寿リョウコと過ごす最初であり最高のデート
いつもの俺の週末は、一日マンガを読むかゲームをするか、ネットの動画かなにかを見て過ごしている。退屈だとは思うけど、これからも続く日々だと漠然と思っていた。
そんな土曜日の時刻は午前7時30分。目覚ましを止めて起きた俺は、そのまま風呂場に直行しシャワーを浴びる。
まずは洗顔料で顔を丹念に洗う。毛穴一つ一つの汚れも落とすように丁寧に。
その後、シャンプーを頭にかけ、ごしごしと頭を洗う、普段は頭を洗う時にそんなに気を使ったことなんてないけど、いつもの倍以上の時間をかけて洗う。
それをシャワーで流した後は、今度はリンスをつける。普段リンスなんてつけないけど、今日の日のために買ってきたものだ。
その後は、ボディソープをタオルにつけて、丹念に体中をピカピカに磨き上げる。
そして風呂場から上がると、鏡を見て目ヤニがついていないかどうか確認し、歯を磨く、そして口臭がしないように市販されていたマウストリートメントを口に含み、吐き出した後、口臭を確認する。女の子は不潔を嫌うからな、まずは清潔に保たないと。
野郎の風呂場シーンなんて誰も興味がないと思うが、今日の俺にとってこれは絶対に欠かせないものだから勘弁してほしい。
体を清潔にした俺は次は、クローゼットを開き、服を取り出す。
言っておくが俺にオシャレのセンスなんてものはない、だがそれでも「みっともない格好」だけはしてはならないものだ、この日のために昨日小遣いをはたいて、買ってきたのだ。
赤色のセーターに白を下地に赤の縦ラインが入ったカジュアルな服装、そして紺色のことーとを羽織って、下はGパンだ。
よし、みっともない格好ではないはずだ。
鏡の前で何回かポーズを取り、服装の乱れがないことを確認する。
そして携帯電話で時刻を確認する。
時刻は午前9時。
今日は日曜日、そう日曜日。
そして今日は念願のデートの日だ!
●
俺はうきうき気分で待ち合わせ場所に来ていた。付き合って初めての週末は三連休だ。本当は土曜日でデートをして3日連続で会いたかったんだけど、土曜日は家族で出かける用事があったらしい。
家族を大事にする、俺らの年だとどうしても格好悪いと思ってしまいがちだけど、一人暮らしをしている俺にとって、その家族のありがたみを知っている自分とすれば、そういった寿さんの行動も魅力的に見える。
もちろんデートのプランは決めておいたが、実は今回のデートプランについては事前に寿さんに説明してある。
正直、秘密にしたかった気持ちがあるけれど、寿さんは「初デートは伊勢原君の行きたいところに行きたいし、知りたい」と言ってくれた。曰く自分が何が好きなのか知りたいそうだ。そしてそれを楽しむために勉強したいと言ってくれた。真面目な寿さんらしい。
そこまで言われては教えないわけにはいかない。俺はデートプランを全部教えたのだ。
今日のデートプランはこうだ。まず少し歩いて散歩した後、コーヒーを売りにしている喫茶店で昼食を食べる。そのあとにイベント会場にいき、その後、夕食を一緒に食べてそのあと家まで送っていく。
そのイベントとは近くにあるアミューズメントパークで行われるものだ。カップル限定の迷宮を期間限定で作ったらしく、2人で協力しなければ先に進めないというもの。
でも行き当たりばったりだと不安なのは事実、だから俺は事前にネットでその迷宮についてのデータは仕入れてある、もちろんそれに必要なチケットは既に確保済みなのだ。
そのプランを電話した時に寿さんはとても喜んでくれた。
もちろん本当に自分の好きな所ばかりでは退屈してしまうから、飽きさせないようにリードはしないと。
ちなみにマナミやトモエのあの後はというと、相変わらず視線は感じるし、盗聴器も性懲りもなく仕掛けてくるけども、直接的に接触を図ってくるということがなくなった。
ひょっとしたら少しずつ諦めてくれたのかな、そんなことを思う余裕も出てきている。
それにしても楽しみなのは、寿さんはどんな格好で来てくれるんだろうということだ。
「おはよう、伊勢原君」
声を聞いただけで分かる、振り向いたその先には、俺の彼女寿リョウコが立っていた。
白色の肩が出るタイプのセーターに薄紫色のインナーが垣間見え、紺色のスカート、そして黒色のロングの靴下をはいている。
