お子ちゃま天使と女の子♪③
「くそっ、誤算だった!まさか俺がこんなに強くなってたなんて……」
俺自身が驚きを隠せない。
まさか、普通の人相手にこんなにも俺が無双の立ち回りを発揮できる様になっていたとは、全くもって思いもよらなかった。
だが、今は破綻しかけている計画の事もあって、素直に喜べない。
「くそぅ!なんか複雑な気分だ!早く何とかしなきゃ!」
大声で独りごちて、焦って辺りを見渡した。
すると。
「……にを……いるのだ!!おま……かまえてこい!!」
どこかの扉の向こうから途切れ途切れの怒鳴り声と共に、西側の部屋の扉が開く。
最後の方の言葉は、その扉から抵抗しながらも押し出された兵に向けて部屋から吐き捨てられた言葉だった。
「……いやっ!が、ガモーネ様!ご勘弁を!」
押し出された兵は、既に閉じられた扉にすがり付き、ドンドンと叩きながら、部屋の中に居る者へ必死に訴える。
ラッキー!!
しかもアイツ、自分を押し出した相手をガモーネって言っ た!?
すげぇツイてる!
ボスの居場所を教えてくれるなんて!
俺は、扉を慌てて叩く兵に近付き、肩をポンッと叩いた。
「ギャーッ!!」
反射的に叫んだ兵は、眼を剥いた顔をこっちに向ける。
俺はシーッとジェスチャーして、兵を1度黙らせた。
「……は?……えっ??」
混乱するガモーネ兵。
俺は尚もシーのジェスチャーを崩さずに、小声で兵に取引を持ち出した。
「俺に合わせて芝居して、俺にやられたフリしろ。そうしたら命を取ったりはしない」
実はこれまで倒した兵達も、俺は殺してはいなかったのだが、全員倒れている上に、軽装でも鎧を着込んでいる以上、見ただけでは息で拡縮する胸を判断する事もできない。
俺の剣は、何を隠そうこの世界で唯一であろう刀なのだ。
セグ爺の家に着く前に、セグ爺との雑談の中で俺の好みの剣について話をしていた。
それをセグ爺はちゃんと覚えていてくれて、友人に作ってもらう時にその片刃の特徴を伝えていたのだ。
その刀で刀背打ちされた兵達は、片刃である事を知らなければ、まるで切り捨てられた様に見えただろう。
後は、本来切られていたなら広がるはずの血溜りが広がらない事だけが、切ったか切らなかったかを見分けるヒントとなるワケだが、恐怖に陥った兵達にはそれを確認するのも、死体を見ることを躊躇い、ままならないのが実情だった。
「……く、くそぅ!おお、俺独りでなんて無理だぁ!」
俺の言葉に何度も頷いた兵は、そんな事を言いながら芝居に乗ろうとしている。
このままワザと放っといて、一人芝居を見ているのも笑えるが、今はそんな余裕は無い。
もうちょっとこっちにこいとジェスチャーして、芝居ついでにガモーネの居る部屋から離させる。
「こら、俺は逃がさんぞ!くらえっ!」
「ぐあっ!?」
俺も鞘に納めたままの刀で切りつけるフリをすると、兵は、芝居で断末魔をあげて倒れた。
これだけ離れれば、ガモーネが扉に耳をあててこちらを窺ってても、小声なら話を聞かれる事もないだろう。
俺はすかさず兵の頭の方に座り、小声で話しかける。
「それじゃ、いくつか答えてくれ。そうすれば、あんたは無傷でお家に帰れる」
そう伝えた瞬間、食いぎみに何度も頷く兵。
「よし。じゃあまず、この中に居るのはガモーネか?」
先程この兵が追い出された部屋を指差して、質問をくり出した。
当の兵士は必死にコクコク頷く。
「よしよし。あんた素直だな。俺は嫌いじゃない」
そう言ってやると、はあ~と長い息を漏らして頭を床に付けた。
緊張から、ずっと頭をもたげていたが、今ので多少は気が楽になったのだろう。
「もう1つ。奴隷達はどこに居る?」
「………」
少し躊躇するように眉を歪めた。
俺も片眉を上げて無言で問い詰めると、ようやく兵は口を割った。
「階段の……裏だ」
「裏?」
俺が出てきた納屋は、階段の真裏にあったが、納屋の並びにはキッチンとバスらしき入り口の扉しか無かった。
納屋の向かいは、階段を支える階段裏の壁しかないはずだ。
この兵は嘘をついてるのか?
