エクストラⅠ 小ケ谷マナミの章
――時系列:臨時転校して3学期が始まり一カ月が過ぎたあたり
―本編―
本気である、ということは戦う上で何よりも大事である。
ただ本気であるだけで、薄っぺらい言葉は人の心を打ち、浅はかな行動に説得力を持たせ、実戦においては体格差、筋力差も凌駕する。
とはいえこう言ってもピンとくる人物は意外なほど少ない、というのは「気合で何とかしろ」といった類の「精神論」は、現代社会では時代遅れで古臭く意味なく効果なく、と散々に言われるものだ。
確かに気合ですべて何とかなるのなら苦労はない、だが気構えと心構えは、相手に伝わるのだ。
こんな話がある、テレビにも出るボクシングの元世界チャンピオンの話。
この世界チャンピオンは、数々の武勇伝を持っている人物なのだそうだが、ある時チンピラと揉めた時、そのチンピラは激高して凶器をもってきた。
そのチンピラ相手にチャンピオンはこう察したそうだ。
――本気で俺のことを殺すつもりだな
そしてそのチャンピオンはどうしたのか。本気の殺気の前に立ち向かい勝利を収めたのか、さにあらず、、、。
なんとその場で相手の男に謝罪したのだという、チンピラの素人相手に白旗をあげたのだ。
最後にチャンピオンは「謝るのはカッコ悪い」「逃げるのはダサい」という見栄を張っていれば、命は無かったかもしれないと締めていた。
つまり「本気である」というのは数々の武勇伝を持つ世界チャンピオンですら「下がらせる」ことが可能だという事だ。
男が語る武勇伝は女にとっては痛いだけだが「負けたことを武勇伝」に語れるのは凄いことだと、泡を吹いて失神している臨時転校先のクラスメイトを見下ろしながら、小ケ谷マナミは考えていた。
このクラスメイトは、3日前に伊勢原ユウトを「冴えない男」と評したクズ女だ。
最終決戦の後、県の教育委員会は、在校生に3学期だけの臨時転校を決定、小ケ谷マナミは伊勢原ユウト共に今の高校に臨時転校してきた。
自分以外にも同じ高校から臨時転校してきた女子達がいて、その女共から小ケ谷マナミの禁忌を知っている様子だったのに、よりにもよって嘘だと思ったようで、彼女に聞こえるように、しかも伊勢原の前でそう評したのだ。
以前にも何度かクラスメイトを襲ったことがあるが、彼女達は「過失」だったから失神させるだけで終えた。事実彼女はその後伊勢原ユウトを侮辱する評価もしなくなった。
しかも自分が伊勢原ユウトへの想いを周りに吹聴したらしく、周りから寿を除いた女を間接的に排除することに成功し、言葉には出さないが彼女にとっては代えがたい副産物を生む結果となった。
だがこのクズ女は故意であり悪質、小ケ谷マナミにとって故意による行為とは、反省も改善も全く期待できない救いようのない品性下劣なものであると考える。
だが、彼女の心の中はまるで太平洋のように大きく穏やかだった。
「本来なら殺すところだったのに、私も成長したものね」
感慨深そうに自嘲する小ケ谷マナミ、そう、今の彼女に殺意の色はない、最終決戦を経て彼女は成長したのだ。
とはいえ過失と故意の扱いが一緒では平等性に欠けるのは事実であるから、小ケ谷マナミは襲い方をたった一つだけ変えた。
――それは襲うタイミングをほんの少し悪くすること。
これによりとても素敵な副次効果がついてくるのだ。
さて、急な話題転換だが、トイレに急ぐ、なんてことを女子は明らかにしない。これは女が女らしくあるために共学なら誰でもしていることだ。
女子校ならそこらへんはもっとオープンなのだそうが、男の目は女を律する、これは男も同様だろうけども。
でもいくら隠しても同じ女からすればトイレに急いでいるのは分かるものだ。
そしてもう一度繰り返そう、小ケ谷マナミは制裁に対して「ほんの少しタイミングを悪く」して彼女に襲いかかったのだ。
結果、失神した彼女の「惨状」について多く語る必要はなく、望んだとおりの結果を得ることができて小ケ谷マナミは満足げに歪に笑う。
クラスメイトが小ケ谷マナミを侮った行動は、トラウマを植え付けることで相殺するというのが彼女の結果だった。
「ユウト君、これで貴方を守ることができる、大丈夫、貴方の魅力は私だけはちゃんとわかっているのだから」
これでもう大丈夫と、小ケ谷マナミはチャクラムを仕舞い、達成感をもってトイレから出ていく。
そしてその瞬間から、小ケ谷マナミは男子たちの注目を浴びる。
「ほら、あの子だよ、転校してきた」
「うわ、可愛いじゃん!」