派手でもなく、でも地味でもなく、綺麗なタイプの寿さんにはぴったりの服装だ。
「か、かわいいよ! とってもかわいいよ!」
もっと気が利いた言葉が言えればいいのにこんな言葉しか出ない。寿さんはクスクス笑うと「ありがとう」と笑顔で答えてくれた。
「今日はよろしくね、頼りにしてるわ」
頼りにしている、その言葉でこれほど奮起するとは、俺も単純だ。
「わかった! じゃあいこう!」
俺は寿さんの手を引いて、意気揚々と歩きだし寿さんを引っ張る。
だが伊勢原はこの時気がつかなかっただろう。
伊勢原が歩きだして前を向いた刹那、寿に向かってチャクラムが放たれていて、寿リョウコがそれを掴んでいたことに。
●
実は今回のデートプランにはデート攻略本がすごく役にたってくれた。
最初、「デートを本に頼るなんて」なんて思っていたが、いざデートをすることになると何も思い浮かばない現実に打ちのめされた。
その現実を知った後、速攻で本屋により攻略本を買って、家でむさぼるように読んだ。
そんな中で見つけたのがこの喫茶店である。コーヒーを売りにしているという目新しさがいいなと思って、すぐに店の下見に行き、味を確かめた。
確かに文句なし、コーヒーを売りにしているとはいえ食事もおいしい。
そんな中、デートの攻略本にはこう書いてあった。
――常連ぶらないこと、初めてなら素直に初めてという、一緒に彼女との楽しむと言う姿勢が大事だ。
「伊勢原君はここには良く来るの?」
向かい側に座った寿さんが聞いてくる。
「いや、実は2回目なんだ、この間帰りがけにコーヒーが飲みたくなって、たまたま入ったら凄く美味しくてさ、せっかくだから寿さんと来たいって思ったんだよ」
「そうなんだ、確かにコーヒーが美味しいよ、コーヒーが美味しい喫茶店って実は中々ないものね」
よしよし、反応も上々だだ。そうだ、背伸びをしないことが大事なのだ。
そして少し世間話をした後、寿さんが「ちょっとごめんね」といって、席を立った。
俺は「うん」とだけ返事をすると、離れていく寿さんを見送る。おそらくトイレなんだろう。そんな時に再び攻略本の書いてあることを思い出す。
――女の子がトイレに行くときは、ぼかして離れることが多い、そんな時に無粋に「トイレ?」なんて聞くのはNG。
だそうだ。恥ずかしいのだろうな。
(うん、ここまでは順調だ、初めてにしては上出来だ!)
今のところ、デートは順調、会話もはずんでいるし、寿さんが退屈している様子はない。今日はこのままでがんばるぞ。
そんな時、まさに意気込んだその時、窓に視線を移したその時、窓の端にリボンが見えた。
(あのリボンは!)
分かる、ポニーテールのリボン、見慣れたあのリボンの持ち主は……。
――――
女子トイレの中、寿リョウコは鏡に映った自分の顔を見つめている。
その顔には後悔がにじみ出ていた。
(危なかった、私としたことがつい喜んでくれる伊勢原君を見て油断してしまった、あの2人が油断したすきを襲わないわけがないと分かっていたのに)
チャクラムを掴んだその手を確認する、良かった、傷は付いていないと安心して寿リョウコは、チャクラムをゴミ箱に捨てる。
(大丈夫よ、伊勢原君、貴方のことは私が守るから、貴方の幸せが私の幸せよ)
そもそも付き合った時に盗聴器に向かって放ったあの挑発的な文言は、全ての攻撃対象を私に向けさせるためだ。
別にあの2人が伊勢原君のことを好きなのは全然かまわない。それはそうだ、伊勢羅君はとっても器が大きい男、自分だけが魅力に気づくなんて考えは最初から思っていないと寿は考えている。
おそらく私のクラスメイト含めて、そしてあの2人以外は、伊勢原君を「冴えない男」だとか言っている、同じクラスメイトからそれは聞いていた。確かにモテたことなんてないんだろうなと思っていたし、そういう意味では私は油断していたのかもしれない。
そしてそれは小ヶ谷マナミ、城下トモエの出現により一気に情勢は変わる。
自分以外に伊勢原君の魅力に気づく人間が、それも2人出るとは思わなかった、しかもよりにもよってあの2人は評判の美少女だったのだ。
寿リョウコはは一気に不安になった。私の勘が正しいのならば、伊勢原君は徐々にあの2人を受けれてしまうと思ったからだ。
