お子ちゃま天使と女の子♪
情報収集は順調だった。
黒の鎧を着た軍、もしくは騎士団を持つ国や自治団体は、世界に3つあるのだそうだ。
1つ目は、西大陸北方のメリク地方にある、グーリッド公共国と言う国に本部を構える人族の傭兵団がある。
その支部がこの東大陸にも進出していて、東大陸の中でも西の方にいくつかの拠点があるらしい。
その傭兵団は、黒ずくめの軽装鎧を統一して装備しているそうだ。
2つ目は、これまた西大陸にある、南方のリザードマンの領地だ。
国の様な規模の領地で、自治的に政治が執り行われている領主独裁の自治区だった。
北の大陸で最も南大陸に近い地域で、南大陸との間にある海峡には常にいくつもの大渦があり、大量に、不規則に発生するため、そこから南大陸へは船では絶対に渡れないとされている。
その海峡は別名“地獄の入口”とも呼ばれる。
そして、地獄の入口の目と鼻の先にあるリザードマンの領地は、“地獄の使い“と言う名の、黒い鎧を着た兵団があった。
リザードマンは片言しか人語を話せない上に好戦的で、常に周りの諸外国と小競合いをしている野蛮な種族だ。
そして最後は、ルーの家があった森を領地に含むシン国の北に位置するカ帝国と言う国である事がわかった。
カ帝国の軍は、黒を基調とした鎧を纏い、暗黒神を国神として崇め、軍事力では東大陸で1番の規模を誇る。
現在地からは1番近く、もう1度来た道を戻る様な流れになるが、今のところ仕入れた情報では、1番可能性が高いとも思われた。
何せ、ルー達はシン国にあるあの森で、統率された軍団から侵略される様に母を奪われたのだ。
それだけでも3つの中では隣国で1番近いという理由から、1番疑わしい。
さらに、帝国軍というのなら、立派な軍隊であり、人1人拐う事など容易くやってのけ、且つ5年もの長期間監禁するための、牢屋の様な施設も当然の事ながらあるだろう。
ルーの家から反対方向へ来てしまったのは痛手だが、当時は情報も少なすぎたし、セグ爺に出会った事で、俺もそれなりの戦力になれたのだから、その辺りはノーカンにしておこう。
既にルーの母親がどうにかされてなければの話だが。
一先ずの目標としてはカ帝国へ行くことにしたのだが、ルー達の反応が重い。
「そうと決まれば、早く助けに行こう!」
俺が力強く二人に言葉を投げ掛けるが、二人は浮かない顔をする。
「大丈夫だ!戦力差なら、逆に少ない方が潜入とか、やり方はあるさ!」
さらに続けるが、尚も二人は俯いていた。
理由はわかっている。
先程、ルーがぶつかってしまったあの少女だ。
俺達は、助けを求める彼女に、手を差し伸べる事なく、目の前で大人の男3人に連れ去られてしまったのだ。
「……お兄…ちゃん……」
眼に涙を溜めて、顔をあげた我が義妹は、それだけ言うと無言で眼で訴える。
「……わかったよ。いや、わかってたさ。あの子を助けたいんだろ?」
義妹は無言のまま、コクリと頷いた。
カルも、黙って俺達のやり取りを見守る。
「……よし、俺が何とかしてやる!」
そう言うと、二人の顔が明るくなっていくのがわかった。
「ただし、お母さんを助けるのがその分遅れるんだから、モタモタしてられないぞ!?」
キツい選択を迫るようだが、現実が差し迫っている以上、甘いことは言ってられない。
「うん!わかってる!お母さんなら大丈夫!」
「よっしゃ!ボクも頑張るよ!」
ルーの後に、ここに来て話がまとまればやる気を見せるカルが続いた。
「お母さんの波長は元気に感じるから、そんなにひどい目にはあってないハズだもん」
俺の懸念材料を消してくれようと、ルーはそう補足する。
「わかった。それなら、やることはまず、情報収集だ」
「「うん!!」」
