LOVE AFFAIR ・後半
「昨日未明に起きた県内公立高校を狙った爆発事件ですが、現在現場となった高校では警察の現場検証が進められています。幸いと言っていいのか分かりませんが「幸いにも爆発した時校舎内に人はいなかったため」怪我人は1人も出ませんでした」
テレビ映像が女性キャスターを映し出している。
「本日は、事件に詳しい犯罪アナリストに来ていただきました」
そこで映像は移り変わり、犯罪アナリストと書かれたテロップと共に初老の男性が映し出された。
「まず、今回の事件の背景にはどのようなものが考えられますか?」
女性キャスターの問いかけに犯罪アナリストは答える。
「いくつか考えられますが、学校とターゲットとしている以上、この学校に恨みか、教育機関に対しての恨みか、いずれにしてもそういった思想的背景があると考えていいでしょう」
手を組み替えて犯罪アナリストはさらに続ける。
「わざわざ「人がいない」ことを狙ったと考えるのであるのならば、今回の事件が発覚することがまず犯人の目的で、自分の思想を世に知ってほしいものとも考えられます」
ここで言葉を区切り、それを受けた女性キャスターは手元の資料を広げる。
「はい、警察への取材によれば、テロも視野に入れて捜査を進めるそうです」
女性キャスターの言葉を受けて犯罪アナリストは頷く。
「間違ってはいないでしょう、私の個人的に推論で言えば、教育機関への挑戦にも見て取れますがね」
ここでリモコンのボタンが押され、チャンネルが移り変わり、そこでも今回の事件の報道をしていて、先ほどとは違う犯罪アナリストが今回の事件を分析していた。
「今回の事件の犯人は、事件そのものにより学術機関へのダメージが目的だと考えられますね、僕が考えるに、たまたまこの学校であったと、不謹慎な言い方ですが、その可能性があると考えています」
また再び違うチャンネルに移り変わり、今度はバラエティにも出ている有名な弁護士が事件について述べていた。
「この学校自体に何か恨みを持っている、つまり教師たちに問題があるのではないですかね、教職というのは閉鎖的ですからね、その恨みが犯行に及んだのかもしれません、となればむしろ犯人が被害者である可能性もあるところが難しいですね」
そしてまた違うチャンネルに移り変わり、朝の番組に出ているお馴染みの男性キャスターが私見を述べていた。
「しかし警察の初動捜査もずさんですよ、事件を認知したうえで、現場に特殊部隊や爆発処理部隊が来るのが発生後の1時間後ですよ? 全く怠慢だと言わざるをえませんね」
ここで、ベッドに腰かけていた俺はをテレビを消して、リモコンをテーブルに置いた。
校舎爆発事件の犯人が、どんどん自分たちから遠ざかっていく。
今までニュースを見てきて、評論家の言うことに腹を立てたことは人並みにはあるけれど自分たちが当事者になってみてやっとわかった。
自分たちの尺度でしか語れないのは当たり前なんだ、だれが男の取り合いで校舎の爆発までするんだ。
俺が第三者だったら、この評論家たちと大差ないことを思っていたに違いないだろう。
今ここで無事に自室のベッドで腰かけていることが信じられない。つい先ほどのことなのに、まだ実感がなかった。
そう、あの閃光と共に爆発した教室からだった。
●
閃光と共に爆発した教室、俺の目の前には煙が立ち込めて前が見えず、自分がどうなっているのかも分からない。
半分気を失っている形となったが、徐々に意識がはっきりしてくると、俺は何者かに組み伏せられていることに気付き、少しずつ煙がはれてくると、自分の組み伏せたのはリョウコであることが分かった。
ここで思い出す、爆発する瞬間、リョウコはそのまま俺の方に勢いよく走って、立てかけてあった教室のドアを倒し、その下に滑り込ませるように自分と一緒に俺を押し倒したのだ。
リョウコはまだ煙が立ち込めている教室を見て、その後自分の顔を見る。
「よかった、怪我はないみたいね」
リョウコは、それを確認すると教室のドアをどかして立ち上がり、俺の手を取って抱き起してくれる。
