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ヤンデレーション!!  作者: GIYANA
第三部
37/41

もう一つの道の話・1


 臨時転校が決まる経緯にもいろいろな思惑があったそうだ。


 まず学校は教育機関であるから一刻も早く教育を再開させようとするものの、社会的不安を増長させないようにするためという建前を無視することが出来ず、結果警察への捜査協力が優先させる決定を下すことになったのだ。


 その結果校舎を修理するには、まず警察の許可がないとどうにもならなく、捜査自体もいつ終了するかもわからないから、教育長は3学期だけの臨時転校を決定、生徒たちの自主性を尊重するというお題目の元、希望調査が行われ、結果半分ほどその希望が通ることになった。


 寿リョウコと伊勢原ユウトは当然同じ高校を希望するも、寿リョウコの希望は通らず、結果伊勢原ユウトと小ケ谷マナミの希望が通る形になった。


 寿リョウコにとって伊勢原ユウトと一緒の高校になれず、結果小ケ谷マナミと一緒になったことは痛恨の極みであったものの……。


(私も大人になったものね……)


 男は子宮で守るべきであるというというのが彼女の妄念ではあったが、最終決戦を通じて寿リョウコは成長しただ。


 小ケ谷マナミは彼女の立場を主張するが所詮は疑似彼氏、自分の関係を脅かすものではないという確信があったからだ。

 自分は、いわゆる外面の良さで学校では立場を求められて、それに応える形であったことから、むしろ都合よく利用させてもらおうという気持ちすら出てくる。


 そんな寿リョウコが臨時転校するのはT高校、偏差値でいうと自分たちが通っている学校より1ランク上の高校だ。

 おそらく学力が考慮されていたのだろうし、確かに彼女は中学時代、県下トップの高校に合格できる学力は持っていたし、入学してからも努力は怠っていないつもりだったので特に問題もなかった。


 まあ3学期が終われば元の高校に戻れるし、それに……。


(恋人としてステップアップできれば、いいな)


と寿リョウコは考えていた。


 最終決戦までは、それどころではなかったし、冬休みは結果最終決戦の後始末にほとんどを費やすことになったし、そして臨時転校とイベントが目白押しでそんな暇も余裕もなかったのだ。


 学校爆破なんてことだったので些細な情報も見逃さまいとアンテナを張っていたから疲れてしまったし、結果伊勢原ユウトのデートにまで及ぶことになった。


(まあユウトは笑顔で許してくれたけど、でも本当に笑顔で許してくれたのかな、本当は怒っていたりしたんだろうか……)


 思えば、この頃小ケ谷と城下の距離感と言えばいいのか、それが縮まっているような気がする。前は本当に拒否をしていた部分もあったけど、今はどっちかというと。


(大事にしている、という感じ……)


 もうそろそろ愛想をつかされるのだろうか、思えばあの2人のように、熱烈に想いを伝えているのだろうか、実は相手の気持ちに甘えているのではないか。


 と、ここで首を振る、大丈夫だ、こんなのは気のせいだと、悶々としながもなんとか目の前の出来事に気を向ける。


 今は同じT高校に臨時転校する同級生たちと一緒にガイダンスを受けていたのだが、同じT高校に転校する女子達はテンションが上がっていた。


 その理由は聞かずともわかる、自分も噂を聞いていたからだ。


(絶世の美男子がいるって話だったよね、確かドイツ人とのクォーターって話だけど)



 その絶世の美男子の名前はカイン・アマデウス・リッター・幡羅・フォン・シェーネパウク。


 彼は顔はもちろんのこと背も高く頭もよくスポーツもできるというスペックを当たり前のように兼ね備えている。


 だけど案外顔がよくても単純にモテたりはしないもの、聞いてみると女を第一に考えて優しく、性格もちょっと危険な感じで少しだけエッチ、という年頃の女子の好みを煮詰めたようなものだ。


 と冷静に考えている自分に自然に笑みがこぼれてしまう。


 その噂を聞いても自分の気持ちにまったく変化はない、確かに伊勢原ユウトは、普通の女からすれば冴えないと評されるのも頷ける、奥手だし、浮気は……。


 っと思わず首を振って、修正修正と改める。


 はっきりしているのは伊勢原ユウトは、異常なる自分を受け止める器の持ち主だということなのだ。これは普通の女には見抜けない、まあそれが他に2人いたのは驚いたけど。


 しかし気が重い、クラス分け発表を見たがその幡羅とはクラスメイトになるようだった。


 噂からすると女子達の雰囲気もこう、凄い面倒な状況なのだろう、むしろそっちの方が大変そうだ。


 まあでも、対策はゆっくり考えればいいことだし、何より3学期だけだと思えば大したものではない。


 ならば、当面の問題はやっぱり共同管理についてだけど、と考えて先ほどの考えに立ち返る。


 とここで出てくるのは、もうくどいと言われるの覚悟だが、どうもあの2人はこの頃伊勢原ユウトへの距離が近くなっている気がするし、伊勢原もそれを許容しているような気がする。


