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ヤンデレーション!!  作者: GIYANA
第一部
4/41

完璧な美少女・寿リョウコ


 その可愛い女の子2人は一目ぼれされて、その女の子2人は俺を巡って戦いを繰り広げている、これが今の俺の現状だ。

 もちろん友達に相談することも考えたさ、そして相談する内容を整理すると以下のようになるわけだ。


「可愛くて一途に俺のこと思ってくれている女の子とちょっと気難しいところもあるけど、自分の前だけは素直になってくれる可愛い女の子2人に好意を寄せられて困っている」


(なんか痛すぎるモテ自慢じゃねーか!)


 そんなこと言ったら「リア充爆発しろ」とかテンプレの回答が来そうだ。確かにいつもリアルは刺激的で充実していて爆発しているけども!

 でもマナミの時に解説したとおり、男友達には2人の被害は及んでいないようで、普通に友人関係を続けられるのが唯一の救いだ。もしこれで男友達まで失ってしまったらそれこそ塞ぎ込んでしまうところだった。


 そんな今は昼休み、俺は、小ヶ谷さんが作ってくれた可愛らしい弁当の包みを、「母親の趣味」とか適当なことを言って友達と一緒に食べていた。

 最初マナミに弁当を貰った時には何が入っているのかと緊張したものだが、実際に弁当箱の中には、色とりどりのそれこそ手作り感満載の食べ物が入っていたのだ。


 一目で分かってしまった、この弁当には愛情がこもっていることが、だから当然弁当を捨てるなんて選択肢は始めからなかった。


(今日は確か卵焼きに凝ったと言っていたな……)


 そんなことを考えながら卵焼きを食べる。


(……うまっ!)


 おいしい、文句なくおいしい! 少しダシと甘味を加えた卵焼きはそのまま寿司屋にでも出せそうなレベルだ。

 もちろん一朝一夕で出せる味じゃないだろう。最初食べた時よりもどんどんうまくなってる。

 そして俺の反応を見て味付けを変えていることも分かる。


 努力してくれているんだ、俺のために……。


 そして昼食を食べ終えた後、俺は弁当箱を洗いに外の水道で弁当箱を洗っていた。寒さで手が痛むけど、食べたままで返すわけにもいかない。それは必要最低限の礼儀だ。

 もちろんこのままマナミに渡すと噂になるので、自宅の前に弁当箱を置いておけばそのままマナミが回収してくれる。

 礼儀を言うのならば本当は直接返すのが本当なのだろうけど、マナミは「食べてくれるだけでうれしいよ」とか健気なことを言ってくれる。


 そんな中、冷たい風が吹く、そんな中で、首に巻いているマフラーが俺の寒気から守ってくれる。

 このマフラーは手編みのマフラーで城下トモエからプレゼントされたものだ。


 手編みのマフラーは結構ちくちくしているものだけど、これは糸に気を使っているせいかその不快感が全くない。

 それでいて、丁寧に編み込んであるから寒気を防いでくれる。そして色合いも白色と青色と黒色を組み合わせた、男の趣味に合わせた色合いを使っている。

 これなら男の俺がマフラーを巻いても違和感がない。そんな気遣いが身にしみる。


「はぁーーーーーー」


 思わず長い溜息が出る。

 俺の人生で複数の女の子から好意を寄せられるなんて、そんな日が来るとは思わなかったけど、それでもこんな形で来るとも思わなかった。


(あいつら変わってるんだよなぁ……)


 とはいっても、徐々にこの生活に慣れ始めている自分がいる。確かに普通じゃないし話も通じないけど、それでも何となく考えていることが分かり始めている。それがいいことなのか悪いことなのか分からないけど。


 そんな時、俺の目の端にこちらに近づいてくるある人物を捕らえる。


 俺は、その姿を見た瞬間、急いで弁当箱をかたずけ、水道場のすぐ近くにある校舎の陰に身を隠す! もちろんに近づいてくる人物が誰かというのを知っていて、姿を隠したのは今の姿を見られたくないからだ。

 俺は校舎裏からそっと外の様子をうかがう。


 そこにはある女子生徒が、さっきまで俺がいた水道場のあたりを歩いていた。


(ああ、そんなジレンマの中、天使は貴方だけです)