二人揃って元気な返事を返してきた。
「よし、じゃあ行くか!」
俺が商業区に戻ろうとすると、二人も後から駆け寄ってついてくる。
「……ところで、若様はどうやって情報収集するの?情報を集めるにも何を聞いたら良いのかわからないでしょ」
カルが浮かれ顔から我に返る様に聞いてきた。
「その点は、俺の予想が当たっていれば問題ないはずだ」
ルーもカルの言葉に素に戻るが、俺の言葉で再び少し明るくなった。
未だ訝しい顔をするカルだが、ルーもなにも言わないのを見て黙ってついてきた。
予想が外れたらぬか喜びさせてしまう事をふまえて、あえて説明は省く。
そうこうしている間に商業区に着くと、露店商が立ち並ぶ中から1つを選び、声をかけた。
「オッチャン、悪いんだけど、また別件でちょっと教えてもらっても良い?」
俺が声をかけたのは、黒い鎧を着た軍の情報収集で、色々と教えてくれた中古武具屋の露店商だ。
この商人の情報量が多かったのもあり、今回の件についても色々と聞けるのではないかと踏んでいた。
「ああ?またボウズか。なにも買ってくれないなら客じゃねえ。他当たりな」
そう言って、しっしと手であしらわれた。
「そうツレナイ事言わないでくれよ」
簡単に引き下がるワケには行かない。
「あのなぁ、この世は“貰うなら与えろ”だ。お前さんが貰いたいものがあるなら、相手に与えるもんが無きゃ貰えん。よく覚えとけよ。ボウズ!」
ギブアンドテイクって事だな。
流石のこの世界にも、商人魂みたいなもんがあるって事か。
それなら、小金を持ってる今の俺たちには話が早い。
「……じゃあ、さっきの分も含めてあのステッキ貰うわ。これでどうよ?」
「おう。客ならちゃんと買ってくれなきゃな!それなら、情報くらいサービスしてやるよ!」
ルーも自分の身を守るのに何か得物があった方が良い気もするし、かと言って剣士って言うよりはプリーストって感じだから、ステッキみたいなのがちょうど良いだろう。
「オッケー!じゃあ早速なんだけど、この街で奴隷とか使ってる金持ちとか居る?」
店主がステッキの先に付いている石が法術の力を増幅するのだとか説明しているのを余所に、情報を聞き出す。
俺の言葉に、ルー達は訳もわからずキョトンとした顔をするが、商人のオッチャンは違った。
大きく驚いた顔をしたのだ。
「なんだボウズ。黒の軍団に身内が拐われたとか、奴隷を使う貴族とか、なんか物騒な情報ばかり欲しがるなぁ」
表情を普通に見せようとする様な仕草に、何か引っ掛かるものを感じた。
「て言うか、若様はなんで奴隷の事を聞いたのさ?」
「そうそう」
手元の二人は完全に虚を突かれたのがわかるが、店主は何やら隠し事をしようとする顔だ。
「いや、さっきの黒鎧の話とは別件なんだ。たまたま数人の使用人か何かに連れていかれる奴隷を見たから、旅の共に荷物持ちでも雇おうと思って、奴隷を使う貴族に良い奴隷商人を紹介してもらおうと思ってさ」
奴隷商人への用も絡めて、奴隷を使う貴族も含めた情報を聞き出すのにも、頭をフル回転させた。
隠し事をするのは何か裏があるはずだから、裏を探ろうとすれば、場合によっては警戒されるかもしれない。
奴隷を買うと言う話ならその裏を話す必要もないから、奴隷を使う貴族から商人までの名前程度の情報は聞けるだろう。
「そう言うことか。それなら、この街で貴族と言えば4人だな……」
と言う前置きから3人の貴族の名前と家のある場所を店主が説明する。
「……ってとこだな。そして、最後の1人は、お前さんが知りたがってたもう1つの奴隷商人の話も解消するかも知れねぇ、ガモーネ・ベルズだ。この街で1番の金持ちとさえ言われてて、貴金属商と片手間に奴隷商をやってる。先に話した3人の貴族も、みんなコイツから奴隷を買ったらしいから、この街で奴隷を探すなら、ツテを使ってもまずガモーネに行き着くだろうな」