そう思った俺は、眉間に皺を寄せて疑う顔を見せる。
「ほ、本当だ!階段の裏の壁に隠し扉がある!」
小声で、しかし訴えるように強い口調で兵は言った。
隠し扉か。
気付かなかった。
この兵は嘘を言っているようには見えない。
コイツらも、ただガモーネに雇われて仕事でこんな警備をしているだけなのだ。
兵達には本気でガモーネを守ろうなんて忠義心など無い。
「わかった。あんたを信じるよ」
俺がそう言って立ち上がると、兵はホッとした様に項垂れた。
このあと、俺が止めを刺さないとも限らないのに、この兵は俺が言った言葉を信じるんだな。
とうとう恐怖の緊張が途切れた兵の眼から涙が流れ出したのを見て、この兵達には罪が無い事をあらためて認識する。
これはマーダから聞いた話だった。
俺が乗り込んで暴れる話をした時、私設兵と言えど、彼等はガモーネに金で雇われてるだけだとマーダは言っていた。
彼等は、借金を形に過労働を強いられ、毎日休みの日もなく邸宅を警備させられているのだと。
人攫いの片棒を担がされる事もあり、兵達は内心は嫌々手伝うのだと言った。
それを聞いていたから、俺はここの兵達を殺さずに刀背打ちで倒してきたのだ。
しかし、人攫いの罪を犯してしまった者には、残念だがどんな理由があるにせよ、罪は償わなければならない。
計画通りに行けば、後で来るこの街の警備隊に逮捕されて償う事になるだろう。
だが、ガモーネの悪評もかなりのものだ。
兵達はガモーネに仕事で強制的にやらされていた事と、借金の形に家族が人質に取られていること等を話せば、軽い刑で済むハズだ。
それがここの兵達には1番良い落ち所だ。
そう噛み締めながら、ガモーネの居るリビングらしき部屋はスルーし、階段の裏の隠し扉に向かう。
先程倒した兵が未だに寄りかかる壁には、先程はわからなかった窪みがある事に気付いた。
「……これか」
そうこぼし、寄りかかる兵をどかして右手を窪みに入れた。
すると、何やら突起が窪みの中に有り、それを押すと、ガコンと扉の大きさに壁が競り出した。
俺は力を込めて引き、競り出した部分がこちらへ開くと、目の前に階下へ降りる階段を見つける。
蝋燭で明かりを採った階段は、下の方がかなり深い事に驚く。
「……深いな……」
力無く呟くと、ふうと一息ついて、意を決する。
玄関の外から騒がしい声が上がり始めたのを聞いて、予定通り計画が進んでいるのを噛み締めると、俺は長い地下へと続く階段を下り始めた。
この計画は俺が単独で忍び込み、中から暴れまわってガモーネ邸で騒ぎを起こす。
それをルーやマーダ達によって警備隊に通報し、警備隊を引き連れて事態の収拾に当たっている間に、沢山の奴隷を解放するのだ。
そして、奴隷達から警備隊にガモーネの悪事をバラしてもらい、ガモーネ一家を逮捕するという計画だった。
その為には、中に入った俺がハデに暴れ回らなくてはならない。
そして、一刻も早く奴隷達を解放しなくてはならないのだ。
やることはまだまだある。
階段を下りきった踊り場で、改めて階上を見上げると、子供の頃に親と行った、どっかの神社の階段を思い出させた。
あの階段は、煩悩の数だけ段があるとか言っていたのを覚えている。
つまり、段の数を数えれば、108段の段数があると言うことだ。
今では俺も成長したから、実際の108段の階段を見てもそれほどの高さを感じないが、成長した今、その幼い頃の記憶の高さと被る程の印象を受けた階段は、実際にはそれ以上の段数がある。
ざっと5割は増しているだろう階段に、帰りの大変さを思うとうんざりする。
だが、それよりもここからが本番だ。
奴隷たちを逃がすのには、この中にも居るはずのガモーネ兵から逃げる奴隷たちを守らなければならない。
奴隷たちが逃げるとなると、兵達はおそらく殺してでも阻止しようとするだろう。
