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(旧)もれなく天使がついてきます!  作者: 咲 潤
第一章 ~ 運命の輪 ~
24/83

旅人セグと言う男!

  まだ日がてっぺんにある、真昼の空が1面を覆っていた。


  つい先ほど狼の群れを倒し、ホビットのセグと一緒に、セグの住む家があると言うホビットの村に向かう事になった。


  しかし、セグは昼食をまだ摂っていないと聞き、それならばと俺達の食べた残りを差し出した所、これまた好評で、あっという間に平らげてくれたのだった。


  残りと言っても、皆の分を個々にちゃんと取り分けた後の残りであって、決して食べ掛け等ではない。


  そして、食後の一休みとばかりに、セグが持っていたコーヒーを、お返しにとご馳走になりながら、改めて自己紹介と軽く話し込むのだった。


  「俺はセイル。ルーの兄だ」


  ルーが天使であることは伏せながら、一通りの自己紹介が終わり、最後に俺の番が来た。


  そこで、セグは一瞬眉間に皺を寄せるが、すぐに微笑みを讃える優しいお爺ちゃんになった。


  「ふむ。何やらワケ有りな様子じゃの。旅に出るには見た限り歳が若すぎる」


  このじいさんは、何かと見透かした様な眼で俺達を見る。


  しかも、結構な核心を突いてくるのだ。


  「……まあ、深くは聞かん。しかし、セイルとやら。おぬしはもっと鍛えねばならんの。この先はクアールやシルバータイガー等の群れとも戦いを避けられんかも知れんからな」


  何やら物騒な名前が連発された。


  「そーだなー、若様ハッキリ言って弱すぎだもんなぁ」


  おっと、ただでさえ自分の弱さ認識して、凹んでる時に辛辣な言葉をくれるとは、俺の心の弱い所にガッツリ滲みるぜ。


  俺、涙出ちゃうよ?


  「カル。お兄ちゃんは戦いの無い世界から来たんだから、仕方ないでしょ?」


  ルーはそれでも俺を庇ってくれる。


  それはそれで、違う涙が出ちまうぜ。


  「でもさぁ、お嬢。このままだと、ボクとお嬢だけの方が安全かもしれないよ?」


  つまりは、俺は足手まといってワケだ。


  カルの言葉が辛辣すぎるのだが、言われている事は間違いないと認めざるを得ない。


  「……っく!」


  本当に泣けてきた。


  しかし、涙を出す前に歯を食い縛り、自分の弱さを呪う。


  その時だった。


  「精霊よ。そうまで言うでない。セイルとやらがどこから来たのか。戦いの無い世界なんぞ、わしの知る限り無いのじゃが、嘘を言うとる様にも見えんでな。じゃから、これから戦いを覚えていけば、まだまだ伸びしろはあると言うことじゃ。わしがおぬしを鍛えてやる!」


  小さな老人は、最後の方の言葉に合わせて俺を見据え、ニカッと笑って自らの胸を叩く。


  確かに、隙の無い構えから瞬時に飛び出した動きと言い、判断力と即殺する腕は、かなりの熟練者であることは間違いないだろう。


  しかし、この老人が本当に俺達の味方なのかどうか。


  そればかりが頭から離れなかった。


  「実は、わしにもお前さんくらいの孫が居ったんじゃ……」


  コーヒーを継ぎ足し、セグは昔の身の上話を語り始めた。


  今ではホーリエに住み着いてる身なれど、昔はホビットの国の首都に住んでいたという。


  そこで貴族の娘と恋に落ち、色々な問題があったが、結局解決できずに駆け落ちして、ホーリエに行き着いたのだとか。


  そこで元気な男の子が生まれ、すくすく育ち、やがてセグがホーリエに来て始めた大工の仕事を手伝う様になった。


  そうして時が経ち息子が成人すると、血は争えないのか、ホーリエの領主の娘、つまり貴族の娘と恋に落ちた。


  幸い、セグの息子は領主の娘を嫁に貰うとき、領主には長男が居たこともあり、娘が嫁に出る事も賛成された。


  駆け落ちまで親に似なかったのは良い事だった。


  その後、子供が生まれてすくすく育ち、物心がつき始めた頃に、息子家族はキャンプがてら旅に出た。


  その時、息子家族は山の中でモンスターに襲われ、孫も守れずに皆モンスターに食い殺されたと言う。


  それが6年も前の話で、セグの奥さんも息子一家の死にショックを受け、後を追うように半年後に亡くなった。


  そうして独り身となったセグは、奥さんと駆け落ちするまで生業にしていた旅人に復帰して、今に至るらしい。


  悲恋の物語だが、詳しい話はまたの機会があれば書き綴るとして、その息子夫婦にできた孫と言うのが、生きていればセイル達に歳が近いらしく、セイルを見ると、つい孫と重ねてしまうのだと言う。