そしてその危惧した状況は少しづつ現実味を帯びてきていたのだ。
どうしよう、告白しようか、でも既に伊勢原君の気持ちがあの2人に向いていて断られたらどうしよう、不安でいっぱいだった。
だから伊勢原君の好きな人が自分自身であったことが、どれだけ嬉しかったことか。
伊勢原はあの2人の相手は大変そうに見える、だから私はあの2人の攻撃対象を私に向けなければならなかったのだ。
そのために自分たちのデートプランがあの2人に筒抜け、つまりあの2人が私達の動向をどの程度つかんでいるか確かめなければならない。
理想は伊勢原の部屋に、伊勢原君が気付かない盗聴器や盗撮カメラの仕掛けの有無を確認しなければならなかったから家捜しするのが一番よかったのだけど、そんなことをするわけにもいかない。そのために伊勢原には事前にデートのプランを教えてもらったのだ。
もちろんその後、寿リョウコははその内容を誰にも話すことはなかった。伊勢原もあの2人に気づかれると厄介だからという理由で誰も言わないように頼んでおいた。
そして寿リョウコが今日自分の家を出る時に、小ヶ谷さんと城下さんの気配を感じたことでそれは確信に変わった。
やはりそうだ、伊勢原君の部屋には盗聴機、おそらくは盗撮カメラもあるだろうが、それが取り付けられている。
実際に土曜日に気配はなかったのだから。
実は家族と出かける、というのは実は嘘で、伊勢原君のデートコースの下見に向かい、攻撃ポイントをあらかじめ調べておいたのだ。
今いる喫茶店も当然下見済みだ。
この喫茶店は最近できたものだ。デザートを売りに出す店は多いがコーヒーを売りに出す店というのは意外と少ない。
そこでデザートではくコーヒーをチョイスするあたり男の子らしいと思いつつ歩を進める。
次のアミューズメントパークでカップル御用達のイベントも確認してある。
彼氏が指令書を受け取り、その内容は彼女に喋ってはならない、そしてその指令書を元に彼女の指揮をしてお互いの結束を高め合う。というものだ。
だが下見に向かった時、寿リョウコは不愉快な光景を見せつけられる。
イベント会場から出てきた2人組、その女の方は明らかにつまらなそうな顔をしていて、あげくの果てには彼氏に文句を言っていたのだ。
自分のために必死でかっこつけているのが分からないのか。実際のリードがどうであれ自分のためにしてくれたことには感謝の意を持って返さなければならない。
一体何様のつもりなんだろうと思う。
(まぁいいか、私はあんな女にはならない、むしろ反面教師としないとね)
それに正直、デートの間で唯一気が許せるのはここだろう。
あの2人は一途だ。他の男を利用して迷宮に入り、私達の邪魔をするという発想には至らない。伊勢原以外の男の接触を非常に嫌うからだ。
極論、迷宮が運営できないように妨害行為もあるがそれは絶対にしない。あの2人にとって伊勢原の言葉は絶対的な不文律だからだ。
人に迷惑をかけるなといったのならばそれは絶対に守る。
(今回のデートはいきなり失敗からだったけど、挽回するのはこれからよ)
そうやって決意を新たにして、席に着いたところ、伊勢原は差し迫った顔で寿にこう言った。
「寿さんやばい、つけられてる」
(っ……)
さっきも言ったとおり、つけられていたのは最初からだ。伊勢原君はそれに気づく様子は全くなかった、となればワザと姿をさらしたのだ、そう考えることのが自然。
(……確かに私だけを攻撃してもらちが明かないから、デートをぶち壊そうとする作戦に変更したというわけね)
始末してやろうかとも思ったが、それはできない。そんなことをしたらそれこそ向こうの思うつぼ、デートが台無しになって終わりだ。
「そうね、どうしようかしら」
寿リョウコは平静を装い、私はコーヒーをすする。
とはいえ、視線は感じるもののどこから見ているかは分からない。気配だけ残して位置を悟られないようにしている。
(最初のころと比べて考えてきている、全くあの2人は馬鹿じゃないからやっかいね)
個別に攻めてきたときは楽だった、小ヶ谷は頭はいいけど身体能力が低いから肉弾戦に持っていけば簡単に勝てた。
城下は、身体能力だけで攻めてくるから少し策を弄すれば簡単に勝てた。