一通りの話を終えた様に、紙で包んだ杖を差し出し、金を受けとる。
杖はルーに渡しながら、俺の頭はピンと1つの結論を弾き出した。
間違いない。あの子はガモーネの所にいる。
そう確信した俺は、先程の店主の顔を思いだし、賭けに出た。
「じゃあ、ついでに冒険服とかもここで揃えちゃうか!」
俺は、異世界召喚されても、未だに向こうの私服を着ていた。
ここらで冒険服に変えても良いかとは思っていたのだ。
「……お?お、おう。ありがとな」
店主は訝しい顔をしながらも、商品を買うと申し出た俺に服や防具の方へ手を向けて「この辺から選んでくれ」等と付け加えた。
「ありがと。んじゃ、これと……これとこれ、あ、あとこれも」
俺がいくつかの服やマント、ベルト等を選ぶと、大きな麻袋にまとめてこちらに差し出した。
「いやあ、ありがたいねぇ!こんなに買ってくれると思わなかったから、さっきはあしらったりして悪かったなあ!」
先程までの訝しい顔を崩して、満面の笑顔で詫びた。
「ああ、その事なら気にしないでよ、オッチャン!……はい、1500セルね!」
俺が代金を差し出すと。
「お、おい、こりゃ会計より多いぞ……?」
500セルだった服類に、1000セル上乗せして渡した事に驚いた店主が狼狽える。
「ああ、それはほら、これから話してもらう情報料だよ」
俺がニッコリ笑ってさらっと答えた。
驚いた顔の店主が、だんだんと真顔になって、ほとんど見分けがつかない程に小さく頷いた。
「ここじゃなんだろ?ちょっと付き合ってくれない?」
「……おお、わかった。ちょっと待てよ?」
店主は露店の横から前に出ると、隣のアミュレット屋に声をかけ、留守番を頼んで俺たちを案内し始めた。
ちょっとコジャレた喫茶店の、個室に案内された俺達は、店主の奢りでそれぞれに飲み物を頼む。
「いやあ、あんたは若いのに眼が利くねぇ。マーダ・ブリクってもんで、今後とも長いつき合いを、お願いしますよ!」
マーダと名乗った商人は、店員が飲み物を持ってくるまで、他愛もない話と自己紹介で場を繋ぐ。
聞けば、この街の中央区に店舗を構える武器防具屋で、露店の隣にあったアミュレット屋も同じ店の出張店だったらしい。
この国の主要な街には店舗を構えていて、なかなかの腕利き武具屋だった。
しかも、マーダはその社長らしく、この街では商人会などで顔の利く存在だとか。
店員が飲み物を持ってきて、個室から退室したのを見計らって、マーダは話を切り出した。
「話は察してる。お宅も家族が奴隷商人に拐われたと踏んでるんだな?」
真剣な面持ちで、とんでもない勘違いを口にした。
……
……
……
俺は話を訂正して、奴隷商人を探す本当の目的を話した。
そこでマーダはガモーネに関わることを止めにはいるが、ルー達の強い要望により、ガモーネに関する情報を提供してくれた。
ガモーネは、この街の北東にある山から金脈を掘り当て、貴金属商を生業にしていて、片手間に奴隷商を商っているという。
表向きはそうなっているが、それには実は裏があると言い出した。
この国では奴隷が合法でも、あくまで自力で納税もできなくなった人を、自殺する前の最終手段として生かす為に、住み込みで家事手伝いや雑務をする仕事として作られたのが奴隷制度なのだ。
つまり、そう易々とは奴隷が手に入らないのが実状で、それでも奴隷を絶やさないガモーネは、非合法に奴隷を手に入れているという噂が出回ったそうだ。
その方法の1つが人攫いだ。
マーダはそれを知っていて、母が黒鎧に拐われたと言っていた俺達がその事に行き着き、ガモーネに拐われたと俺たちが疑って聞きに来たのだと勘違いしたらしい。