 俺は、陰からその女子生徒、寿リョウコを見つめる。

 前に少し触れたが、彼女は美人でスタイルもよくて勉強も出来て運動も出来て、社交性もあり男女問わずのクラスの人気者。

 そんな完璧な美少女でありながら、嫌みのない性格。学校のマドンナ、男子生徒の憧れの的だ。

 そしてマナミの時に言ったが、俺の好きな人でもある。


(はぁ、いつみても綺麗だよなぁ~)


 好きな人ではあるんだけど、普段の俺はそんなことを思いながらこうやって見ているしかなかった。

 隠れて見ている俺、それがどう他人から映っているかはこの際置いておくとして、寿さんはおそらく次の体育の授業で用具を揃えるために体育倉庫へ、向かう途中だったのだろう。


 そうやってそのまま対幾倉庫へ向かうと思いきや、突然立ち止まる。


 どうしたのかな? 何か忘れ物でもしたんだろうか、その時、突然自分の方を振り向いたと思ったら、こちらに向かって歩いてくる。


(え? え? なに?)


 いきなりすぎて動けない、そのまま寿さんは、ひょいと首をもたげて、校舎の陰に隠れている俺を発見する。


「あら、伊勢原君じゃない、どうしたの、こんなところで?」


 笑いをこらえながら話しかけて来てくれる。

 いやこの感じだと隠れていたのは最初からばれていたっぽい。


「はは、見つかってしまったなぁ」


 俺はは何とも間抜けな反応をしてしまう。


「私の姿を見た瞬間に隠れるんだもの、少しショックだな」

「い、いや、そんなつもりじゃ……」


 と曖昧に答えて何とか誤魔化す、いや誤魔化し切れていないけど。

 ちなみに寿さんとは、こうやって少し話す間柄だ。小ヶ谷マナミ襲撃前は女の子にとっての俺は話しやすいという印象を持ってくれていたみたいで、寿さんともこうやって話すことが出来る。

 この時ばかりは、自分のこういう性質に感謝する。


(寿さん、全部が綺麗だ……)


 顔が緩まないように話すのが精一杯、そしてその至福の時は大体すぐに終わりを告げてしまうのだけど。

 毎回それを残念に思いながらも、何とか堪える。ぜいたくを言ってはだめだ。余計なことをして寿さんに嫌われたらどうする、そうしたら話すことすらできなくなる。

 小ヶ谷マナミ襲撃のときは、そんなささやかな幸せが無くなるのではないかとどれだけ不安になったことか。


 何回も言うとおり、寿さんとは少し話す程度のクラスメイト、それだけだったし、結果的にはそんなことは無かったのだけど、その時、クラスの女子生徒から一斉に無視された金曜日は、寿さんは風邪をひいてしまい休んでしまったせいで、その確認をすることが出来なかったから週末はもんもんと過ごしていたものだ。