思えば、正々堂々戦いを仕掛けてきたあの時に仕留めるべきだったのかも。私も伊勢原君と両思いだって、そんなこと夢にも思ったことがなかったから浮かれていたのだろうと思い至る。
さてどうするか、この後は例のイベントだ。迷宮のイベントは確かに面白そうだけど、それまでの死角が多すぎる。どうやって潜り抜けようか。いっそのこと逆に2人を利用して、遠くに行って、そこで2人で過ごそうか。
そんなことを考えていた時だった。
「寿さん!」
ぐっと伊勢原は寿の手を取る。
「この近くに廃工場がある、そこに行こう、まずは人の少ないところに行く必要がある、大丈夫、いざとなったら寿さんのことは俺が守るよ、だから安心して!」
内心不安なのだろうが、気丈にそうふるまう伊勢原。
とはいえ、伊勢原の意見は実は逆だ。勘違いされがちだが逃げるという選択肢を取るのならば、人気が少ないところではなく人気が多いところがいい。
人の気の少ないところに逃げると言うのは逆に自分の存在をアピールしてしまうようなものだ。
「うん!」
しかし寿は伊勢原について行くことに決める、たとえそうでも伊勢原君が精一杯考えた「私を守るため」の行動、それを無下にするのは失礼だと考えたからだ。
●
そして伊勢原と寿は近くの金網フェンスに囲まれた廃工場にたどり着く。
廃工場は入口が一つだけで入ったすぐに広場があり、その広場周りコの字に建物が造られている。周りを囲んでいるのがコンクリート壁ではなく金網フェンスであることを除けば、伊勢原達が通う学校と同じ造りだ。
伊勢原は寿を連れてその広場が一望できる部屋に陣取り、窓からずっと外を伺っている。
おそらく入口から2人の姿をとらえようとしているのだろうが、攻撃を仕掛けてくる人間が馬鹿正直に入口から入ってくるなんて限らないし、それこそ気配を悟らせないようにしている2人が堂々と現すわけない。
そんな姿を見て悔しくなる寿リョウコ。
あの2人が伊勢原に向けている好意は紛れもなく本物だ。あの2人が伊勢原君に攻撃している姿は見たことがある。でもあの2人とっては好きな人に構ってもらいたいから、じゃれあっているレベルだ。
自分に向ける感情は殺意だが、伊勢原に向ける感情は愛情だ。本当にあの2人は伊勢原に尽くしているだけなのだ。
伊勢原は、それが分かるからこそあの2人に対しても優しくする。
(いやだな……私以外の女の子に優しくするなんていやだな……)
――――
さて、寿さんを連れて近くの廃工場に逃げることまでは成功した。
途中で攻撃があるかもと思ったがそれはなかった。廃工場があるというのは前から知っていた。廃工場の醸し出すどこか退廃的な雰囲気に秘密基地の様な郷愁を感じてしまうのは男なら誰でもわかることだし、自然に男達の話題に上るものだ。
「伊勢原君」
そんな中、寿さんは俺に話しかけてくる。色々不安なのだろう。
「どうしたの? ひょっとして寒いの?」
そういうと、上着を脱いで自分にかぶせてくれる。
「大丈夫、寿さんのことは守るよ、頼りないかもしれないけど、それぐらいさせてよ」
「ありがとう、でも私さ、ちょっと不満なんだけど」
冷たい口調に俺は血の気が引くのを感じる。
ひょっとしたら何か失敗でもしてしまったのだろうか、俺を見る寿さんの目が冷たい。
「小ヶ谷さんと城下さんのことは下の名前で呼んでいるのに、私は未だに「寿さん」なの?」
「…………」
「え?」
それが、不満、下の名前で呼ばないことが。
「え、いや、その、いきなり、で、でも恥ずかしくて、ねぇ寿さん」
「…………」
寿さんはそっぽを向いたまま何も返事をしてくれない。
「あの、寿さん」
「…………」
無視されている。まぁもちろん、下の名前で呼ぶまで振り向いてくれないんだろう。それは当然分かるんだけど。
(正直恥ずかしい! なんでこんなに勇気がいるんだろう)
でも恋人同士で下の名前で呼び合うなんて普通のことだ。
寿さんもそれを望んでいる、なら答えるのが男だ。
「りょ、りょうこ……」
「なに? ユウト」
寿さん、いやリョウコも俺の下の名前で呼んでくれる。
「はは……」
こ、これは照れるな。
そんな時、呼び方を変えるのは照れるなと思いながらも、下の名前で呼び合えることにひそかな喜びを感じていたころ、廃工場の入り口の近くで人影が姿目に入る。
(あれは!)
