Z旗
しんどい思いをして高校受験を終えて、迎えた高校入学式、リョウコのことはすでに噂になっていた。
顔もスタイルも性格も頭も運動もできる女子がいると、その女子の名前が寿リョウコであると。
最初聞いた時は眉唾だった、そもそも頭もいいというのが噂になるぐらいなら俺の通う高校に来るわけがない、進学校ではあったけど上の下ぐらいの高校だからだ。
と考えていたら、家から近いという理由でここの高校を受験したのだそう、彼女曰く「勉強はどこでもできるから」との言葉が憎らしい。
そんな俺の穿った見方は実際にリョウコを見た瞬間に吹き飛んでしまった。
(理想が服を着て歩いている……)
彼女を見て俺は一番に考えたことだ。
なんてことは無い、俺もまたリョウコに一目ぼれしてしまったのだ。
だが当然、ライバルの数は多いなんてものじゃなかった、学校有数のイケメン男子たちがアタックを繰り返し、その度にリョウコに彼氏ができたんだと失恋で苦しみ、イケメン達が玉砕する報告を聞いては胸を撫で下ろす、そんな日々を送ることになってしまった。
何度も告白しようと考えたが、その脳裏によぎるのはこれだ。
――俺なんかが相手をしてくれるわけがない。
人気のある男子たちの交際を断る相手がどうして自分に交際を受けてくれる合理的理由がない。
そんな理由でずっと逃げていた。
だけど、それでも諦めきれない俺は、かつて傷ついたこともある「女子から友情的好意を持たれやすい」という性質に縋ることになる。
最初に話しかけるのは凄い緊張したけど、結果それが功を奏して、クラスメイトではそこそこ話せる立位置になれたことに初めて自分の性質に感謝したものだ。
その直後に、リョウコから「好きな人がいる」という言葉を聞かされて奈落の底に突き落とされて、その好きな人が自分であることに狂喜乱舞したのだ。
それはリョウコの本性を知った後も揺らぐことは無くて……。
――俺は君のために……
●
「…………」
「…………」
ミズカの言葉に俺は何も言い返せない。
ミズカから俺から目を離せない。
ミズカも俺から目を離さない。
自分でもなるべく考えないようにしていたことだった。
くどいぐらいの自己弁護を重ねた上での4人の気持ちを「信じる」という言葉。
この期に及んでの保険をかけた上での関係性に縋りついての「信じる」という言葉。
リョウコとマナミとトモエが俺のことを好きになった理由は「自分の苦しみを受け入れてくれるから」というもの。
それはいわゆる自分の「魅力」ではなく「希少価値」ではないのかという意味。
希少価値という言葉は単数を指すのではなく複数を指す、ならば「自分の苦しみを受け入れてくれる人物」というのなら別に自分である必要ではないという疑問。
つまり好きであるという気持ちは本当でも本物ではないのではないかという疑念。
その疑念は、今まで言葉だけでしか確かめるしか方法はなかった。
というよりも相手の気持ちの本当か嘘かなんて確かめるなんて方法も分からなかったから、俺のこの疑念についての採用した解決策は「先送り」という選択を取るほかなかった。
だから幡羅とリョウコが、と考えた時に、俺は何をしていいかもわからず、結果ミズカが並べた「言い訳」に縋るほかなかった。
だけど、この状況に至っても……
「どうしていいか、分からないんだよっ!」
視線を外して絞り出すように出た言葉、後はもう止まらない……。
「俺はお前ら3人のことを大事に思っている、だけど俺はどうしても、信じられない、なあ、どうして俺なんだ、ミズカもマナミもトモエもモテるじゃないか! 俺よりも顔が良くて、俺よりも勉強ができて、俺よりも優しくて、そんな男たちから好きだって言われているのにさ、躊躇なく俺を選んで、しかも俺は、リョウコが好きなのに! 女はイケメンが好きなんだろ? 女は頭がいい男が好きなんだろ? 女は優しい男が好きなんだろ? 