「爆発で一番恐ろしいのは爆風と熱なのよ、だから爆発するときに取る体制というのはね、盾になるものを自分の体にかぶせるようにして、寝転がることよ、熱や爆風を外に逃がすためにね」
淡々とするリョウコだが、盾にするって、教室の扉もそうだけど。
「だ、大丈夫か!」
俺は慌ててリョウコの怪我を確認する。
「大丈夫よ、この服は熱に強い特性の布を取り寄せて編んだものだからね」
そうか、良かった、怪我がなくて本当によかったんだけど。でも自分の教室を爆発させたのはリョウコであることも分かって、俺には一つ疑問が思い浮かぶ。
「あの、正々堂々勝負するって言ってなかった?」
「もちろん嘘よ」
「ええ!?」
「2人を相手に肉弾戦って、それが通用するのはおとぎ話の世界だけよ、あんなクレバーで能力が高い相手に正々堂々なんて無謀もいいところよ」
いや嘘って、ならマナミとトモエにとっては不意打ちになるってことは、ひょっとして、2人は。
「大丈夫よ、どうやら読まれていたみたい」
きっぱり言うと、煙がはれて、その隅にあった机の瓦礫を指さす。
瓦礫の中からいきなり4つの手を飛びだすと。
「よいしょ」
と掛け声で瓦礫をどかす。そしてゆっくりとマナミとトモエの2人が出てきた。
大事には至っていないけど、怪我はあちこちにしている、服もボロボロだ。下着も破れてマナミはブラジャーのひもを落とさないようにしているし、トモエは、比較的無事な上着を脱いで腰に巻きつけている。
「正々堂々の雰囲気は出せていたと思うのだけど」
リョウコの不思議そうな顔に呆れたように溜息をついたのはマナミだ。
「お互い考えていることは分かるってさっき言ったばっかりでしょ? ユウトくんを教室のドアのそばに立たせたのが決定打だったわ」
上着をスカートが腰に巻きつけ終わったトモエ。
「他の教室を爆発させたのは、周りを巻き込んで事態を大きくさせ短期決戦を狙うため、となれば教室を爆発させてとっととケリをつける、私でも分かったぐらいだからね、アンタ頭いいくせにどっか抜けているからね」
といってお互い笑いあう。
その時、やっぱりこの3人が仲のいい友人同士にしか見えなかった、あれだろうか、殴り合って友情を深めるみたいな、男なら良くわかる感覚だけに、3人の姿がそう映ったことから、俺は聞いてしまう。
「3人とも、実は仲がいいの?」
その俺の質問はよっぽど意外だったのか、3人とも俺の方を見てキョトンとする。
「「「え? 大嫌いに決まってるじゃない」」」
ハモって返された、女の子って本当に良くわからない。
そんな俺を含めた4人は外の様子を伺う。
赤色灯が眩しい、とにかくシャレにならないぐらいの数のパトカーと警官が周りを取り囲んでいるのが分かる。
「ま、時間的にも限界でしょう、そろそろ警官隊が来るかもしれないし、そしたら本当にアウトよ」
リョウコの言葉は言われなくても分かっていたようで、無言で2人は頷く。
そんな至極冷静な3人だが、「部外者」であるユウトはこう考えてしまうわけだ。
「えっと、脱出するつもりなの? だったらどうやって脱出するの?」
不安な俺に寿リョウコは安心させるように優しく諭してくれる。
「大丈夫よ、ほら、大体漫画とかだと、戦って終わりだけど、問題なのは戦った後なのよ、これだけのことをするのだから、ちゃんと帰り道は確保してあるわ」
リョウコの説明によると、学校裏、まさに城下トモエと初めてあったあの校舎裏にマンホールがあるらしく、下水道を通って脱出するということだ、でも。
「でも、ひょっとしたら、そこに警官もいるんじゃ」
「それも大丈夫よ、下水道台帳って知ってる?」
いきなりそんなことを言い出すリョウコ。そして懐からなにやらコピーした図面を広げる。
「今はね、市役所で頼めば台帳の下水道の地図をこうやってコピーすることが出来るのよ、ほらここを見て」
地図の一端を指さす、でもそこは線と数字が書いてあるだけで良くわからず、リョウコは俺達3人に開設をしてくれる。