その人影は城下トモエは、辺りを伺うような素振りを見せると堂々と入口から入ってくる。彼女はそのまま入口から堂々と歩いてきて、三方を俺たちがいる建物に囲まれた広場の真ん中に立つ。
そして悠然と佇む、何かを待っている様子だ。
「リョウコ、隠れて!」
リョウコの肩を押さえ身をひそめようとするが。
「ユウト、駄目、今視線を外しては」
「へ?」
冷静なリョウコの口調。
「あの女の行動は不自然すぎるわ」
「え?」
不自然、どういうこと、言っている意味が分からない俺にリョウコは解説してくれる。
「考えてみて、確かに入口は一か所しかない、でも私たちを追ってきたのならば、その入口から堂々と入ってくるのはおかしいわ、城下の身体能力だったら、目測高さ2メートルぐらいか、その程度の金網フェンスなら楽勝でしょう」
「しかもこれ見よがしに、堂々と真ん中にいる、間違いなくこれは私たちに見られているのを分かっていての行動ね」
「だけど、それと同時に攻撃を仕掛けてこない、むしろ誘うようなふるまいは不自然、私たちは別に城下さんには何もするつもりはないもの」
「となれば導き出される結論は一つ、私たちが、この廃工場の建物の中にいるのは分かっている。でも位置までは特定できないってところねね」
「だからこそ今あの女から視線を外してはだめ、少しでも不自然な動きをしたら即刻脱出よ、いい?」
「は、はい」
そんな言い知れぬリョウコの雰囲気に圧倒される。
駄目だ、俺がちゃんとしなくては、古来より戦いは男の仕事なんだから。
そんなわけで俺とリョウコは指示通り、広場の真ん中に立っている城下トモエを見る。
城下トモエは、先ほどと一緒で時折辺りを見渡すそぶりを見せたが、それぐらいでここから動く様子はない。
その瞬間自分の携帯電話に着信があったことに死ぬほど驚いた。
携帯に意識なんていっていないし、マナーモードにした記憶なんてないけれど、あの2人を相手にして音に気をつけるようになったからマナーモードにする習慣が身についた。
そんなことに感謝しながら、「こんな時に誰だと」文句を言ってやりたい気持に駆られながら、トモエから視線を外さないように携帯の着信画面を見る。
「ひっ!」
情けなく悲鳴をあげてしまい、着信画面を見た瞬間、携帯を落としそうになってしまう。
その着信画面にはこう映し出されていた。
――小ヶ谷マナミ
(なぜ! どうして急に!)
半分パニックになりながら携帯に出てしまう。
「…………」
相手は何もしゃべらない、それが余計に怖い!
「何しているの! 逃げるわよ!」
リョウコに手を引っ張られ、2人して逃げようと振り向いた先には、
「くっ!」
携帯電話を耳にあて、小ヶ谷マナミが立っていた。
●
マナミは携帯電話の通話を切り、そのまま懐にしまう。
「意外ね、こんな見え見えの罠に引っかかるなんて、色ボケ女、伊勢原君しか見えていないからそのざまよ、彼女失格だと思うわ」
挑発するマナミ。
(わ、わな? どういうことだ?)
