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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
25/83

チートの始まり!

  あれから村に着くまでは世間話やそれぞれの身の上話に花を咲かせ、夕方に村に到着した。


  あくまで、ルーが天使である事と、俺が異世界人であることはバラさず、セグも深く追求してくることも無かった。


  セグの家に荷物だけ置いて夜まで軽く村を案内してもらい、村の飲食店でホーリエ名物だと言う、レバーをドロドロにミキサーしたものを絡めて、肉や野菜と炒めた料理をご馳走になり、1泊目は終了。


  1泊終えてから1週間の稽古が始まるが、初日は朝から念力の練習を行う事になった。


  全身の全ての毛穴や汗腺などから汗の湯気を吹き出させる様なイメージで、全身から念力を放出するのが基本らしく、セグの説明に添って一日中練習していた。


  その日、セグは昼前から姿を消して夜に戻ってくると、その日1日の俺の成果を聞いて、満足そうな笑みを浮かべていた。


  2日目からはセグが付きっきりで稽古した。


  身体自体には力を入れずに立ち、念力のみで自らの手足を動かす練習をする。


  その練習のみで2日目と3日目を費やし、4日目の午前中はそれまでの集大成の様に、村の外に出て村を囲う塀沿いに、周囲を念力のみで走るという練習をした。


  自分でも思った以上に成果が見られ、念力を使えなかった元の世界で、体育の授業で走った記録を遥かに超える結果となった。


  村の周囲は1周約5キロと言うが、それを4分とかからずに走り、しかも、5周もノンストップで回ったのだ。


  まだ余裕を見せた俺を5周で止めたのはセグだった。


  充分すぎると大笑いして、午後からは念力と自力を合わせる訓練をした。


  我ながら要領よく半日でマスターし、4日目を終える。


  「1週間も要らんかったのう」と、ルーが作った山菜の洋風炊き込みご飯を食べながらセグが言っていた。


  剣を使い慣らすのは、しつかり指導を受ければ2日もあれば充分だと言うが、残りの3日間は俺からセグに頼んで、出来るだけ一人前以上になれるように訓練を続けてもらった。


  そして、みっちりとしごかれた7日間を終え、8日目の朝、セグとの別れにセグからプレゼントをもらった。


  それは、俺用に仕立てた長剣と短剣だった。


  セグ程の使い手なら、一緒に旅ができれば心強かったのだが、セグにはセグの成すべき事があると言う話を初日から聞いていたのもあり、こちらから誘うことは無かった。


  しかし、老人はたった1週間でも色々なことを教えてくれ、また自身の事も色々と話し、あたかも本当のお爺ちゃんの様に、俺達の誰かに何かがあれば心配をしてくれて、傍に立ち、寄り添ってくれる姿勢に、いつしか俺達も実の祖父の様に慕っていた。


  俺にくれた剣も、ホーリエの近くにドワーフの地下街に通じる洞窟があり、その街に住むドワーフ族に長年の付き合いのある友人が居て、その友人に作ってもらったのだと言う。


  初日に姿を消したのも、それを頼みに行っていたそうだ。


  そんな想いのこもった剣を受け取り、俺達はホーリエを旅立つ。


  やがてまた帰ってくる、俺達のお爺ちゃんの家を離れて。


 

  「それにしても、セグ爺の息子のシェードさんは立派な人だったんだねぇ……」


  ホーリエからさらに南に向かって、二つ目の国境越えを果たしてディロイの街へ向かう道すがら、ルーが思い出を振り返って言った。


  「ああ、そうだな。なんせあの家も親子二人で建てたって言うし、法機を使った湯沸し風呂とかもシェードさんが設計したんだってな」


  法機とは、ゲームやマンガで見る魔導機械の様な物で、法術の力、いわゆる法力を込めて動かす機械である。


  イーシスでは、この法機という機械を生活に活かしている事がままあって、ルーの家でも風呂やコンロ等がその類いだった。


  俺がルーの話に相槌を打って返すと、カルも話に混じる。


  「ボクたちにシェードさんの話をするセグ爺の嬉しそうな顔は忘れられないね」


  カルは俺達の前に出て宙返りして見せた。


  「ああ。そうだな。セグ爺には本当に世話になった」


  そう言いながら、セグ爺と二人で稽古に取り組んでいた日々を思い出す。


  俺の思い過ごしではなく、セグ爺の激励は、指示指導の後にたまに想いをこぼす時があった。


  ”わしの全てを……“”これでわしの剣技も……“”頑張れ我が孫よ……“など、尻窄みになる声の一部に過ぎないが、俺達を孫のように想い、一生懸命自分の技を伝承させたい気持ちの様なものを感じた。