「この学校のマンホールとユウトのアパートのマンホールは1本で繋がっているのよ、公共のマンホールが敷地内にあるって結構珍しい例なんだけど、この下水道の直径は1.5メートルにもなるの。そしてそこから出ている下水道は直径は最大でも80センチ、とてもじゃないけど人が通れる大きさじゃなない」
「そしてマンホールの出口からだとそのまま階段に上ってユウトの部屋に行ける、これについては事前に確認してあるから安心して」
「それに、こういう急遽の現場で下水道の地図を警察が確認しているとは考えにくい、そもそも市役所の資料だし、となれば警察は住民の安全確保を第一優先に考えるはず、なら今のこの時が最大のチャンスよ」
感心したように頷くマナミとトモエの2人、完全に俺の家に来るつもりなのだが、ここまで来て拒否でもできないだろう。
さて、次の行動は決まった。
「さぁ急ぎましょう、まだ猶予はあるだろうけど、油断は禁物よ」
●
駆け足で校舎の1階に降りた後、裏口までたどり着く。そこから出るとすぐに校舎裏、トモエと初めて出会った場所に出る。
リョウコは扉の近くの窓から外の様子を伺う。
「大丈夫ね、流石に爆発した状況を見せられて入ってくる人もいないか」
そして素早く扉を開け、俺たちは外に出る。
リョウコは、その扉の外に置いてあったバールを手に持つ。暗闇の中のその正確な行動にそのバールが予め置いたものだと分かった。
そしてリョウコはマンホールの穴にバールを差し込み、てこの原理で蓋をあける。
開けた瞬間、強烈な下水道臭が俺たちを襲う。
「ま、しょうがないけど我慢しないとね、ユウト、悪いけど、家に着いたら洗濯機を貸してね」
とはトモエの弁だ、それを聞いた他の2人にも洗濯機を貸してほしいと頼まれる。しょうがない、断るなんて選択肢はない。
とはいえ覗き込んだ穴は完全な暗闇だ。そのまるで地獄に引きずり込まれそうな暗い穴に恐怖を覚えてしまう。
だがリョウコは、その恐怖をまるで感じない様子で、梯子に手をかけて降りようとする。
「まずは、私から降りるから後からついてきてね、降りたら懐中電灯をつけて地面を照らしてあげるからそれを見て降りてきて、撤退するときの怪我ほど怖いものはないからね。降りる順番は、私、小ヶ谷、ユウト、城下の順番でお願い、城下はマンホールをちゃんと閉じてね」
「言われなくても分かってるわよ」
トモエの言葉にリョウコは笑顔で答えて、手際よく降りていく。
みるみるうちにリョウコの姿は暗闇に飲み込まれる、ピチャリと音がすると地面がライトで照らされた、そしてそれを確認したマナミが梯子を使って降りていく。
その姿を見ながら俺は何となくマンホールを持ってみたが。
(重い!)
想像以上に重い、こんなに重いものを下から嵌めこむなんて、それだけでも結構な重労働じゃないか。
「トモエ、俺は男なんだから最後でいいよ、先に降りなよ」
俺の気使いが分かったのだろうが、トモエは言葉につまってしまったようで、言いづらそうにしている。
「ごめんユウト、忌々しいけど寿の指示は適切よ、だから先に降りて」
思ってもいないことを言われて驚き、トモエが説明してくれる。
「縦隊を組む時に進行する上でのセオリーなんだけど、最前列に隊長、最後列には副隊長が固めて、その真ん中を隊員が構成するものなのよ」
「ほら戦国時代とかで徹底するときに「殿をつとめる」とかあるでしょ、殿は敵の追撃を直接受ける極めて危険な任務なの、だから大変名誉なことでもあったんだけどね。だから小ヶ谷も何も言わないで黙って降りたのよ」
「それって!」
といって、言葉を切ってしまう、それは俺が城下より下ってことじゃないか。
「大丈夫よ、つまりね、寿は私のことを筋肉馬鹿って言っているのよ、ユウトが情けないって思っていないよ」
「…………」
敵対している寿を持ち上げてまでのフォローが逆に辛い。
だがここで議論してもしょうがない。
「わかった、なら殿を頼むぜ!」
俺は努めて明るくふるまい、トモエはそれに「了解!」と冗談っぽく敬礼で答えてくれた。
●