そうやって噂される小ケ谷マナミ、彼女はそれを少し煩わしいと思うが、顔に出すことは決してない。
そんな彼女は、男子生徒たちにとってこう評価されていた。
「なんかさ、お淑やかで清楚って感じだよな!」
今は臨時転校してから一か月ぐらい経過したあたり、学校を爆破された学校に通っていた自分たちの転校は、相当話題になったがそれも落ち着いた時期のこと。
これは、お淑やかで清楚な小ケ谷マナミの日常の物語である。
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小ケ谷マナミの座右の銘は「耐え忍ぶ恋は乙女の嗜み」であり、意中の相手に2番や3番がいても自分が1番であれば揺らぐことは無い。
だが自分が1番ではない限り、小ケ谷マナミに安息の日々を送ることは無い。
故に伊勢原ユウトに一目ぼれをして以降、小ケ谷マナミは昼夜を問わない生活を送ることになった。
とはいえそれは小ケ谷マナミにとってそれは辛い日々ではなく幸せの日々だった。
時には我慢できなくなりこっそりと夜忍び込んで、襲いたくなる感情を必死に抑えながら、睫毛の数を数えていたらあっという間に時間が過ぎてしまったものだ。
そして添い寝をしたところで眠気が襲ってきてしまい忍び込んだことがばれてしまった。
伊勢原から勝手に入らないようにと言いつけられてからは、外で伊勢原が起きるまでずっと妄想していており、あまり体力がない彼女にとって楽な事ではなかったが、それは伊勢原のためだと思うからこそ苦労もなかった。
だがそれはもう過去の話、今は共同管理の名のもとに、ある程度の自由が認められる状態になっているのだ。
臨時転校先が一緒の時点で自分と伊勢原ユウトは運命共同体であり、日々確実なる手ごたえを感じている小ケ谷マナミは日々確信を深めるものであるけれど。
だから今は午前6時に起きて、朝食を作ることから彼女の一日が始まるのだ。
彼の反応を見て味付けを変えて、昼飯は屋上でともに食べる、校内公認のカップル。
「はあ……」
思わず漏れてしまう艶息、あーんした時の伊勢原の無防備な顔を思い出して、そして実際に目の当たりにするたびに、伊勢原を凌辱したい気持ちを抑えるのが今の生活で一番辛いと考えて思わず「ふふっ」と笑みがこぼれてしまう。
当然この自分の隠れた性癖も伊勢原に開発されたものだ、プールでナンパしてきたクズ男たちを殺そうした時、それを伊勢原ユウトに怒鳴られた時に芽生えて自覚したものだ。
『ああ、今この瞬間に、水着を剥いで押し倒して上にまたがったらどんな顔をしてくれるのだろう?』
当然それをすれば本気で嫌われることは分かっていたのでやらなかったが、次第に大きくなってくるこの欲望に抗うのは意外に苦労するものだ。
「んっ……」
朝食を作る度に、自分の大切なところから出てくる「愛の蜜」を、そっと愛情代わりに弁当に混ぜて、お弁当は無事完成したのであった。
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さて、今日は例のクラスメイトへの処断の結果を確認しなければならないという一大イベントがある。
一応復讐を想定して、ありとあらゆる嫌がらせの対策はしてあるし、それに対しては倍の報復を検討している。
故意によるというのは事態把握能力の欠如を意味する、自分に置かれている立場がまだ理解できないのなら、どのような手に打って出るかは分からない。
が、小ケ谷マナミの憂慮は登校した瞬間の彼女の怯えた表情でそれが杞憂に終わったことを知る。
前に、いわゆる自分に対して彼氏を使っての武力行使や女子達から嫌がらせも受けたこともあったが、寿リョウコと城下トモエを相手にしたことに比べれは物の数ではない。
当たり前だ、誰だって自分の命は惜しい、当然自分だって惜しい。死ねば伊勢原に永遠に会えなくなるのだから。
別に脅威ではないが面倒なことが起こらなかったことについては素直に喜ぶべき事態であろう。
さて、これで臨時転校先の女子どもは一掃されたと判断していいだろう。小ケ谷マナミは自分で勝ち得た日常に充実感を得るのであった。
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昼休み、自分の「愛情たっぷりの弁当」の美味い美味いと何の疑いなく食べる伊勢原に対しての黒い欲望を押えてながらも幸せのあまりに絶頂にイキかけた自分を戒めながら、教室に戻るった時のことだった。