 しかも月曜日になっても俺が住んでいるアパートは学校から徒歩ですぐのところに住んでいるので、実際にクラスに入らなければ分からない。

 そしてクラスの中に入った時、たった1人だけ挨拶をしてくれた1人の女子生徒。その声を聞いた瞬間に目の前の世界が明るくなった。


「お、おはよう! 寿さん!」


 これがどんなに救われたか、正直他の女子に無視されても寿さんに無視されないだけで後はどうでもよくなるとは俺も単純だ。


「どうしたの? 私の顔をじっと見つめて」


 少し首をかしげる。どうやら回想にふけっていてじっと見ていたらしい。


「ごご、ごめん! 綺麗だからつい! ってあわわわ!」


 思わず口が滑りそれで思わず真っ赤になってしまう。

 そんな俺の反応に寿さんは特に動じることなくほほ笑んでくれると、そのまま目ざとく、隠し持っていた弁当箱を見つける。


「お弁当作ってもらってるんだ、小ヶ谷さんから作ってもらっているんでしょ? それにマフラーは城下さんが編んでくれたものなんだよね、伊勢原君ってモテるんだ」

「そ、そんなことないよ!」


 そんなことを寿さんに言われたくないという気持ちが先に立つ。やはり噂は広まっているようで、俺が2人から好かれていることは寿さんも既に知っているらしい。

 そうだろうと思ったけど、改めて言われるとショックだ。


「お弁当、美味しかった?」

「…………」


 どう言えばいいんだろう、正直「そんなことない」とかカッコつけたい。でも実際このお弁当には愛情がこもっているんだよなぁ。

 間違いなく俺のために努力してくれた女の子のお弁当……アプローチの仕方がどうであれそれは否定してはならない。

 俺は寿さんにこう答える。


「うん、美味しかった、卵焼きに凝ったとか言ってたっけなぁ、言うだけあって一番おいしかったよ」

「へぇそうなんだ」


 何故か寿さんは凄くうれしそうだ。うう、なんかショックだ。

 あーあ、後悔するって分かっていたのに、なんで馬鹿正直に答えてしまうんだか。


「マフラーは?」

「…………」


 しょうがない、これもまた嘘はつけない。


「ああ、ちくちくしないように丁寧に編んであるんだよ、凄くあったかくて、それで男の俺でも巻いても大丈夫なような色にしてあるんだよね」

「へぇ、いいわね」


 ああ、好きな人に何ノロケみたいなこと言っているんだ俺は……。

 こういう時に男らしく、あの2人の作ってくれたものに興味がないとか、言えればいいのに。

 そういえば、この前も俺でも知っている有名なイケメンが寿さんに告白したらしい。

 そんな噂を聞くのも何回目だろうか、だが唯一の救いはイケメンに何人も告白されているとか聞いている割には、浮いた話が一切ないってのはありがたい。

 イケメンにはどんな返事が気になってしょうがないが、直接聞ける立場ではない。あくまで俺たちは「少し話す程度」のクラスメイトだ。


 寿さんは、マフラーのことを褒めると更に嬉しそうな顔をする。

 その顔を見ているとだんだん自分が情けなくなってくる。


「無下に出来なくて、はは、優柔不断だよね」


 思わず卑屈になってしまう、好きな女の子を前にして、イケメンが告白したと聞いて、何だかんだで寿さんだってカッコイイ男が好きだろうし、そんな考えがよぎり更に卑屈になってしまいポロっとそんな言葉が出てしまう。


「いいえ、それは違うわ」


 突然聞こえたいつもの違う、毅然とした口調。

 俺は寿さんの顔を見る。その顔に一切の冗談の色はなく、茶化すような口調でもない、まっすぐ自分を見据えている。

 こんな口調は初めてだ。


「貴方は優柔不断ではないわ」


 また断言する。驚いた、どうして。


「貴方は女の子の自分の好きという気持ちをないがしろにしないだけよ、もしお弁当やマフラーをぞんざいに扱っていたら、それが一番傷つく行為だもの」


 寿さんの顔は真剣そのもの、嘘を言ってない、これは寿さんが本当にそう思ってくれているんだ!

 ああ、なんか超うれしい、好きな女の子に認めてもらうってこんなに嬉しいものなんだ!


 と思った瞬間、次の言葉で奈落に落とされる。


「私も好きな人がいるから、よくわかるの」


 そして「じゃあね」と俺たちは笑顔で手を振って別れて体育倉庫に向かう。

 その時に俺はどんなことを言って、どんなリアクションをしたのか、ほんのちょっとの前のことなのに思い出せない。

 そうだ、そうだよな、どうしてそう簡単なことに気がつかなかったんだろう。

 好きな人がいるから交際を断る、うん、至極まっとうな理由だ、これ以上なく筋は通っている。

 はは、でも俺の目は間違ってはいなかったんだ、好きな人がいるからこそイケメンが何人来ようとその人を思い続ける。うんうん、やっぱり外見だけじゃなくて中身もよかったんだ。


「は、はは……」


 口をきゅっと真一文字で結んで、そのこみ上げるものをこらえる。

 涙がこぼれないように、思わず天を仰いだ先のその空は冬の快晴でどこまでも透き通った青空だが、心の中は土砂降りだ。


(こんなことなら、好きな人がいるって知らないまま告白すればよかった!)


 そうやって後悔してももう遅い、知ったことを知らなかったことにはできない。寿さんの言葉に打ちのめされだだ凹み、うなだれて帰るしかなかった。


――――


 項垂れて帰る伊勢原ユウトを校舎の屋上から見ている2人の影、耳にイヤホンをつけた小ヶ谷マナミと城下トモエの姿があった。

 2人は双眼鏡と盗聴器で2人のやり取りを一部始終を見守っていた。

 城下トモエはイヤホンを外すと、小ヶ谷マナミに手渡し、小ヶ谷マナミはそのままイヤホンを丁寧小さくまとめると、そのままバッグの中に入れる。


「…………女狐め……」


 忌々しくそうつぶやくと、振り返り屋上を後にした。


――――


 寿さんに好きな人がいるという事実を知ってから数日間、何故かマナミとトモエの攻勢はなくなった。

 正直それはありがたかった。こういう時に今あの2人にあってしまったらとっても嫌な奴になってしまいそうだ。

 そしたらもっと凹んでしまう。下手をすると立ち直れなくなる。

 俺はそんなことを思いながら、黒板に丹念に黒板消しでかけている寿さんを見る。


 今日は日直で寿さんとペアになった。本来出席番号順が違うから、日直でペアになることはないのだけど、ちょうど俺のペアになる女の子が「体調を崩して」休んでしまったので急遽寿さんがその代わりを務めてくれることになった。

