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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
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お子ちゃま天使と女の子♪②

  東門と北東の自然保護区の間に広い敷地を持つガモーネ邸。


  その南側は東門から中央区に伸びる東中央通りに面しており、高い塀が街の外壁から繋がって建てられている。


  私設兵を有するだけあって、門の左右に監視部屋があり、南側と同じ造りを少し小さくしたような門が西側にもある。


  東側は街の外壁。


  北側は自然保護区の中壁で守られ、ちょっとした要塞の様な外見を呈する。


  その西側の塀に沿って、中央通りよりはいくらか細くなった道を、月明かりの下で歩く影があった。


  俺は北からやってくるその影とすれ違うと、準備が整った事を告げられる。


  「じゃ、行きますか」


  仮にすぐ隣に人が居ても聞こえなかったであろう程度の声で呟くと、袖からアンカーを付けたロープを出して、準備する。


  前後を確認して、先程すれ違った影が西の方へ曲がっていくのを確認すると、さらにロープを伸ばし、ぐるぐると遠心力で回し始めた。


  「さて、俺のスピードチートがどれだけ一般人の兵隊に通用するのか、捕まったらアウトだろうけど、そんときはアイシスに何とかしてもらうとして、試してやろう」


  そう言ってアンカーが塀の上を越す様にロープを離す。


  動きを重視した冒険服は、多少ゆったりした作りになっていて、脇等の縫い口も広めに開いており、ズボンの足の部分くらい太い袖がそこから七分丈に伸びていた。


  その広がった袖口から次々に繋がって出ていくロープの先を、壁にうまく引っ掛かるように祈りながら眺めていると、7・8メーター程の壁の天辺を越えて小さくカチッと音がした。


  ロープをグッと引いて、ちゃんと引っ掛かったか確認する。


  うまく引っ掛かってくれた様で、少し体重を加えても取れる様子はなかった。


  「よし、うまくいった」


  そう言って先程の影が消えていった角に向かってサムズアップして見せる。


  それから塀の上を見上げて、ロープを伝って塀を登った。


  天辺に近づくと、そっと頭を上から出して塀の中を確認した。


  中には兵が数人ウロウロしているが、こちらには全く気付いていない。


  さらに塀の内側のふもとまで、兵が居ないのを確認して、サッと飛び越え、内側へ着地した。


  少し音をたててしまったが、幸いウロウロしている兵は遠く、彼らの耳には届いていなかった様だ。


  「オッケー、第一関門突破だ」


  小さく呟き、俺は左手に見える大きな建物を捉えた。


  「でけぇな。この中から少女1人を探すのは、無謀だったかな」


  等と、フラグにもなりかねない事を口走りながら、侵入目標の北側、つまり、南向きに建てられた邸宅の裏手に向かう。


  まだ兵達に見つかる分けにはいかないから、足音と兵達との距離に気を使い、庭の木に隠れて歩を進めた。


  何とか気付かれずに建物の角へたどり着くと、まだ天辺より東側にある月の明かりからも影になる建物の西側を、建物に沿って北側へ走り出した。


  巡回する兵は、どうやら”自然保護区の壁側や東の街の外壁側には配置されていない“という、カルの空からの偵察情報は間違いなく、建物の影に隠れてから兵の姿を見ることなく北側のポイントへ到達したのだった。


  「こりゃ、簡単すぎて練習にもならねぇや」


  さらにフラグ臭い言葉が口を突く。


  しかし、難なく北側の真ん中の窓を開け、建物の中への侵入を果たした俺は、この仕事の楽さに拍子抜けする。


  「ぷはー、一応息も殺すくらいの緊張を持って来たけど、そんなん要らなかったな……」


  等と、一段落した所で少しの間だけ気を弛めた。


  「しかし……、ここは納屋かな?」


  保存食や食器、調理道具やら普段使わないであろう色々なものが、棚に丁寧に整頓されていた。


  「……お?これ、ピクルスじゃねぇ?」


  そう言って手に取ったのは、瓶に詰められた小さいキュウリの漬物の様だった。


  液体に浸けられたキュウリは、緑色と言うより茶色に変色していて、見たまま俺の知識に重ねると、どう見てもピクルスだった。


  酸っぱいもの好きな俺としては、この世界に来てからご無沙汰していた食べ物にテンションが上がり、「ちょっとだけ」等と言い訳しながら瓶の蓋を開けた。


  1つだけつまみ出すと、酸っぱい臭いが食欲を刺激する。


  思わずそれを口に運び、ガブリと一口食べてみた。


  ……!?


  ガタンッ!!


