赤髪のお姉さんは好きですか?♥️
「立役者のセイルさんには、是非とも祭りで一言もらいたいもんだがなぁ!」
……なにっ!?
何を言ってんだ、このオッサンは!
「……い!?いや、俺達にはまだやらなきゃならない事があるから……」
何やら大それた事になりそうで、驚いて気が遠くなりそうだったが、自力で遠退く意識を引戻し、全力で拒否した。
俺が言い終わらないうちにマーダが話を被せる。
「ああ、例の黒鎧の件か。俺はこれでもこの街の商人会の理事をやってるんだが、商人から得られる情報なら俺の耳に入らない事はない。今んところは残念ながら昨日話したので全部だが、これからでも何か新しい情報があったら、ウチの行商連盟使ってセイルさんに情報を届けてやるよ!」
結局、大事になってしまった。
「い、いや、そんな………」
「いやいや、これくらいさせてくれ!この恩はこの街の商人達全員の、それどころか、この国の商人全体の、更にはこの国に交流のある外国の貿易商に至るまでが抱く恩と言っても過言じゃねぇんだ。だから、嫌とは言わせねぇ」
拒否しようとする俺にまたしても喰い気味に被せて言いくるめてくる。
これは厚意を受け取らなければならない所だ。
「わかったよ。じゃあ、その厚意はありがたく活用させてもらいます」
俺がお辞儀をすると、ルーやミキも、カルも続く。
「それで良い。……それはそうと、ご用件は?」
一頻り話しまくったマーダは、一通り話し終えたのか、満足げに笑顔を向けてくる。
「あ、ああ、そうだ。……ミキの服を買い揃える為に来たんだ」
俺が、忘れかけていた用件を告げると、マーダは両手をパンと鳴らして話し始めた。
「それなら、ウチの本店に行てみたらどうよ?ここは出店だから、正直品揃えが今一なんだ。もちろん、売れ筋を取り揃えてはいるが、本店に比べれば10分の1にも届かん。実は今朝のうちに俺からご贔屓客として話を通しておいたから、店の者に名前を伝えてくれりゃ、安くするぜ?気に入る物も揃えやすいだろうしな!」
そう言って、マーダは自分の店の全ての店舗が記された、簡単な地図も載ってるチラシやパンフレットの様な紙を渡してきた。
昔の羊皮紙の様な紙で、原本の線をなぞって複写する技法で何枚も作った感じの、良くできた紙だ。
「そうか。じゃあそっちに行ってみるよ。ありがとう」
マーダに礼を言って出店を後にすると、お言葉に甘えて本店へ向かう。
中央区にあるマーダの武具店は、もらった地図を頼りに行くと、区画整理もしっかりしていて、ほとんど迷わずに辿り着いた。
店の前に着いて見上げると、割りと広めな間口に、3階建てで石造りの、立派な建物がそこにあった。
ある意味浮浪者の様な俺の立場で、こんな立派な店に入るのはちょっと気が引けるのだが、せっかくの厚意を無駄にはできない。
意を決して取手に手をかけ、扉を引いて店の中へ入る。
「「うわ~~……」」
俺とミキが息を飲むと同時に、ルーとカルは感嘆の声をあげる。
扉の中には、豪華なシャンデリアの様に作られた、何本もの蝋燭を使った水晶飾りの美しい燭台がぶら下がっていた。
床には赤い絨毯が敷かれ、調度品の棚には金の装飾がされている。
壁には金縁の額にはめられた絵画が飾られ、所々に金の燭台が壁から突き出ている。
1階は売れ筋の装飾品売り場の様で、アミュレットやバングル、髪飾りやアンクレット等が、きらびやかに展示されていた。
「いらっしゃいませ」
長身な男性店員が、品良く声をかけてくる。
「あ、あの、セイルと申しますが、マーダさんの紹介で……」
思わず言葉に詰まるが、そこまで言えば、店員は落ち着いた仕草で意を汲み取る。
「あなたがセイル様でしたか。お噂は予予お聞きしておりました。この度は、どの様なご用向きでしょうか?」
物腰が低く、爽やかな笑顔で嫌みの無い、丁寧な対応に、畏れ多くも用件を告げる。
「この子の……服とかを買い揃えようと思って来たんですけど、あまりお金は無いんで、ちょっと場違いだったかな……」
思わず尻窄みになる声を、店員はちゃんと聞き逃さずに対応してくれた。
「かしこまりました。セイル様は当商会代表にお会い頂いた時と同じ様に、気兼ね無くおくつろぎください」