 もちろん体調を崩してしまったなんて嘘だと分かる。おそらく例の脅しのためだろう。

 そして寿さんは、「代わり女の子が誰もいない」というのも分かっていたから自主的に立候補してくれたのだ。

 そんなことがあっても押しつけがましく言ってくることはない。そうやって自分のことを気遣ってくれる寿さん、好きな女の子とペアになれて、本来喜ぶべきことのはずなのに、全く嬉しくない。


(まったく、あの2人のせいで……)


 思わずそう思ってしまった自分を戒める。何を考えているんだ、確かに日直の子が休んだことはともかく、あいつらのことと寿さんのことは全く関係ないじゃないか。


「伊勢原君!」


 考え事をしていたせいか、いつの間にか寿さんがすぐ近くで俺の顔の前で手を振り、反応を見ている。


「あ、ご、ごめん」


 ふと気がついてみてみれば、日直の仕事があらかた終わってしまっている。相当長い時間呆けていたらしい。


「ご、ごめん、全部やってもらっちゃって」


 そこで寿さんはそれを咎めるわけでもなく心配顔で俺を見る。


「いいよ気にしないで、それよりどうしたの? このごろ元気ないよ」


 あくまで俺のことを心配してくれている。そんな優しさは好きな人にでもしてあげればとそんなことを思ってしまう自分にまた嫌悪する。

 純粋に心配してくれてるのに。


「何が悩んでいることがあるんだったら話してみて、話すだけでも気が楽になるし、ひょっとしたら私にも何か手助け出来るかもしれないから」


 そう言ってほほ笑んでくれる。寿さんは俺の事情を知っている、それで俺が悩んでいると思ったのだろう。

 だが違う、あの2人について悩んでないとは言わないけど、俺の一番の悩み、その相手の優しい言葉が今の俺にとっては辛すぎる。


「寿さんって、本当に優しいよね、寿さんに好かれるなんて、本当にその男は幸せだよね」


 そんな出てしまった僻み、嫉妬、そんな感情を丸出しの言葉に、寿さんが驚いた顔をする。

 でももう止まらない。


「寿さんだったら、告白して断られることなんてないだろうからさ」

「…………」


 俺の突然の言葉に寿さんは何も言わないが、そして静かに首を振った。


「そんなことないよ、全然自信なんて持てなくて、もし断られたらどうしようって、とても怖いもの、だから思いを告げられないのよ」

「……え?」


 今度は俺が驚く番だ。

 本当に、俺に話を合わせているわけじゃなくてと、寿さんのもう一度顔を見るが、やっぱり真面目に言っている。


「な、何言ってんだよ! 寿さんは綺麗だから絶対成功するよ!」


 辛い……。


「まぁ俺の意見なんてあてにならないとか思うかもしれないけどさ、一応男の俺が太鼓判押してやるよ」


 いやだ……。


「あ、言っておくけど、綺麗ってさ、外見もそうだけど、それだけでいいとか言ってないからね」


 悲しい……。


「ほら、男から見てもカッコイイって思う奴が何人も寿さんに告白してるんでしょ? それを全部断っているらしいじゃん、それってなかなかできないよね、あはは、俺だったらそっちに乗り換えちゃうかもね?」


 悔しい……。


「だからさ、寿さんが好きな男なんて……俺は……俺は……」


「大嫌いだ!!」


 いつの間にか、涙声になっていて、そして流れる涙が止まらなかった。


「好きな男がいるなら、それを知る前に振られたかったよ、寿さん、俺はずっと貴方のことが好きでした、俺がこんなに好きなんだから、寿さんはいい女だよ」


 涙が止まらない、寿さんの優しい言葉を聞いた瞬間に失恋の悲しみが押し寄せ、耐えきれず泣きながらの告白。


(最低だ、最低だ、最低だ!)


