人類みな兄弟ではない!?
「すげぇ!猫耳、猫耳!!」
初めて訪れた街ディロイにて、人の往来に目を輝かすのは、ゲームの世界でしかお目にかかる事が無かった、獣人と呼ばれる亜人を見た俺だった。
獣人と言っても、見る限りでは意外と顔まで毛むくじゃらな獣人は居ない。
リアル狼男らしき獣人も、鼻先は少し出ているが、毛は普通の人と同じく眉毛と睫毛と髭があるくらいで、マンガなどでよく見る獣顔ではなかった。
この世界でも人類の中で1番多い種族は人で、見える範囲でも半分以上は人が占めている。
背丈や体格等も俺が居た地球の人達とさほど変わらない様だ。
その中にはホビットもドワーフらしき人種も居て、特に俺達の目を新鮮な色彩で注目させたのは、姿形も多彩な獣人達だった。
「うわぁ、ホントだ!…あ、あっちの人の耳は何かなぁ!?」
俺とは別の意味ではしゃぐのは、我が義妹のルーシュだった。
単に箱入り娘で世間知らずのルーシュは、始めて来た街で始めて見る種族の人類に心を踊らせているのだ。
セグ爺の案内でホーリエを案内されたときにも、ホビットの人々を見て「ホントに皆小さいんだねぇ!」等とはしゃいでいたものだった。
「若様もお嬢も、ちょっとはしゃぎすぎだよ!……ほら!そんなに見てたら失礼でしょ!?」
普段なら、1番子供っぽいカルが、こんなときは年甲斐を見せて俺達をなだめる。
実は、カルは精霊として生を受けて、150歳以上の歳を過ごしているそうだ。
動物の様な今の実体を手に入れるまで、裕に100年はかかるのだとか。
それまでは実体の無い小精霊として、光の球みたいな姿で世界を意思もなく彷徨うのだと言う。
ある意味、カルはすでに世界中を飛び回った経験者でもあるのだが、意思が無かった為に、何も考えずに飛んでいただけだから、小精霊の頃の記憶はかなり希薄らしい。
「しかし、歩いて4日で来れるなら、そんなに遠い距離では無いみたいだな」
ホーリエからの道中を振り返り、俺がふと声を漏らした。
「時間にしたら、睡眠時間を除けば50時間くらいだから、ぶっ通しで歩けば2日で着けたね」
カルがそんな軽口を叩く。
ちなみに、どうでも良い話だが、「“カル”の“軽”口」と言ってもシャレのつもりは毛頭ないので、今後ともあしからず。
「全く寝ないで歩くのは危険だから止めた方が良いよ」
ルーが困った顔をして、カルをたしなめた。
「さて、まずはギルドに行こう。それから精肉店と換金所だな」
「そうだね。先に売りさばいちゃったら討伐した証拠が無くなっちゃうからね」
「倒したモンスターに懸賞金かかってると良いね」
俺の話にカルとルーが同意する。
大体の町は、門の近くにそれらの施設がある事が多いとセグ爺が言っていた。
ディロイでも例に違わず、少し歩くとそれらしい建物が目に入った。
「あ、お兄ちゃん、あれがギルドじゃない?」
「おお、あったな。……ってか、その隣が換金所だ」
「ホントだ!しかも、5軒先には精肉店も見えるし!」
「セグお爺ちゃんが言ってた通りね」
幸先良く最初の目的を果たすと、俺達は明るいうちに宿の部屋を取り、旅の荷物を置いて街にくり出した。
北門から入った俺達は、北側の真ん中辺りの宿を取り、北東部の自然保護区から流れる川に沿って中心街へ向かい、手に入れたお金の市場価値を確認すべく、商業区を練り歩く。
「宿代を見ても思ったんだが、俺達って意外と小金持ちになってたりするか?」
この国の通貨はセルと言うらしく、日本円との為替相場はわからないが、宿代を見ても1人1泊朝食付きで500セルちょっとだった。
しかも、二人目以降は一部屋に最大6人迄で1泊2食付きで200セルちょっと。
かなりお得な料金システムだった。
そして、こうして街に繰り出せば、色々な物の値段が目に入るから、相場を把握しやすい。
リンゴの例で言うと、1カゴ5個入りで16セルで、飲食店の定食の様なセットメニューで40から50セル。
今の俺達の手持ちの金は、約8000セルだ。
かなりざっくりとした計算だが、平均的に日本円の約20倍くらいの通貨価値がある様だから、俺達は日本で言えば16万くらいの金を持っている事になる。
今では、いや、俺が居なくなる直前までの俺の居た世界では、正社員として飲食店の店長をやっていた母だが、確か共働きを始めた当初のフルタイムパートでの給料が月に14万も行かないとか言っていた気がする。
そんな稼ぎを俺達は3人で、たった4日で越えてしまった。
そう考えると、オイシイ仕事なのかも知れない。