そう言って、階段に手を向けて俺達を案内しながら、店員は話を続けた。
「当店では、立地上、近隣の貴族の方々に合わせた地域性に溶け込む為の接客を心がけておりますが、取り扱う商品は代表が商う出店と変わらない物も、それ以上に安価な物も多数ございます。お客様の階級やご身分等には縛られない、全てのお客様にご提供できる店が代表の目指す小売サービスですので、こだわりの一品からお値打ち物や特売の量産品まで、多種に渡る品揃えを誇っております」
階段を登りながら、気品溢れる姿勢を崩さずに話す姿は、本当に洗練されたものを感じさせる。
しかし、話を聞くうちに、その嫌みの無い声に俺達の緊張もいくらか和らいできた。
「それでは、この辺りが価格的に安価で質の良いものになります。また、あちらが当店イチオシのお値打ち品。こちらには特売品を揃えております。この辺りの商品でしたら、色違いやサイズ違いなどご希望の場合、倉庫に在庫を確認して参りますので、ご希望がございましたら何なりとお声をお掛けくださいませ」
奥には明らかに高そうな鎧等が並んでいるが、店員は俺のさっきの言葉に合わせて、手前の比較的手頃な価格帯の所へ案内してくれた。
案内の順番なども、引け目無く見て回れる配慮がされた接客で、案内を終えると余計な口を挟まない様にレジの近くへいつの間にか戻っていったが、安い買い物をする客を放っておく訳でもなく、ちゃんといつ声をかけてもわかるように見守ってくれている。
あのマーダの様な、こちらの用件を聞く前に自分の興奮を抑えられずに一通りの話を終える人が社長をやっている店とは思えない。
本当に良くできた店員だった。
品揃えも豊富で、確かに出店と変わらない物もあり、種類はさらに多く、思春期の娘には色々と目移りして悩むくらいの品数だ。
ルーも一緒になって服を選び始め、俺とカルは店の一角にあるテーブルで、お茶を御馳走になって待たされていた。
やがて、買うものが決まって会計を済ませると、お茶の事も含めてお礼を言って店を後にする。
午前中の目的を果たした俺達は、午後の出発を前に昼食を摂っておく事にした。
再び商業区に戻り、マーダの店の前を通りすぎ、マーダに店を紹介してくれた礼と、買ったものを見せて感謝されつつ、旅立ちの別れを告げた。
そうして商業区を抜け、店が点在する居住区の方へやって来ると、ある店に目星をつけて、店内に入る。
テーブル席に座り、メニュー表に目を通している所で、新たな客が入ってくるのが眼に入った。
見覚えのある紅い髪。
漆黒の瞳は何かを探すように店内を見渡し、健康的に軽く焼けた肌は四肢を全て露にしたノースリーブとショートパンツでスタイル良く見せている。
ゴツい短剣を2本クロスさせて背中に背負い、投げて使う小型のナイフを、腰のベルトに何十本と刺していた。
左の腰からは鞭が束ねられてぶら下がり、ブーツサンダルには踵に小さいナイフが出ている。
ずいぶんと物々しい出で立ちのナージャが、俺と目が合うと、こちらに歩み寄ってきた。
「よう!元気か!?」
彼女は俺達の近くに来て、開口一番にそう言った。
「ええ。ナージャさんも元気そうっすね」
昨日会ったばかりで数日ぶりの対面の様な挨拶もどうかと思ったが、一応俺も合わせておく。
「遠目にあんたがこの店に入るのが見えたから、追って入っちゃったよ。ここウマイのかい?」
後ろに二人の男を従えて、通路を挟んだ俺達と向かいのテーブル席に座り、そんな事を聞く。
「俺達も初めてだから、味の保証は無いですよ」
「そうかい。ならアタシはコーヒーでいいや。あんた達はどうする?」
連れの男達に聞くと、男達は無言でタバコに火をつけたり、「ああ」と素っ気なく答えになってない返しをする。
「決まりだ」
ナージャはそれだけで理解したらしく、この面子が言葉もいらないくらいに信頼し合っているのが見てとれた。
ちょうど店員が水を持ってきて、俺達とナージャ達のテーブルに水を置く。
俺達はまだ注文も決まってなかったが、ナージャ達はその場で店員にコーヒーを3つ頼んでいた。
店員が下がると、再びナージャから話が切り出される。
「あんた、昨日の話は覚えてるかい?」
確か、ナージャは元真紅の翼とか言う義賊で、その賊を再結成するとか言っていた。
