―第1話―始まりは突然に☆
綺麗なエメラルドグリーンだった。
透き通るような美しさで、太陽の光をそのまま反射するような輝くツヤを讃えた髪が、膝まで届く長さで風に揺れている。
同じ色の瞳は、滑らかなグラデーションによって、どこまでも深く、吸い込まれそうな印象を受ける。
肌は白く雪の様で、民族的な衣裳を身に纏う姿は、この世のものではない、正しく女神を思わせる姿だった。
その女性は、雄大な山々の切り立った山頂へ降り立ち、遠く彼方の水平線を見つめる。
広大な大自然の中に溶け込みながら、しかし確かにそこに在る様に、凛とした存在感を醸し出していた。
水平線に夕陽が沈みかけた時、女性の瞳から一滴の涙が零れた。
その涙は頬を伝い、ゆっくりと降りていく。
やがて口元に到達すると、突風に吹かれて頬から飛び立った。
視界はその雫を追って行き、少し離れた所から女性へ振り返ると、水平線に半分だけ露にした太陽の光りをバックに、女性の後ろ姿が影を象る。
そのまま女性の影は夕陽に包まれ、視界も真っ白に塗りつぶされていった―――――
―――――その光が実際に瞼の向こうから射す陽光と重なり、眩しさにゆっくりと瞳を開く。
「……またこの夢か……」
それはここ数年、よく見る夢。
最近は10日に1度か週に1回くらいのペースで見ている気がする。
さすがにこれだけ頻繁に見ると、何か運命めいたものを感じざるを得ない。
しかし、誰かに言ってもただの夢だと笑われるだけだろう。
そんな言い触らす様な真似はしない。
「…それにしても、気になるよなぁ……」
頭を描きながら、おもむろにベッドから足を下ろした。
時計を見ると、午後3時を少し回った所だった。
「…塾には行くか」
昨日は朝方までゲームをして、まだ明るくならないうちから仕事へと出かける母親の、玄関を出ていく音を聞いてから布団に入った。
そのままラノベを読み、その約1時間以上後の、空が明るくなり始めた頃に父親も玄関を出ていく音を聞く。
家に誰も居なくなった所で、学校をサボると決め込んで眠りに着いたのだった。
秋真っ只中の日照時間は短く、日が上るのも既に六時半近い時期だが、ほぼ始発のバスに乗って五時半頃の電車で仕事場へ向かう母と違い、父は九時始業の会社で母より遅く出ていく。
そんな父も、中間管理職の責任だからと誰よりも早く出勤するつもりで、朝八時から八時十五分頃には会社に着く事を目安にしているらしい。
都心まで一時間ほど電車に揺られる最寄り駅まで、家から十五分ほど揺られるバスに乗り、待ち時間もふまえて一時間半以上かけて両親は都心へ仕事に出かける。
いつも仕事の日は朝早く、夜の帰りは遅い。
兄弟は兄と姉が居て、次男で末っ子の俺は今、中学3年の受験生だった。
1番上は姉だ。
7つ歳の離れた社会人2年目の姉は、地元の短大を出て独り暮らしをしている。
4つ歳上の兄は、某国立大学に入学して、サークルの寮に住み込みで通っている。
小さい頃から姉は自分勝手で家族に無関心。兄はワガママな小山の大将だった。
そんな兄と姉は、なぜか学業は優秀で、1学年340人~370人程の中で、トップ20内には必ず入っている。
特に姉はトップ10の常連。兄はスポーツも万能な文武両道型で外面が良く、俺にとっては兄が1番嫌いで厄介な身内だった。
まるでジャイ○ンの様に傲慢な兄は、俺に対しては『俺のものは俺のもの。お前のものは俺のもの』という言葉を地で往く人で、姉には弱いくせに、その分、弟の俺に当たりがキツかった。
姉も姉で、自分勝手で自分以外に無関心な性格から、自分に被害が無い限り、俺が兄に苛められていても『我関せず』の姿勢を崩さなかった。
両親に兄からの苛めを打ち明けても、兄の嘘の証言を聞いた両親は、真実を話す俺よりもデキの良い兄の嘘を信じ、俺の訴えを聞き流して、守ってもくれなかった。
そんな家族が嫌で嫌で、俺自身が今や両親に対する反抗期になっていた。
そうして家族の会話がほとんど無くなって久しく、学校をサボった所で先生から連絡を受けた親が俺を叱るでもない現状は、既に俺にとってどうでも良いものになっていた。
そして、今、塾に行こうとしているのも、ゲームに飽きた俺が時間を持て余して、気分で判断した事で、塾に行ってもまともに勉強するつもりもなかった。
そうこうしているうちに支度を済ませ、テーブルに置かれたメモを見たのが夕方4時ちょっと前。
両親共に今日も帰りが遅いらしい。
「………」
いつもの事だ。
無感情にメモを握り潰してゴミ箱に捨てる。
そのままアイランドキッチンのカウンターテーブルを前にイスに座ると、目の前に朝食として用意された乾いたサンドイッチを口に運ぶ。
パサパサのサンドイッチに口の中の水分を取られ、飲み込み難くなったので、カウンターの端にあるポッドからお湯を出し、インスタントのコーンスープを作ってサンドイッチと交互に口に運んだ。
『なんなら、パンだけにしてくれた方がスープに浸して食べやすかったのに……』
そんな悪態を頭のなかで思いながら、ようやくサンドイッチを食べ終える。
最後にスープを飲み干すと、空いた食器をシンクに入れ、水をかけておきつつ、塾に行く気が変わらないうちに家の玄関を開け、サッサと家を出るのだった。