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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
30/83

お子ちゃま天使と女の子♪④

  右手に剣を、左手に少女を持って、待ち構える兵達をバタバタと刀背打ちで伏せる。


  数人の武器を持った奴隷たちに他の奴隷たちを任せ、俺は少女を抱えて、皆とは反対側である東へ向けて走っていた。


  工場の端の壁までたどり着くと、俺は壁を手探りに仕掛けを探す。


  決行前のマーダの話には、こちら側にガモーネのもう1つの裏事情が隠されているという事だった。


  「……そこ……」


  左手に担がれている少女が、俺の意図を察した様に、壁のある一点を指差す。


  「……そこか!」


  俺は少女の指す方の壁をよく見ると、若干色落ちした突起があった。


  それを上下にスライドさせてみる。


  「ビンゴっ!!」


  上へスライドした突起は、ガコっと音をたてて凹んだ。


  そこにさらに手を突っ込む。


  その時。


  「うらあ~っ!」


  後ろからガモーネの私設兵が襲いかかってきた!


  兵が発した声に助けられ、襲い掛かる所に気付くと、瞬時に剣を持ち変え、刀背打ちで叩き落とした!


  「おおぉ……」


  静かに、あまり感情を表に出せない様な少女は、それでも感嘆の声をあげた。


  「へへっ、強いだろ?必ず俺が守ってやるから、安心していいぜ?」


  ニコッと笑顔を見せると、少女もようやく顔が柔らかくなってきた。


  あどけない無邪気な笑顔に癒される。


  ルーとはまた違う癒しに、俺も心が穏やかになっていくのがわかった。


  しかし、悠長な事は言ってられない。


  「よし、行こうか」


  凹みに手を入れて開いた壁に向き直って、俺の声に少女が頷く。


  そのまま歩を進め、蝋燭の火も点っていないくらがりで、俺は初期法術の火を出した。


  「それじゃ弱い」


  俺の火を見た少女は、そう言ってパッと手を前に出した。


  すると、少女の体自体が発光し、暗い部屋の中を満遍なく照らした。


  「おおっ、すげーな」


  「これくらい簡単」


  俺の驚きを何事もなかったかの様に澄ました顔で返された。


  「…そ、そーですか……」


  苦笑を漏らしながらも、更に奥へと足を運んだ。


  突き当たりの壁に、今度も仕掛けがあるはずなのだが、見た感じでは全く違和感のある部分は見当たらない。


  今回ばかりは少女もわからない様で、眼で問いかけても少女は首を横に振るだけだった。


  仕方なく、手当たり次第に壁を押して歩くと、再びガコンと言う音で仕掛けに当たった事に気付く。


  「よっしゃ、順調!」


  「……」


  少女は無言で頷いた。


  そのまま数歩下がると、目の前の壁が左右に幅広く開き、その先にはスロープの様な坂道が長く伸びていた。


  「これがもう1つの裏事情か」


  そう言って坂道を駆け上がる。


  そうして1キロ程走っただろうか。


  行く手にはだんだんとボンヤリした光が見え始め、徐々に近付いてくる。


  いや、こっちから近付いていた。


  そのまま明かりの方へ駆け抜けると、そこは、廃墟の中だった。


  まだガモーネの私設兵が隠れているかもしれない。


  辺りに警戒をしながら、俺は廃墟を静かに出た。


  周りには生き物の気配は無い。


  周囲を見渡すと、ここが森の中である事がわかる。


  これは、地下で製造した貴金属製品を、製造した記録も無しにそのまま売りに出す為の通路だ。


  普通、卸売業や加工業などは、それぞれに仕入れがあって売り値があり、その差額が利益になる。


  そうして商売が成り立つと、利益に対して税金がかかる。


  しかし、ここから商品を出し、売り上げた金もここから入れれば、仕入れも売上も記録する必要がない。


  金鉱発掘から加工、販売までを全て一貫しているガモーネ商会は、ここを通す分を鉱山からの採掘量記録から除けば、仕入れも記録しないで済むし、売上げはまるごと利益となる。


