終わらない始まり・後編
俺の質問に目を丸くするミズカ。
「な、なに、私がなにかを、隠しているって?」
「あ、別に責めているわけじゃないよ、えっとね、最初に違和感を感じたのは、俺が幡羅に負けた時の、リョウコにやったミズカの演技過剰なやつ、あれで何かを計っていたんだろ?」
ミズカはビクっと反応するが、それを知ったうえで、俺はここで聞き手に徹していたマナミとトモエに問いかける。
「マナミとトモエはどうなんだ? ミズカのやり方に段取り臭はしなかったか? そもそも2人は今回のこと、俺を介してというよりミズカに巻き込まれているような感じに思えるんだけど」
「「…………」」
2人はそういえばと絶句している、ミズカはおそらく俺との関係をちらつかせて2人に積極的に加担したように仕組んだのだろう。
これは前回のミズカの件でもそうだったが、彼女が好んで使う手法だ。自分で選択したと思わせておいて、その選択自体が狭められて、選択肢を誘導させる手法だ。
それに気が付いたマナミとトモエに睨まれる形になるミズカだったが。
「ごめん、言えない」
「…………」
「で、でも、皆に害意は無いの! それは信じてほしいの!」
「あ、それは信じているよ、俺達に対して害意は無いってことはね」
「ええ!? 信じてくれるの!?」
自分で言っていてびっくりするミズカ。
「前回のことで、それは十分に、んで今から色々と質問するよ、言えないことは言えないでいいから、答えてほしい」
淡々とした俺に完全に呑まれているミズカに話を続ける。
「隠していることは幡羅のこと?」
「そ、そうよ」
「内容は?」
「言えない」
「なら幡羅の隠していることについてなんだけど、家族関係のこと?」
「その内容は質問を変えたところで、全部言えないってのが回答だよ」
「わかった、リョウコのことで隠していることは?」
「ない」
「なら、あの時、リョウコに何を試していたの?」
「っ、言えない」
「岡崎たちの集団に入るための条件は何?」
「それも言えない!」
ミズカに対しての質問は以上だ。なるほど、これではっきりした。
「つまりあの演技過剰は、リョウコが岡崎たちに集団に入るための条件について探るための一環だったってことだ、しかもその条件は幡羅のことに関わってくるってことか、ってことはつまりミズカは集団に入るための条件を知っているってこと、そこは嘘をついたね」
「…………」
俺の結論に苦虫をかみつぶしたような顔をするミズカ。
ミズカはなまじっか頭が回るから、俺の質問に対して、どの回答をするとどういう情報を与えてしまうかというのを瞬時に想定しながら答えているので、矛盾点を追求するよりも、核心をついた質問をしてその反応で見破るのが手っ取り早いのだ。
さらにミズカはここでやっと「俺の質問の意地悪さ」に気が付いたのだろう、ジロリと睨んでくる。
「ユウト「言えないのなら言えないでいいから答えてほしい」ってのがもう罠だったのね?」
「ふふん、そのとおりさ~」
そう、答えの選択肢を「言えることは言える、言えないことは言えない」と二つだけに狭めさせてもらった。言えないなんてことは知っていると自分で言っているようなものだ。
「しかも本命は最後の質問ってわけね、内容を知らなくても、岡里たちに入るための条件を「私が知っているとことを知ればよかった」ってことね」
「そのとおり、ミズカが好んで使っている話術だよん」
「あのね、女にそういった理屈詰めで問い詰めるのモテないからね」
「別に今現在ミズカ達にモテてるんだから、他はどうでもいいよ、それにこれぐらいで俺のことを嫌いになんてならないでしょ? 時と場合はわきまえているつもりだし、一応これでも大事に思っているし、それもちゃんと理解してくれているでしょ?」
俺の言葉に、やっぱり渋い表情を崩さないミズカ。
「……むう、自信を付けさせたのは失敗だったかな」
「後悔してももう遅いからね、んでさ、今の結論を踏まえてもう一度だけ質問をしたいんだ」
俺の言葉の意味を察してさっと顔色が変わる。流石ミズカ、もう察したようだ。
「あのさ、ミズカ……」
――――
伊勢原が死地に選んだ公園、決着はつき、伊勢原ユウトは手計ミズカと共に去り、寿リョウコは幡羅カインと共にいなくなった。
そこに岡里たち率いる幡羅狂信者集団がいた。
全てを一部始終見ていた彼女たちは、誰もいなくなった公園で、その目に青い炎を宿しながら佇んでいた。
「当てが外れた」
これは3番の言葉。
「そう、当てが外れた」
呼応したのは4番。
「カモフラージュには適切だと判断していたからこその仲間に入れたのに」
応じるのは2番。
「幡羅なら許せたが、幡羅のためではない、自分のためだったなんて」
結論を述べるのは2番であり、そのまま続ける。
「私たちは、良いように利用されたと判断する、1番、どう考える?」
2番の呼びかけにより、1番である岡里チサトは判決を下した。
「現時点をもって5番を破棄、寿リョウコを、排除する」
―――
「リョウコは岡里たちの仲間なんだな?」
俺の言葉にミズカは答えないが、表情がそうであると雄弁に物語っている。
「……まさか、そんな」
これはトモエの弁、マナミも同様にうまく呑み込めない様子だ。
「いつから疑っていたの?」
「疑うというか、岡里たちのことを聞かされた時に、いきなり来たよそ者が、女子達の仲裁役を担えるとは思えないからな、となれば元々の高校に幡羅の集団がいるとは思ったんだよ」