そんな事を思いながら、歩き疲れた俺達は、とある喫茶店に足を運んでいた。
「……あ~、喉渇いた~」
「ジュースでも飲んで、少し休もう」
「ルーはポッパー飲みたい!」
セグ爺の稽古を終えてから、俺が多少なりとも頼りになっているのか、ルーは時折自分の事をルーと言って甘えてくる事がチラホラ出てきた。
カルがそれを見て何も言わないところを見ると、ルーには元々そういうところがあって、今の甘えん坊な感じがルーの自然体なのだろう。
ちなみに、ルーが言うポッパーとは、この世界で言うところの炭酸ジュースの総称だ。
メニューを見たルーは、散々悩んだ挙げ句「オラポッパーにする!」と意を決する様に言っていた。
オラとはオレンジの事を言う。
つまり、オラポッパーとは、オレンジサイダーといった飲み物の事だ。
みんなの注文したいものが決まって、オーダーを取りに来る店員に各々好きな飲み物を頼み、窓際のテーブルで人々の往来を眺めていた。
ふと、隣のテーブルの話し声が聞こえる。
「やべぇとこだった!俺、ビビって逃げ出しちまったよ!」
俺達から遠い方のイスに座るゴツいオッサンが声をあげる。
「そりゃしょうがねぇよ。マッドホーンなんかに出くわしたら、ケツに盾当てて逃げるが勝ちってなぁよく言ったもんだ」
手前のキツネ耳の獣人が、店員が持ってきたばかりのコーヒーを片手にそう言って、1口飲んだ。
「それも、5匹だぜ!?1匹や2匹なら頑張ってもみるけどよぉ……」
泣き言混じりの会話が続く中、俺はここまでの道のりを振り返っていた。
マッドホーンと言えば、俺達もここに来る途中で出くわしたモンスターだった。
頭部左右から生えた太い角が、うねって前方に付き出す様に伸び、それを武器に突進してくる危険なモンスターだ。
左右に避けるとすぐに止まり、首を真横に向けて下から突き上げてきたりと、左右、前方に対する攻撃に優れた、牛みたいな姿をしていた。
その巨躯は、四つん這いの姿勢で背中までの高さが2メートル近く、ちょうどクーガと同じくらいの背丈だったが、横の太さはクーガの倍くらいありそうな、筋肉質の体型だった。
カルのトルネードでもなかなか浮き上がらなかったから、3人で囮と攻撃を交代でこなし、横や後ろから攻撃して倒したのだ。
群れで行動する習性らしく、俺達は1度目のエンカウントで8体、2度目は11体もまとめて仕留めたのだった。
ここに来るまで、そう考えるとたくさんのモンスターに出くわした。
中にはそういった強敵も居て、普通の旅人なら隣のテーブルの人達の様に、出くわしただけで逃げてしまうのが当たり前のモンスターも居るのだ。
だとすれば、俺達はそれなりの死線を潜ってきた事になる。
ざっと数えても30匹以上のモンスターをこの4日間で倒してきたわけだが、それだけの死地を切り抜けてきて稼ぎが16万となると、命を懸けた仕事としては利益が適正なのかどうか、怪しいものだ。
隣のテーブルの人達は、旅人を始めてわりと長い様で、いつの間にか過去の武勇伝を語り合っている。
そんな彼らを見ていると、俺達は天使の治癒力に精霊の助力、セグ爺から教わった戦闘速度チート能力と、旅人として生きていくには余力ある力に恵まれた事に感謝したい。
それでも、アイシスとの約束は怠けず精一杯生きることだから、余裕をもて余して慢心しないように気を付けよう。
そんな事を思いながら、窓の外を眺め続けていた。
すると。
「……ちゃん……お兄ちゃん!?」
ルーが俺を呼んでいた事にようやく気付いた。
「……あ?どうした?」
「もう!ルーの話聞いてる?」
ちょっと怒った顔をするルーを見て、天使もこんな人間臭い怒り顔するんだなぁなどと、どうでも良い感慨を抱いていた。
「……あ、ああ、ごめん、なんだっけ?」
「だから、これからどうやってお母さんを探すのかって話!」
頬を膨らませて、オラポッパーをガブッと飲み干す。
「ああ、そうだな。とりあえず時間はまだあるから、まだ飲みたい物があったら頼みな」
「ホント?じゃあ次は、ジーポッパーにしよっと」
そう言って、手を上げて店員を呼ぶ。
ジーはブドウだから、グレープサイダーの事だ。
「お嬢、その前にボクのも飲みきれないから飲んで良いよ?」
カルがストローで飲んでいたスーベマーク、いわゆるイチゴミルクをルーの方へ押しやった。
「うん、じゃあジーポッパーの後にもらうね」
そう言った所にちょうど先程呼んだ店員が来て、ルーがグレープサイダーを頼んだのを見計らって、俺から話を切り出した。