  ここを通した分だけは税金も引かれることもなく、売上金の全てがガモーネの懐へ流れるという仕組みだ。


  よくもまあ、こんな事を企んだものだ。


  そんな事に無償で使われる奴隷たちも、可哀相過ぎる。


  そんなガモーネの悪事は、これで終わりだ。


  目の前には月明かりが枝葉の隙間から木漏れ日となって線を引き、下草を突き刺す幻想的な風景が広がっている。


  ルーの家の周りの森は、木が生い茂っていて、枝葉が多く、昼間でも太陽の光があまり差し込まないくらいに分厚い木の屋根に覆われていたから、夜になっても月明かりがこんなに射し込む事はなかった。


  多少疎らな枝葉の木々が織り成す、月夜の風景だった。


  さらに、俺の左手に抱えられている少女の髪が、月明かりの木漏れ日に照らされて煌めく姿が、ルーに負けずとも劣らず美しかった。


  一瞬、我を忘れかけるが、ハッと意識を引き戻す。


  「ふう。これで証拠は全部揃ったのかな?」


  そう言って少女に微笑みかけると、少女もまた、微笑み返すのだった。




  「お兄ちゃん、遅い~!」


  ガモーネ邸の前まで戻ると、先に俺を見つけたルーがカルを連れて駆け寄ってきた。


  「ゴメンゴメン!」


  俺はルーの勢いに押されて思わず謝る。


  少女は街に入ってから俺の手を降り、代わりに手を繋いで自分で歩いていた。


  「あっ、その子、やっぱりガモーネの所に居たんだ」


  ルーがにこやかに少女を見つめる。


  「こんばんわ……」


  「こんばんわ!今まで大変だったね!」


  少女が口数少なく挨拶すると、カルとルーがまるで友達の様に話を始めた。


  俺はそんなルー達に少女を任せ、繋いだ手を離してマーダを探す。


  すると、警備隊や捕まったガモーネの施設兵達に紛れてガモーネ邸を見つめるマーダを見つけた。


  近付く俺に気付き、マーダは手をあげて迎える。


  「お疲れ。……その後どうなった?」


  近付きながら声をかけると、ニカッと笑ってマーダが応える。


  「どうなったもなにも、大成功だよ!いやあ、流石はセイルさんだ!流れてきた噂も事実を証明されたし!ガモーネは、1人でリビングに隠れてる所を取り押さえたってよ!」


  興奮冷めやらぬ様子で捲し立てる商人は、警備隊に俺との話を遮られて状況説明を求められる。


  この国で警察のように取り締まる警備隊に対しても勢いを変えずに説明していた。


  一件落着した様で、俺の中でもようやく落ち着きが戻り始めた頃、突然後ろから肩を叩かれる。


  「よう!あんた生きてたかい!」


  粋の良い声に振り向くと、どこかで見たような気もするが面識はない女性が立っていた。


  紅く燃えるような髪に漆黒の瞳。


  軽く焼いた健康的な肌に白いボロのワンピースを着ている。

  どうやら救出した少女と同じ、奴隷の様だ。


  「ああ、どうも……」


  初対面でこうも堂々とされてしまうと、半ニートの俺としては人と接するのが苦手な人見知りが発動してしまう。


  「なんだい。さっきまでの大立ち回りしてた人とはまるで別人みたいだねぇ」


  さっきの大立ち回り。


  それを聞いて、先程の奴隷解放計画の一連を思い出す。


  そういえば、奴隷の中に確かこんな感じの人が居た。


  そうだ。最初に兵から奪った2本の剣を渡した男女の女性の方だ!