「それがどうして寿だと思ったの?」
「理由は後付けだよ、リョウコだという結論を先に持ってきたらつながったってだけの話、それに中学時代のミズカの対抗馬はリョウコだったんだろ? だから適任かなぁって」
そして岡里たちの仲間であるのなら……。
「そして多分、岡里たちは俺のことは放っておけばいいって結論付けたはずなんだよ」
「ど、どうして?」
「そりゃあ、あれだけ男の魅力に差をつけさせられてさ、アイツと一緒にいるだけで、プライドが傷つけられて惨めになるのさ、だからアイツに友達はいなかったんだと思う。仲良くしただけで「デキてんじゃないか」って噂が立つのがいい証拠だ、アイツと友達になるってのはそれぐらいのことなんだよ」
「だけど、だからこそ、警戒に値するんじゃないの?」
「いや、どうせ離れていくと考えいたから大した問題には捉えていなかったはずだ、言い方は悪いが岡里たちは女だから男の機微なんてのは分からない、それは俺の揺さぶりに使った写真を使いまわしている時点で察することはできる」
まあ、しっかり揺さぶられている時点で説得力はないかもしれないが、それでも雑すぎるやり方ではある。
「じゃあ、どうして、ユウトに」
「多分、リョウコがそう言ったんだと思う」
「理由は?」
「それを言う前に一つ質問、岡里たち含めた集団は、幡羅の彼女なの?」
「……彼女という表現は……やっぱり違う、狂信者って表現が正しいと思う、って、あ!」
ミズカもようやく合点がいったようだ。
「そう、岡里たちは多分良い意味で目立つリョウコをスケープゴートにでも使おうと考えていた。リョウコの外面は理解しているようだったし、余計な虫を払う手段としてうってつけだと思っていたんじゃないかな」
「んで、そのリョウコは、幡羅の彼女にちゃっかり収まっているんだ、ひょっとして岡里たちは、裏切りられたって思うんじゃないか、あの集団に入るための独自の決まりを作っているんだ、裏切りの定義と制裁を作っていないって考えるのは楽観的すぎるね」
ここまで話して俺は、立ち上がると肩をぐるぐると動かす。
「つまりまだ終わってないってことだ、リョウコが危ないってことだよ、全くさ、俺と幡羅は殴り合って終わったのに、ほんとこじれるよなぁ」
さてリョウコを助けるとなるとまず何が必要なのか、とはいえ正直岡里達相手ってのは単純に手に負えない、女の女の部分なんてやっぱり全然わからない、だからここは女の戦いを繰り広げてきた……。
「なあ3人とも、俺が協力してほしいと言ったら協力してくれるか?」
3人に協力を仰ぐとするが……
「ちょっと待った、はっきりさせてほしいことがある、それをしないのなら協力はしない」
俺の協力の意味が分かったのか厳しい視線を向けるのはミズカだった。
「はっきりさせたいことって?」
俺の言葉に、厳しいを通り越して不快な表情を浮かべるミズカ。
「あのさ、はっきり言ってあげる、アンタはね、彼女に他の男に乗り換えられたんだよ、つまり浮気されたの、アンタはちゃんと一線は守ったのにね、なのにどうしてまだ助けたいとか思うの?」
「…………」
――なんでまだ助けたいか。
――思えば理想が服を着て歩いているなんて、言っている自分がこっぱずかしくなるようなことを真剣に思っていて。
――神の偶然、なんてものがあるかは分からないけど、それで俺の彼女になって、リョウコの色々なところが見えるたびにますます好きになって。
――俺のことを嫌わないでほしいというのは、ミズカの言うとおりだったし、そんな弱気なところがそこら辺に原因があるのかと思う。
――それでも、俺の今の気持ちはこうだ。
「決めたんだ、リョウコが幸せならそれでいい」
俺のミズカはポカーンとしていたが、深いため息をつく。
「…………なぁーるほぉど、いい人だよね、友情的好意とはよく言ったものよ、あんたのこと好きって言った女子の気持ちわかるわ~」
「ははっ、そうだよな、まあこういうところを見限られて
突如ドンという音が響く。
音を立てたのはミズカ、片手で俺の自室の壁を殴り、壁ドンされる形となる。
「こういう時に頼りにするのが「女親友」だろうが。あんたはどうせ男の理屈で、こじれるならとことんこじれてしまえとか、んで時間が解決するとか都合よく思っているだろうけど女の恨みはマジで祟るからね、辞めておきなよ」
ミズカの言葉にマナミも頷く。
「女の一生忘れないって言葉は本当に一生忘れないからね」
トモエもストレッチを始める。
「ユウトにここまでしておいて、自分は正しいって思っているし、理屈で解決不可能よ」
2人は「やっと出番だね」とやる気の様子だ。
って本当に岡里たちと対峙するつもりなのか、心配そうな俺にマナミはこういった。
「だから、クソミズカの言葉に賛成ってこと、男の戦いは終わり、次は女の戦いだってこだよ」
「でも、相手は、武力なんて使わない相手だぞ」
「何言ってんのユウト君、武力なんて普通は使わないよ」
「えー! 今更それを否定されるの!?」
「いいのいいの、ユウトは待ってなよ、ケリをつけてくるからさ」
これはトモエの弁だ、まあ、いざという時には本当に頼りになるし、岡里たちは任せてもいいのだろうけど。
「ありがとな、なら俺は俺のためにやり残したことを済ませてくるよ」
俺の言葉で何をするのかはあまり理解していない様子だったけど、それでも「ま、頑張ってきな」と何も聞かず応援してくれた。