俺はそれもどれも全部持ってない! だから分からないんだよ、リョウコに振られたら、多分お前ら3人のうちを誰かを好きになる、でも、全部持っていない俺を好きになるなんて理屈に合わない、現実味がない、だからそれは皆の思い込みとか泡沫の夢とかだってことで納得してたんだよ、それは……リョウコに対してだってそうだったんだ! いつでも振られてもいいように、心の中で覚悟を決めて、傷を深めないようにしていて、リョウコに対してだけじゃない、ミズカ達はモテるから、いつでも俺から離れるであろうって、こんな後ろ向きな覚悟をずっと決め続けて、告白されたって聞くたびに、俺はいつ振られるのかなって、いつもいつも怯えながら、それが俺に出来る対処方法だったんだよ、最初から情けなくて、情けない男なんて愛想つかされて当たり前だし、幡羅が出てきて、情けない俺は戦うことなく降参して、ビイビイ泣いて、そんな俺をミズカ達がどう見られるかなんて想像しただけでどれだけ怖いと思ったか、わかんないだろ? それでもさっきだって、玄関に出たのは男のプライドがあるから平然を装ってさ、泣いた痕なんてすぐに消えないのにさ、その怖さを見透かされるんじゃないかって、だからさっき、女親友解消とか、勘違いだって言われて、安心したんだよ! いつも怯えているのは辛かったから、だから「理屈に合う」って理由で、安心したんだ、さあ、どうだよ、これが、偽らざる俺の本心本音だ、いいか、お前らが俺のことをどう見ているかなんてわからないよ、だけど美化し過ぎなんだ、絶対にそうだ、現実の俺は、ずっとずっと、4人にずっと怯えていたんだよ!」
一気にしゃべって、途中でつっかえながら、吐き出す本音、途中からずっと、俺はミズカから視線を外して、床に対して、言葉を吐き続けた、こんな本音を聞かされて、顔を上げる勇気なんてものは無い、3人が俺をどう見ているかなんて怖いからだ。
「……なるほどね、やっとわかった、頭が冷えればバカみたいな話だったんだね」
これはミズカの言葉、頭が冷えればバカみたいな話、ということで俺は勇気を振り絞って3人の顔を見る。
3人は、俺に対して、あきれ果てた顔……ではなくて、不思議そうな顔をしていたのだ。
なんでそんな顔をしているのだ、俺は本当に怖くて、勇気を振り絞ったのに、なんなんだよ、と理不尽な怒りがこみあげてきて、でもそれは言えなくて、コチコチと時計が時間を刻む音だけが流れていて、マナミとトモエは何処か気まずそうにしている。
「あー、まあ、たきつけたのは私だし、言うのも私だよね、あのさ、ユウトさ、非常に言いづらいんだけどさ、その、今のユウトのさ、その色々とね」
歯切れ悪いミズカの言葉であったが、次の言葉は俺にとって凄い衝撃だった。
「今更って感じなんだけど……」
「えーー!!」
「だから言ったじゃん、初対面の印象は「冴えないなぁ」って、そもそもアンタみたいなタイプはモテるわけないでしょ、正しい自己判断だよ」
「ひどい!!」
「アンタに惹かれ始めた時さ、本当なら絶対にライバルがいないから楽勝とか思ったのに、どうして、寿と付き合ってるんだって思ってたなぁ」
「理不尽!!」
「まあそれでも適当に色仕掛けで落とせるだろう思ったら、まさか殺させてくれるなんて思わなかったし、なんで私が落とされてんだよ、普通逆だろと思った」
「しらんがな!!」
「ここまでの件については、マナミもトモエも、ついでに寿も同じようなものだと思っているけど」
「そうなの!?」
とここでマナミとトモエの2人も見たけど、気まずそうに黙っている。そ、そうなのか、そうだったんだ。
俺が怖いと思っていたことのほとんどは、もう周りからすれば周知の事実で、
「全部、俺の、思い込み、なのか?」
俺の問いかけにミズカが答える。
「思い込みは言い過ぎだね、半分ってところだね」
「半分って? ならもう半分は?」
「私たち側も不安だったんだよ、どうして信じてくれないだろうって、寿のことが好きという割には、寿に対しても同じように見えるから余計にね」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ、じゃあ私も本音、アンタは私のことを嫌っているじゃないかってずっと不安だったんだよ」
「はあ!? なんでだよ!?」
「なんでだよって、アンタにあれだけのことをしておいて、どうして嫌わないの? アンタの言葉を借りるのならそれこそ「理屈に合わない」でしょ?」
「理屈にあわない……」
「同じようなことを、マナミとトモエから聞かれたことは無いの?」