  女性にしては豪快で圧倒する剣舞を見せていた。


  「あ、あなたでしたか。すぐに気付かなくてすみません」


  ちょっと慌てて軽く頭を下げる。


  「いや、構わないさ。アタシはあんた程目立つ仕事はしてないからね。それより、あんたのお陰でホント助かったよ。ありがとう」


  恥ずかしさも微塵も見せず、気持ちいいくらいにハッキリと言う女性に、俺の人見知りも弛む。


  「いや、そう言うあなたこそ、女性にしては大した剣捌きでしたよ。俺なんて、この間までなにもできないくらいで、まだまだ修行中ですよ」


  にこやかに返すと、女性は鼻で笑う。


  「ハンッ、あんだけ強さを見せつけたのに、まだ修行中とはよく言ったもんだ。アタシはナージャ。ナージャ・レスターだ。今後ともよろしく」


  鼻で笑うのも、良い意味で笑われると小気味が良い。


  「俺はセイル。ナナミセイルだ。よろしく」


  そう返して、ナージャから差し出した手に握手した。


  「なんか、あんたを見てると、アタシの弟を思い出すよ」


  突然、身内の話を出すナージャの明け透けな態度に、俺は嫌な気もせずに耳を傾ける。


  「アタシの弟は、病弱な所があってね。親も私財をなげうって弟の薬を買ってきたりしたもんだ。その甲斐無く弟は死んじまって、両親も金が無くなって後を追った」


  気丈に強い眼差しをこちらに向ける。


  「でも、良い子だったんだ。素直で優しくて。……アタシはそんな弟の分まで、何があっても寿命を全うするまで生きると決めたんだ。それでも、子供に何ができるわけでもない。そうして文無しで野宿してる所を、ある日、義賊の親父に拾われて育てられた。それが、今じゃこうして奴隷に成り下がってた。そこであんたのおでましだ!こうして解放されたのは、全部あんたのおかげさ」


  色々と事情がありそうな話だ。


  そんな身の上話をされると、心を多少なりとも開いてくれている様で、悪い気はしない。


  また機会があったら、ゆっくり話を聞いても良いかな。


  「そうだったんですね。そうして喜んでくれると、俺もやった甲斐がありますよ」


  話をまとめようとした所で、ルー達が俺のところへ来る。


  「お兄ちゃん、こちらの方は?」


  ナージャを見たルーが、無警戒な笑顔を見せる。


  「お、妹さんかい。アタシはナージャ・レスター。ナージャで良いよ」


  俺が答えるより先にナージャが自分で名乗り出た。


  ルーも自己紹介しつつ、カルを紹介すると、ナージャが話を続けた。


  「あんた達、兄妹は大切にしなよ。アタシみたいに居なくなってからじゃ、何もできないからね」


  さっきの話を聞いた俺には、とても重く、それでいて心を打つ言葉だった。


  「ええ。もちろんです」


  そう応えた俺に、ナージャが肩を叩く。


  「あはは!素直で可愛いヤツだな!でも、これからはアタシに敬語とか必要ないからね。これも何かの縁さ。その若さで旅でもしてる様な格好してるんだ。何かワケ有りなんだろ?アタシで良けりゃ、力になるよ。これはアタシなりの恩返しだ。断るなんて寂しい事言うなよ?」


  こちらが言葉を挟む間もなく、畳み掛けるように言い切った。


  「あ、ああ。ありがと…う。じゃあ何かあったら、その時は頼み……頼むよ」


  若干気圧され気味に答える。


  「あはは!よし!それじゃ決まりだ!アタシはまた義賊を復活させる。幸い、最後までアタシについてきてくれた5人の仲間も一緒に奴隷にされてたから、アイツ等とも既に話は着いてる。これからアタシ達は義賊“真紅の翼”を再結成して、全面的にあんた達に手を貸すよ!」


  何やら話が大きくなってきた。


  そこへ、警備隊にガモーネの悪事を説明していたマーダがやって来た。


  「今、真紅の翼って言ってたか?」


  遠目に話が聞こえていたらしく、窺い姿勢で話に入る。


  「ああ。言った。アタシは真紅の翼二代目頭領のナージャ・レスターだからね」


  ナージャの言葉にマーダは驚き戸惑う。


  「……し、真紅の翼って、あの真紅の翼かい?」


  マーダの言葉に、ナージャは胸を張って答えた。


  「ああそうさ!真紅の翼初代頭領ブレッド・レスターの娘!二代目頭領のナージャ・レスターだ!1度はヘマしてこのザマだが、また真紅の翼を復活させて、ガモーネみたいな汚いヤツから金を奪いまくってやる!」