 と悶々と、そんな考え事をすれば当然注意は疎かになり。


「っ」


その考えを階段を下りている時だったのが不幸だった、階段の縁にちょうど躓く形になり、しかも真ん中を降りていたこともあって……。


(あっ、やばっ)


と血の気が引くもそのまま前のめりになる。

 少しの浮遊感と共にすぐに感じる重力、それと共に急激に迫ってくる床。


 これは相当な痛みを覚悟しなければならず、無意識な受け身を取ろうとし、体をひねり、少しでもダメージを少なくしようとしたが……。


 その直前で体がぐんと、スピードが緩まり、床の直前で止まり、ふわりと何かに包まれる。


 最初自分の状況が分からなかったが、自分がちょうど肩と腰辺りを抱きかかえられており、いわゆるお姫様抱っこされている状態だという事た数テンポ遅れて理解に及ぶ。


「大丈夫?」


 自分に声をかけられたウィスパーボイス、周りの女子達からの注目、自分の目の前には学ランを着た、外国の血が混じった、衆目を惹く美貌……。


 そしてその人物が自分を助けてくれたことが分かった。


 まるで少女漫画のようなシーン。


 その瞬間、寿リョウコは雷に打たれたような感覚を受けた。


 その美貌に思わず見とれてしまった、むろん美形であることは間違いないが、何より発するオーラと言えばいいのか、雰囲気と言えばいいのかだろうか。


 寿リョウコは自分でその感覚が最初信じられなかった、何かの間違いであれと、そう思った、だが自分のその感覚、これは疑いようもなかった。


 自分を助けた人物は、噂で聞いた人物に間違いない。


「あ、ありがとう」


 お礼を言う寿リョウコの声は震えていた。


 カインは、その震え声を転んだ恐怖によるものだと解釈したらしく、優しく立たせるとにっこりと「どういたしまして」とほほ笑んでくれた。


 その仕草はまさに完璧だ、まあ少女漫画と違うのは、周囲が騒ぐことは無いものの、女子達は嫉妬の目で見られ、男子からは複雑な顔で通り過ぎるといった静かなものだけど。


「えっと、確か臨時転校してきた人だよね、僕は」


「カイン・アマデウス・リッター・幡羅・フォン゠シェーネパウク、でしょ?」


 寿リョウコの返しにカインはびっくりした様子で言葉に詰まる。


「知っていてもらえて、光栄、って言えばいいのかな?」

「光栄はちょっと違うかもね、女をいっぱい泣かせているって噂も聞いてるよ」


 突然の指摘に「はは」と苦笑いをするが、「否定はしないよ」とあっさり言ってのける姿も様になる。


 なるほど、自分の悪い噂を受け止めて、初対面の自分の言葉にまったく動じることもない自信の溢れた姿、だからこそマイナスには映らないのだろう。


「僕も君のことを知っているよ、寿リョウコさん、凄い綺麗で優秀な人だって噂になってた」

「あら、知っていてもらえて、光栄、と言えばいいのかしら?」


 少しだけ皮肉を込めた寿リョウコの返しにお互いにクスクス笑い、見つめ合う形になるカインと寿リョウコ。


(なに、この嫌な予感は……)


 雷に打たれるほどの衝撃を受けながら、それがなんであるか気づかず、そして寿リョウコは自分が安息の地にいないというのを改めて理解するのであった。



 幡羅は出身は出身はドイツで、両親は共にドイツ人で祖母が日本人なのだそうだ。

 父親はドイツ外務省の高官でアジアを担当しているらしく、日本政府との繋がりも強く、騎士の家系に当たるらしい。


 その中で幡羅は既に故人であるが祖母が大好きで、両親よりも祖母に懐いていたそうだ。


「包み込むような優しさに、強さと厳しさも兼ね備えている、祖母のような女性を大和撫子というのだろうね」


 とは幡羅との弁だ。家族をこうやって堂々と褒めるのは文化の違いなのだろうと思う。


「どうしたんだい? 考え事をして」


 と幡羅は微笑みながら自分に話しかけてくる。ここは食堂、幡羅と一緒に昼食を共にしている。

 自分が考え事をしていると、しかもちゃんとそれに一区切りついたのを見計らって話しかけてくる。


「ごめんなさい、ちょっとね」


「無理もないよ、自分の通っていた高校があんなことになったんだから」


「そう、ね……」


 まあ「あんなこと」をした張本人は自分なのだけど、当然それは言えない。


 臨時転校してから一か月、いつの間にか幡羅とはいつも一緒にいるようになった。これだけの情報を仕入れることができたのだ。


 幡羅の女第一主義ならば、仲良くなるのはたやすい、まあいちいち押したり引いたり駆け引きされるのは面倒だが、情報収集は本人から聞くのが一番手っ取り早いと判断した結果だ。


 んで今の自分の立場になったものの周りからはいわゆる「幡羅の新しい女」扱いだ。


 まあ自分に幡羅が近づいてきたのは見当がついている。


(寝取りの幡羅……)