この計画を考えた時、これが1番難しい難関だと踏んでいた。
しかし、これが最後の難関でもある。
奴隷たちが逃げ出せたなら、このガモーネ邸での騒動に出動してくるこの街の警備隊が、根刮ぎ保護し、家族が拐われたと申し出ている残された家族と対面する事になる。
それが証拠となり、ガモーネは奴隷法違反等の罪名で逮捕される予定だ。
そうなる事を祈って、再び気合いを入れ直した。
「……よしっ!行くぞ!!」
誰にともなく、むしろ自分を鼓舞する様に言い放つと、踊り場の横に取り付けられた扉に手をかけた。
微かに漏れる機械音。
この扉の向こうには、金などの金属を加工する作業場があるはずだ。
錆び付いた鉄製の扉は重苦しい音をたて、しかし音に反して割りと軽い力でその中の風景を露にした。
それと同時に微かに聞こえていた機械音が騒がしいほどに大きくなる。
「なにモタモタしてやがる!!」
「ほらそこ!休んでんじゃねぇよ!」
お決まりのパターンだ。
機械音に紛れて私設兵達の奴隷への罵声がここまで届く。
ガモーネは、拐った人をすぐに売りには出さず、一時的に行方不明状態にさせておいて、その間、自分の貴金属製品の製造の仕事を無償でやらせていた。
そうする事で、賃金無しで作業員を確保できるし、売りに出す頃には失踪者扱いとなり、無一文で浮浪者となった失踪者を、保護して奴隷にしたという善行な表立てができる為、奴隷販売にも正当に出せるという、一石二鳥のやり方を執っていた。
つまり、この地下の作業所は闇に隠されていて、正式な製造工場は金鉱の中にある事になっている。
もちろんそこでも正式に雇われた作業員がいて、給料は採算がとれているが、こっちの作業所の利益は、ガモーネ独りがボロ儲け状態だった。
そんな汚ないやり方をしていて隠しているつもりでも、ここを辞めた元雇われ兵から情報は漏れ、マーダの様な正当な商いをする実力者達にはその情報が真しやかに流れたのだった。
情報筋は確かだとマーダは言っていた。
確かに、俺が目の当たりにする光景は、それを裏付けるものだった。
警備隊も確かな証拠が無ければ家宅捜索の様な手段は執れない。
うまく法の目を掻い潜った卑劣なやり方だった。
「うおぉ、裕に200人は居るんじゃないのか?これ……」
扉を潜った俺は、作業場の空間の真ん中辺りの高さにあるキャットウォークの様な通りに出た。
上には土の天井が広がり、所々に数メートル四方の穴が開いている。
地下への階段の向きから察するには、ここはもう街の東側の外壁の外だ。
つまり、あの天井の穴の向こうは、街の外の地上に繋がっているのだと思われる。
しかし、さっき潜入した時は月明かりが明るく夜道を照らしていたが、あの穴から月明かりが入ってこないところを見ると、上から除かれても中が見えないように、穴が曲がりくねっているのだろう。
しかし、ここは暑い。
金属加工の工場だけあって、熱が半端無かった。
もう一度場内を見渡す。
この奴隷たちの中に、内通者が居るハズだ。
今日、少女を見かけた事をマーダに話して作戦の事を打ち明けたとき、夕方に行商で荷物持ちに連れ出される奴隷が必ず2・3人居ると言っていた。
そして、その奴隷の1人に手紙を渡して、内通をこぎ着ける予定を組み込むと、侵入する直前、それが成功した事を聞いた。
それがうまく機能していてくれれば、その人物がここの奴隷たち全員に話を通し、俺の号令で一斉に兵達に襲い掛かる算段だ。
見渡した俺の目に、左側の柱の側でこちらを見る女性と目が合う。
あれだ。
お互い注意してなければわからないくらいに小さな頷きでアイコンタクトを取ると、さらに右へ視線を運ぶ。
中央やや右寄りの機械を隔てた所に、もう1人俺に視線を送る男が居た。
彼もだ。