  「生きていれば、こんな子に育っていたじゃろうか……」


  切ない瞳で空を見上げた老人の横顔が、嘘をついている顔には見えなかった。




  片付けも済ませて、再び旅へ出発というときに、セグは俺達の荷物を見て、訝しい顔をした。


  「しかし、荷物はもう少しどうにかならんかのう?」


  そう言って、バッグを見つめるジイサンに、ルーはざっとバッグの中身を広げて見せた。


  「ふむ。これはいらんじゃろ。これも、これも、これもじゃ……」


  そう言って、料理道具から整理を始めたセグ。


  調味料も砂糖と塩、胡椒と唐辛子、味噌、醤油を除いてハーブ類や、白胡椒など用途が被るものは処分対象になる。


  器具類も、鍋が1つに飯ごうが1つ。鍋類はそれだけで、混ぜたりするものはお玉と菜箸のみ。


  木ベラやトングなどは処分対象になった。


  服はインナー3着アウター2着。マントや防寒具等を2種類残して後は処分。


  食材も、肉はバッグの外に吊るして干し、魚も開いて干物にする。


  野菜は基本、現地調達で葉物はカバーし、根菜、果実菜は種類と数を減らされた。


  「それだけあれば充分じゃ。ほれ、袋が2つで足りるから、お前さんたちの荷物が半分に減ったぞ」


  そう言って、処分対象の物は空いた2つのバッグに詰め込む。


  「「はあ~」」


  ルーとカルが感嘆の声を挙げた。


  俺は元々、個人的な荷物は中学のバッグに入ったジャージと体操着と勉強道具くらいだったから、衣類以外は全てルーの家に置いてきていた。


  下着の替えが無いのが難点だが。


  「とはいえ、せっかくの食材じゃから全部頂かなくちゃならん。勿体無い事しよると、神様にバチを当てられるからのう。器具類も、わしの村に着いたら売って、他に使う人に使うてもらえりゃええ。お前さん達にも少なからず金が戻るし、悪いことにゃならん」


  そう言ってパッパと片付けると、処分対象の入った袋をセグが担ぐ。


  「爺ちゃん、良いのか?」


  カルが老体を心配して声をかける。


  「まだまだ若いもんにゃ負けんよ!」


  わっはっは!と大口を開けて笑うセグに、俺達は嘆息をこぼした。


  それからというもの、セグは旅路を進みながら、俺達のバッグ2つ分と自分のバッグを持ったままで、俺に剣の稽古をつける。


  俺の全力の切り込みを片手に持った短剣でいなされ、身軽にかわし、いつでも俺の喉元を切りつけられる様な余裕があからさまに露呈していた。


  時折「腰を入れぇ!」とか「躊躇わんと踏み込むんじゃ!」などの叱咤激励を受け、稽古に専念するために荷物を持たない事になっている俺は、いわゆるハンデをもらっている状態なのに、セグにかすり傷1つ付けられないでいた。


  最初はそんな状態だったのだが、セグも年のためか、ホーリエまでの4日間で、2日目、3日目には、少しずつだがハンデを持つセグに、あと一息と言うところまで迫った事も何度かあった。


  そうして、4日目の今日、午前中にももう少しの所まで迫った所でセグにあしらわれる結果を出した俺は、あと一押しの壁にやる気を燃やしていた。


  ホーリエまで今日中に着けるといった辺りまで来ると、俺達は昼食を終えてお茶を飲んで一息着く。


  「よし!セグ爺、食後の準備体操程度に軽く体を動かそうぜ?」


  俺が調子にのってそんなことを言うと。


  「ほう。ならば荷物を持たんでちょっと孫の成長ぶりでも見てやるとするかの」


  「えーっ!?それはムリ!まだハンデがあっても全然ダメなのに!」


  片目をつぶって悪戯な笑みをこぼすセグに、俺は全力で拒否る。


  ところが、俺の拒否は受け入れられず、セグは真剣な面持ちになって剣を構えた。


  「よいか、セイル。おぬしにわしの秘伝を見せてやる。もう少し離れた所で構えておれ」


  そう言って左手でシッシッとあしらう仕草をしてから、再び剣を構えた。


  大上段の構え。


  真っ直ぐ上から下へ切り下ろすのだろう。


  そう見越して、俺は上段の受けにも対応出来るように袈裟に構える。


  「……ゆくぞ!」


  セグがそう言った刹那!