「ルーのお母さんを探すって言っても、拐われたワケだから、拐ったヤツらを見つけるのが先だって話は前からしてたよな?」
体が小さくてイスに座るとお互いが見えないカルは、テーブルの隅でちょこんと座ってこちらを見ている。
「うん。でも、あの時の人達はルーも知らない人達だったよ?」
「そう。そこが問題だ。つまり、拐ったヤツラの情報が、20人くらいの黒い鎧を着た軍隊、もしくは騎士団って事だけしか情報が無いって事だ」
そこまではルーの家を出発する前に話していた。
最も、騎士団と言うのは元々”軍隊みたいな連中“と言う話を俺なりにこの剣と魔法の世界に合わせて考慮したものだが。
「うんうん」
ルーが口に出して、カルは無言で頷く。
「そこで、ここに来たワケだ」
「「???」」
俺が言うと、二人揃ってきょとんとした顔をする。
この世界の人達は、みんなこうも察しが悪いのだろうか。
「情報が少なすぎるせいで探せないんだから、無い情報は集めなきゃだろ?」
俺が二人の顔を見比べると、二人ともようやく気付いた様だ。
「なるほど!そう言う事か!だから若様はジッチャンに近くで人類の多い街が無いか聞いてたんだね?」
「ああ!そっか!」
二人で今更ドヤ顔されても、全然格好良くない。
「ま、まあそんなとこだ。そこで、この街で兵隊とか警備の連中か、商人らしい連中を見つけたらそれらしい軍隊みたいなのを見たことがないか、聞いて回るんだよ」
人差し指を立てて二人に向け、横にちょいちょい動かしながらレクチャーした。
「兵隊とか警備はわかるけど、何で商人なの?」
またまた察しの悪い返答がカルから返ってきた。
「あのな。商人って言えば、色んな街を回って行商とかするだろ?だから、他の町や国に行った事のあるヤツだって中には居るだろうし、そう言うヤツが色んな情報を持ってたりするもんさ」
ファンタジーもののゲームやマンガ等でよくある話だ。
伊達に半ニート生活を送ってきたワケじゃない。
その時培った知識を、この世界では存分に発揮させてもらうのだ。
「へえ~、意外と若様はこの世界に詳しいんだな」
カルが見直した様に感心する。
「カルは人間社会に慣れてなくて、ルーは箱入りすぎなんだよ」
俺がそう言うと、カルも興味を持ったのか、爛々とした目で聞いてきた。
「じゃあ若様の居た世界の商人はそんな感じで情報を持ってるんだ」
俺の居た世界の話となるとちょっと違う気もするが。
「まあ、そんなもんかな。と言うより、俺の居た世界にはこの世界に似た様な世界の情報も多少流れてるってだけさ」
間違った事は言ってないつもりだ。
「へえ~、なんかスゴいな……」
と、声が尻窄みに小さくなっていくカルを置いて、ルーと話を進めた。
この後はさっきまで歩いていた商業区に戻り、商人から当たることにして、残りの飲み物をゆっくり飲んでいた。
ふと、人々の流れを見て思った事を口にする。
「そう言えば、これまでにも何種類かの人類に会ったりしたけど、先祖ってみんな一緒なのか?」
「センゾって?」
俺の呟きにルーが反応した。
「お父さん、お母さん、お爺ちゃんお婆ちゃんに、その先のお爺ちゃんとかお婆ちゃん達の事だよ。俺の居た世界ではそう言うのを1くくりにして、先祖って言うんだ」
「ああ、エンダーズの事ね。それなら、種族毎に違うって聞いた気がする」
俺の言葉で通じたのか、ルーが答えてくれたのだが、なんか響きが英語みたいだ。
もちろん、英語ならancestorと言うのが本当の先祖という単語のハズだが、エンダーズと聞くと、”end“に「~する者」という意味の”er“を付け、最後に複数形の”s“を付けた“enders”。つまり、“終わった人達”という造語の様に聞こえる。
これは、頭でわかっているものに当てはめようとする作用が働いたせいだろうか。
「エンダーズの事を聞くなら、お嬢より長生きしてるボクの方でしょ」
カルがそんな前置きをして話に割り込んだ。
「ボクが知っている限りでは、種族毎に違うハズだよ。人間に進化したサルを基準とすると、まだ会ってないエルフは毛が金色の少し小柄なサルなんだけど、今では比較的人間より身長は高くなってるね。ホビットは確か同じサルでもエルフのよりももっと小型種のサルだったはず。ドワーフはそのホビットと同じエンダーズに行き着くけど、進化の過程で地下に適応したらしい。ここまでは似た者同士の種族だね」
「ほうほう…」
やはりエルフの存在はこの世界にもあった。
これは1度お目にかかりたいものだな。
特にエルフの女子には。
俺だって男の子だもん!
