―第19話― 心の天使は妹でした☆
念術はこの世界の基本と言うだけあって、アイシスから基本能力を授かった為に、あっという間に使いこなせる様にになったものの、発展させた中位の法術の方は情けない結果で終わった。
風を呼べば口でふうと吹き掛ける程度の風が。
水を出せば指先からチョロチョロと出るだけ。
地を突けば拳の大きさの地表が盛り上がり。
火を放てば蝋燭の火くらいの火がひょろっと出てきて、1メートル前に落ちたのだった。
四つん這いに崩れ落ちる俺を、慰めるルーの言葉が心に痛い。
アイシスめ。
どうせならチート的な力をくれてもバチは当たらないだろうと、どこかで見ているはずの女神に悪態をつく。
「ちなみに、法術が使えない人ってこの世界ではどんな職業に就いてるんだ?」
哀れな自分の将来を案じ、素朴な疑問が頭に浮かぶ。
それに応えたのはルーだった。
「実際、法術の素質があまり無い人は結構居るんですよ。そういう人は鍛冶職などの職人系、剣士や剣闘士、旅人とか、誰でも出来る職種はたくさんあります」
ニッコリ笑う妹、義理の妹分となったルーだが、フォローしてくれる優しさはありがたい。
しかし、どこか虚しさが拭えなかった。
そんなこんなで旅支度を終えた俺達は、再び家の下に降りて、ここに残る3匹から餞別を受ける。
そこには最後に顔合わせを果たせたベアルの姿もあった。
「あんたが若殿かい!何やらお嬢の助けになって、命様を救いだしてくれるそうじゃねえか!」
見るからに熊にしか見えない、豪快な性格の生き物は、竹を編んだようなバケットを差し出し、俺の肩を叩く。
「痛い痛い!」
力強い激励に、叩かれた左肩を撫でた。
「がっはっは!すまんすまん!ワシぁベアルってぇ畑番やってるモンですわ!宜しく!」
「畑番?」
畑って、あの畑か?
この世界に来て、不思議なことばかりだ。
熊が畑を耕してるのが当たり前なのだろうか。
それ以前に、ここにいる魔獣、いわゆるモンスター達は、人の言葉を話すのが当たり前なのだろうか。
それらに応えたのはルーだった。
「ベアルは、お母さんが作った畑を任せていて、いつも取れたての野菜とか色々と家に届けてくれてたの。家ではそれをご飯で頂いて、生活してきたんだよ」
「へぇー、そうだったんだな」
目の前の熊が畑を耕す姿を想像するが、土を掘り起こすのは巣穴を掘る様に爪で掘るのか、それとも言葉を話すくらい知恵があるなら、鍬を扱う事もできるのか、想像がつかない。
「それは他のみんなも同じで、ペーターは川や遠方の海とかで魚を調達してきてくれて、クーガは森や山から生き物を狩って持ってきてくれるの。カルも、森で木の実とか沢山袋に摘めて持ってきてくれてたんだ。みんな、まだ小さい頃に本当のお母さんに死なれちゃったりして、私のお母さんに拾われて来た子達なの。それで、言葉も話せる術をかけて会話もしながら意志疎通もできる様になった。もう何年も私達の生活を支えてくれる、大事な家族なの」
その紹介に合わせて、クーガが食肉を、ペーターが魚を餞別にくれて、カルが食材袋に入れていく。
「そうだったんだな…」
ツリーハウスの下には、半径15メートルくらいの広さで、下草だけの庭の様になっているが、たまにはここに居る皆と、ルーのお母さんも入って、バーベキューとかして明るく平和に暮らしていたんだろうな……。
そんな感慨に耽って、周りを見渡す。
温かい家族と言うものを考えると、つい自分の幼かった頃の、平和な家族の思い出を思い出す。
異世界なんて、随分遠い所まで来ちまったな。
今更になって、家族への思いが芽生えるなんて、もうもとの世界では俺の存在すら無いのに、遅すぎた。
戻っても、もとの世界ではどうあがいても死ぬ運命にあったんだから、生きてるだけでも救いだと言うのに。
ふと、ツリーハウスの建て付けられた木を、その太い幹を辿って上を見上げる。
そこには、無数の木漏れ日が、風に揺れる枝葉に合わせてチカチカと明滅していた。
「……お兄ちゃん?」
ルーの声に、耽っていた思い出から現実に引き戻される。
「…ん……?」
ルーに振り返ると、上から見下ろす姿勢になって、いつの間にか眼に涙が溜まっていた事に気付く。
視界がグニャリと揺らいで、瞬きをすると雫が落ちた。
「泣いてたの?」
ルーの悲しそうな声。
「ああ、ごめん!これから旅立つって時に、なんか、縁起悪いよな!」
慌ててゴシゴシと袖で拭う。
「ううん。気にしないで?お兄ちゃんだって人の子だもん。異世界なんか遠い所まで来て、家族が恋しく無いわけない」
そう言って俺の腕をつかむルーが、一緒になって泣いてくれる。
そして、無言の俺に一息ついたルーが続けた。
「私の事ばかり押し付けちゃつてごめんね?」
そう言うルーも、俯いた声に自責の念が籠っている気がして。
「いや、俺の方はもう、どの道帰れないし、自分が生きるために転移してきた様なもんだ。それに、アイシスとの約束もある。だから、ルーが責任を感じることは何もないよ」
そう言ってルーの頭を撫でてやると、泣き顔を上げて。
「じゃあ、寂しくなったら私が居るから!お母さんを助け出したら、私の本当のお兄ちゃんになって、皆で一緒に暮らそう?」
一生懸命にそう言ってくれるルーを見て、天使と言う存在が、こんなにも感情でものを言う事に意外性を感じていた。
慈悲があっても心の通わない、法と秩序で人を縛る存在だとばかり思っていた。
しかし、そんな天使の傍に、この世界にも俺の居場所はあったんだと、初めて思えた。
まだ知り合って2日目だが、この子は俺を裏切らない。
俺にとってそう信じられる出会いを、元居た世界も含めたこれまでの人生で初めて、この異世界まで来てやっと手に入れたのだった。