入った先は確かにリョウコの言うとおり、中腰でならば十分に通れる下水道のスペースが広がっていた。
俺が地面に降りた直後、マンホールのふたが閉まる音がすると、すぐにトモエが降りてくる。
それを確認したリョウコは懐中電灯を前に向ける。その瞬間俺の周りは真っ暗になり姿が確認できない。俺から見えるのは懐中電灯を持っているリョウコの手ぐらいだ。
「障害物は一切ないわ、だから滑らないようにだけ気をつけて」
そういうとリョウコはゆっくりと歩き出し、俺たちも歩を進める。
(……静かだ)
余りに静かなので驚いた。マンホールに入る前は辺りは騒然としていたが、それが嘘であるぐらいに。
音といえば足首ぐらいまで埋まっている下水が流れて、それを踏みしめてる俺たちの足跡ぐらい、音がなさ過ぎて耳が痛くなるぐらいだ。
暗い中を進んでいると完全に距離感と方向感覚がなくなっている。足元が全く見えない状態で円形の中を進むと言うのは想像以上に心細い。
俺たちは終始無言だ。今のところ俺たち以外に人の気配は感じられない。
正直どれぐらい進んだかは分からない、そんな中変化は突然訪れた。
リョウコが照らす懐中電灯の光が動き、懐中電灯で照らされたその先には梯子があり、良く見てみると赤いリボンが巻かれている。
リョウコはそのリボンを取ると、そのまま梯子で登っていく。あの赤いリボンは目印代わりにしていたのだろう。
するすると登っていくリョウコ、それを見つめているであろうマナミとリョウコは動こうとしない、どうしたんだろう、ふとリョウコが心配になり梯子を登ろうとするが。
「待って、今寿が外の状況を確認している、私たちが動くのは指示を受けてからよ」
と小ヶ谷マナミに諭される。
どうやら何も言わなくても分かるらしい。
寸前まで殺しあったとは思えないぐらい息が合っている、マンホールの小さな通気口から外の様子を伺うのもまるで事前に打ち合わせたように。
以心伝心、やっぱりこの3人って仲がいいんじゃないか、そう思ったユウトだった。
外の状況を確認したリョウコが降りてきた。
「大丈夫よ、外には誰もいない、まず私が梯子を上ってマンホールを開ける、そしたら梯子を叩くからそしたら降りた順番で上がってきて、間隔は開けないようにね」
リョウコは再び梯子を登ると、その先でマンホールをはずす音が聞こえる。そして梯子を叩く音が聞こえた。
そして指示通り、マナミ、俺、トモエの順番で登っていく。
登りきって、すぐそばに控えていたリョウコに手をひかれて上った先、そこにはいつもの見慣れた俺のアパートが広がっていた。
その時になってようやくマンホールの位置を思い出す、そうだ確かにあったなマンホール、自分のアパートの敷地内のに今更場所を思い出した、まさかここから出てくる日が来るとは思わなかった。
全員が昇りきった後、せめてマンホールを閉めるぐらいは手伝おうと持ち上げて、何とか元の位置に収める。
「ユウト、部屋の鍵は?」
そこで言われて初めて思い出す、そうだ、言われて初めて思い出した。
「はは、忘れてた、鍵はかかってないよ」
●
自室のドアを開けて俺たちの部屋に辿りつき、その瞬間、全身から力抜けてへたり込みそうになるが、かろうじて堪える。
女の子の前だ、気丈に振舞われなければならない、情けないところは見せられない、そう思って「大丈夫か?」と振り返ったその先。
「ご、ごめん!!」
謝ってまた後ろを向く。
3人は部屋に入るなりいきなり服を脱いでいたのだ。
後ろを向いた俺にリョウコは真面目な口調で話しかける。
「ユウト、日本人は匂いに敏感な民族よ、今はもう麻痺しているけど、想像以上に臭いがついているはずだから、はやく服を脱いで洗濯機の中に入れないと」
「それはわかるけど!」
それでも一言声をかけてほしいものだ。
「ユウトくん、後ろを向いてくれてればいいよ、脱いだものはそばに置いといて、回収して洗濯機の中に入れておくから」
そんなマナミのフォローに、どこまでも冷静な女の子達の前で気丈で振舞えない自分を情けなく思いながらも、来ていた服を脱いだユウトであった。