俺の疑問を感じ取ったのだろう、「後ろから」声がした。
「ユウト、私があそこにいたのは、貴方達2人に視線を集中させるためよ、その時に小ヶ谷が工場内を捜索していたというわけ、見つけた合図が私の携帯電話にかけること、そして着信回数と振動回数によって部屋を知らせる、そういう段取りになっていたの」
窓枠に捕まりながら、不敵にトモエはほほ笑む。
そうか、ポケットに手を突っ込んでいたのは、携帯を握りしめて着信を確認するため、だからここの向上に来るのが少し遅かったのか。
「でも小ヶ谷、ユウトの携帯にまで電話をかけるのはやり過ぎよ、ユウトが怖がっているじゃない?」
「ごめんなさい、私に気づかない寿さんがいかに無能が思い知らせてやりたくて、つい」
「そう、ならばしょうがないわね」
しょうがないのか、いや、それよりも。
「トモエ、ここまで、どうやってここまで登ってきたの? 確かここ4階だったと思うんだけど」
前に来た時に外観を見たけど、確か特につかまって登れそうなところは無い、無かったと記憶しているのだが。
「ユウト、白雪姫の話って知ってる? 王子様のキスで目が覚めるなんてロマンティックだけど、実際では因果関係が不明よね」
「そ、それが?」
「つまり、先ほどまで広場にいた私が今4階にいると言うことと、王子様のキスで御姫様が目が覚めるのは同じ理屈だと言いたいの、分かるでしょ?」
「わかんねーよ! そ、それと!」
片足を上げていて、風に揺られて先ほどからチラチラ見えてしまっている。
「女の子がそんな格好したら見えちゃうだろ!」
目を押さえながら抗議すると、ぐいと引き寄せられる。慌てて目を開くと、目の前にはジト目のリョウコがいた。
「ユウト、騙されてはだめよ、わざとだから」
「ええ!」
驚く俺に、トモエは露骨に舌打ちをする。
「余計なことを……」
え、まじ、ホントにわざとだったの。
「ねぇユウトくん」
そんな中、マナミが一歩前に出る。
「この女は貴方と一緒なのに貴方を見の危険にさらしたわ、でも私は違うわ、私だったら貴方をそんな目に遭わせないし、それにね、私は自分が本命なら浮気したって許すよ、だから寿と城下を愛人にしても私は一切の文句なんて言わないわ、あ、もちろん私は浮気なんて絶対しないから安心してね、そして浮気したらその後はちゃんと私のもとに戻ってきてね、そうねそれが浮気を許す条件かしら」
「…………」
「なにいきなり口説いてんのよ! ユウト、私は浮気は許さないわ、でもその代わり私は全身全霊をかけて貴方を愛するわ、何でも言うこと聞くし、どんなことでもするわ、いいよ、ユウトが望むならどんなエッチなことだってしてあげる、ユウトだって男の子だもん、エッチなこと好きでしょ? でもその代わり、他の女と話さないで、他の女のことも見ないで、私だけのことを考えて!」
「…………」
2人の迫力に思わずそのままへたり込んでしまう。
「ど、どうして?」
俺の言葉に2人は首をかしげる。
「あのさ、正直、ここまで俺のことを好きでいてくれる理由なんて分からない、俺はそんなに顔だってよくないし、勉強も運動も普通だし、でも2人ともさ、可愛いと思うんだよ」
「だからさ、もう少し普通になったらさ、絶対モテると思うし、なんで俺なんだ?」
一瞬キョトンとした後、その後2人は声を出して笑う。
「ユウトくん、顔だとか勉強だとか運動だとか、貴方を好きであることにそんなことなんて些細なことよ」
何をいまさらという感じで喋るマナミ。
「そうそう、顔がいい男なんていくらでもいるじゃない、勉強できる男なんていくらでもいるじゃない、運動が出来る男なんていくらでもいるじゃない」
それに同調するトモエ。
「…………」
意味が分らない。いや、意味を求めること自体間違っているのかもしれないけど。
その瞬間2人はすさまじい敵意をリョウコに向ける。
「「だって私たちが貴方を好きな理由は」」
「ストップ、恋人である私の前で堂々と口説かないでくれるかしら?」
その敵意にひるまず俺の前にリョウコが立ちはだかる。
「まず2人には認めないとね、確かに私はユウトと一緒で浮かれていた、だからこんな単純な罠に引っ掛かった、それは認めざるを得ないわね。でもね、貴方達は男の子のことを何も分かっていないわ、その証拠にほら、ユウトはこんなにも怯えている」
リョウコはギュッと俺を胸元に引き寄せて抱きしめてくれる。その瞬間にいい香りに包まれる。なんだろう、凄い安心する。