  それは同時に、セグ爺自身の旅人引退を意味し、次の世代へ引き継ぐ意味もあったのだろう。


  セグ爺が旅に出るときに愛用していたと言う世界地図と、セグ・セイダースの家に代々伝わる合わせ調味料のレシピ。


  さらにシェードさんが着ていたマント等を譲り受け、俺達はセグ爺の想いも背負って旅に出たのだった。


  ちなみに、先程二度目の国境超えと言ったが、一度目はセグ爺に出会う前に越えた山の稜線が国境だったらしい。


  身の上話をしているとき、セグ爺に出会った時の東にあった山を越えてきたと言ったら、そんな説明をされた。


  ルーの家は、言わば未開の地だったらしく、山にか困まれた森の中から出発した事を打ち明けたら、森を囲っていた山々は全て標高5000メートルを越える人類未踏の地だったのだと言う。


  特に南側は8000メートル以上あり、その南側から西側への稜線、さらに北へ向けての稜線が国境になっていたのだそうだ。


  その国境を挟んでホーリエ側がエルラン王国。ルーの家があった側がシン国と言うらしい。


  そして、これから向かうエルランの南、海に面する東西に長い国が、トスカーナ国と言う。


  俺達はそのトスカーナの北の入り口、ディロイと言う街をまずは目指していた。


  海に面した国だけあって海産物が豊富で、比較的平和な国らしい。


  「トスカーナって、どんな所かなぁ……」


  ルーがそんな事を呟くと、カルが胸を張って前に出る。


  「ふふん。ボクは一度ペーターについていって、トスカーナの海で魚を捕まえた事があるよ!」


  えっへん!と小さな身体を誇張して見せた。


  「ふ~ん。じゃあどんな所なんだ?」


  俺が聞くと。


  「え?…ま、まあ、海がすごく広いんだ!」


  「まあ、海だからなあ。……他には?」


  「へえ~、海って広いんだ…」


  俺の追求もよそに、もう1人の世間知らずが感銘を受けている。


  「お嬢は森から出た事が無いからなぁ……」


  追求を反らし、カルは世間知らずの天使に同情する。


  「……まあいいか。しかし、ルーは産まれてからずっとあの森を出た事が無かったの?」


  「そうだよ?だって、小さい頃は森は奥に行けば行くほど危険ってお母さんから言われてたし、森を越えても山は越えたら帰ってこれなくなるって言われてたから、山は絶対に超えちゃいけないって、ずっと思ってた……」


  「そうだったのか……」


  俺もカルに乗ってルーに話を振ると、本当の箱入り娘っぷりに俺まで同情する。


  しかし、ルーのお母さんが言うのもあながち間違いではない。


  そう思った俺は、みんなが黙っているのに乗じて続けた。


  「…確かに、俺も山を越えたときに思ったけど、山の向こう側は麓から頂上までが低いのに、こっち側は3倍以上の標高を登らなきゃいけないから、そうそう向こう側まで行けないかもな」


  「セグのジッチャンも、人類未踏の地だって言ってたしね!」


  俺が続けたのに加えてカルが補足した。


  「でも、セグお爺ちゃん、一人にして来て良かったのかな……」


  ルーがそう言って俯いた。


  「大丈夫さ。セグ爺も言ってたろ?俺達っていう新しい孫ができたから、まだまだ生きるのも悪くないってさ!」


  俺が別れ際にセグ爺から聞いた言葉をそのまま言って聞かせた。


  「そうよね。また帰るときまで元気で居てくれると良いね」


  セグ爺が独りで残った寂しさを気遣い、微かに悲しみを含んだ微笑みを返すルー。


  「ああ!その為には、俺達も元気な顔をセグ爺に見せなきゃならないから、ルーも元気出しな!」


  そう言って、ルーの頭を撫でてやる。


  「……そうだね!元気出さなきゃ!」


  無理矢理な所もあるが、努めて元気さを出すルーに、俺も精一杯の笑顔で返した。


  「……ッ!?」


  その時、近くにモンスターの気配を察知する。


  「……来たな。稽古の成果を見せてやる」


  小さくそう口に出すと、剣の柄を握る俺を見て、ルーもカルも戦闘体制をとった。


  「進行方向に2匹だ。俺に任せてくれ」


  そう言って、左手で二人を制し、右手で剣を抜いた。


  二人は無言で頷いた。


  前方からも緊張した空気が伝わる。


  俺の殺気に気付いたか。


  「……行くぜ!」


  そう口にした瞬間、俺は念力を込めて走り出す。


  一瞬にして10数メートル先まで駆け込むと、1匹目のモンスターを発見してそのまま斬り込んだ!


  ザクッと言う音と共に横向きに立っていたシルバータイガーの胴体を縦に割る!


  前後に切り離したはずの姿は、まだ切られたことに気付かない様に立っていたが、そのまま1匹目の末路を見ずに右手斜め後方へ跳躍し、空中からもう1匹の位置を確認する。


  多少飛ぶ方向を誤ったが、念力で着地点を目標に当てて、着地と同時に再び縦割りに切り裂いた!