  セグの指示で15メートル以上離れて構えていたはずの俺の目の前に、コンマ数秒と言う速さで接近したセグがいた!


  「はやっ!!」


  と声を漏らす一文字目の”は“と同時に、既に俺の喉元に切っ先が寸止めされていた。


  「う、うわ!」


  思わず後ろへ退き、足がもつれて尻餅をついた。


  スタートダッシュの時点で、既に目が追い付いていなかった。


  だが、こんなみっともない姿を晒す俺を、ルーもカルも笑いはしなかった。


  それほどまでに、セグの動きが尋常じゃなく凄すぎた。


  きっと、剣の達人と呼ばれる強者でも、今の攻撃は見切れなかったのではないか。


  それを、昨日今日稽古を始めた俺が受けられるはずがない。


  あるいは、俺じゃなくてもビビって尻餅ついていただろうと、誰もが想像できた。


  「いやぁ、さすがのわしも歳には勝てんわい。全盛期のわしはこんなもんじゃのうて、もっと速く、もっと滑らかな動きができたもんじゃった」


  なに!?


  こんなもんじゃなかったとか言ったか?


  その台詞は、俺に充分すぎる程に剣の可能性を叩きつけた。


  俺でも努力すれば、そこまでの域に達することができるのだろうか。


  「……おぬしなら、できるはずじゃ」


  突然、セグがそんなことを口にした。


  まるで、俺の心の中を覗き見た様に、俺の心に沸き上がった疑問に答えるように、悪戯な笑みを浮かべて見せた。


  「おぬし、念力はできるな?」


  突然何の事かと思ったが、聞いているセグは真剣そのものだったから、ツッコむ事もできなかった。


  「ああ、まあ……」


  「ならば話は早い。これからは、自分の体に念力を使うのじゃ」


  そんな突拍子もない事を言って、訝しい顔をする俺を他所に、尚も続ける。


  「これができるもんは、この世界広しと言えど、それほど多くはない。そんな少数しか修得できん中でも、おぬしにはそれを極めてもらう」


  「い、いや、そんな事急に言われても……」


  話がどんどん大きくなっていく。


  「何を弱気になっておるんじゃ。安心せい。手を合わせて見た限り、幸いおぬしにはその素質はある」


  ……え?


  このジイサン、とうとうモウロクし始めたか?


  俺は昨日今日で剣を稽古し始めたばかりの、剣術も何もない素人同然の人間だぞ?


  ルーとカルは片付けを始めていて、俺達の事などあまり気にしていない。


  「本当じゃ。そして、おぬしの場合、コツの様なものを掴めばすぐに自分のものにできる。おぬしの身体の細胞には、既にその記憶がある様じゃからな」


  今、何て言った?


  もう一度セグの言った言葉を思い返して、脳に浸透させる。


  「……ほ、本当か!?俺、強くなれるのか!?」


  「ああ、間違いないじゃろう。極めるまでは一層の努力が必要じゃが、一人前に戦えるまでは……そうじゃな、1週間もあればできるじゃろうて」


  その言葉が、それまで役に立てなかった俺の無力感に救いの光を見せてくれた。


  これで、これでルー達を俺が守ることができる。


  一緒に旅をしても恥ずかしくない程になれる。


  足を引っ張らずに居られる。


  そう思うと、嬉しさが込み上げてきて、俺はセグの前で頭を下げた。


  「……よ、宜しく、お願いします!」


  一瞬、言葉選びに戸惑ったが、俺にとって、この世界でセグに師事を頼む立場だから、これまでのように生半可な気持ちでタメ口を聞いている場合ではないと、自分を律したつもりだ。


  「ふむ。よう言うた。ならば村に着いたら1週間、わしの家を使うて構わんから、住み込みで稽古じゃ。おぬしらも、良いな?」


  ルーやカルに向けて、セグが言うのに俺も続けた。


  「二人ともごめん。俺、ルーの助けになるために、強くなりたいんだ!その為の時間を俺にくれないか?」


  この際、ルーがカルを家族と言うのだから、これからは俺も、カルを1匹ではなく1人と数える事にした。


  「ボクは全然構わないよ。若様が強くなってくれたら、ボク達も助かるからね」


  「…お兄ちゃんがそこまで思ってくれるなら……でも、ムリはしないでね」


  二人にOKをもらい、俺は力強く頷いた。


  「決まりじゃな。そうと決まれば村まではあと一息じゃ。村の門を潜るまでは油断せんようにな」


  セグもどこか嬉しそうに荷物を持ち始めた。


  ルー達も片付けを終え、残り20キロ強程の道のりを、日が明るいうちに踏破し、ホーリエ村にて俺の修行が始まる。

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