「っ!!」
俺は2人の顔を見る、2人も俺の顔を見つめている。
――『私の手作り弁当なんてよく食べられるね?』
――『私の手編みのマフラーなんてよく首に巻けるよね?』
最終決戦の時に、問いかけられた、2人の問いに俺は……。
手作り弁当も手編みのマフラーも、俺にプレゼントした行為は、2人にとっても怖かったんだ。
普通なら自分の行動は嫌われる行為で、恐れられる行為で、拒絶される行為で、自分を受け入れてくれるってのはこんなにも怖いことで……。
りくつにあわない……。
「俺が本性を知った上でも、付き合っていけるように、それはミズカ達も同じだったってことだったんだ」
一方通行だと思っていたんだ、俺を美化しているとか、それこそ、俺は一番やってはいけないことをしていたんだ。
あの問いに、俺は何も答えていなかった……。
「なら、俺は、なんてことを……ごめん、ごめん、みんな、ほんと、ごめん……」
そんな俺の前にミズカはストンと女の子座りをして正対する形になる。
「それに、アンタは単純に自分に自信がないんだねって話だよ、それが元凶みたいなものだね」
「自分に自信が、無い……」
「だからアンタは、顔と勉強とか運動とか、そんな分かりやすいステータスに縋るんだよ、素直に受け取ればいいじゃない、俺のこと好きなんだなぁってさ」
「…………」
言い返せない、それこそ、最初からそうだったのか……。
「ユウト、今日泊めてよ、2人も泊まっていくでしょ?」
「……ぇ?」
ミズカの言葉に呆けた返事を返す。
「アンタの本音はやっと分かったし、それで納得した。んでこっちも意地、二度と私達の気持ちを疑わない様にしてやる。全く、何がやっぱりよ、ふざけんなマジで、このヘタレ」
ここでミズカはじっと俺を見ると、うーんうーんと考えた末に切り出す。
「んで、どうすれば男って自信付くの?」
「………え?」
「アンタたちは知ってる?」
ミズカは2人に問いかけるもブンブンと首を振る。
「ネットだと、エッチした時に褒めまくれば自信がつくとか書いてあったんだけど、どーせこの期に及んでも寿への気持ちは薄れてないし、「まだ別れたわけじゃないから浮気になるぅ~」とか言って手は出さないんでしょ?」
「…………」
「何黙ってんの? 今更情けないから嫌だとか言ったらぶっ飛ばすからね」
というミズカの言葉に、俺は吹き出してしまった。
「は、ははっ、エッチの時褒めまくればって、ははっ、ふふっ、た、たしかにそうかも、経験ないけど、で、でも、どうなんだろ、あんまりおすすめしないかも」
俯いて口元を抑えて笑っている俺にキョトンとしている3人。
(くそう、このタイミングで優しくすんなよ、くそ、くそ、こみあげてくる、やばいやばい、笑ってごまかさないとヤバい)
一人きり堪えると、ふうと一息ついて、指を顎に当てて話しかける。
「ならもうとことん情けないこと言っていいのかよ? 気持ちが冷めちゃうかもだよ?」
俺は改めて3人に問いかけると、3人はお互いに顔を見合わせてこういった。
「「「やれるものならやってみな」よ」」
かっこいい、よし、情けないのがオーケーなら頼んでみるか。
「明日の朝までずっと一緒にいてくれ、皆で遊ぼうぜ、そうだな、テレビゲームとか、ボードゲームとか、あ、そうそう、好きなバラエティがもうすぐやるから、菓子食いながらテレビ見て、雑談してさ、どうだろう?」
「…………」
「…………」
「…………」
「で?」
「で? って、なに?」
「いや、微妙に手を出さない範囲なのがキモいなぁって」
「ひどい!!」
「正直、エロい事頼まれるのかなぁ、って覚悟決めてたのにさ……」
「残念そうに言うなよ!!」
「いっそのこと、ハーレムプレイするぞって言われた方が、まだキモくなかったかも」
「しつこいの! じゃあなんだよ! お前ら3人の全員の胸揉ませろって言ったら揉ませるのかよ!」
「「「いいよ別に」」」
「良いわけないだろバカー! そんなこと頼むわけないだろ! なんなんだよ! そんなこと頼むわけないだろと言いつつも、それならカッコつけずにじゃあ頼んでおけばよかったとか、凄い惜しいことしたなぁとか今俺は思っているんだよ俺のアホー!」
と部屋に俺の絶叫が木霊したのだった。