「へぇ、野本って勉強得意なんだぁ、凄いね~」
と鼻につくような甘ったるい声が教室で聞こえてくる。
その声を聴いて、顔をしかめる女子生徒、また始まったという顔の女子生徒、極少数の彼女を興味深そうに観察する女子生徒。
小ケ谷マナミの視線の先に広がるのは、声の主の手慣れた密着に自然と鼻の舌が伸びる野本と呼ばれた男子生徒の光景。
そんな男子生徒に密着する彼女は手計ミズカというぶりっ子女だ。
誰に対しても気のある素振りを見せ、自分に惚れさせては自分の魅力を再確認する、女の世界では「あるあるレベル」の女だ。
当然、同性からは嫌われているし、一応友人と呼べる存在もいるが、あれは友人というよりも同志という表現が正しく、その同志がいない時はいない同志の悪口で盛り上がる、そんな関係。
よくもまぁあんな疲れることをするなとは思うが、小ケ谷マナミ自身は彼女に対する嫌悪感はさほどない、同じ女として嫌う気持ちはあるも「ありだ」と思う次第である。
まあ彼女は同類ではないし、あんな言動をしておきながらも自分の禁忌を理解し、伊勢原ユウトに対しての接触もしているが「他の男と全く一緒」のレベルで押さえている。
それに彼女は馬鹿を装っているが空気が読めて機転も利き、自分をプロデュースするというか、ある意味信念も感じる。
というのも自分と通じるものがあるからだ。
彼女の男子からの評判である、「清楚」「お淑やか」とはどこから出たものであるのか。
それは元よりの雰囲気と言えばいいのか、そういったものが大きいものであるが、何より「他の男の姿が一切見えない」という点も非常に多い。
これは周りが勝手にではなく、彼女自身も強く意識しているところだ。
――伊勢原の浮気は許すが自分は絶対に浮気をしない
これは、些細な接触も意味する。プールでのナンパされた際は、話しかけられた際に肩を叩かれて触れ合ってしまうという痛恨の極みだったが、幸いにも伊勢原ユウトは浮気だとは思わなかったので事なきを得たのだけど。
当然実生活でも、男子と話したことはあるものの最小限にとどめている。
というのも極端な接触を避けると、自分自身の評判に関わる、そして自分の評判は彼氏である伊勢原ユウトの評価に関わる、故に「清楚」「お淑やか」という評価についてまわるマイナス評価「高飛車」「ツンと澄ましている」といった評価を出さないようにしている。
そしてその勝ち得た評価は……。
(ふう……)
下校時、彼女の下駄箱にラブレターが入っていたことで心労がかさむ結果になるのだが……。
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このラブレターがイタズラとはクズ女共のイタズラとは考えづらい、あれだけ脅しておいて、反撃してきたのはトモエとリョウコだけだし、2人は元より陰湿なタイプではない。陰湿にするのならこちらの心を完全にへし折るぐらいの覚悟で来るだろう。
まあ、可能性があるとすればあのぶりっ子手計ぐらいか、ただ勘が鋭そうだから自分に手出しをしないだろうけど。
とはいえイタズラであるないは、彼女の行動の決定理由にならないからだ。もしイタズラであるのならば、報復をすればいいだけなのだから。
そして男子からのイタズラでも、その事実にショックを受けて、泣いた演技一つでもすれば自分は悪者にはならないのだから。
とはいえ、この手紙の内容は稚拙なものではあるけれど、必死で字を上手に書こうとした熱意が伝わってくるからイタズラの可能性は無いだろうけど。
とはいえイタズラだろうとそうでなかろうと関係ない、男子との接触を極力避ける小ケ谷マナミの行動は決まっている。
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「あのっ!」
夕方の綺麗な夕焼けの放課後の体育館裏、告白するには絶好のシチュエーション、そんな時にガッチガチに緊張した1人の男子生徒が、乾いたのどを必死で隠すように声を小ケ谷マナミにかける。
「えっと、知っていると思うけど、クラスメイトのさ、って、ごめんね、知ってるよね、は、はは」
小ケ谷マナミは何も言わず「うん」とだけ答えて笑顔を崩さない。
彼の名前は荒川という男子生徒。
顔はいわゆる2枚目半で愛嬌もあり優しい、親しみやすく、それでいて少しだけ遊び慣れた感じは、ひっきりなしに女子からの誘いがある男子、なのだが。
(えーっと……誰だっけ?)