 もっと俺なりに理想の告白のシチュエーションなんてものがあった。

 その中の俺は男らしく堂々とした態度で寿さんに思いを告げていた。

 返事がオーケーをもらえたら、早速デートの計画を立てる、男の俺がリードして彼女を退屈させないのだ。

 もし返事が駄目でも、そこは女々しく引き下がらないですっぱりあきらめるのだ。


 それがどうだ、好きな女の子に好きな男がいるって知っても諦めきれずに女々しく引きずり、失恋しながら泣きながらの告白。


(現実には、男らしく堂々とした態度で思いを告げる自分も、女々しく引き下がらないですっぱりあきらめる自分もいなかったのだ!)


 俺は泣きながら俯いて、寿さんの顔が見れない。

 おそらく今寿さんは自分を軽蔑した目で見ているだろう。なんて情けない男なんだろうって思っているだろう、泣きながら告白とか気持ち悪いとか思っているだろう。


(寿さんがそう思っていても、誰がそれを責められる?)


 例えばだ、俺の友達が好きな女の子に泣きながら告白したら振られましたとか聞いたら、俺はこういう「そんなんじゃ振られないほうがおかしい」って。


 あはは、逆にマナミとかトモエとかも見てくれないかな、あいつら変に俺のこと美化しているから、おそらく今の状況見たら100年の恋も冷めるだろう。

 そしたら普通の生活に戻れるんだ。


 はは、はは、情けない、なんだそりゃ。


「…………」


 寿さんの言葉が聞こえてこない。それはそうだ、呆れて声も出ないのだろう。

 駄目だ、今寿さんのそんな顔見たら、それがそのまま自分のみじめな姿を映しているようで耐えきれる自信がない。


 その時、かろうじてとらえている寿さんの姿、寿さんは片手を顔の方に持っていく。

 顔は見ていないけど、そのまま目のあたりを拭っていることが分る。


(……終わった……)


 泣いている、泣いていて、涙を拭っているんだ。

 はは、聞いたことがあるぞ、確か俺のクラスメイトが好きな子に告白したら泣かれて嫌がられたとか言われて凹んでたっけ、これは結構キツいや、駄目だ、死にたい……。

 そんなとき、初めて寿さんは涙ぐみながら優しい口調で言ってくれた。


「ありがとう……嬉しい……とっても……嬉しい……」

(え……)


 寿さんのその言葉、自分の気持ちにきちんと答えてくれたその言葉に救われた。


 やっぱり寿さんは優しい人だった。そうだ、あの2人のおかげで女友達が全員いなくなっても、寿さんだけはずっと変わらない態度で接してくれていたんだ。そうだ、自信を持とう、俺が好きになった女の子は、こんなにもいい女だったんだ。

 そして俺は寿さんの顔を見る、寿さんも涙を拭きながらずっとこっちを見ていた。

 綺麗だ、綺麗な女の人だ。


「寿さん、俺が好きになった女の子が寿さんで、本当に良かった」


 これは本心の言葉、最後にやっと少しだけカッコいい言葉が言えたかな、ま、目が真っ赤な状態で既にカッコいいとかないか。


「うん、私も、好きになった男の子が伊勢原君で、本当に良かった」


 優しい口調で優しい言葉を投げかけてくれる。

 俺は満足する、寿さんは自分の言葉に誠意をもって返してくれたんだ。うん、悔いはない……。


(いや、それは嘘だ、悔いはある、たくさんある!)


 寿さんとデートしたり、イチャイチャしたかった。

 寿さんがその好きな男である俺とデートして幸せそうにほほ笑んでいたら、当然悔しくなる、なんであれが俺じゃないんだって、その時は当然「あんなヘタレ男」とかひがむんだろうなぁ。

 でも今は驚くほど冷静だ。それも寿さんのおかげだ。

 寿さんが好きな男である俺と精一杯いちゃつくがいいさ、俺はそれを精一杯ひがんでやる。根暗と言いたければ言え。


「…………」


 寿さんが好きな男である俺とデートして幸せそうにほほ笑んでいるのをひがんでみている俺って何か文章的に変じゃないか。


 俺は冷静になったつもりだったが、そうではないらしい、それはそうだ、そう簡単に切り替えなんてつかないよな。

 寿さんの言ったことをもう一度思い出してみろ「私も、好きになった男が伊勢原君で本当に良かった」って言ったんだ。現実を見なければ先に進めない、卑屈にならず前を向くっていつも決めていたことだろ。


「…………」


(え? え? ちょちょちょ、ちょっと待って!)