「カルすごいね!よくそんな事を知ってるねぇ」
感心する俺の後にルーが誉めたてるのを聞いて、ドヤ顔になったカルが続けた。
「これからは全く違うエンダーズに行き着くよ。その中でも最も人間に近いのはオーガのゴリラだね。そして、ゴブリンはコボルドと同じ犬。これも進化の過程で別物になっちゃったパターンだけど、どうやらゴブリンは、コボルドには無いネズミみたいな種の血も引いてるみたい。それから、ハーピーは鷲。リザードマンはトカゲ。マーマンやマーメイドはイルカやオットセイって聞いたな。因みに、獣人達は大枠で分けると人間族と同じ。原始の時代に、人間族からちょいちょい他と違う子が生まれて、やがてそういう子同士が子供を作ったら、だんだん動物の特徴が強く出てきて進化したらしいよ。……これで人類全部言えたかな?……うん、まあこんなとこだね」
最後の方はカルが独りごちて締める。
「この世界にはそんなに人類の種族が居るのか」
獣人については遺伝子とか、染色体とかの問題だろうか。
人間の体にも他の動物の遺伝子とかがあって、それらを抑制することで今の姿を維持して進化しているらしく、その抑制が無くなったりしたら別の動物の特徴が体に現れたりするとか何とか、生物の先生が余談で話してた気がする。
本当かどうかは知らないけど、なんかそう言う類いの話っぽいな。
だとすると、突然変異とかが関係するのかな?
それに天使や神も実際に見てきた以上、悪魔や邪神も居るんだろう。
異世界ゲームに登場する大まかな種族はかなり網羅してるのではないか。
この話はそれほど広がらなかったが、これからこの世界で旅をするには、知っておいて損は無いだろう。
カルもあまり詳しくはなかったのだが、最後に世界にはそれぞれの種族の集落が点在し、幾つかの種族は国まで築いてるらしい事も聞けたので、俺は一応頭のすみに置いておく事にした。
圧倒的に国が多いのは人間らしいが。
それから俺達は適当に話をしてルーが飲み物を全て飲み干すのを見届けてから、情報収集の為に喫茶店を後にする。
店の出口を出てまずは先程通過価値の確認に通った商業区へ、旅の行商を探しに向かうのだった。
そうして商業区に差し掛かる道の曲がり角を曲がると、先頭を歩いていたルーが突然短い悲鳴を挙げて尻もちを突いた。
俺は慌てて駆け寄り、ルーに声をかける。
「お、おいルー、大丈夫か?」
そう言ってルーに手を差し伸べながら、角を曲がってルーの前を見る。
するとそこには、銀髪の長い髪に銀色の瞳をした、褐色の肌の少女がルーと同じように尻もちを突いていた。
髪は飾り気の無いストレートヘアを背中の真ん中まで伸ばし、少し土埃で艶が鈍く輝いている。
これは完全にルーが角を飛び出したせいで、出会い頭にぶつかったのだ。
「いたーい!」
半べそをかきそうなルーの頭を撫でてやりながら。
「あ、あの、すいません、ウチのルーが……」
お詫びを口にする俺を遮って。
「助けてください!!」
銀髪の少女が突然俺の腕にすがり付いてきた。
「……へ?」
何事だ!?
白いボロボロのワンピースを着たルーと同じぐらいの歳に見える少女が、必死な形相で俺の顔を見る。
「た、助けてって……!?」
何が何やらわからない。
ひとまず俺がどうすれば良いのか考えている間に、商業区の方の角から大人の男が3人、こちらに駆けてくるのが見えた。
これはヤバイことに巻き込まれたのでは!?
そんな予感に俺はその場で固まった。
体が言うことを聞かないまま、その場で動けずに居た。