記憶にない、いわゆる小ケ谷マナミにとって覚える価値のある男子生徒というのは伊勢原を除くとクズ女たちが惚れていたり、恋人だったり、友人だったりすれば対策の一つとして記憶に残る。
だが記憶にないというのは彼は清廉である分、彼女の興味を引けることは無かったのが不幸と言えばいいのか、幸福と言えばいいのだろうか。
(まあいいか、記憶にないというのは、良いことなのだから)
それは「自分にとって」という文句が付くのだが。
「あの、返事、もらえると、嬉しいのだけど……」
不安そうな、精一杯絞り出したような声、男子生徒の表情で思考の海から戻ってくる小ケ谷マナミではあったが。
(返事? なんの?)
彼女は本気でそう思った、思って、、、。
(おそらく、告白したのか、まあ間違いないのだろうね)
と納得する。
というのは、男子生徒からの告白は小ケ谷マナミにとっては初めてのイベントではなく、 日常とまではいかないが、珍しいイベントではなかった。
つまりこれがただの告白イベントということだ、それをやっと認識するに至った小ケ谷マナミの思うことは一つだ。
(美しく終わらせること……)
彼女は、男子生徒の言葉を受けて切なげな表情を作った後、心の底から申し訳ない顔を「作り」、男子生徒に告げる。
「ごめんなさい、私には付き合っている人がいます、だから、貴方の気持ちにこたえることはできません」
彼女の悲痛と言えるほどの言葉と感情に、男子生徒もきゅっと口を結ぶ。
小ケ谷マナミが紡いだ言葉はそれだけ、男子生徒は彼女の雰囲気で、自分の気持ちを十分に汲んでくれた上での回答だと「誤解」して寂しそうに笑う。
「分かった、ありがとう、ははっ、小ケ谷さんに好かれる男子が、羨ましいよ」
との男子生徒と言葉に初めて小ケ谷マナミは「良いことを言う」と感心した。
「そうね、私の恋人は、とっても一生懸命な人、普段は頼りないのだけど、いざという時に大胆な行動をとったりハラハラさせられたり、でも私のことを思ってくれている、そんな人だよ」
小ケ谷マナミの「惚気」に男子生徒は「辛いなぁ」とこぼしながらも、気丈な態度で「時間を取らせてごめんね、ありがとう」と言いながらその場を後にした。
そのどこか寂しげな後ろ姿を見て小ケ谷マナミはこう思った。
「はぁ、今日は愛の蜜をたっぷりと入れたい気分、ユウト君、お弁当、楽しみにしててね♪」
思ったはずだが言葉に出ていることに小ケ谷マナミは気づかない。
小ケ谷マナミにとって、告白されたことすらも推測や経験でのみでしか認識されなかった荒川の名前を覚えることは無いのだろう、告白されて心が動く動かない以前の問題であったのだ。
それを気づかないというのは荒川にとって幸せなことだったのだ、彼にとってはほろ苦い青春の思い出で終わったのだから。
小ケ谷マナミにとってその程度でも何故小ケ谷マナミは記憶にも残らない相手のために「演技」をしたのか。
繰り返しになるが、小ケ谷マナミにとって伊勢原ユウトと結ばれた時、男子たちの評判が悪ければ、同時に伊勢原ユウトの評価も下げてしまう、それだけはしてはならない。故に自分の評価を落とさない断り方をしなければならないのだ。
清楚でお淑やかな女子は当然男子に対しても一途でなければならないのだから。
そして小ケ谷マナミにとって、伊勢原ユウトと結ばれることは確定事項なのだから。
小ケ谷マナミを気に入ってたという感想を戴いて、そのテンションで一気に仕上げたものです(笑)。