  思わず力を入れて、瓶を棚に戻した。


  「ひーっ、ひーっ!」


  声を出して口に冷たい空気を吸い込む。


  ピクルスと思われた食べ物は、酸味と共に、痛烈な辛味が俺の舌を襲った。


  大騒ぎしないように必死に堪えながら地団太を踏むが、どうやらもう遅いらしい。


  「なんだ?なんか納屋から音がしたな…」


  「本当か?……ま、またネズミか何かだろ?」


  「一応見ておこうぜ」


  そんなやり取りが扉の向こうから聞こえた。


  「…やばっ!」


  まだ治まらない辛さに口を開けて冷ましながら、腰に下げた剣を抜いて臨戦態勢をとった。


  侵入さえ果たせば後は何とでもなる。


  元々、建物内では見つからない事など無理だと踏んでいたのだ。


  抜いた剣をしっかり構えると、目の前に見据えた扉がゆっくりと開き始めた。


  うす暗い部屋に廊下からの明かりが入り込む。


  開いた扉の前には、軽装鎧を着た兵が3人、完全に油断している状態で先頭の兵も後ろの兵に笑顔を見せていた。


  ヤるなら今だ!


  そう思った俺は、油断している兵に先制攻撃を仕掛けた!


  後ろの兵が俺の存在に気付くと、お約束通りに驚いた顔をする。


  そして、前に居た兵がその様子にこちらを見る頃には、俺は目の前まで詰め寄り、剣の束で思いっきり殴った!


  「ふぐっ!?」


  殴られた兵が声を漏らして後ろに吹っ飛んだ!


  そのまま兵たちの後ろにあった壁にぶつかる!


  その間、後ろに居た二人は慌てて剣を鞘から抜こうとする!


  「遅いっ!」


  俺は二人が剣を抜ききる前に、左の兵の剣を掴もうとする手を蹴りあげ、右の兵の腹を横凪ぎにした!


  「ぐあっ!?」


  「げふっ!!」


  それぞれ声を上げた所で、手を蹴りあげた兵の足を払い、背中から倒れるところを下から切り上げる剣で延髄を打った。


  「がふっ!!」


  ……ドドサッ!


  3人揃ってほぼ同時に床に倒れ込む。


  「……ふう。」


  一息ついて、3人が動かない事を目視で確認した。


  「なんだなんだ?」


  「今のはなんだ?」


  「あっちから聞こえたぞ?」


  今ので完全に建物内の多くの兵に気付かれた。


  「……しかたねぇ」


  呟いて、剣を再び構えて走り出した。


  俺の居た納屋は、正面の玄関から見てエントランスの中央奥側にある階段の裏にあった様で、1人目の兵をぶっ飛ばした時の壁は階段の裏側だった。


  俺はその壁を右手から回り込み、エントランスの中央に向けて走る。


  途中、階段の壁から西側の通路に出た所で1人の兵を倒し、そのまま広いエントランスへ出た。


  辺りがガシャガシャと物々しい音をたてて、「あそこだーっ!」「侵入者がいるぞーっ!」等の声が所々で挙がった。


  ガモーネの私設兵達は、次から次へと左右の部屋から出てきて、あっという間に20人くらいの数が見渡す限りで目視できる範囲に集まった。


  「へへっ、居るねぇ……」


  そう呟きながらも、俺は頭をフル回転させながら部屋の間取りを考える。


  さっきこの屋敷に侵入したのが納屋だとすると、食品や調理道具を保管していた事から、近くにキッチンがあることが予想される。


  そして、バカか変り者か、何か特別な理由でもない限り、ダイニングはキッチンの近くに作るはずだ。


  敷地の北側に、東西に伸びる建屋だから、真ん中に階段とエントランスがあるとなると、両サイドに部屋がある事も明白。


  さらに、ここから見渡す限りで1階にある部屋は階段の裏にあった納屋を覗いて西側に3ヵ所、東側に5ヶ所ある。


  東側の5ヶ所の扉は、北の方に感覚の狭い扉の並びを見ると、こちらはバスとトイレだろう。


  そうなると、水回りのキッチンもバスやトイレとまとめたい所だが、水回りは配管の問題でどうにでもなる反面、納屋とキッチンが離れると利便性が損なわれる為、住む人の立場になれば納屋にキッチンを近付けるはず。