●
「お互いに命拾いしたわね」
リラックスした様子でドライヤーをかけながら話すリョウコはピンク色の可愛いパジャマ姿。
「まぁね、流石に疲れたわ」
そう言いながら俺のベッドの上で思いっきり伸びをするトモエ。こちらはホットパンツにTシャツを羽織っただけの活動的な姿だ。
「でも、決着って案外そう簡単につかないものなのね」
一方で青色でシンプルで少しの肩に小さなリボンが付いているパジャマを着ているのが、マナミだ。
俺がシャワーを浴び終わって出てきたとき、3人はこんな感じでリラックスしていた。
女性陣が来ているパジャマが一体どこにあったのかについての謎はもう置いておくことにする。
そんなシャワーを浴び終わったばかりの女性陣からは石鹸のいい香りが鼻腔をくすぐる。
冷静に見れば、女の子3人が自分の部屋に来てくれてシャワーを浴びている。それはそれでそそるシュチュエーションだと思うが、俺は未だに怖くてしょうがない。
今この瞬間にドアが乱暴に叩かれ、警察がなだれ込んでくるのではないかと怯えている。俺はその不安を抱えたまま、床にへたり込んでしまう。
その時にふわりと、いい香りと一緒に柔らかい感触が俺を包み込んでくれる。
「大丈夫よ、心配しないで、私たちに辿りつくことはできないもの」
優しいリョウコの声。後ろから抱きしめてくれたのだ。
続いて右足の太ももあたりに重さを感じる。
「そうよユウトくん、大丈夫よ」
右足の太ももを両足で挟むような、いわゆる女の子座りでマナミは腰掛けると、そのまま抱きしめる。
「全く心配症なんだから」
今度は左足に重みを感じ、トモエはマナミと同様左足をはさむように腰かけると、そのまま自分を抱きしめる。
「…………」
そのまま3人はスヤスヤと眠りに落ちた。
それはそうだろう、殺し合いを演じたんだ、相当疲れていたんだろう。
3人は自分たちが捕まる心配は全くしていないらしい。
「なんで?」と理由を聞くのは無意味なんだろうな、そしてリョウコ達が断言するのだから間違いないんだろうな。
でも俺はそう言われてもまだ、美少女3人に抱きつかれても、不安がぬぐえない。
そしてユウトが眠りについたのは、空が明け始めたころだった。
●
以上が事の顛末だ。
ろくに寝ていないぼんやりとした頭でテレビを消して、後ろに気配がしたので振り向くと、そこには3人が立っていた。
「上手い具合に私たちから離れているわね」
パジャマ姿で歯を磨きながら喋るトモエ。
「ユウトくん、報道ではなんて言ってたの?」
髪形を整えながらそう問いかけたのはマナミだ。
「ああ、テロとか学校への恨みとか、そもそも教育機関に対しての挑戦とか、後はお決まりの行政が悪いって感じ……」
ユウトの答えにリョウコは満足げだ。
「まぁそれはそうよね、男の取り合いで、校舎を爆破させるなんてだれも思わないだろうし、想像もつかないわよね」
報道を見て自分よりどんどん離れていく様子を見て、ほっとしている俺と、予定通りといわんばかりの3人。
「なぁ、一つ聞いていい?」
俺はリョウコに問いかける。
「どういうことなんだ? 正直俺には何が何だかさっぱり分からないんだけど」
ここでようやくことの始まりを聞き、リョウコはこう答えてくれた。
あのプールでの出来事の後、マナミとトモエを始末することを決めたリョウコは、2人にメールで宣戦布告をして、最終決戦の場所を母校に選んだことを伝えたのだそうだ。
そこまで話して、リョウコはマナミに問いかける。
「そうそう一応確認しておくけど。小ヶ谷さん、貴方ちゃんとチャクラムは回収したの?」
「あたりまえよ、投げた数と投げた場所は絶対に忘れないわ、ユウトと話している時にちゃんと回収したもの、日本は武器の所持にはことのほか厳しい国だからね」
そこでトモエがリョウコに問いかける。
「アンタこそ、爆発物はちゃんと痕跡を残さないようにしたんでしょうね?」
「それこそ当たり前よ、それができるからこそ学校を最終決戦の場所に選んだんだから」
「へ?」