  今度は正面頭上から斬り込む形となり、脳天から上半身を左右に割った!


  下半身は何事も無かったかの様に膝を折って座り込み、上半身は左右のパーツがズレながら崩れ落ち、飛沫をあげてビクビクと痙攣していた。


  1撃目で切った方の生死を気配で確認し、目の前の2匹目が動かなくなったのを目視で確認する。


  どうやら2匹共1撃で倒せた様だ。


  「「おおーっ!」」


  ルー達が少し離れた所から感嘆の声を挙げた。


  内心では、正直ビビりもしたが、我ながらやるとなったら決断はできる方なのだ。


  しかし、逃げずに向き合って、初の独り戦闘で勝利を得た事が、俺に自信を与えてくれた。


  「やったぜ!これでルー達だけに負担をかけないで旅を続けられる!」


  そう言って、こちらに小走りしてくるルーに、サムズアップして見せた。


  「やったね、お兄ちゃん!」


  喜ぶルーの笑顔が、だんだんと近付いてきて、俺に抱きつく。


  「お、おおう!」


  カルはその小さい身体で大きく喜びを表現し、毛むくじゃらな体毛から小さく飛び出した手をハイタッチしてきた。


  「これで若様も、一人前の剣士だね!」


  ひゃっほう!と宙返りをして見せ、空中で踊っている。


  俺もようやく実感が湧くのと同時に、つい1週間前までヘタレだった自分を振り返って、気を緩めない様に努めた。


  そう。


  つい1週間前までは、俺は役立たずの弱い人間だったのだ。


  確かに過酷な1週間の稽古を終えたが、性根は変わらない。


  自分を過信しないように、これからも努めなくてはならない。


  そう思って、左の腰に下げた剣の柄に手を当てた。


  しばらくすると、皆落ち着き始める。


  ルーは天使らしく、亡くなった2匹のシルバータイガーに祈りを捧げ、俺は牙などの売れるパーツをセグ爺から譲り受けた鉈の様な短剣で切り取る。


  セグ爺から聞いた話だと、この世界の旅人は、こうしてモンスターや動物の、肉やパーツを売ったりギルドに持っていったりして、報酬や換金したお金で生活するのだそうだ。


  このパーツも、次の街で売るために持っていかなくてはならない。


  俺がパーツを取った後の亡骸は、人類の食肉として利用できないなら、自然界の摂理として、他の生き物に食され、腐敗し、分解されて土に返るのだ。


  処理と祈りを終えたあと、俺達は次の街を目指して歩き出す。


  俺は再び振り返って、初めて自分の手で倒した生き物を見る。


  セグ爺に教わった事を思い出しながら、前を向いてルー達の後を歩き始めた。


  シルバータイガーはその名の通りシルバーの毛並を有した動物の亜種型モンスターだ。


  セグ爺の話では、この辺りに生息するモンスターの中でもかなり危険な部類に入るらしく、たった2匹とは言え、普通なら容易に倒せる相手ではないはずだ。


  それが成せたのも、セグ爺の稽古と、セグ爺が用意してくれたこの剣あっての賜物だ。


  「ありがとな、セグ爺……」


  まだ真上にある太陽を見上げて、ルー達には聞こえない声で呟いた。


  セグ爺の話では、この世界に生息するモンスターは、元々は動物達と祖先が同じなのだそうだ。


  モンスターとされているのは2種類に別れ、一般的に言うモンスターと言うのは、元々の原型となる動物が、極限状態の環境の中で突然変異したもので、原型からかけ離れた姿をしていたり、普通の動物よりも強固で力も増していたりするらしい。


  頭が2つあるガルム等はこの類いだ。


  それとは別に、動物の亜種とされているモンスターが居て、シルバータイガー等はこれに当たる。


  一般的には亜種モンスターと呼ばれ、姿は原型となる動物と同じだが、力が増していたり、身体が硬く守られていたりする。


  これらは動物の進化の過程で枝分かれし、別々の進化を遂げた結果なのだそうだ。


  普通の動物は動物として、この世界でも普通に生息しているらしいが、弱い動物はほとんどの種が人類の生息県内に共に生息しているらしく、大きな街などに行くと、自然保護区の様な区域に野生のまま生きていると言う。


  虎やライオン、サイやワニなど、元々獰猛な動物達は、そのまま自然の中で生きているらしい。


  また、この世界では、生き物の命の数がとてつもなく多い様で、動物達の繁殖力がハンパ無い。


  俺の居た元の世界の動物と比べても、この世界で言う同種の動物は、子供を1度に産む数が倍から3倍になる。


  これも、子孫繁栄の為に何らかの極限状態を乗り越えた進化なのだろう。


  この世界では、過去に何があったと言うのか。


  突然変異を起こすほどの極限状態の環境とは、一体どんな環境なのか。


  ルーの母親を探す旅はまだ始まったばかりなのだが、俺の心にはそんな疑問も片隅に生まれたのだった。

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