 もう一度、寿さんの顔を見る。寿さんは少し顔を赤らめ、照れ臭そうな顔で自分を見ている。


「う……そ……ほんとに……俺の……かのじょに……なってくれるの?」

「もちろんだよ、まさか伊勢原君から告白してくれるなんて」


「やっっっっっっっったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺は思いっきり叫んでしまった。


(間違いない間違いない! 寿さんが俺の彼女に! 本当に? マジで? 夢じゃないよね? もしこれが夢だったら俺は本気で泣く! もう泣いたけど! もっと泣く!)


「こ、ここ、寿さん! き、きき、今日のこれから暇?」

「うん! 暇だよ!」

「ならさ、一緒に帰ろうよ! えっと、ほら、駅前にアイスクリーム屋があるでしょ? そこで一緒に食べようよ、あ、えっと、甘い物とか好きだったらでいいんだけど」

「もちろんだよ、これから一杯デートしようね!」

「ああ!」

「…………」

「…………」


 お互いに見つめ合う。

 嘘、まじか、やっぱり、現実だ、現実なんだ。

 そんなとき、寿さんは噴き出してしまう。


「好きな男がいるならそれを知る前に告白して振られたかった」


 いたずらっぽい顔で言われたその言葉、もちろん俺のついさっきの言葉、忘れるわけない、思わず顔が真っ赤になる。


「うわ恥ずかしい! 人から聞くととんでもなく恥ずかしいセリフだよこれ!」

「ずっと覚えておこうっと」

「こ、ことぶきさん~」


 可愛い、綺麗だ、こんなにも可愛くて綺麗な女の子が俺の彼女なんだ。

 そしてそ寿さんは変える準備をするためか、自分の机に戻り、学生バッグを机の上に置く。


「でも少し待ってね、アイスクリームを食べる前にね……」


 その瞬間、自分の耳元の空気が切れる音がする。


 その次に見た光景は、チャクラムが2個、弧を描いて寿さんに襲い掛かるところで。


 同時に寿さんは中腰になるとそれと同時に両手を交差させ、腰にさしていた拳銃2丁を取り出すと、笑顔で、迫りくるそのチャクラム2個に冷静に標準を合わせ2発放ち、寸分たがわずその弾はチャクラムにヒットし、命中したチャクラムはそのまま力を失うとそのまま、カランカランと落ちる。


「……え?」


 突然の出来事に言葉が何も出てこない。

 そのとき、


「ギ……ギ……ギギギギ」


 突然聞こえてきたその恐ろしい音に思わず飛びのいてしまうとそこには。


「マナミ!」

「ギギギ……ギギ……」


 表情を失ったその顔で、目の光を失ったその顔で、全部が刃で出来ているチャクラムを握り締める、そしてその握り締めた手からは、血がとめどなく流れている。

 この得体のしれない音、それはマナミの歯ぎしりの音だった。


「嬡靉縊殪譩阨䵷胥譩翳」


 意味不明な言葉、そう取っていいかもわからない呪詛の様な言葉をつぶやきながら、血まみれの手で顔に手を当てる、当然自分の血でその綺麗な顔もまた血まみれになる。


(怖い! 美少女なだけに余計に凄惨だ!)