  そう大きな声で宣言すると、ナージャはすぐに俺の耳元で話す。


  「アタシに用があったら、街の中心街にある公園の噴水近くで座ってる男を見つけて、用件を言いな。そしたらアタシに出来ることならいつでも力になるよ」


  そう言ってナージャが俺から離れると、俺達から距離を取って片手をあげる。


  気付けばナージャの後ろには同じ奴隷服を着た5人の男が直立不動で立っていた。


  それぞれ、ガモーネの私設兵との乱戦で、剣を奪い、充分に渡り合っていた腕のたつ男達だ。


  俺が最初にナージャと共に剣を渡した男も混ざっていた。

  「じゃあね、あんた達」


  そう言って上げた手を下げると、5人の男達は軽く頭を下げる。


  「のんびりしてると捕まっちまうから、アタシ等はそらそろ行くよ!」


  「ああ、わかった。また連絡するよ!」


  俺の返事にナージャは笑顔で返し、5人の男達を連れて走り去っていった。


  その時。


  警備隊が俺達の元に駆け寄ってきて、息を切らせて言ってきた。


  「おい!今、真紅の翼がどうとか言ってなかったか!?」


  ナージャの声を聞いて、6人もの賊を捕まえるために警備隊のメンバーに声を掛けて急いで来たらしい。


  しかし、あと一歩の所でナージャ達は逃げ、野次馬と闇夜に紛れて姿を消すのだった。


  「真紅のトマトは甘味が多くてウマイから、料理にオススメだって話をしてたんですよ。…なあ、ルー」


  俺が、少し苦しいかと思われる言い訳をルーに振る。


  「そうですよ。私達、兄妹で旅していて、毎日私が料理を作るのに、あの女の人がトマト煮込みの美味しく作るコツを教えてくれてたんです」


  ナイスなフォローだ。


  すぐに察知したらしいルーが、俺のムチャ振りをそれらしくまとめてくれた。


  「な、なに!?……トマト!?」


  「…ほ、…本当か!?」


  10人の警備隊のうち、俺達に近い二人が声を荒げた。


  「本当ですよ。そんないきなり怒鳴って来られたら、俺たちみたいな子供には怖くてたまりませんよ」


  「お兄ちゃん、怖いよ……」


  「おじさん達怖い……」


  口数が少ないせいで影が薄かった少女も、ルーに合わせて俺にしがみついた。


  このコンビ、最強だ。


  「わわ、わかった……。わかったから。おじさん達はもう行くよ」


  そう言って警備隊は俺達から離れていった。


  俺たちは各々で声を出してそれを見送る。


  「ルー、ありがとう。……君も、ありがとうね」


  警備隊が遠くに行ったのを見計らって、俺はルーと少女に礼を言った。


  「ううん。これくらい任せてよ。あの人、きっと良い人だったし」


  ルーがナージャについてそんな事を言ってくれる。


  少女は無言のまま頷いた。


  それに俺が笑顔を返すと、少女は小さな声で口を僅かに開く。


  「……ミカ………」


  「……え?」


  周りの騒ぎに紛れて少女の声が聞き取りづらい。


  「あたし………ミカ…」


  「あなたの名前、ミカちゃんって言うのね?」


  背丈が同じな分、俺より近くで聞き取ったルーがフォローした。


  少女は頷くと、今度は小さくてもハッキリと聞こえる透き通る声で言い直す。


  「あたしはミカ……」


  そうか、この子はミカちゃんって言うんだな。


  ルーのフォローに任せるではなく、自分から俺に聞き取れるように言い直す辺り、意思をしっかり持っていそうな子だ。


  「ミカちゃん。ありがとう」


  素っ気ない返事になってしまったが、改めて名前を呼んでお礼を言った。


  「これからも…よろしく……」


  ミカはお辞儀のつもりか、俯く様に頭を下げた。


  「ああ、よろしく。……って、これからもってどういう事だ!?」


  思わず普通に返事をしておきながら、ミカの前半の発言に耳を疑う。


  「わ~い!ミカちゃんもルー達と一緒に旅してくれるんだね!?」


  ルーが嬉しそうにはしゃぎ出した。


  無言で頷くミカ。


  カルも嬉しそうに宙返りをして見せた。


  「ええぇ~~~ッッ!!!?」


  俺の驚く声が、ガモーネ邸前の騒ぎの中でも一際大きく夜空に響いた。

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