「だから今日のところは辞めてあげて、ユウトには関係ないことよ」
「…………」
「…………」
3人はお互いに真意を測り合っている。
「分かったわよ」
最初にそう言ったのはトモエ。
「帰ればいいんでしょ」
そしてマナミだ。
「ありがとう、気持ちをくんでくれて」
感謝の言葉を述べて、そう言ってリョウコは俺を解放してくれる。
その時に見た光景は、2人は踵を返して立ち去るところだった。
(2人とも、今日は諦めてくれたんだ)
そんな安心した刹那。
「「誰が引き下がるかアバズレ!」」
と言いながら2人は一斉に振り向き、マナミの手にはチャクラムが握られ投擲態勢に入り、トモエはセスタスを構えた。
だが……。
「…………」
悔しそうに唇をかむマナミ、握られたはずのチャクラムは手元になく、手を押さえ痛みをこらえている。
「…………」
セスタスをはめた両手の手のひらを外に向けて顔を覆っているトモエ。
そして両手に拳銃を持ち、標準を2人合わせたまま動かない、リョウコの姿があった。
「おしいわ」
リョウコの、この言葉で2人は理解する、ユウトを抱きしめたのは私たちを挑発するためと、自分たちを始末する光景を見せたくなかったから、その狙いに気づく。
2人して内心毒づくも、向こうは拳銃を抜いた状態で標準を合わせている。リョウコの拳銃の腕は2人も分かっている。
マナミは武器を持たない状態、トモエは近距離線用の武器、駄目だ、現段階ではこちらに勝ち目はない。
2人はそこでやっと殺気を解く。
「…………まぁいいわ、そう言えばハッキリと思いを告げたのって始めてかもね、ユウトその女に飽きたら言ってね、忘れさせるぐらい愛してあげる」
「そうね、思いを告げるって結構勇気がいるわよね、今日はこれで満足、ユウトくん、私待っているからね」
2人は殺意を残しながら、無言で薄暗いところへ消えた。
2人の気配か完全に消えたことを確認すると、リョウコは銃を下ろす。
「ふう」
流石に少し疲れた様子で何も答えずため息をつく。
「何とかなったわね」
そうやってリョウコは気丈に振舞う。
そんなリョウコを見て俺は後悔をしていた。
(勘違いをしていたのだ。勘違いをしていた……あの2人は全然本気じゃなかった!)
情けないと思った、俺は今まであの2人の相手を対等にできると思っていた。だがあの2人にとってはお遊びだったんだ。
良く考えてみろ、あの2人が今まで俺にしてきたことって、編んだマフラーを渡しただけ、作ったお弁当を渡しただけ、ただそれだけだったんだ。
あの本気の2人をリョウコはいつも戦っているのか。
「リョウコ、ごめん、俺がはっきりしないからいけないんだよな」
「え?」
「だから俺次に会ったらちゃんと言うよ、手を出すなって、俺が好きなのはリョウコで、お前たちの気持ちにはこたえられないって」
「いいえ、それは逆効果よ」
「は?」
「最初に言ったでしょ? あの2人はね、ユウトの気持ちが自分に向いていないこと、そいて私に向いているも知っているから、ますます燃え上がっちゃうと思うわ」
「へ?」
「だから「私を振って自分のところに来い」って言っているんじゃない? 認めているのよね、私たちの中が恋人同士だってこと」
「あの2人が厄介なのは現実を受けている点よね」
いや、そう冷静に返されるとは思わなかったんだけど、でもこのままじゃ駄目だ。
俺はリョウコの両肩を掴み、ハッキリと、強い口調で告げる。
「俺が好きなのはリョウコだけだ!」
リョウコは、驚いたようだけど、俺は気持ちをぶつける。
「ありがとう、そうだユウトくん」
そういうとリョウコは、胸ポケットから1枚のチケットを取り出す。
「まだ今日は日曜日、明日も祝日で休み もちろんデートしてくれるよね?」
「も、もちろんだよ!」
「今日はユウトに決めてもらったから、明日のデートの行く場所は私が決めたの」
そして俺は、手渡されたチケットを見てみる。
そこは、有名な複合レジャー施設、その中で一番の売りは、一年中遊ぶことができる巨大なプール施設。そのプールもウォータースライダーをはじめとした様々なものがある。
それに、それにプールってことは。
「水着が凄い楽しみ!」
その余りに正直な俺の言葉にリョウコは苦笑してしまう。
「がっかりさせたらごめんね」
「ううん! 絶対綺麗だよ!」
ばんざーいと、明日のリョウコの水着姿が楽しみで仕方がないユウトでありました。