 その時に、その小ヶ谷マナミの前に城下トモエが出てくる。

 当然マナミと同じ、その目は光と表情を失っており、既にセスタスを装着済みである。

 ただ事ではない2人、その光景を歯牙にもかけず。不敵な笑みを浮かべたのが寿さんだ。

手に持った二丁のけん銃を愛しそうに見つめる。


「さて、今日の私は最高にテンションが高くて調子がいいの、私のこの銃で躍らせてあげるわ!」


 普段から想像もつかない振舞いに俺は言葉を失う。


「伊勢原君!」

「はい! な、なんでしょうか!」

「ちょっとだけ我慢してね、これはね、女同士の戦いだから、仲裁は無用よ!」

「は、はい?」


 俺の声と3人の戦いが始まったのは同時だったが、その戦いは、意外なほどあっさりと決着がついた。


 戦いの展開は短銃明快だった。大ぶりで殴りかかってきたトモエをあっさりかわすとそのまま足をかけて転ばせて、鳩尾にそのまま柄で思いっきり殴りつける。

 次にチャクラムを握り締めながら飛びかかってきたマナミの体をその反動で思いっきり投げる。

 鳩尾に思い一撃をくらったトモエは苦しんで起き上がれず、受身が取れず叩きつけられたマナミも起き上がれない。時間にしてほんの十秒程度だ。

 リョウコは、地に倒れた2人の傍らに立ち、見下ろしている。


「小ヶ谷さん、元々身体能力が高くないからこそのチャクラムでしょう? 真正面から攻めてくるなんて聡明な貴方らしくないわ」

「城下さん、手をぶんぶん振り回しているだけじゃ当たらないわ、相手を殴るという行為は想像以上に難しいもの、それが分かっているはずでしょう?」

「貴方達2人の敗因は見境がなくなったことね、まぁそれもしょうがないか」


 そのまま寿さんは、俺の手を組んできて、俺の大好きな笑顔を向けてくれた。


「気持ちはわかるけどね、私も女の子だもの」



 倒れた2人をそのままにして、俺達2人は今約束した駅前のアイスクリーム屋にいる。

 駅前のアイスクリーム屋、驚かされたお詫びとしてアイスクリーム一個を奢ってもらうことになった。

 そして広場で2人で並んで座り、今2人でアイスクリームを食べている。

 隣でアイスを食べている寿さんに視線を移す、いつもの寿さんだ、間違いない、でもだからこそさっき起きたことが信じられない。

 とはいえ、確かに当然寿さんに2人の攻撃が及んでいるというのは当たり前のことだとは思ったけど、そしてこの慣れた対応。


「あの、寿さん、怪我はなかった?」


 心配になる俺に安心させようとしてくれたのかにっこりとほほ笑んでくれる。


「気にしないで、いつものことだから」

「いつものことって……」

「あれ? 伊勢原君の周りから女友達がいなくなったのってあの2人の仕業よ、気づいてなかったの?」

「い、いや、気付いているけど……え? ちょっと待って、ならあの2人は」

「もちろんあの2人は私にも攻撃を仕掛けてきたわ、だけどあの2人に伊勢原君は渡せないもの」


 アイスを舐めながらこともなげに言う寿さん、戦いのときに使った拳銃は、今はもう外套の内ポケットの中に隠している。


 戦闘自体はついさっき起きたことなのに、それが本当なのか信じられない。だからついその拳銃が仕込まれている内ポケットを見てしまう。

 それに気づく寿さんは拳銃を俺だけ見えるように見せると、愛しそうに拳銃の柄をなでる。


「ふふ、私の愛銃なんだ」


 そうか、現代日本で「愛銃」なんて言葉を聞くことになるとはと、そんなことを思っていると寿さんも俺の気持ちに気付いたのか喜々として説明してくれる。


「これはね、リボルバーのロールスロイスと呼ばれ、蛇の名を冠するコルトパイソンという拳銃、シティー〇ンターに出てくる有名な拳銃よね、まぁモデルガンだから別にリボルバーである利点とかそんなのは関係ないんだけど、これは私の趣味なんだけどね、ちょっと恥ずかしいな、男の子っぽくて。でも同じ拳銃二丁じゃ芸がないから、今度はワルサーP38でも買おうかなって思っているの、あは、これじゃ私の趣味がもろばれよね」


 微妙に答えがずれている気もするが、いつものどおりの寿さんだ。

 何と言うか、俺の今までの寿さんのイメージが全部壊れて再構築されてしまったわけだが。こんなにもアクティヴな子だとは思わなかった。


「小ヶ谷さんと城下さんはね、最初は個別に攻めてきたんだけど、この頃2人そろって攻めてくるようになったの、あの2人の私を攻撃する際の基本戦術は後方支援及び戦略と戦術は小ヶ谷さんが担当して、身体能力を使う前衛が城下さんが担当する、2人揃ったとたんに凄く手強くなった、息の合ったいいコンビよ」

「ま、好きな男の子を渡したくないって気持ちはわかるからね、あの2人を恨むつもりはないんだけど」


 淡々と言う寿さん。しかし当然のことながら、本当に今更ながら何回も思った疑問が浮かぶ。


(なんで、俺なんだろう?)