  そう考えれば、自ずと東か西かと言えば、西側がキッチンとダイニングのセットになる。


  東西共に最も玄関に近い部屋と、東側の真ん中の部屋は、金持ちの家にありがちな応接間と書斎のセットと、寛ぐためのリビングと言った所だろう。


  それなら、リビングはダイニングの隣の西側で、書斎と客対応する応接間のセットが東側となる。


  来客にトイレが分かりにくいのも配慮が足らないから、来客を迎える応接間の近くにトイレを持ってくるのも理由の1つだ。


  ここまで、兵達を見据えて敬遠しながら考える事2秒程を費やした。


  その間、玄関からも外に居た兵たちが入ってきて、2階からも兵が集まった。


  その数ざっと30人は下らない。


  しかし、建物の中でそんなに集まっても、一斉にたった1人に切りかかることなどできはしない。


  法術も仲間まで巻添えにしかねないから、建物内では法術も使えないだろう。


  つまり、ここからは見た感じ多勢に無勢だが、建物内である以上、剣のみの戦いになり、しかも相手は多勢側で周りの仲間を気遣っている以上、ある程度の範囲に縛られ、且つ規則的な攻撃しかできない事になる。


  それがわかっていれば、こんな状況でも落ち着いていられる自分が居た。


  「しかし、随分集まってくれたなぁ」


  俺が誰にともなく言い放った。


  「お前は何者だ!?」


  もっともなご質問で。


  「ここに何しに来た!?」


  それも、ごもっとも。


  「まだガキじゃないか!」


  そりゃ、甘く見すぎだぜ?


  「……まあいい。俺はここの奴隷を解放しに来た!怪我したくなかったら、大人しく奴隷たちの居場所を教えろ!!」


  この屋敷全体に聞こえるくらいの大声で言ってやる。


  「はあ!?お前、バカじゃないのか!?」


  お決まりのセリフッスか。


  「これだけ兵が居るのが見えてないのか!?」


  「怪我すんのはお前の方だろ!!」


  「バカ言ってんじゃねぇ!」


  1通りの罵倒を聞いて、「そうだそうだ!」「うおーっ!」等と盛り上がりを見せる兵達に、俺は剣を構えて臨戦態勢をとる。


  「話しても通じない様だな!」


  そう最後に投げ捨てた。


  「おい、コイツ、マジでやる気だぜ!?」「マジでバカじゃねぇの!?」等の声が上がるなか、俺は瞬時に目の前の兵を5人倒す。


  「……えっ?」


  誰かが狼狽える声を聞いた。


  しかし、もう遅い。


  俺は、ヤらなきゃヤられるだけだから、既にやる気満々で踏み出していた。


  先に倒した5人の後ろ。


  少しの間に飛び込んだ俺は、身長差を活かして6人目の懐に入り込み、下から思いっきり顎目掛けてジャンプする!


  「ごあっ!!」


  と声を挙げながら後ろへ倒れる兵が倒れきる前に、左右に居た兵達に剣を浴びせた!


  右には左下から切り上げ、そのまま体だけ左に回して振り上げた剣を左の兵に振り下ろす!


  そこから6人目が倒れたばかりのところへ後ろに居た兵へ切り上げた!


  そして、その左に居る兵を右から横凪ぎにし、左前方へ踏み込んで奥の兵に左から横凪ぎにする!


  呆気に取られている右側の兵を蹴り飛ばし、左のさらに奥へ飛び込んで、少し距離を開けていた兵に瞬時に詰め寄った!


  「…う、うご!?」


  呻く寸前を鳩尾に束で突き、その右に居た兵にはくるっと回転を加えた裏拳を全力で叩き込んだ!!


  至近距離の兵が全て倒れたのを一瞥して、俺は一息つく。


  「……ふう」


  兵達は身動きすらできずに驚愕の顔を露にした。


  「俺は無傷だが、あんたらはもう12人もたおれてるぜ?……てか、納屋の方から数えると、16人だ」


  俺がさらに続けると、ようやく口を開く兵が居た。


  「……う、嘘だろ……?」


  「嘘じゃないさ」


  俺はさらっと返した。


  兵達のざわめきが広がる。


  「いや、マジで見えなかった」


  「お、俺もだ……」


  「……こ、こりゃやべぇ」


  「コイツ、本気だ!」


  「やべぇ、コイツ無茶苦茶強えぇ!!」


  段々と我に返る兵達は、一瞬の出来事に驚き、恐怖し、混乱した。


  ギャーギャーと騒ぎが大きくなり、全ての兵が慌てふためきながら、捕らえるべき侵入者を置いてエントランスから姿を消したのだった。


  「しまった!やり過ぎた!」


  そう。


  逃げられては奴隷たちの居場所を聞き出せないのだ。


  それによって今回の計画も破綻しかねない。


  俺はこの、だだっ広い豪邸のエントランスで、ポツンと立ち尽くしたまま、しばらく固まったのだった。

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