―第12話―可愛い天使に看病されて❤️
――――夢の視界の眩しさと現実の瞼の向こうの眩しさが重なり、ゆっくりと眼を開く。
窓から差し込む朝日に照らされて、俺は上体を起こした。
「なるほど……、俺は気を失って寝てたのか。だからアイシスが夢で会いに来てくれたんだな」
そんな事を考えながら、遅まきに自分がベッドの上で寝かされていた事に気付く。
ハッとなって辺りを見渡すと、そこは木造りの壁に簡素な棚などを取り付けた素朴な部屋だった。
もちろん、俺の部屋ではない。
「ここは……?」
訝しげに呟きながら、ベッドから足を下ろす。
すると、扉のない入り口から静かな足音と共に、あの幼い少女が現れた。
両手に器を乗せたお盆を持って、器の中身が溢れないように集中しながら部屋に入ってくる。
「……あ、……おはようございます」
「お、おはようございます……」
部屋に2・3歩入ってきた所で、俺が起きている事に気付き、挨拶してきた少女に俺も挨拶を返す。
「リゾットの様なものですが、よかったら食べてください」
そう言って、少女は俺が寝ていたベッドのサイドテーブルにお盆を置く。
「あ、ありがとう」
「いえ。お口に合えば良いのですが…」
そう言って、前で手を組んだ姿勢で立っている。
少し恥ずかしそうに俯く感じが、見た目とのギャップに違和感を覚える。
仕草は確かに幼い子供ではない気もする。
「……あ、あの、俺の名前は七海清流って言うんだけど、名前を聞いても言い?」
女の子に俺から話しかけた事など、俺の人生で初めてと言っても過言ではない。
それこそ幼稚園の頃に無邪気な気持ちで、なにも考えずに生きていた頃なら、記憶にない程何でもない感覚で女子に話しかけたかもしれないが。
少なくとも異性を意識するようになった小学生の頃からは、まったく無いと言い切れる。
「私はルーシュ。ルーシュ・レンスフォートと言います」
ルーシュと名乗った少女は、小さくお辞儀をしてからニッコリ笑ってこちらを見る。
「そうか。……じゃあ、ルーシュって呼んで良いかな?」
俺も微笑み返し、少女の反応を窺う。
「ええ。なんでしたら、ルーでも良いです。お母さんがそう呼びますから」
「そっか。じゃあ、遠慮なくそう呼ばせてもらうよ」
ルーシュの人懐っこい反応に少しイタズラな笑みで返して、再び少し恥ずかしそうに黙る所を見ながら尚も続けた。
「……それで、俺はまたルーに助けてもらったみたいだね」
「いえ、ここまで運んでくれたのはクーガです。あの子はああ見えて優しい子なんですよ?」
ニッコリ笑って言うルーは、天使の名も恥じぬ可愛らしさだった。
「そう謙遜しなくても、また治癒術とかで治してくれたんでしょ?」
そう言った俺に、ルーは一転、苦笑に変わった。
「いえ、本当に私は何もしてません。森で1度お目覚めになった後は、お気を失っている間に調べてみたら、特に外傷も無かった様でしたので。」
「……え…?マジで?」
額に生汗をかきそうな気分で、嫌な予感が頭をよぎる。
「……え?ええ、マジ?です」
笑顔で返され、彼女は悪気がない事は伝わるのだが、嫌な予感が当たった様で、俺は恥ずかしくなって顔を赤くして俯く。
クーガに襲われた時の失神と言い、1度目覚めてから安心して気を失うとか、こんな可愛らしい子を前に、男として恥ずかしい事だらけだ。
こんな事で何を助けられるのだろう?
そんな心配を余所に、ルーが先ほど持ってきてくれた器を持ってこちらへ差し出す。
「お身体に優しいものをと思って、トマトチーズリゾットを作ったんです。良かったら召し上がってみて下さい」
そう言ってスプーンを器に入れる。
「あ、ありがとう」
俺は恥ずかしさが晴れないまま、器を受けとると、誤魔化すように口に掻き込んだ。
「……あっちーー!!!」
俺の叫びが部屋中でも足らず、快晴の空を讃える窓の外へと響き渡ったのだった。