 彼氏がいる女や片思いの相手を察知するとその女を専門に狙う。熱烈に求愛し、美貌もさることながら、熱烈な求愛から、彼氏がいてもあっさり振って乗り換えるのだそうだ。


 おそらく直観的に自分に彼氏がいることを察しのだろう、まあこっちも情報が欲しかったところだし折角だからこちらも利用させてもらうことに決めたのだ。


 まあそんな女たらしの相手であるが故に、結果的に自分のを評価を下げる結果となってしまったが、彼女にとってはそれは些細な問題であった。


 んでこんなことをしているわけだから当然に幡羅は男から嫌われている。


 いわゆる女で同性から嫌われるタイプがあるように、あれが男で同性から嫌われるタイプなのだろう、女が喜ぶことが理解できる。


 同性に嫌われるか、そういえば中学時代に女子からは嫌われていたぶりっ子女子がいたなぁということを思い出す。


 男受けする容姿で男の扱いに慣れていて手玉に取っていた。そういえばあの時、私が対抗馬に挙げられてしなくてもいい苦労を……と慌てて修正する。


「あっ、ごめんなさい」


 また考え事をしてしまった。

 だけど目の前の幡羅は変わらず笑顔だ。女の面倒くささに一切嫌な顔を見せず、受け止めることができる。

 余計なことも言わず聞かず気が利いている、なるほど確かにモテるのも頷ける……。


(ん?)


と何か背中越しに視線を感じて辺りを見渡すも、何もいない。だから視線の正体は誰かは分からない、元より寿リョウコも人に注目されるから慣れているが。


(幡羅と付き合い始めてからずっとよね……)


慣れているがゆえに、この視線にまとわりつく嫌な予感を彼女は感じ取っていた。そしてこうも感じ取っている。


(この種類はまず女よね)


 これも分かっていた。だけどここで恐ろしいのは単純に嫉妬だけを感じなかった。


(もっとどす黒い何かよね、まったく、女ってのはさ)


同じ女であるからこそ、理解できることもあると同時に。


(やっぱりこの幡羅は何か裏がある、単純に男して振舞うのではなく、別に何かがある)


という気持ちをより強めて、それが自分にとって不利益をもたらすような予感もしたからこそ彼女は幡羅との付き合いを続けているのだ。


(でも、いつまでもこうしているのはまどろっこしい、いっそのこと、焚きつけてみるか)


と決意した寿リョウコは、幡羅に話しかける。


「今日時間ある? だったら少し買い物に付き合って欲しいのだけど」



(やっぱりね……)


 次の日登校した時のことだった。


 自分の机の中に教科書を入れようとするとき、何かが引っ掛かっているからと思って取り出したるは、妙な封筒のようなもの、中を見てみたら写真が入っていて、見たところ……。


 自分と幡羅が手を組んでいる写真が入っていた。


 焚きつけたら、やっぱり挑発に乗ってくれた。


 はっきりした、誰かは分からないが幡羅にはこういったファン、じゃない、狂信的な集団が存在することだ。おそらく視線の正体は多分幡羅の新しい女はどういう女であるかの監視だろう。


 そして幡羅自身も彼女の存在に気付ている節がある、この手慣れな嫌がらせははじめと初めてと感じるには楽観的すぎるからだ。


 仮に私が幡羅に言いつけたとしても、幡羅は上手にかわして何もしない、幡羅にはいかず自分に来る。そして彼女たちは「後始末」もちゃんとするのだろう。


 まあいい、こんなものは大した問題ではない。むしろこんなにも早く集団があると分かっただけで僥倖だ。


 だけど彼女にとって痛恨だったのは、幡羅を誘った後、伊勢原からデートその誘いが来たことだ、ここで伊勢原の存在を匂わせると、今度はその集団が伊勢原に行く可能性がある。それを考えれば、尚更訂正することもできなかった。


 とはいえこれは時間が解決する問題、進級すれば全員と別れることになるのだけど、


(でも、なんなんだろう、初めて幡羅と出会った時の、あの衝撃は……)


 これだけが拭えないでいた。変わらずこれを間違えると致命的な状況になりかねないかもしれないという、不安感も拭えなかった。


 とはいえ今の自分に出来ることは、調べるぐらい。


 幡羅の出身のドイツについて調べてみると、色々な文化の違いがあって面白い。幡羅の長い名前も日本ではなじみがないが、ドイツでは普通であることなのだそうだ。


(へえ、名前のバリエーションが少ないからって理由も面白いよね)


 日本でも名前のことで話題になったり問題になったりするが、バリエーションはむしろ多く、実は寛容なのだというのは面白かった……。


「え!?」


 と思わず教室で大きな声をあげてしまって自分で口を押える。周りはびっくりして自分を見るが、笑ってなんとか誤魔化すと、携帯の画面に釘付けで目が離せなかった。



 彼女は自分の感じていた衝撃の正体の輪郭がやっとはっきりしてきたのを感じた。




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