 そう、これだ、やっぱりどう考えても好きになってもらう理由が思いつかない。先ほどは有頂天になって何も感じなかったが、寿さんも俺のことが好きだったんだそうだ。

 3人は全員可愛い、マナミは可愛い系、トモエもしかり、寿さんは綺麗系だ。

 クラスメイトにもモテる奴はいる、でもそいつは男の俺から見てもカッコイイと思うし、モテるのはしょうがないと思う。

 だがやっぱり俺はどう自分に甘く採点してもそんなタイプじゃない。自慢じゃないが、正直女にモテたのなんて今回が初めてだ。

 しかも美少女3人からモテる男、もし人づてに聞いたらそいつは凄く美形で女の扱い方も上手で黙っていても女の方から寄ってくる、なんて男を連想するはずだし、それが自分だなんてピンとこない。


 しかもマナミとトモエの2人の俺のことが好きな理由については曖昧なままだ。

 一目ぼれ、2人してそう言うが本当にそうなのだろうかと、何故か引っかかる。


「じゃあ伊勢原君は、私のどこが好きになったの?」

「え?」


 俺の思いはどうやら態度に出ていたらしい、寿さんは聞いてくる。


「私ね彼氏が出来たら聞いてみようと思ってたの、私のどこが好きなの?」


 何処が好きって、そりゃ勿論顔もそうだけど、優しくて、それと、えーっとえーっと。


「……ぜんぶ……かな」

「ありがとう、私も伊勢原君の全部が好きだよ!」


 寿さんは本当にうれしそうな顔だ


 嘘はないと分かるんだけど……。


 でもなんだろう、どことなくはぐらかされたような気がする。


 そんな疑問を思っていた時、突然寿さんは自分に近寄ってきた。

 綺麗な顔が近くにいてドキドキする。寿さんから伸びたその綺麗な手、その手は自分の襟首の下をまさぐったと思うとなにやら小型の機械を取り出した。

 そしてその小型の機械を笑顔で俺に見せる。


「これは……盗聴器!」

「流石伊勢原君ね、一発で分かるなんて」


 まて、盗聴器の有無は今朝確認したはずだ、その時にはそんなものはついていなかったのに。


「気づいていない顔ね、小ヶ谷さんは私に攻撃を仕掛けると同時に、すべり込ませておいたのよ」

「え? だって」


 あの時の小ヶ谷は理性は失われているはずなのに。


「伊勢原君、あの女たちは、狂っている時でもクレバーなところがあるわ、ああ見えて事実は事実として受け入れているの、私が伊勢原君を好きであること、伊勢原君が私を好きであること、つまりは両思いであるということ、ね?」

「…………」

「でも流石に冷静さを失っていたわ、さっきも言ったけど、その戦術をまるで無視して襲いかかってきたもの、そんな2相手なら勝つのは造作もないことよ」


 確かに、あっという間だった。確かに造作もないことだった。


「女は男の知らないところで戦っているのよ」


 うん、それは聞いたことがあるけども、多分それ、意味が違うと思うんだ……。

 寿さんは優雅なしぐさで、盗聴器を口元に近づける。


「小ヶ谷さん、城下さん、聞こえてるでしょ? 伊勢原君の私への気持ちは聞いてたでしょ? 私たちは愛し合っているの、だから邪魔しないでね、貴方達も伊勢原君が好きなんでしょ? だから好きな人を傷つける行為はもうやめてね」


 そういうと盗聴器を床に落とし、そのまま踏みつぶす。

 そしてアイスを食べ終わった寿さんはそのまま立ち上がると俺の手を引く。


「伊勢原君、次のデートは今度の土曜日ね、デートプラン、楽しみにしてていいよね?」


 そんな寿さんの言葉、そうだ、そうなんだ、俺がしっかりしないと。


「分かった! 楽しみにしてて!」


 俺と寿さんは手をつないで、駅前の広場を後にした。


――――


 そしてその50メートル先の喫茶店。

 その窓際の席に、向かい合いに座っているショートカットとポニーテールの2人の女子高生。その2人は肩肘をつきながら、その伊勢原と寿の後姿を眺めていた。

 良く見てみると、2人は機械から伸びたイヤホン一つずつ片方の耳に当てている。

 一見して好きなアーティストの音楽を2人で一緒に聞いている仲のいい女子高校生の2人組。良く見る光景だ。


 だがその女子生徒2人は、生傷を負っており、そのイヤホンからは音楽など流れていない、何も拾わなくなった無音のイヤホンをつけている。


 2人はその2人の姿から視線を外すとイヤホンを外し、床に置く。

 ショートカットの女子高生は、そのまま機械にイヤホンをまきつけ、持っていたバッグにしまうと、そのままテーブルに運ばれてきたケーキをフォークで刺し、そのまま口へ運ぶと咀嚼する。

 ポニーテールの女の子は、目の前にある紅茶を口元に運びすする。


 特に何もしゃべらず、特に何もすることなく、そのまま2人はケーキセットを食べ終えるとそのまま会計を済ませて店を後にした。


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