リョウコの言葉がおかしい。痕跡を残さないことが出来るからこそ学校を選んだってどういうこと。
「学校を選んだ理由って何かあるの?」
その俺の問いかけにリョウコは解説してくれる。
「仮に私たちがあの教室にいた証拠はあっても、それがいついたのかについてはわからないでしょ? それに学校は防犯ビデオカメラなんてついてないし、そもそも教育機関の警報装置って場合によってはつけていない場合もあるのよ」
「そうなの!?」
まずそこに驚く。警報装置は付いていると聞いたことがあるけれど本当だったのか、驚く俺にリョウコは微笑むと続ける。
「公立の学校というのは同時に災害時の避難場所、つまり非常用の施設にもなるでしょ? だからあまりに厳しくすると、万が一の時に非難に支障が出てしまうことがあるのよ」
「つまり学校という場所は、生徒と先生以外は立ち入り禁止の閉鎖された場所でありながらいざとなったら解放する公共の施設でもあるという矛盾した性質を持っているの」
「だから始末するならば自分たちの学校ほどいい場所ってないのよ、夜にはイレギュラーでもない限り誰もいないから、そしてそれがこれだけハッキリしている場所ってそうはないのよ。しかも私達の学校は周りは壁で囲まれているし、誰かに見られる心配がまるでない」
「もちろん楽観視しているわけじゃないけどね、ちょっとでも痕跡を残しておけば容赦なく警察はつついてくる。だからこそ準備に一週間もかかったわけだから」
ここでリョウコの解説は終わる。
そうか、学校をそういう目で見たことなんてないから、何となくでしか理解できないけど、と、ここでもうひとつ疑問が出てくる。
「あのさ、となると借りに仕留めたとしたら、逆にバレてしまうんじゃないか?」
そうだ、始末するのならば死体が出てしまう。その始末はどうするつもりだったのだろう。
「「「…………」」」
その時の3人は、俺の問いに極上の笑顔だけで何も教えてくれなかった。
だからというわけではないけど、突然鳴り響いたインターホンの音に飛び上るほど驚いてしまった。
「どどどどどどうしよう!」
まさか警察、まさかばれた、出ようか、いや居留守を使うか、どうしようか。
「大丈夫よ、ユウト、怖がらないで」
リョウコはそういうがそれでも収まらない。
「でも!」
そして再びインターホンが鳴り響く。
こうなったら覚悟を決めるしかない、玄関に向かって歩きだしたその時。
「おはようございます! シロネコ宅配便でーす!」
そこで元気のいい宅配便のお兄さんの声に死ぬほど安心したユウトだった。
●
「えっと、伊勢原さんからのお届け物です、食料品ですね! こちらに受け取りのサインかハンコをお願いします!」
「は、はい、あのサインでいいですか?」
「はい!」
元気よくそう返事をすると、胸ポケットにポケットに刺してあったボールペンを手渡してくる。
差出人は伊勢原さんから、苗字が一緒なので分かると思うが、俺の両親だ。
「確かこのあたりですよね? 学校爆破の事件があったのって」
お兄さんに突然言われて心臓が爆発したかのように跳ね上がるが、何とかそれをこらえる。
俺は動揺を悟られないように、サインが終わった伝票を宅急便のお兄さんに渡す。
「みたいですね、どういうことなんでしょうね」
「そうですね、ニュースとかでは学校に恨みとか、教育機関への挑戦とか言っていましたけど、愉快犯じゃないかなって僕は思ったりもするんですよね」
「あー、ありえますね、迷惑な話ですよ」
「ほんとですね、それでは確かにお渡ししましたので失礼しまーす!」
笑顔で元気よく頭を下げるお兄さんに「ありがとうございました」と挨拶をするとそのまま玄関ドアを閉める。
(……ですよねぇ、そう考えますよね、普通は)
あのお兄さんは、俺を疑う様子なんて微塵もなかった。それが不思議でしょうがないと俺は思った。
そう思いながら荷物を持って3人のもとへ戻る。
「両親からだったよ」
俺の報告を聞いた3人は、荷物に興味が移ったようで、中に何が入っているのか心待ちにしているようだ。段ボールのガムテープをはがし、中身を見てみる。