間違いなく同じやり取りでアイコンタクトを取ると、俺は、勢いを付けてキャットウォークから20メートル程下に3人集まっている兵達の真ん中に飛び込んだ。
二人の頭、胸等に足をかけ、着地の衝撃を兵にクッションになってもらう事で和らげた。
「……な!なんだ、キサマ!?」
残った一人がそんな事を言って慌てた。
「悪いが、ここはもうすぐ警備隊によって壊滅する」
目の前に突然降りてきた、どこの誰かもわからない俺にそんな事をいきなり言われても、驚きと混乱で何が何やらわからないだろう。
下の二人の内一人は既に気を失っていて、もう一人は痛みに胸を押さえている。
その隙に無傷の1人の兵と胸を押さえている兵を倒し、腰に差した剣を三人ともから奪い取る。
そして、少し高さのある機械に飛び乗り、先程アイコンタクトを取った奴隷たちに奪った剣を投げた。
そして。
「みんなーっ!!今だーっ!!逃げるぞ!?もうすぐここは警備隊に突撃されて、壊滅だ!!」
全体に届くように大声を張り上げて叫んだ。
それを聞いた奴隷達は皆一様に驚くが、それは一瞬の事で、皆が一斉に声を上げて応えた。
「うおーっ!!」
「やったぜーっ!!」
「やっと解放されるときが来たーっ!!」
「キャーッ!やったーっ!」
老若男女の混じる思い思いの声をあげ、製品を持っていた者はそれを落とし、投げ捨て、あるものは兵に投げつけるなどして、皆が自由に動き始める。
兵達も突然の事に何やらわからぬまま驚いていたが、ハッとなって周りを見た頃には奴隷達は先程の声を上げてそこかしこで暴れ始めていた。
「くそっ!アイツは何だ!?」
「これはどーなってる!?」
混乱をそのまま怒鳴り声に代えて吐き捨てると、奴隷たちが投げつける製品にぶつかりながら、腕で顔を防いで奴隷に襲いかかった!
そこは剣を受け取った男の奴隷がすぐさま駆け寄り、襲い掛かる兵を切りつける!
「みんなーっ!こっちだーっ!!」
「早く階段からあがって逃げろ!!」
数人の奴隷たちの掛け声に、内通の話が行き届かなかった奴隷たちも続く。
「ガモーネ邸の中は粗方俺が兵達を倒してある!!玄関を出ればもう警備隊もそこまで来てるハズだ!!急げ!!」
俺は目的の銀髪の少女を探しながら、逃げ惑う奴隷たちを呼び寄せた。
「こっちだ!!早く!」
その時、右手の扉から騒ぎを聞き付けた奴隷たちがさらに出てきた。
「戦えるヤツは剣を取って戦ってくれ!」
「俺、戦える!剣を貸せ!!」
俺の声に応えた男が、近くで俺に手を伸ばす。
「よしっ!頼む!!」
そう言ってその男に、兵から奪った三本目の剣を投げた。
「任せろ!!」
威勢良く応える男に頷いて、先に剣を渡した二人を見渡した。
二人は危なげなく2・3人の兵を撃ち取ると、その剣を奪って他の奴隷たちに渡している。
派生してこちらに武器が渡り、完全に形勢逆転したのを見て、俺はもう一度目的の銀髪の少女を探した。
すると、左手のパーテーションに囲まれた、どうやら手作業するような場所に、うずくまっている彼女を見つけた。
俺は念力で力を増幅させた足で跳躍し、逃げる奴隷たちの列を飛び越え、彼女の元へ駆け寄る。
少女は怯えながら、うつむいて膝を抱えていた。
隣まで近付くと、少女の肩にそっと手を置く。
「…っ!?」
驚いた少女は、バッと顔を上げて俺を見た。
「お待たせ。助けに来たよ」
それだけ伝えると、少女は怯えた顔がいくらか落ち着くが、代わりに疑問の顔になる。
「あれ、覚えてないか。昼間、君に助けを求められたから助けに来たのに」
切り詰めた状況にも関わらず、努めて柔らかな笑顔を見せる俺。
「……あ……」
「思い出した?俺はセイル。ナナミセイルだ」
名乗って、手をさしのべる。
少女は戸惑いながらも、無言でその手をそっと掴むのだった。