俺たちが銀髪の少女の話をすると、マーダは、少女を連れ去った3人の男はガモーネの使用人だと言った。
売られた奴隷達は貴族のお供をしていて、どちらかと言えば奴隷自体が貴族の使用人として仕える。
しかし、逃げた奴隷を連れ帰る等の事を、使用人として仕える奴隷がする事もそうはない。
なぜなら、同じ奴隷同士、お互いの苦しみが分かるから、痛みや苦しみはお互い分け合って生きている。
つまり、1人の奴隷が逃げた時、逃げた奴隷に自分を重ね、希望を託して逃げる手伝いをする。
他の奴隷はその逃げた奴隷を助ける事はしても、捕まえる事はしないと言うのだ。
そうすると、少女を連れ去ったのは、必然的に奴隷ではない事が言える。
さらに、3人という複数グループで動く事から組織的な動きだと判断できるし、連れ去ったなら戻る場所があって、そこが奴隷のいた場所と同じなら、連れ去った者達もそこで仕えていると考えるのが自然と言うのだ。
それらの状況から、奴隷と数人以上の組織的な軍団を有している、この街の貴族として名高いのは、ガモーネしか居ない。
そして、ガモーネなら、組織的な軍団は私設兵がある。
といった具合に、少女を助け出すための標的があぶり出された。
「なるほどな。それなら、俺達の本当の目的をする前に、規模は格段に違うだろうけど、対組織への練習にもなるわけだ」
俺がそんな事を口にすると、マーダが少し難しい顔をする。
「あんた達は、何者なんだ?」
「……そうだな、俺はこの世のものじゃないとだけ言っておこう」
ちょっと悪戯を込めて、個室でマーダ以外の一般人に聞かれていない事を良い事に、ニンマリ笑って見せた。
「……は、はは、ま、まあ、そう言うことにしておこうか」
マーダも少し本気にしたのか、若干ひきつっていた。
しかし、嘘は言ってない。
「見たことも無い喋るモンスターを連れてるし、変わった兄妹だとは思ったが、単なるテイマーとかでも無さそうだしな。……よっしゃ、1度乗っかった船だ。今後とも長いつき合いを申し出たのも俺の方だし、俺で力になれる事があったら力になってやる!その代わり、武具やその他の相談はまずウチにしてくれよな!?」
話すことを話したらスッキリしたらしく、急に饒舌になり始めるマーダ。
「ああ、それなら早速頼みがある」
「ええっ!?いきなりですか!?」
「ああ、もちろんだ」
「え~、今は“じゃあその時はよろしく”みたいな事言ってひとまず解散な流れじゃ無いのかよ!」
俺の返しに狼狽えるマーダが、最後は半泣きの様に崩れ落ちた。
それから、俺はルー達も交えて少女救出の作戦を話し始めた。
1通り話した後、色々と説明を聞き、マーダには頼みたいことを伝え、良い返事を聞けたところで俺達は喫茶店を後にした。
「あの子、無事助けられるかな?」
ルーが不安を口にするが、安易に大丈夫等と言ってやれない。
人間、思い通りになんてそうそううまくはいかないものだ。
後は、本番での状況に合わせて、どれだけ機転が利くかに頼るしかない。
それでも、俺はルーに伝える。
「大丈夫だ!俺が何とかするさ」
「若様、急にカッコいい事言ってくれるねぇ」
「はあ!?なに言ってんだカル!俺は元々カッコいいっつーの!」
「えー、このまえまで戦いもまともにできないヨワヨワだったのに……」
「だあーっ!それは言わないで、カルさま!お願い!」
「あはは、お兄ちゃんったらもう……」
空には夕方のオレンジの光を放つ太陽が西に落ちようとしていた。
決行は今夜。
夕飯時の警備交代の時間帯。
それまでに、ちょっと遅くなった昼飯を食べて、俺達は少女救出作戦に備えるのだった。