「……コーヒー?」
そう、中には有名ブランドのコーヒーが豆のまま入っていた。
正直独り暮らしの身としては米の方がありがたいのだけど。
「ねぇユウトくん、失礼かもだけど、コーヒーを淹れていいかしら? 私ね、コーヒー好きなの」
マナミがうきうきした様子で話しかけてくる。
確かに目覚めの朝のコーヒーは美味い、疲れた朝には余計にだ。
「ありがとう、頼むよ」
「分かったわ、2人はどうする?」
ごく自然にリョウコとトモエに話しかけるマナミ、2人は同じく自然に自分も飲むと答えた。
マナミはキッチンに立つと、ケトルを取り出すと水を入れて火にかける、そしてドリッパーを取り出すとフィルターをセットし、豆を小型ミキサーにかけて粉状にするとフィルターに入れて、沸騰したお湯を丁寧に淹れる。
手慣れた一連の動作、もう今更なんで場所知ってるんだとか突っ込みはもう入れまい。
「はいどうぞ」
それぞれのカップにコーヒーを入れる。
淹れたてのいい香りが部屋に満ちる。うん美味しそうな香りだ。
そしてそのコーヒーをリョウコもトモエも何のためらないもなく飲む。
「おいしい!」
リョウコは感激した様子だ。
「ブラックはちょっと苦手なんだけど、これはスムーズに飲めるわ」
同じく驚いた様子のトモエ、素直に褒め称えている。
「でしょ? 美味しく淹れるようになるために色々苦労したんだから」
そう言いながらマナミは、満足そうに飲む。
不思議だ。殺したいほど憎んでいるのではなかったのか、そんな相手が作ったものを飲めるものなんだろうか、とはそのコーヒーを入れたマナミの弁だ。
「ユウト、今は休戦中よ、だから大丈夫よ」
リョウコは俺の疑問を感じ取ってくれたのかそう答えてくれる。
「そうそう、いつも気が張ってちゃ疲れるからね」
トモエも口をつける。
「ユウトくんも飲んでよ、自信作だから」
マナミに促され、コーヒーを飲む。
「あ、おいしい」
口に含んだ瞬間に、香りが口いっぱいに広がり、コクがある苦味が何ともいえず美味しい。
そんな時、リョウコはすっと、自然な動作でラッピングされたものを俺に差し出す。
そしてニコニコしながら俺の反応を待っている。
「あ……」
思い出した、そうだ「次にあった時にプレゼントを渡す」そう言っていたっけ。
そして中身は分かっている。
俺はラッピングを丁寧にはがし、中を見てみると、黒色のスポーツタイプの時計が現れた。
「男の子だから実用性重視で選んだの」
そんなリョウコの言葉に促されるように、箱を開けて時計を左腕につける。
「うん、いいよ! カッコいい!」
「喜んでくれてうれしい、大好きだよ、ユウト」
「俺もだよ」
お互いに見つめ合う。ああ、やっぱり幸せだ。
「ユウトくん」
そんな2人の間に割り込むように俺の顔を覗き込んでくる。
「私もユウトくんのこと好きだよ、寿さんが1番目の彼女、私は2番目の彼女だから、今はそれでいいよ」
彼女の前で堂々の愛人宣言をするマナミ。
「私も好きだよユウト、でも私は2番目じゃ駄目だからね、1番目にしなさい」
彼女の前で堂々と本命宣言をするトモエ。
「はいはい、ユウトは私が子宮で育てるの、誰が貴方達なんかに渡すもんですか」
そのあと、女の子3人は世間話に花が咲き、楽しそうに話す。
そんな美少女3人に好かれる日々。
それが今の俺の状況だ。
そして……俺はしみじみと、こう思うわけだ。
もう色々と、後戻りはできないのだなと。
あとがき
作者のGIYANAです。
ここまで読んでいただいてありがとうございました!
ヒロインたち3人を少しでも可愛いと思っていただければこれほど嬉しいことはありません!
第二部もまた第一部と違った形での戦いが進行していきますので是非よろしくお願いします!
それともしよろしければ、感想やレビュー、ポイント評価をしていただければと思います。
色々なところで同じことを言っていますが、本当に嬉しく励みになりますので!
それではこれからも「ヤンデレーション!!」をよろしくお願いします。