くに来ている……」


  まだ距離はあるものの、俺の感知圏内に入ったのは間違いない。


  「……モンスター?」


  ミカも少し不安になりながらも、重要な点を確認した。


  「まだ何とも言えないな。ゆっくり近付いてきてる」


  「モンスターならドリューが居るからそんなに近づいてこないはずだよ」


  俺の言葉にカルが答えるが、新しい単語に思わず聞き返した。


  「ドリュー?」


  「そうだよ。さっき皆が乗ってた乗り物を引いてたでっかいモンスターさ」


  ああ、あれの事か。


  蜥蜴とワニとアルマジロを足して割った様な見た目の生き物は、その獰猛な顔をしながら道草を食べている。


  「あれか?」


  「うん。あのモンスターは、基本的に主食は草なんだけど、肉を摂取することもある雑食で、この世界のモンスターの中でもトップクラスの強さを誇るモンスターなんだ。だから、そこら辺の生半可なモンスターなら恐れて近付けないんだよ」


  おいおい、アイツそんなに強かったのか。


  「でも、その反面、なぜか人にはなつきやすくて、ああやって人や荷物を運ぶのに利用されるんだけど、その性質が反って人の襲撃には効果がないんだよね」


  「なるほどな。つまり、ドリューを連れた旅はモンスター避けにはなるが、一番怖いのは人って事だな」


  カルの説明に合点がいった。


  なぜ人にはなつきやすいのかはわからないが、そこには何か理由があるのかもしれない。


  とにかく、今感じる気配の主が人である事には間違いないのだろう。


  「とにかく、人が歩くペースで近付いてきてるみたいだ。もうそこまで来てる。あと10メタ弱ってとこか」


  メタとはメーターの事だ。


  以前言っていたキリがキロ。


  そして、メタがメーターでセトがセンチ。


  共に長さや距離の単位だ。


  俺の感覚でしか元居た世界の長さは覚えていないが、ほとんど違いは無い様だった。


  「……来るぞ!」


  小声で、しかし皆に聞こえる様に力強く言った。


  火を囲んで、なに者かの接近する方に座っていたガフスを、先に離れて座らせ、俺は剣に手をあてる。


  道に迷った旅人の可能性もあるから、先制攻撃するわけにはいかない。


  その時だった!


  目の前に壁のように伸びた草を掻き分けて、人の形をした影が現れた!


  咄嗟に剣を抜いて構えると、ヒト形の影がそのまま崩れ落ちる。


  「……えっ!?」


  「「「!?」」」


  驚いて声を上げたのは俺だった。


  皆は驚きながら絶句している。


  よく見ると、草むらから出てきたのは、俺達を襲おうとしていた賊などではなく、軽鎧を着こんだ軽装の騎士を思わせる金髪の女性だった。


  何があったんだ!?


  後ろから俺に感知されずに近付いてきた何者かに殺されたのか!?


  俺は頭をフル回転させ、一瞬の間にそれらを考えていた。


  すると、その一時の静けさの中で。


  「……おなか………空いた………」


  驚いた俺の声の後、他の皆が驚いて絶句している時に、倒れた女性の呟きが聞こえた。


  「「「「………はあ!?」」」」


  一呼吸程の沈黙の後、皆が一斉に聞き返す。


  ガフス等は口を開き、呆気に取られていた。


  「何か………食べ物を……」


  倒れたままで、尚もか細い声で言う女性。


  「……あ、ああ!は、はい!」


  それに応えたのはルーだった。


  俺は緊張が解けて力が抜けていく。


  ガフスも口を開けたまま、肩を落として脱力していた。


  カルまでもが、力が抜けて地面に降り立ちくたっと羽を下ろしている。


  そんな中、ルーはすぐさま一人ぶんの料理を取り分け、ミカに持たせると、ミカは倒れた女性に料理を運ぶ。


  俺は我に返り、倒れた女性の肩を担いで体を起こした。


  ミカがそれに合わせて女性に料理を渡す。


  「スープ……」


  そう言って女性の手をとって持たせると、女性は突然、項垂れてた頭を上げ、「スープ!?」と叫びながら器ごと口に運びゴクゴクと飲み始めた。


  あっという間に飲みきると、口に含んだ具を噛みながら、「ぶはあぁ~~!!」と息を吐く。


  男3人が呆気に取られていると、女性は空になった器を差し出して。


  「お代わりいただけますかっ!?」


  とミカに向かって声を上げた。


  ミカは突然の声に驚いたが、女性から器を受けとると、ルーの元に行って器を渡す。


  「ちょっとだけ待っててくださいね。今、ご飯も入れて少しだけ煮立てますから」


  ルーはずっと空腹だったと思われる女性のお腹を気遣い、胃に優しいリゾットを作っている様だ。


  「すまない」


  女性は一言詫びて、ご飯が溶けるのを待つ。


  そう言えば、俺がルーの家でご馳走になったのもリゾットだった。


  体を気遣ってくれた料理を食べたのは、何年ぶりだっただろう。


  そんな事を思いながら、ルーがよそるリゾットを眺め、ミカが再び女性へ運ぶのを見守っていた。


  「お兄ちゃんもまだ食べたいの?」


  そんな俺を見たルーが、俺がまだお腹一杯食べてないのかと気遣って言う。


  「いや、まあもう少し入るかな」


  旅に出ると、汁物を保存できる様な器などは持ち歩かない為、リゾットを作るなら全て食べきらないと捨ててしまう事になる。


  それは勿体無いので、女性が食べきれない様なら俺も食べようと思った。


  「じゃあ、もう一度仕切り直しといきましょうか」


  ガフスがそんな事を言い、カルやミカも火に近づく様に促す。


  俺はその言葉に草むら近くに残された女性を見た。


  折角だし、女性も呼んで皆で食べよう。そう思い声をかける。


  「あなたも、こちらへどうぞ。火の側に来た方が暖かいですよ?」


  女性は苦笑しながらもこちらへやって来て、6人で鍋を囲み、当たり障り無い会話をしながら締めのリゾットを平らげるのだった。

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