そして、俺達のバックアップもしてくれるとかくれないとか。
「ええ。一応は」
「なら省くけど、あんたらは別に何も気にしなくても良いんだが、アタシ達としては組織で動くから、こっちの勝手であんたらと協定を組んだ形を執ってある。だから、一応報告しとこうと思って探してたんだよ」
突然協定とかめんどくさい言葉が出てきた。
「ちょっと待ってくれ。そんな勝手に協定とか……」
言いかけた所で、ナージャが話を割り込ませた。
「気にしなくて良いって言ったろ?協定の条件は、あんたらはアタシ達6人の奴隷解放の助力ってだけで、しかもあんたの活躍無くして成し遂げれなかった功績がある。それ以外にあんたらから提供してもらうものは一切無い。それどころか、義賊としての義理の部分で言えば、あんたの力で頭領であるアタシや幹部5人を解放したんだ。それだけで充分すぎるほどの恩義がこっちとしてはある」
「はぁ……」
つまり、協定を組むにあたってこちらから提供するものはもう支払い済みと言うわけだ。
「恩義に報いる大義をもって、これからはアタシ達の組織を自由に活用してほしい」
何とも大きな話だ。
俺達はあくまでミカを救いたかっただけだから、言っちゃ悪いがナージャ達の解放は”ついで“みたいなものだった。
それが、こんな大事になるなんて……
「そこでだ。アタシ達の組織の説明をしておく」
話がどんどん進められる所で、店員がナージャ達のコーヒーを持ってきた。
その隙に俺もメニューに目を通して、ずっと選んでいたルー達と合わせて注文をした。
店員が下がると、尚もナージャの話が続いた。
「あの後、この街に住んでいたはずのもう一人の元仲間の所に、一晩だけでも匿ってもらおうとしてたら、接触に成功した時に良い知らせがあった。何と、昔の仲間達が各々の家に帰って私の帰りを待ってくれてるらしいんだ。それで、アタシ達はまず西のカサクトに居る元伝達係のヤツに会いに行く。それからソイツのウェパスで元仲間達に声をかけて、仲間を集める事にした。だから、それまで少しの間待っててほしい」
またまた知らない単語が出てきた。
「ああ、なるほど。わかった。とりあえずは俺達もこの後カ帝国まで用があるから、その用が終わるまではとりあえず大丈夫だと思う。だから気にしないで、仲間集めに専念してくれて良いっすよ」
ウェパスとか言う単語の意味は後でカルにでも聞くとして、この場は話をまとめるのが先決だ。
「昨日はああ言ったのに、すぐに力になれなくてすまないな。だが、こちらの用が住んだら大陸中に組織の人間を散りばめるだろうから、それからならいつでも力になれるハズだ。期待して待っててくれ」
「ああ、ありがとうございます。その時はよろしく」
「ああ。しかし、その丁寧語はもう使うなよ。アタシとあんたの仲だ。協定相手として、対等に話そうじゃないか。アタシは丁寧な言葉遣いに慣れてないし、アタシがあんたに合わせて丁寧語で接するより、あんたも丁寧語で話すのはかったるいだろ?」
最後にそんな気さくな事を言って席を立つ。
連れの男達も続いて席を立つと、俺達のテーブルにあった伝票を取られた。
「ああ。わかったよ……ってか、それは俺達の伝票だぞ?」
ナージャの言葉に答える途中で伝票を持っていくのを止める。
「ここはアタシが払っとくよ。あんたらの頼まれ事をアタシらが良い結果で応えられた時は、その時対応したアタシの仲間に酒の一杯でも飲ませてやってくれ」
そう言って、レジの方へ行くナージャと入れ換えに、店員が俺達の頼んだ料理を持ってきた。
それはこっち。それはあっちと出される料理をそれぞれの前へ置くように指示して、ふとナージャの姿を探すと、いつの間にか店内にその姿が消えていた。
ちょっと一方的な所があるが、憎めない人だった。
最後の言葉も、俺達と仲間を気遣う所が見える言葉だった。
昨日、初めて言葉を交わした時には俺の人見知りが発動したが、いつの間にか普通に接していた。
思ったよりも、ナージャと言う人は良い人な気がして、協定関係も悪くないと思えた。
これから、頼るときが来るかもしれない。
そんな事を考えながら、目の前に置かれた料理にフォークを入れた。




